この記事の要点
- 成年被後見人(後見開始の審判を受けた本人)がした契約などの法律行為は、原則として取り消すことができます(民法9条本文)
- ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為は取り消しの対象から外れます(同条ただし書)
- 取り消すと契約は初めから無効だったものとみなされ、本人が返すのは「現に利益を受けている限度」にとどまります(民法121条・121条の2第3項)
※本記事は執筆時点(2026年10月)の制度に基づく一般的な解説です。
結論からお伝えします。民法9条は「成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる」と定めています。判断能力を欠く常況にある方(民法7条)が、内容をよく理解しないまま不利な契約を結んでしまうことから本人を守るための仕組みです。一方で、同条ただし書は「日用品の購入その他日常生活に関する行為」を例外としています。この例外は、本人の自己決定を尊重する観点から、日常生活に関する行為を本人の判断に委ねたものと説明されています(公益社団法人商事法務研究会『成年後見制度の在り方に関する研究会報告書』〔令和6年2月〕4頁)。日々の買い物まで後から取り消せるとすると、お店の側が取引をためらい、かえって本人の暮らしが成り立たなくなるおそれもあります。
どこまでが「日常生活に関する行為」にあたるかについて、条文に具体的な線引きはありません。上記の報告書は、基本的には本人が生活を営む上で通常必要な法律行為を指し、本人の職業・資産・収入・生活の状況や行為の目的、行為の種類・性質などを総合的に考慮して判断するものとされていることを紹介し、典型例として、食料品や衣料品などの買物、電気・ガス・水道料金の支払、それらに必要な範囲の預貯金の払戻しを挙げています(同報告書22頁)。そのため、同じ種類の行為でも、本人の生活の状況などによって結論が変わることがあります。
成年後見人には、保佐人・補助人のような「同意権」を与える規定がありません。民法9条も同意の有無で区別しておらず、成年後見人の同意を得てした契約であっても、一般的には取り消すことができると解されています。その理由としては、本人が意思能力(契約などをするときに、その結果を理解して判断する能力)を欠くのが普通の状態で、同意したとおりの行為がされることを期待しにくいこと、取り消せないとすると同意があったかどうかをめぐる争いが生じかねないことなどが挙げられています(法務省・法制審議会民法(成年後見等関係)部会資料2「法定後見の開始に関する検討」18頁)。同意を得ていない行為だけが取り消しの対象になる保佐との違いは、保佐人の同意が必要な行為とは?で解説しています。
取り消せるのは誰か
行為能力の制限を理由に取り消すことができる行為は、本人(制限行為能力者)のほか、その代理人・承継人・同意をすることができる者に限って取り消すことができます(民法120条1項)。後見の場面では、本人と、法定代理人である成年後見人(民法859条1項)が中心になり、本人が亡くなった後は、相続人などの承継人も含まれると解されています。契約の相手方の側から「後見の方との契約だったので取り消します」と主張することはできません。
なお、本人が自分は行為能力者だと相手に信じさせるために「詐術」を用いた場合は、取り消すことができなくなります(民法21条)。
取り消すとどうなるか
取り消された行為は、初めから無効であったものとみなされます(民法121条)。受け取ったお金や物は互いに返すのが原則ですが(民法121条の2第1項)、行為の時に制限行為能力者であった本人は、その行為によって「現に利益を受けている限度」で返せばよいとされています(同条3項)。手元に残っている分は返す対象になりますが、すでに使ってしまった分がどこまで「現に利益を受けている」にあたるかは、使いみちなどの個別の事情によって判断が分かれるため、常に受け取った全額を返さなければならないわけではありません。
取り消すことができる行為も、取消権を持つ人が追認すれば以後は取り消せなくなります(民法122条)。ただし、成年被後見人である本人自身の追認は、後見開始の審判が取り消されるなど取消しの原因となっていた状況が消滅し、かつ取消権があることを知った後でなければ効力を生じません(民法124条1項)。成年後見人が追認する場合は、この時期の制限はありません(同条2項1号)。追認の条件や、取消権が時効で消える期間(追認できる時から5年・行為の時から20年。民法126条)については、「追認」とは?もあわせてご覧ください。
制度の見直しについて
成年後見制度を見直す「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)が2026年6月24日に公布されています。e-Gov法令検索に掲載された改正後(未施行)の条文では、後見・保佐は補助に一元化され、本人がした行為をまとめて取り消せる現在の民法9条の仕組みは改められます。改正後は、判断能力を欠く常況にある方について家庭裁判所が特定補助人を付する審判をした場合に、取り消せる行為の範囲が条文と家庭裁判所の審判で定められる形になり、日常生活に関する行為を除く点は維持されています(改正後の民法10条2項・3項)。この部分の施行日は「公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日」とされ、執筆時点では未施行です。施行までは、本記事で説明した現行の仕組みが適用されます。また、施行日より前に後見開始の審判を受けた方については、改正法の附則で、施行後も原則として改正前の規定によるとされています(令和8年法律第45号附則2条1項)。その方について改正後の規定による補助開始の審判をするときは、家庭裁判所はそれまでの後見開始の審判を取り消すことになっています(同条6項)。
まとめ
成年被後見人がした法律行為は、日用品の購入など日常生活に関する行為を除き、原則として取り消すことができます。取り消せるのは本人や成年後見人などに限られ、取り消した後の返還は「現に利益を受けている限度」にとどまります。もっとも、個々の契約が取り消せるかどうか、何をどこまで返すかは事情によって異なります。相手方との間で返還をめぐって争いになっている場合は、弁護士にご相談ください。成年後見制度の利用や手続きについては、お近くの司法書士会や公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート、家庭裁判所の案内をご確認ください。
参考資料
この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年10月・いずれも一次情報です)。
- 民法 第7条・第9条・第13条・第21条・第120条〜第122条・第121条の2・第124条・第126条・第859条、令和8年法律第45号による改正後(未施行)の第7条・第9条・第10条および同法附則第1条・第2条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 法務省 法制審議会民法(成年後見等関係)部会 部会資料2「法定後見の開始に関する検討」(18頁): https://www.moj.go.jp/content/001418850.pdf
- 公益社団法人商事法務研究会「成年後見制度の在り方に関する研究会 報告書」(令和6年2月・4頁、22頁。法務省掲載の部会参考資料1): https://www.moj.go.jp/content/001417182.pdf
- 公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート(団体名称の確認): https://legal-support.or.jp/