この記事の要点

  • 「〜の時にさかのぼってその効力を生ずる」「初めから〜とみなす」は、あとから起きた出来事の効力を、過去の時点から生じていたものとして扱う定め(遡及効〔そきゅうこう〕)
  • 民法909条(遺産分割)は「相続開始の時にさかのぼって」、939条(相続放棄)は「初めから相続人とならなかったものとみなす」、121条(取消し)は「初めから無効であったものとみなす」と、それぞれ書き方が違う
  • さかのぼるといっても万能ではなく、909条のように「第三者の権利を害することはできない」というただし書で限界が置かれている条文がある

執筆時点(2026年9月)の条文に基づく一般的な解説です。

法律の条文には、「〜の時にさかのぼってその効力を生ずる」という言い回しがたびたび出てきます。結論から言うと、これはあとから起きた出来事の効力を、実際に起きた日ではなく、過去のある時点から生じていたものとして扱うという定めです。法律用語では「遡及効(そきゅうこう)」と呼びます。日常の感覚では「協議がまとまった日」「家庭裁判所で手続きをした日」から先の話になりそうなところを、条文が時計の針を巻き戻しているわけです。

三つの条文の書き分け

同じ「さかのぼる」でも、条文の書き方は一様ではありません。相続や契約の場面でよく出会う三つを並べてみます。

  • 民法909条本文(遺産の分割の効力)「遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。」──遺産分割協議がまとまるのは相続開始から何か月も後のことが普通ですが、協議で不動産を取得した相続人は、協議の日に他の相続人から譲り受けたのではなく、亡くなった時点から自分のものだった、という扱いになります。
  • 民法939条(相続の放棄の効力)「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。」──こちらは「さかのぼって」という言葉を使わず、「初めから〜とみなす」という形です。家庭裁判所で相続放棄が受理されると、受理の日から相続人でなくなるのではなく、相続開始の時点から相続人ではなかったものとして扱われます。
  • 民法121条(取消しの効果)「取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。」──取り消された契約は、取消しの日から効力を失うのではなく、契約の時点から無効だったものとして扱われます。

「〜の時にさかのぼって効力を生ずる」型と「初めから〜とみなす」型は言い回しこそ違いますが、過去の時点に効力の基準を置くという働きは共通しています。「みなす」は反対の証拠を出しても覆らない言葉ですので(「みなす」と「推定する」の違い)、相続放棄や取消しが有効に成り立っている以上、939条や121条の「初めから」は、「実際には相続人だった」「実際には有効だった」といった証拠を出して動かせる性質のものではありません。

さかのぼっても越えられない線──ただし書を見落とさない

ここで大事なのが、条文の後半です。909条には本文に続けて、「ただし、第三者の権利を害することはできない。」というただし書が置かれています。遺産分割の効力を相続開始時までさかのぼらせると、その間に相続財産について権利を得ていた人(第三者)の立場が覆されかねないため、そこには線を引く、という趣旨です。

同じ型のただし書は、無権代理行為の追認(116条)や認知(784条)にもあります。認知の条文は「第三者が既に取得した権利を害することはできない」と、少し言葉を変えて限界を置いています。条文で「さかのぼって効力を生ずる」を見つけたら、その直後にただし書がないかを確かめるのが読み方のコツです。

一方、939条や121条には、このようなただし書は置かれていません。もっとも、第三者との関係がどうなるかは、その条文だけでなく、別の規定や判例まで確かめる必要があります。取消しについては、詐欺による取消しは善意でかつ過失がない第三者に対抗することができないとする定め(96条3項)のように、個別の条文に第三者を保護する規定が置かれているものがあり、取り消された契約に基づいて受け取っていたものをどう返すかは121条の2が別に定めています。

相続放棄については、判例(最高裁昭和42年1月20日判決・民集21巻1号16頁)が、放棄の効力は登記等の有無を問わず何人に対しても生ずるとして、相続放棄をした相続人の債権者が、放棄の後に、相続財産である未登記の不動産についてその相続人も相続したものとして登記をしたうえで持分に仮差押えの登記をしても、その仮差押登記は無効だと判断しています。「さかのぼる」という言葉の意味を条文で押さえたうえで、具体的な場面での帰結は個別に確かめる必要があります。

なお、遺産分割については、909条の遡及効とは別に、民法899条の2第1項が、法定相続分を超える部分の権利の承継は「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」登記などの対抗要件を備えなければ第三者に対抗できない、と定めています。遺産分割で不動産を取得した場合、「相続開始の時から自分のものだったのだから登記は急がなくてよい」という読み方にはならない点に注意が必要です。

まとめ

「〜の時にさかのぼってその効力を生ずる」「初めから〜とみなす」は、効力の基準時を過去に置く遡及効の定めです。遺産分割(909条)は相続開始の時に、相続放棄(939条)と取消し(121条)は初めから、それぞれ効力が生じていたものとして扱われますが、909条のように「第三者の権利を害することはできない」というただし書で限界が置かれている条文もあります。ご自身のケースで条文の当てはめや登記の要否に迷ったときは、お近くの司法書士にご相談ください。

参考資料

この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年09月・いずれも一次情報です)。

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