この記事の要点
- 社長が認知症と診断されたり、判断能力が落ちたりしても、それだけで自動的に取締役・代表取締役を退任するわけではありません。判断能力の低下を理由に退任となるのは、家庭裁判所の「後見開始の審判」を受けたときです(会社法330条・民法653条3号)
- 本当に困りやすいのは審判の前です。肩書きは社長のままなのに、社長本人が契約や決議を確かな形で行えるかがはっきりせず、会社の手続きが止まりやすくなります
- とくに「取締役は社長1人・株主も社長1人(または社長が大株主)」の会社では、社長に代わって判断できる人が会社の中にいないため、取締役を選び直す株主総会も開けなくなるおそれがあります
- 備えの基本は、元気なうちに代表者・取締役・株式を社長1人に集中させないことです。任意後見や家族信託も選択肢ですが、会社の経営そのものを任せる仕組みではない点に注意が必要です
- 次の一歩として、会社の登記事項証明書・定款・株主名簿を手元に出し、「社長1人に集まっているもの」を書き出してみてください
経営者の方に知っておいてほしいのは、「社長が認知症になったら会社はどうなるか」という問いには、家庭裁判所の審判が出る前と後で、まったく別の答えがあるということです。
審判が出た後の話(取締役の退任と、その登記)は、取締役になれない人とは?──会社法の欠格事由と、在任中に成年後見が始まった取締役の扱いで詳しく整理しています。この記事では、その手前の段階、つまり社長の判断能力が落ちてきているのに、法律上はまだ社長のままという状態で、会社の何が止まるのかを場面ごとに見ていきます。
なお、この記事は執筆時点(2026年10月)の制度に基づく一般的な解説です。個別の会社の事情によって対応は変わります。
判断能力が落ちても、それだけで社長を「退任」するわけではない
まず押さえておきたいのは、取締役の地位がいつ終わるかです。
会社と取締役との関係は、「委任」(仕事を任せる契約)のルールに従うとされています(会社法330条)。そして民法653条は、委任が終わる理由として、①委任者または受任者の死亡、②委任者または受任者が破産手続開始の決定を受けたこと、③受任者が後見開始の審判を受けたこと、の3つを挙げています。
ここでいう「後見開始の審判」は、本人や配偶者、四親等内の親族などの請求を受けて、家庭裁判所が行うものです(民法7条)。認知症と診断されたこと、物忘れが増えたこと、入院したことは、それだけではこの審判にあたりません。
つまり、
- 審判の前:社長は、法律上も登記簿の上でも、取締役・代表取締役のままです
- 審判の後:後見開始の審判を受けると、取締役を退任することになり、会社は退任の登記が必要になります(退任となる時期の細かな点は、前述の記事で説明しています)
という順番です。また、民法653条3号が挙げているのは「後見開始」の審判だけなので、保佐開始や補助開始の審判を受けただけでは、退任にはなりません。
「判断能力が落ちたら、自然に社長ではなくなるのだろう」と考えていると、ここで見込みが外れます。社長の肩書きは残ったまま、判断だけが難しくなる──この「ねじれ」の期間に、会社の手続きが止まりやすくなるのです。
審判の前に起きる「ねじれ」──肩書きはあるのに、判断が確かでない
民法3条の2は、法律行為(契約など、法的な効果を生む行為)の当事者が、意思表示をした時に意思能力(自分の行為の結果を判断できる能力)を持っていなかったときは、その法律行為は無効になると定めています。
会社の契約は、代表取締役が会社を代表して行います(会社法349条4項は、代表取締役が会社の業務に関する一切の裁判上・裁判外の行為をする権限を持つと定めています)。そのため、代表取締役である社長の判断能力が十分でない状態で契約などを行うと、後になって、意思表示をした時に意思能力があったかどうかが問題とされ、その行為の有効性が争われるおそれが出てきます。取引の相手方や金融機関がこの点を気にして、手続きに慎重になることも考えられます。
ここで厄介なのは、「それなら社長に辞めてもらえばよい」とも簡単にはいかない点です。委任は各当事者がいつでも解除できるため(民法651条1項)、取締役は自分から辞任することができます。しかし、辞任するという意思表示そのものにも、本人の判断能力が必要になります。判断能力が落ちてきてからの辞任届は、それ自体の有効性が後で問題になるおそれがあります。
何が止まるのか──場面ごとに見る
場面1:代表者がする契約・支払い
社長が1人で会社を代表している会社では、次のような行為は、原則として社長の判断で行われています。
- 取引先との新しい契約・契約の更新
- 借入れや保証、リース契約
- 会社名義の不動産の売買や賃貸借
- 従業員の採用・雇用契約
取締役が複数いても、別に代表取締役を定めている場合は、会社を代表するのはその代表取締役です(会社法349条1項ただし書)。ほかの取締役が「代わりに契約しておく」ことはできません。会社の代表者が社長1人に限られている状態は、社長の判断能力が揺らいだときに、そのまま会社の弱点になります。
場面2:銀行取引
会社の預金口座は会社名義なので、社長個人の口座とは別のものです。ただ、会社の口座の手続きは、届け出ている代表者を通じて行うのが通常です。代表者の判断能力に不安がある場合に、会社の口座の取引をどう扱うかは、金融機関ごとの判断になります。
社長個人の預金について、判断能力の低下をきっかけに引き出しなどが制限されることがある点は、認知症になると預金は凍結される?──本人と家族が「できなくなること」で触れています。会社の口座についても、具体的にどの手続きが可能か、代表者の変更をした場合に何が必要になるかは、取引のある金融機関に確認してください。
場面3:取締役会(取締役会がある会社)
取締役会を置いている会社では、代表取締役を選ぶこと、そして代表取締役の地位を解くこと(解職)は、取締役会の役割です(会社法362条2項3号)。取締役会の決議は、議決に加わることができる取締役の過半数が出席し、その過半数で行います(会社法369条1項。定款で要件を加重している場合はその割合)。
取締役が3人いる会社であれば、社長以外の2人が出席すれば、出席の要件は満たせることになります。ただし、手続きの面では次の点に注意が必要です。
- 招集する人:取締役会は各取締役が招集するのが原則ですが、定款や取締役会で「招集する取締役」(多くは社長)を定めていることがあります。その場合でも、ほかの取締役は招集権者に招集を請求でき、請求から5日以内に、請求日から2週間以内の日を会日とする招集通知が出されないときは、請求した取締役が自ら招集できます(会社法366条2項・3項)
- 招集通知:招集通知は、取締役会の日の1週間前(定款で短縮していればその期間)までに、各取締役(監査の範囲が会計に限定されていない監査役がいる会社では、各監査役にも)発する必要があり、社長もその対象です(会社法368条1項)
- 全員の同意が前提の手続き:取締役(と監査役)全員の同意があれば招集手続を省略できる仕組み(会社法368条2項)や、定款の定めに基づき全員の書面同意で決議があったとみなす仕組み(会社法370条)は、社長の同意が確かめられない状況では使いにくくなります
取締役会で新しい代表取締役を選び、社長は取締役として残るという形をとる場合、それは会社の経営体制と社長ご本人の立場にかかわる大きな判断です。ご家族や役員の間で意見が分かれ、争いになりそうな場合は、弁護士へのご相談をおすすめします。
場面4:株主総会(社長が大株主の場合)
取締役を選ぶのも辞めさせるのも、株主総会の決議です(会社法329条1項・339条1項)。役員の選任・解任の決議は、議決権を行使できる株主の議決権の過半数を持つ株主が出席し(定款で3分の1以上の割合まで下げることができます)、出席した株主の議決権の過半数で行うのが原則です(会社法341条)。
中小企業では、社長が株式の大半や全部を持っている会社もあります。この場合、次のような問題が起きます。
- 社長が議決権の過半数を持つ会社:社長が有効に議決権を行使できないと、ほかの株主だけでは出席の要件を満たせず、取締役を選ぶ決議が成立しないことがあります(定款の定め方によって結論が変わる部分があります)
- 委任状で代わりに出席してもらう方法:株主は代理人によって議決権を行使できますが、代理権を与えるのは株主総会ごとに行う必要があります(会社法310条1項・2項)。元気なうちに委任状を1枚書いておけば将来の総会もずっと任せられる、という仕組みにはなっていません。また、判断能力が落ちてから委任状を書くことには、意思表示の有効性という同じ問題がついて回ります
- 総会を開かずに書面で決める方法:株主全員が書面などで同意すれば決議があったとみなす仕組み(会社法319条1項)も、株主である社長の同意が前提です
一人社長・オーナー社長の会社で起きること
ここまでの場面を、「取締役は社長1人、株式も社長が100%持っている」会社に当てはめると、次のようになります。
| 止まるもの | 何が起きるか |
|---|---|
| 会社の契約・支払いの決裁 | 会社を代表できるのは社長だけ。判断能力に不安がある状態での契約は、後で有効性が争われるおそれがある |
| 銀行での手続き | 会社口座の扱いは金融機関ごとの判断。代表者を変えようにも、次の「取締役の選び直し」ができない |
| 取締役・代表者の選び直し | 選ぶのは株主総会だが、株主は社長1人。社長が有効に議決権を行使できなければ、決議ができない |
| 決算の承認などの定時株主総会 | 同じく株主が社長1人のため、総会の決議が成り立たない状態になりうる |
社長が亡くなった場合には、取締役が誰もいなくなり、裁判所に一時取締役・一時代表取締役の選任を申し立てる道があります(その流れは一人会社の社長が亡くなったら──後継者がいない会社はどうなる?で整理しています)。しかし、この一時役員の仕組みは、条文上、役員が「欠けた場合」や、法律・定款で定めた員数が欠けた場合を前提にしています(会社法346条2項・351条2項)。判断能力が落ちていても社長が在任している間は、この前提とは状況が異なります。
結局、株主である社長本人について家庭裁判所に後見開始の審判を申し立て、選ばれた成年後見人が、本人の財産である株式について本人に代わって議決権を行使する、という道筋が考えられます(成年後見人は、本人の財産を管理し、財産に関する法律行為について本人を代表します。民法859条1項)。そして、後見開始の審判を受けると社長は取締役を退任するため、その後の新しい体制づくりと登記は、冒頭で紹介した記事の場面に移っていきます。
この道筋は、申立てから審判までの手続きを経る必要があり、その間も会社の手続きは止まったままになりがちです。一人社長の会社にとっては、「何かあってから」では時間がかかる構造になっていることを知っておいてください。
元気なうちにできる備え
備え1:代表者・取締役を社長1人に集中させない
取締役会を置いていない会社でも、取締役を複数置くことができ、代表取締役は、定款・定款の定めに基づく取締役の互選・株主総会の決議のいずれかで、取締役の中から定めます(会社法349条3項)。代表取締役を2人以上置くこともできます。
たとえば後継者候補を取締役(場合によっては代表取締役)に加えておけば、社長の判断能力に不安が生じたときにも、会社を代表して手続きを進められる人が会社の中にいることになります。
ただし、役員を増やすことには、役員報酬や責任の問題、そして「誰に任せるか」という人選の難しさがともないます。代表者が2人になれば、意見が食い違ったときの調整も必要になります。メリットだけでなく、こうした負担も含めて検討することが大切です。
備え2:後継者と株式の行き先を決めておく
株主総会が開けなくなる問題の根本は、議決権(株式)が社長1人に集まっていることです。後継者に株式を少しずつ移していく、株式の承継先を決めておくといった準備は、会社の意思決定を止めないための備えにもなります。
株式を移すと、贈与税・相続税などの税金の問題が生じることがあります。事業承継に関する税制上の特例を使えるかどうかも含めて、税金のことは税理士にご相談ください。
備え3:任意後見・家族信託という選択肢(入口として)
判断能力が落ちたときに備える仕組みとして、任意後見契約や家族信託があります。
- 任意後見契約:判断能力があるうちに、将来、判断能力が不十分になったときの生活・療養看護・財産管理の事務を誰に任せるかを決め、代理権を与えておく契約です。公正証書で作成し(任意後見契約に関する法律3条)、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力が生じます(同法2条1号・4条1項)。社長が持つ株式をどう扱うかも、契約の内容を考えるときの検討事項になります。仕組みの基本は任意後見契約とは──元気なうちに「将来の後見人」を自分で選ぶをご覧ください
- 家族信託(民事信託):家族などの信頼できる人に財産を託し、管理を任せる仕組みです。会社の株式を信託の対象にする設計が検討されることもあります
ここで注意していただきたいのは、任意後見契約は、本人の生活や財産の管理に関する事務を任せる契約だという点です(同法2条1号)。会社の代表取締役の仕事を、任意後見人が代わりに行う仕組みではありません。会社の経営を止めないためには、備え1・備え2のような会社側の体制づくりとあわせて考える必要があります。
任意後見や家族信託は、契約や信託の内容をどう組み立てるかで効果が大きく変わり、税金の扱いも絡みます。具体的な設計は専門家に相談しながら進め、税金については税理士に、家族の間で争いがある場合は弁護士にご相談ください。
成年後見制度の見直しについて(2026年10月時点で未施行)
成年後見制度を見直す「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)が、2026年6月24日に公布されています。この改正では、取締役の退任の根拠となっている民法653条3号の「後見開始の審判」が、改正後の民法10条1項の審判(特定補助人を付する旨の審判)に書き換えられます。同じ改正で、任意後見契約の効力が生じる時点も「任意後見監督人が選任された時」から「任意後見開始の審判がされた時」に改められます(改正後の任意後見契約に関する法律2条1号)。また、同じ日に公布された関係法律の整備法(令和8年法律第46号)により、成年被後見人などが取締役に就任する場合の手続きを定める会社法331条の2も改められます(会社法330条は変わりません)。
ただし、これらの部分は「公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日」(会社法の改正部分は、令和8年法律第45号の施行の日)に施行されることとされており、2026年10月時点ではまだ施行されていません。この記事の説明は、現在施行されている条文に基づくものです。施行後の取扱いは、施行時の条文と運用で確認する必要があります。
まとめ
社長が認知症になり判断能力が落ちても、それだけで取締役・代表取締役を退任するわけではありません。判断能力の低下を理由に退任となるのは、家庭裁判所の後見開始の審判を受けたときです(会社法330条・民法653条3号)。
問題は、その審判の前の期間です。社長の肩書きは残ったまま、契約・取締役会・株主総会での社長の判断が確かな形で行えるかがはっきりせず、会社の手続きが止まりやすくなります。とくに、取締役も株主も社長1人という会社では、社長に代わって判断できる人が会社の中にいないため、影響が大きくなります。
元気なうちに、代表者や取締役を社長1人に集中させない、後継者と株式の行き先を決めておく、必要に応じて任意後見や家族信託も検討する──といった備えをしておくことが、会社を止めないための近道です。会社の体制づくりや役員変更の登記で迷ったときは、お近くの司法書士にご相談ください。
よくある質問
Q. 元気なうちに取締役や代表取締役を増やすと、費用はどのくらいかかりますか? 取締役や代表取締役を新たに選んだときは、役員変更の登記が必要です。登録免許税(とうろくめんきょぜい)は申請1件につき3万円、資本金の額が1億円以下の会社は1万円です(登録免許税法別表第一第24号(一)カ)。司法書士に依頼する場合は、別途報酬がかかります。任意後見契約や家族信託を利用する場合は、公正証書の作成費用や専門家への報酬など、別の費用がかかります。
Q. 社長の判断能力が落ちてきたのに、何もしないで放置するとどうなりますか? 審判の前であれば、法律上は社長のままなので、退任の登記の期限が始まるわけではありません。ただ、契約や銀行取引、取締役の選び直し、決算の承認などが止まったまま時間が過ぎていくおそれがあります。後見開始の審判を受けると取締役を退任し、2週間以内に退任の登記が必要になります(会社法915条1項)。早めに対応を検討することが大切です。
Q. 自分たちで対応できますか?どこに相談すればいいですか? 役員を増やす登記は、会社自身で申請することも制度上は可能です。ただ、社長の判断能力に不安が出てきた段階では、手続きの有効性や、誰が会社を代表するかといった判断が重なります。会社の体制づくりや登記はお近くの司法書士に、税金のことは税理士に、家族や役員の間で争いがある場合は弁護士にご相談ください。
【さらに深掘り】審判の前に代表者を交代・追加するときの決議と登記
ご注意 以下は執筆時点(2026年10月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。
本文で見た「ねじれ」の期間に、会社の側で代表者を交代させたり、もう1人加えたりする場合の決議と登記を、機関設計ごとに整理します。後見開始の審判を受けた後の退任登記と、一時役員の選任の登記(裁判所書記官の嘱託)は、取締役になれない人とは?の深掘りで扱っているので、ここでは繰り返しません。
社長本人が辞任する場合──辞任届と「権利義務」の壁
辞任は社長本人の意思表示なので、本文のとおり意思能力が前提になります(民法3条の2)。そのうえで、登記の面では次の2点を押さえておく必要があります。
- 辞任届の印鑑:退任の登記の申請書には、退任を証する書面(辞任届)を添付します(商業登記法54条4項)。登記所に印鑑を提出している代表取締役の辞任では、辞任届に押した印鑑について市町村長が作成した印鑑証明書が必要です。ただし、辞任届に押した印鑑が登記所に提出している印鑑と同じであれば、印鑑証明書は不要です(商業登記規則61条8項)
- 員数を欠くときは登記ができない:辞任によって法律や定款で定めた取締役の員数を欠く場合、辞任した取締役は、新しい取締役が就任するまで、なお取締役としての権利義務を持ち続けます(会社法346条1項。代表取締役について351条1項)。最高裁は、旧商法の同じ仕組みの規定について、員数を欠くに至った場合の退任による変更登記は、新しく選ばれた取締役が就任するまで許されないと判断しています(最判昭和43年12月24日民集22巻13号3334頁)
このため、取締役が社長1人の会社では、辞任届を出しても登記簿上の社長は変わらず、社長は権利義務を持つ取締役として残ります。辞任は、後任の選任とセットで考えなければ体制の交代になりません。
なお、代表取締役は取締役の中から選ばれる地位で(会社法349条3項・362条3項)、取締役の地位とは別のものなので、取締役会設置会社で「代表取締役だけを辞めて取締役には残る」形をとることもできます(会社法351条1項が「辞任により退任した代表取締役」に触れていることも、裏付けの一つになります)。この場合、取締役の人数は変わりません。ただし、代表取締役が社長1人だけの会社では代表取締役が欠けることになるため、社長は、新しい代表取締役が就任するまで、なお代表取締役としての権利義務を持ちます(同項)。
取締役会設置会社──解職か、追加の選定か
代表取締役の選定と解職は取締役会の職務です(会社法362条2項3号)。社長の判断能力が揺らいでいる段階での選択肢は、大きく①社長を代表取締役から解職して後任を選ぶ、②社長は代表取締役のまま、後継者をもう1人の代表取締役として選ぶ、の2つです。
①解職の場合の決議要件:取締役会の決議について特別の利害関係を持つ取締役は、議決に加わることができません(会社法369条2項)。最高裁は、旧商法の下で、代表取締役の解職に関する取締役会の決議では、その代表取締役は特別利害関係人にあたると判断しています(最判昭和44年3月28日民集23巻3号645頁)。判決は理由として、本人の意思に反して代表取締役の地位から外すかどうかが問われる場面では、本人に公正な議決権の行使を期待しにくいことを挙げています。
なお、この判例の結論については学説上見解が分かれており、判例を支持する見解のほか、代表取締役の解職の場面でも、選定の場面と同じく特別の利害関係はないとする見解もあります(中村康江「取締役解任議案の決定と取締役会の決議に『特別の利害関係を有する取締役』の意義」立命館法学2019年2号(384号)292〜293頁による整理)。以下では、判例の考え方に沿って整理します。
この考え方を当てはめると、取締役が3人の会社で社長の解職を決議する場合、議決に加わることができるのは社長以外の2人です。会社法369条1項は「議決に加わることができる取締役の過半数」の出席と「その過半数」の賛成を求めているため、定款で要件を加重していなくても、残る2人がそろって出席し、2人とも賛成する必要があることになります。
また、同じ判決は、招集権のない取締役が招集し、取締役の1人に招集通知をせず、その取締役も出席しなかった取締役会について、招集手続に瑕疵(かし)があり有効に成立したとはいえないとしています。会社法368条1項は招集通知を「各取締役」に発するよう定めており、解職の議決に加われない社長への招集通知を省いてよいことにはならない点に注意が必要です。社長の解職は社長ご本人やご家族との対立を生みやすく、争いになりそうな場合は弁護士にご相談ください。
②追加で選定する場合:上記の判例が判断の対象にしたのは、解職の決議です。後継者を2人目の代表取締役として選ぶ場合には、社長は代表取締役のまま残るため、①に比べて対立を生みにくい形といえます。
登記の添付書面:新たに代表取締役を選定したときの就任の登記では、次の書面が必要です。
- 取締役会の議事録(商業登記法46条2項)
- 代表取締役の就任承諾書(商業登記法54条1項)と、再任でない場合はその就任承諾書に押した印鑑の印鑑証明書(商業登記規則61条5項による同条4項後段の読み替え)
- 出席した取締役と監査役が議事録に押した印鑑の印鑑証明書(商業登記規則61条6項3号)
最後の印鑑証明書は、議事録に押された印鑑が、変更前の代表取締役(取締役を兼ねる者に限ります)が登記所に提出している印鑑と同じであれば不要です(同項ただし書)。社長が取締役会に出席せず、議事録に届出印が押されない場合には、このただし書は使えません。①の解職を伴う場合は、解職と後任の選定の両方を議事録に記載し、解職による退任と新代表取締役の就任を、2週間以内に変更の登記として申請します(会社法915条1項)。
取締役会を置かない会社──定款の定め方で道筋が変わる
取締役会を置かない会社では、代表取締役は、定款、定款の定めに基づく取締役の互選、株主総会の決議のいずれかで定めます(会社法349条3項)。どの方法をとっているかで、審判の前に打てる手が変わります。
- 定款で「取締役の互選により定める」としている場合:すでに社長以外の取締役がいれば、株主総会を開かずに、取締役の互選で後継者を代表取締役に加える道があります。登記には、互選があったことを証する書面(商業登記法46条1項)と、取締役が互選書に押した印鑑の印鑑証明書(商業登記規則61条6項2号。届出印についてのただし書は取締役会設置会社と同じ)が必要です。ただし、取締役が社長と後継者の2人だけの場合のように、社長が加わらなければ取締役の間で決められない人数構成では、互選にも本文の「ねじれ」の問題がついて回ります
- 株主総会の決議で定める場合:株主総会の決議が必要になるため、社長が大株主であれば本文の場面4と同じ壁にぶつかります。登記には株主総会議事録(商業登記法46条2項)、議長と出席した取締役が議事録に押した印鑑の印鑑証明書(商業登記規則61条6項1号)、議決権の数の多い株主の一覧を証する書面(いわゆる株主リスト。同条3項)などが必要です
- 代表取締役を定めていない場合:取締役は各自会社を代表します(会社法349条1項本文・2項)。後継者を取締役に加えれば、その人も会社を代表できる状態になります(ただし、取締役の選任には株主総会の決議が必要です)
代表者の定め方を互選方式に改めるには定款の変更が必要で、これは株主総会の特別決議によります(会社法466条・309条2項11号)。社長が議決権の多くを持つ会社では、社長が元気なうちでなければ、この変更自体が難しくなります(どこまで難しくなるかは、持株の割合と定款の定足数の定めによります)。
代表取締役を2人置く場合の定款と登記
会社法には「代表取締役を2人以上置くことができる」と正面から書いた条文はありません。ただ、代表取締役の定め方を定める会社法349条3項・362条3項はいずれも人数を限っておらず、351条1項は「定款で定めた代表取締役の員数」が欠けた場合を規定しているので、複数の代表取締役を置くことも予定した規定と読めます。登記簿には、代表取締役ごとに氏名と住所が記録されます(会社法911条3項14号)。
設計のうえで確認しておきたいのは次の3点です。
- 定款の員数の定め:定款に「代表取締役1名を置く」といった定めがあれば、2人目を置く前に定款の変更(特別決議)が必要です
- 員数を固定することの影響:定款で「代表取締役2名」と人数を固定すると、1人が欠けたときに「定款で定めた代表取締役の員数が欠けた場合」(会社法351条1項)にあたり、補充が必要になります。人数を固定するか、「1名以上」のように幅を持たせるかは、欠けたときの対応まで考えて決めることになります
- 社内ルールの効力:代表取締役は、それぞれが単独で会社の業務に関する一切の行為をする権限を持ち(会社法349条4項)、その権限に加えた制限は善意の第三者に対抗できません(同条5項)。「重要な契約は2人の合意で行う」と社内で決めても、それを知らない取引の相手方には主張できない点に注意が必要です
一時取締役の申立てが使える場面・使えない場面
裁判所に一時役員の職務を行うべき者の選任を申し立てることができるのは、会社法346条1項に規定する場合、つまり役員が「欠けた場合」または法律・定款で定めた員数が「欠けた場合」です(同条2項。代表取締役は351条2項)。判断能力が落ちていても社長が在任している間は、役員が欠けた状態ではないため、判断能力の低下だけを理由に一時取締役を求めることは、条文の文言上、この要件にはあてはまらないと考えられます。
これに対し、社長が有効に辞任して員数を欠き、権利義務を持つ取締役として残っている場合は、「前項に規定する場合」にあたります。条文上、権利義務を持つ人がいることは申立ての妨げとして書かれておらず、選任するかどうかは、裁判所が「必要があると認めるとき」かどうかの判断になります。社長の地位そのものを争うような手続きは紛争性が高いため、弁護士にご相談ください。
参考資料
この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年10月)。
- 民法 第3条の2・第7条・第651条・第653条・第859条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 任意後見契約に関する法律 第2条・第3条・第4条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/411AC0000000150
- 会社法 第2条・第309条・第310条・第319条・第329条・第330条・第331条の2・第339条・第341条・第346条・第349条・第351条・第362条・第366条・第368条〜第370条・第466条・第911条・第915条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
- 商業登記法 第46条・第54条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/338AC0000000125
- 商業登記規則 第61条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/339M50000010023
- 登録免許税法 別表第一 第24号(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/342AC0000000035
- 民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)による改正後の民法 第10条・第653条および同法附則 第1条・第2条、同改正後の任意後見契約に関する法律 第2条(いずれも未施行。e-Gov法令API): https://laws.e-gov.go.jp/api/2/law_file/xml/129AC0000000089_20281223_508AC0000000045 / https://laws.e-gov.go.jp/api/2/law_file/xml/411AC0000000150_20281223_508AC0000000045
- 民法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(令和8年法律第46号)による改正後の会社法 第330条・第331条の2(未施行。e-Gov法令API): https://laws.e-gov.go.jp/api/2/law_file/xml/417AC0000000086_20281223_508AC0000000046
- 最高裁判所第二小法廷 昭和44年3月28日判決(昭和43年(オ)第728号・民集23巻3号645頁。代表取締役の解任に関する取締役会決議と特別利害関係人)(裁判所 裁判例検索): https://www.courts.go.jp/hanrei/55111/detail2/index.html
- 最高裁判所第三小法廷 昭和43年12月24日判決(昭和41年(行ツ)第65号・民集22巻13号3334頁。員数を欠く場合の退任による変更登記)(裁判所 裁判例検索): https://www.courts.go.jp/hanrei/55059/detail2/index.html
※ 次の資料は一次情報ではなく、解説・評釈などの二次資料ですが、内容確認の参考にしたため一次情報と区別して掲載しています。
- 中村康江「取締役解任議案の決定と取締役会の決議に「特別の利害関係を有する取締役」の意義」立命館法学2019年2号(384号)277〜295頁(立命館大学): https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/19-2/007nakamura.pdf