この記事の要点
- 取締役1名・株主1名の「一人会社」で社長が亡くなると、会社には取締役も代表者も誰もいない状態が生じる
- 緊急の対応策として、裁判所に一時取締役・一時代表取締役の選任を申し立てる方法がある(会社法346条2項・351条2項)。申立ての代理は弁護士、裁判所へ提出する書類の作成は司法書士という役割分担がある
- 株式は相続人に引き継がれるため、相続人が株主として新しい取締役を選ぶ道筋もある
- 誰も引き継がない場合は解散・清算という選択肢になるが、清算人も自動的には決まらない点に注意が必要
- 放置すると役員変更登記の懈怠で過料の対象になり、最終的には休眠会社として強制的に解散させられることもある
「社長がすべてを兼ねている」会社は、中小企業では珍しくありません。取締役が1人だけで、その人がほぼ全部の株式も持っている──いわゆる一人会社です。効率的に経営できる反面、その1人に万一のことがあったとき、会社の意思決定を担う人が文字どおり誰もいなくなるという弱点を抱えています。
この記事では、一人会社で社長が亡くなったときに何が起きるのか、後継者がいない場合に会社がたどる道筋を整理します。死亡後の登記書類や2週間の期限そのものについては、代表取締役が亡くなったときの登記──会社が最初にすべき手続きの順番で一般的な流れを解説していますので、あわせてご確認ください。この記事は、他に取締役がいない一人会社ならではの分かれ道に絞って解説します。
段階① 取締役も代表者も、誰もいなくなる
複数の取締役がいる会社であれば、代表取締役が亡くなっても、残りの取締役の中から後任を選ぶという道筋が残ります。ところが一人会社では、取締役がその1人しかいません。したがって、亡くなった時点で、会社には取締役も代表取締役も存在しない状態になります。
代表取締役の地位は相続の対象にはなりません。「配偶者や子どもが自動的に跡を継ぐ」という仕組みは会社法にはなく、誰かが改めて取締役に選ばれ、代表取締役に選定されない限り、会社を代表して契約や届出を行える人がいない状態が続きます。
会社の実印や預金口座は会社の財産であり、相続財産ではありませんので、それ自体が失われるわけではありません。ただし、金融機関や取引先の中には、代表者の変更が確認できるまで一部の手続きを保留する取り扱いをしているところもあります。日常的な支払いなどは従業員の方が事実上進められる場合もありますが、新規の契約や重要な決裁については、後任が決まるまで判断を保留せざるを得ない場面が出てきます。
段階② 緊急の対応──裁判所への一時取締役・一時代表取締役の選任申立て
後任を選ぶには本来、株主総会を開いて新しい取締役を選任する必要があります。しかし、株主総会を招集する立場にある取締役自身が不在のため、通常の手続きがそのままでは動かせないことがあります。
このような場合に備えて、会社法は裁判所に一時的な役員を選んでもらう仕組みを用意しています。
前項に規定する場合において、裁判所は、必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより、一時役員の職務を行うべき者を選任することができる。(会社法346条2項)
代表取締役についても同様の規定があります。
前項に規定する場合において、裁判所は、必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより、一時代表取締役の職務を行うべき者を選任することができる。(会社法351条2項)
いずれも、利害関係人(役員や株主、取引先など会社の運営に利害を持つ人)の申立てにより、裁判所が必要性を認めた場合に選任されるものです。選任された一時取締役・一時代表取締役が、会社の急場をつなぎながら、株主総会の招集など体制を立て直すための土台を作ることになります。
ここで押さえておきたいのが役割分担です。裁判所に提出する申立書類の作成は司法書士が行えますが、申立ての代理人として裁判所での手続き全体を進めることは弁護士の職務です。「書類を整えてもらう」ことと「代理人になってもらう」ことは別の話ですので、相談先を選ぶ際はこの線引きを踏まえてください。後任人事や会社の財産の分け方をめぐって関係者の間に対立がある場合も、書類作成の範囲を超える紛争の相談になりますので、弁護士に相談する場面になります。
段階③ 株式は相続人へ──相続人が新しい体制を作る道筋
裁判所への申立てを急がなくても道が開けるケースがあります。それが、相続人が株主として新しい取締役を選ぶという道筋です。
亡くなった社長が持っていた株式は、相続の対象になります。一人会社では社長がほぼ全部の株式を持っていることが多いため、相続によって相続人が新しい株主になります。相続人が1人であれば話は比較的単純で、その方が単独の株主として、自分自身を含む新しい取締役を選ぶ株主総会決議を行うことができます。
株主が1人であれば使いやすい方法として、株主総会を実際に開かなくても決議があったものとみなす制度もあります。この制度は一人会社に限られたものではなく、株主全員の同意があれば会社の規模を問わず使えるものですが、株主が1人の会社ではその同意を得ることが容易なため、実際に使い勝手のよい方法になります。
取締役又は株主が株主総会の目的である事項について提案をした場合において、当該提案につき株主(当該事項について議決権を行使することができるものに限る。)の全員が書面又は電磁的記録により同意の意思表示をしたときは、当該提案を可決する旨の株主総会の決議があったものとみなす。(会社法319条1項)
株主が相続人1人だけであれば、この方法によって、実際に集まらなくても取締役選任の決議を書面で整えられる場合があります。条文上、提案は取締役だけでなく株主からもできることになっていますので、株主総会を招集する取締役が不在の場面でも使いやすい方法だといえます。
一方、相続人が複数いる場合は注意が必要です。遺産分割が終わるまで、株式は相続人全員の共有(準共有)となり、誰がその株式の権利を行使するかを相続人の間で決めて会社に通知しなければ、原則として議決権を行使できません。相続人が複数いる一人会社では、この点の整理が新体制づくりの前提になります。
段階④ 誰も引き継がない場合──解散・清算という選択
相続人の側に会社を引き継ぐ意思がない場合、会社をたたむ選択肢もあります。解散から清算結了までの一般的な流れと費用の目安は、会社をたたむときの登記の流れ──解散登記から清算結了まで、費用と期間の全体像で整理していますので、ここでは一人会社ならではの注意点に絞ります。
会社を解散するには、株主総会の特別決議が必要です(会社法471条3号、309条2項11号)。相続人が新しい株主になっていれば、この決議自体は段階③と同じ考え方で進められます。
注意したいのは、解散した後の清算人です。通常、解散した会社では、それまでの取締役がそのまま清算人になります(会社法478条1項1号)。しかし一人会社では、その唯一の取締役がすでに亡くなっているため、この形で自動的に清算人になる人がいません。
もっとも、そこですぐ裁判所へ、ということにはなりません。定款で清算人を定めていればその方が、定めがなくても株主総会の決議で清算人を選任すればその方が清算人になります(会社法478条1項2号・3号)。相続人が新しい株主になっているのであれば、解散の決議とあわせて清算人を選んでおく進め方が考えられます。これらのいずれによっても清算人となる人がいないときに、利害関係人の申立てにより裁判所が清算人を選任することになります(会社法478条2項)。会社を閉じる場合も、後任を立てないまま手続きが進むわけではない、という点は知っておいてよいところです。
段階⑤ 放置するとどうなるか──過料から、最終的にはみなし解散へ
後任を決めるにも解散を選ぶにも時間がかかることはありますが、その間も登記の期限は進んでいきます。取締役や代表取締役に変更があった場合、会社は2週間以内に変更登記をしなければなりません(会社法915条1項)。
ここで、相続人の立場の方に一点お伝えしておきます。この登記を怠ったときに100万円以下の過料の対象となるのは、取締役・清算人・裁判所が選任した一時取締役など、条文に立場を挙げられた人です(会社法976条1号)。株式を相続しただけで、まだ取締役になっていない方が、そのまま過料を科される立場に置かれるわけではありません。ただし、後任の取締役に就任した後で登記を怠れば、今度はその方自身が対象になり得ます。なお、唯一の取締役が亡くなり後任が誰もいない期間の遅れについて、誰がどこまで責任を負うのかは、条文から一義的に決まるものではありません。いずれにしても、早めに後任を決めて登記まで済ませておくことが安全です。
さらに長期間そのまま放置すると、別の問題が生じます。最後の登記から12年が経過した株式会社は「休眠会社」にあたり、法務大臣が官報で公告したうえで、2か月以内に「事業を廃止していない旨の届出」も登記もしなければ、その期間が満了した時点で解散したものとみなされる制度があります(会社法472条)。詳しい仕組みと解散後の会社継続の方法は、12年そのままだと会社が消える──休眠会社のみなし解散にご注意をで解説しています。「後任が決まるまでとりあえず様子を見る」つもりが、気づけば長期間放置した状態になっていた、ということにならないよう、早い段階で方向性を決めることが望ましいといえます。
生前にできること
ここまで見てきたとおり、一人会社が抱える弱点は、社長が亡くなった後の手続きそのものよりも、その1人がいなくなった瞬間に会社を動かせる人がいなくなるという構造にあります。あらかじめ後継者となる取締役を選んでおく、株式の承継先を決めておくといった生前の備えがあれば、段階②のような緊急対応に頼らずに済む場面も増えます。生前の備えについては事業承継の記事にまとめていますので、あわせてご確認ください。
まとめ
- 一人会社で社長が亡くなると、会社には取締役も代表者も誰もいない状態になります。他に取締役がいる会社とは前提が異なります。
- 急いで体制を立て直す必要がある場合は、裁判所に一時取締役・一時代表取締役の選任を申し立てる方法があります(会社法346条2項・351条2項)。申立書類の作成は司法書士、代理人としての手続きは弁護士が担います。
- 株式は相続人に引き継がれるため、相続人が株主として新しい取締役を選ぶ道筋もあります。
- 誰も引き継がない場合は解散・清算を選ぶことになりますが、清算人は自動的には決まりません。株主総会の決議で清算人を選ぶ道があり(会社法478条1項3号)、それによっても決まらないときに裁判所への申立てが必要になります(会社法478条2項)。
- 放置すると過料やみなし解散のリスクが高まります。会社ごとに事情が異なりますので、実際の進め方はお近くの司法書士にご相談ください。
よくある質問
Q. 手続きにどれくらい費用がかかりますか? 新しい取締役を選んで登記を申請するだけであれば、通常の役員変更登記と同じ考え方の実費で進められます。これに対して、裁判所に一時取締役・一時代表取締役の選任を申し立てる場合は、申立ての費用に加えて、選任された方への報酬が別途生じることがあります。報酬の額は、会社がその方に支払うものとして裁判所が定めることができるとされています(会社法346条3項・351条3項)。
Q. 後任が決まらないまま放置するとどうなりますか? 後任を決める話し合いが長引いても、変更登記の2週間という期限は進んでいきます。期限を過ぎた状態が続けば過料の問題が生じます(過料の対象となるのは取締役など会社法976条に立場を挙げられた人で、株式を相続しただけの方が直ちに科されるものではありませんが、後任に就任した後の遅れはその方自身の問題になります)。何年も登記のない状態が続けば、休眠会社のみなし解散の対象にもなり得ます。話し合いに時間がかかりそうな場合ほど、早めに司法書士へ相談し、登記の準備と後任選びを並行して進めておくことが安全です。
Q. 相続人だけで手続きを進められますか?どこに相談すればよいですか? 相続人が1人で、会社を引き継ぐ意思がはっきりしている場合は、株主として新しい取締役を選ぶ手続きを進めやすい状況です。一方、相続人が複数いる、誰も引き継ぐ意思がない、緊急に一時取締役の選任が必要といった事情があると、進め方の見極めに専門的な判断が必要になります。登記や裁判所提出書類の作成はお近くの司法書士へ、相続人間の対立や申立ての代理は弁護士へ、相続税など税金の取扱いは税理士へと、相談先が分かれる点にもご注意ください。
【さらに深掘り】一時代表取締役の登記と相続人による体制再建の実務論点
ご注意 以下は執筆時点(2026年8月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。
一時取締役・一時代表取締役の選任は「登記の申請」ではなく「嘱託」で進む
一時取締役・一時代表取締役の選任を裁判所に申し立てて認められた場合、その登記は、当事者が改めて登記所へ申請する必要はありません。裁判所書記官が職権で遅滞なく登記を嘱託する仕組みになっています(会社法937条1項2号イ)。この規定は「裁判があったとき」を要件としており、判決の確定を待つ必要がある規定(同項1号)とは異なる点も押さえておくとよいところです。
「一時代表取締役」と「職務代行者」は別の制度
似た言葉に「職務代行者」がありますが、法的な根拠も使われる場面も異なります。
一時代表取締役(会社法351条2項)は、代表取締役が欠けた場合──今回のように死亡によって空席になった場合──に、裁判所が欠員を補うために選任するものです。
一方、職務代行者は、既に登記されている代表者等についてその職務の執行を停止し、職務を代行する者を選任する仮処分命令によって選ばれるもので、役員の選任・解任の効力を巡って争いがある場面で使われる保全処分です。民事保全法56条は、この仮処分命令がされた場合に裁判所書記官が登記を嘱託しなければならないことを定めた規定であって、職務代行者の選任そのものの根拠を定めた規定ではありません。
一人会社の社長が死亡したケースは、代表者が「欠けた」場面であって、選任の効力を争う場面ではないため、通常問題になるのは一時代表取締役の選任申立てのほうです。両者とも裁判所書記官の嘱託により登記される点は共通していますが(会社法937条1項2号イ、民事保全法56条)、根拠となる法律・要件・使われる場面が異なる別の制度として整理しておくと、相談先を選ぶ際にも迷いにくくなります。
相続人による体制立て直し──株主リストの記載で気をつけたい点
相続人が株主として新しい取締役を選任する場合、株主総会の決議を要する役員変更登記には、株主総会議事録に加えて「株主リスト」の添付が必要です(商業登記規則61条3項)。これは、議決権割合の高い順に上位となる株主について、10名と、割合を上位から順に加算して3分の2に達するまでの人数の、いずれか少ない人数まで、その氏名・住所・保有株式数・議決権数・議決権割合を記載した書面です。
一人会社ならではの注意点は、相続人が複数いて株式が準共有のまま決議に臨む場合です。遺産分割が終わるまで株式は相続人全員の準共有となり、権利を行使する者を1人定めて会社に通知しない限り、原則として議決権を行使できません(会社法106条)。この場面の株主リストの書き方を正面から定めた明文の規定はありません。この手続きを経て権利行使者と定められた方を軸に記載しつつ、その株式が相続人間の準共有に属している旨を欄外に注記するといった対応が考えられますが、遺産分割前は相続人全員を株主として記載すると説明する実務解説もみられます。※この段落の記載方法は、執筆時点で法務省等の公的資料による確認ができていません。実際の申請にあたっては、管轄の法務局またはお近くの司法書士にご確認ください。単独株主のケースと異なり、「誰が」「どの資格で」議決権を行使したのかを書面上たどれるようにしておくことが、後の補正を避けるうえでのポイントです。
みなし解散後の会社継続には期限がある
段階⑤で触れた休眠会社のみなし解散(会社法472条)についても、一点補足します。みなし解散となった会社を株主総会の決議によって継続できるのは、解散したものとみなされた後3年以内に限られます(会社法473条)。この期限を過ぎると、通常の解散と同様、清算手続を経て会社を消滅させる方向に進むことになります。一人会社で後任が決まらないまま長期間が経過してしまった場合、この3年という区切りが実務上の重要な目安になります。
参考資料
この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年8月)。
- 会社法 第106条・第309条・第319条・第346条・第351条・第471条〜第473条・第478条・第915条・第937条・第976条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
- 民事保全法 第23条・第56条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/401AC0000000091
- 商業登記規則 第61条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/339M50000010023
- 司法書士法 第3条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC1000000197
- 法務省「株主リストに関するよくあるご質問」: https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00103.html