この記事の要点

  • 任意後見人は、任意後見契約で定めた範囲で本人を代理できますが、本人が結んだ契約を取り消すことはできないと、法務省や家庭裁判所の案内で説明されています
  • 任意後見は、本人に代わって行動する人(代理人)を選んでおく契約で、本人の行為能力(ひとりで有効に契約などをする法律上の資格)を制限する仕組みではありません。行為能力の制限を理由とする取消しは、法定後見(後見・保佐・補助)の側の仕組みです。なお、詐欺による取消しなど本人自身がもともと持っている取消しの権利を任意後見人が代わりに行使できるかは、任意後見契約で与えた代理権の範囲によります
  • 取消しによる保護が必要になったときは法定後見の利用が問題になりますが、任意後見契約が登記されていると、家庭裁判所が法定後見を開始できるのは「本人の利益のため特に必要がある」ときに限られます(任意後見契約に関する法律10条1項)

※本記事は執筆時点(2026年11月)の制度に基づく一般的な解説です。

結論からお伝えします。任意後見人には、本人がした契約を取り消す権限はありません。法務省の「成年後見制度・成年後見登記制度 Q&A」は、法定後見と任意後見の違いを示した表の中で、任意後見人の権限を「任意後見契約で定めた範囲内で代理することができるが、本人が締結した契約を取り消すことはできない」と説明しています。東京家庭裁判所の「任意後見監督人選任の申立ての手引」(令和7年4月)も、任意後見人には同意権・取消権はなく、任意後見契約で決められた代理権のみが与えられると案内しています。

なぜ任意後見人は取り消せないのか

理由は制度の作りにあります。任意後見契約は、本人が、判断能力が不十分になったときの生活・療養看護・財産の管理に関する事務を受任者に任せ、その事務について代理権を与える委任契約です(任意後見契約に関する法律2条1号)。本人に代わって契約などをする人を、本人自身があらかじめ選んでおく仕組みといえます。効力が生じるのは家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時からで(同号)、契約と効力発生の時期の組み合わせ方は任意後見契約の3つの型で整理しています。

一方、「行為能力の制限」を理由に契約を取り消せるのは、民法が定める制限行為能力者がした行為です。法定後見の取消権は、本人が自分一人で確定的に有効な法律行為をすることを制限するもので、一般的には「行為能力の制限」として理解されています(公益社団法人商事法務研究会「成年後見制度の在り方に関する研究会報告書」〔令和6年2月〕28頁)。民法は制限行為能力者を、未成年者・成年被後見人・被保佐人と、補助人の同意を要する旨の審判(民法17条1項)を受けた被補助人と定めており(民法13条1項10号)、任意後見契約を結んだ本人はここに挙げられていません。任意後見監督人が選任されて任意後見が始まっても、本人が後見開始などの審判を受けていなければ、制限行為能力者になるわけではありません。任意後見人が持っているのは本人に代わって行動する権限(代理権)であって、本人が自分でした行為の効力を後から失わせる権限ではない、と整理できます。

なお、契約をした時に本人に意思能力(その契約の結果を理解して判断する能力)がなかった場合には、その契約は無効とされます(民法3条の2)。これは取消しとは別の仕組みで、任意後見を利用しているかどうかとは関係なく問題になりますが、意思能力がなかったかどうかは個別の事情によって判断されます。

また、本人自身がもともと持っている権利、たとえば民法の錯誤・詐欺・強迫による取消し(民法95条・96条)、消費者契約法にもとづく取消し、特定商取引法にもとづくクーリング・オフを、任意後見人が本人に代わって行使できるかどうかは、それが任意後見契約で与えた代理権の範囲に含まれているかどうかによります。民法も、錯誤・詐欺・強迫によって取り消すことができる行為を取り消せる者として、意思表示をした本人のほか、その代理人を挙げています(民法120条2項)。代理人の意思表示が本人に効力を生じるのは、その権限内でしたものだからです(民法99条1項)。任意後見人が代理権を行う事務の範囲は、法務省令が定める様式の用紙に特定して記載することになっています(任意後見契約に関する法律第三条の規定による公正証書の様式に関する省令2項)。

法定後見ではどうなっているか

法定後見では、類型ごとに取り消せる範囲が法律で決まっています。

  • 後見:成年被後見人の法律行為は、日用品の購入その他日常生活に関する行為を除き、取り消すことができます(民法9条)
  • 保佐:保佐人の同意が必要な行為を、同意またはこれに代わる家庭裁判所の許可を得ずにしたときは、取り消すことができます(民法13条4項)
  • 補助:家庭裁判所が補助人の同意を要すると定めた行為を、同意またはこれに代わる許可を得ずにしたときは、取り消すことができます(民法17条4項)

これらの行為を取り消せるのは、本人のほか、その代理人・承継人・同意をすることができる者に限られます(民法120条1項)。後見の場面での取消しの範囲や、取り消した後の返し方は成年被後見人がした契約は取り消せる?で解説しています。

取消しが必要になったら──法定後見との関係

任意後見を利用している本人について、取消しによって守る必要があると考えられる場面では、法定後見を利用できるかが問題になります。ただし、任意後見契約が登記されている場合、家庭裁判所が後見・保佐・補助の開始の審判をすることができるのは、「本人の利益のため特に必要があると認めるとき」に限られます(任意後見契約に関する法律10条1項)。本人が自分で選んだ任意後見が原則として優先される、という関係です。どのような場合がこれに当たるかは、家庭裁判所が個別の事情をみて判断します。この審判の請求は、任意後見受任者・任意後見人・任意後見監督人もすることができます(同条2項)。

任意後見監督人が選任された後に本人が後見開始などの審判を受けたときは、任意後見契約は終了します(同条3項)。

制度の見直し(施行日は未定)

2026年6月24日に公布された「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)は、法定後見を補助の制度に一元化し、後見・保佐の制度を廃止します。任意後見も見直しの対象で、法務省の概要資料は、現行法では法定後見の利用を開始すると任意後見契約が終了することを課題に挙げたうえで、補助の制度の利用を開始しても任意後見契約の存続を許容するとしています(現行の任意後見契約に関する法律10条3項などは削除)。そのうえで、補助人に与える代理権の範囲を適切に設定して、補助人と任意後見人の権限が重ならないようにすることが基本とされています。改正後も、任意後見契約が登記されている場合に補助開始の審判ができるのは「本人の利益のため特に必要があると認めるときに限り」とされています(改正後の同法14条1項)。

この成年後見制度の見直しの部分の施行日は「公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日」とされており、執筆時点では施行日は決まっておらず、未施行です。施行までは、本記事で説明した現行の仕組みが適用されます。

まとめ

任意後見人は、任意後見契約で定めた範囲で本人を代理する立場で、本人が結んだ契約を取り消す権限はありません。任意後見は代理人を選んでおく契約で、本人の行為能力を制限する仕組みではないためです。一方、詐欺による取消しなど本人自身がもともと持っている取消しの権利を代わりに行使できるかは、任意後見契約で与えた代理権の範囲によります。取消しによる保護が必要になったときは法定後見の利用が問題になり、任意後見契約が登記されていれば、家庭裁判所が「本人の利益のため特に必要がある」と認めるかどうかで判断されます。すでに結んでしまった契約をめぐって相手方と争いになっている場合は、弁護士や消費生活センターにご相談ください。任意後見契約の内容や法定後見との関係を具体的に検討したいときは、お近くの司法書士会や公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート、公証役場、家庭裁判所の案内をご確認ください。

参考資料

この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年11月)。

※ 次の資料は一次情報ではなく、研究会の報告書(二次資料)ですが、内容確認の参考にしたため一次情報と区別して掲載しています。

  • 公益社団法人商事法務研究会「成年後見制度の在り方に関する研究会報告書」(令和6年2月)28頁(法務省ウェブサイト掲載PDF): https://www.moj.go.jp/content/001417182.pdf

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