この記事の要点

  • DVなどの被害を受けている人は、住民票のある市区町村に申し出て、住民票の写しや戸籍の附票の写しを加害者に交付しないようにする「DV等支援措置」を受けられる場合があります。避難や支援措置についての相談先は、警察や配偶者暴力相談支援センターなどです
  • ただし支援措置で制限されるのは、住民票と戸籍の附票などから住所を知られる経路です。遺産分割協議書に添える印鑑証明書や、相続登記で登記簿に記録される住所など、相続の手続きには住所が伝わる別の経路があります
  • 協議書を相続人1人1通の「協議証明書」の形にする、書類のやり取りを手続きの取りまとめ役(司法書士など)に一本化する、といった工夫で、住所が他の相続人の目に触れる場面を減らせる場合があります
  • 登記事項証明書に、現住所の代わりの事項を載せてもらう申出の制度もあります(不動産登記法119条6項)
  • 保護命令、相手方との交渉、取り分の争いは弁護士の領域です。「必ず隠し通せる」方法はないため、相談先を組み合わせて早めに準備することが大切です

DV(配偶者などからの暴力)やストーカー行為などの被害から避難している人にとって、家族が亡くなったあとの相続手続きは、「住所が相手に伝わるかもしれない」場面が続くものです。

結論から言うと、住所を知られないための制度はいくつかありますが、それぞれが閉じるのは一部の経路だけです。どの経路が制度で閉じられ、どの経路が残るのかを先に整理し、身の安全の確保→支援措置の申出→相続手続き、の順に準備を進めることが基本になります。

なお、この記事は執筆時点(2026年11月)の制度に基づく一般的な解説です。個別の事情によって使える制度や進め方は変わります。

住所が伝わりうる経路を先に整理する

相続の手続きで住所が他の人に伝わりうる経路と、それぞれに使える手当てをまとめると、次のようになります。

経路 住所が載るもの 使える手当て
住民票の写し・戸籍の附票の写し 現住所や住所の移り変わり DV等支援措置(市区町村への申出)
遺産分割協議書と印鑑証明書 協議書の住所欄、印鑑証明書の住所 協議証明書の形にする、書類の受け渡し方を工夫する、家庭裁判所の調停を使う
登記簿(登記事項証明書) 不動産を取得した人の住所 住所に代わる事項を記載してもらう申出
登記の申請書類(登記簿の附属書類) 添付した住民票の写しや印鑑証明書 被害者の現住所を見せない措置(閲覧の制限)

なお、戸籍(戸籍謄本)そのものには現住所は書かれていません。住所が記録されているのは、住民票と、本籍地の市区町村で戸籍とあわせて管理されている「戸籍の附票」です。

① 住民票・戸籍の附票の交付制限(DV等支援措置)

しくみ

「住民基本台帳事務におけるDV等支援措置」は、住民票や戸籍の附票を扱う市区町村の事務の取扱いとして設けられている措置です。住民基本台帳法の写しの交付・閲覧の規定と関係する省令のもとで、総務省の「住民基本台帳事務処理要領」(第5の10)に取扱いが定められています(総務省の案内、令和8年4月15日付け総行住第60号通知による)。

  • 対象になる人:DV(配偶者からの暴力)の被害者、ストーカー行為等の被害者、児童虐待を受けた児童である被害者で、さらに被害を受けるおそれがある人と、これらに準ずる人です。申出をした人と同じ住所に住む人についても、あわせて支援を求めることができます(総務省の案内)
  • 申出先:住民票のある市区町村の窓口です。戸籍の附票は本籍地の市区町村が管理しており、総務省の案内では、戸籍の附票のある市区町村にも申し出ることができるとされています。総務省が示す申出書の様式は、受け付けた市区町村から関係する市区町村へ転送する欄を設けた形になっていて、本籍地の戸籍の附票や前の住所地の除票などについても、あわせて支援を求めるつくりです
  • 支援の必要性の確認:市区町村は、警察、配偶者暴力相談支援センター、児童相談所などの相談機関の意見を聴くか、裁判所の保護命令決定書の写しやストーカー規制法に基づく警告等の実施書面などの提出を求めて、支援の必要性を確認します(総務省の案内)。そのため、申出の前に相談機関に相談しておくのが原則的な流れです
  • 効果:加害者からの住民票の写しや戸籍の附票の写しの交付請求、住民基本台帳の一部の写しの閲覧請求には応じない扱いになります。加害者以外の人からの請求でも、加害者の代わりに請求していないかどうかを、本人確認や請求の理由の確認を通じて厳しく審査したうえで判断されます。弁護士や司法書士などが職務上の必要から請求する場合について、事務処理要領に別枠の扱いは見当たらず、同じく加害者以外の第三者からの請求として、この厳格な審査の対象になると読めます。ただし、市区町村長がこうした措置を不要と認める者については除く、という但し書きもあります(住民基本台帳事務処理要領第5の10)
  • 期間:支援措置の期間は、市区町村が確認の結果を申出者に連絡した日から1年です。続けて受けるには、期間が終わる1か月前から延長の申出ができ、延長後の期間も1年です。延長のときも、支援の必要性が改めて確認されます(総務省の案内、令和8年4月15日付け総行住第60号通知)

注意したいのは、支援措置は申し出れば必ず受けられるものではなく、市区町村が支援の必要性を確認して行う措置だという点です。また、制限されるのは住民票の写しや戸籍の附票の写しなどの交付・閲覧で、ほかの書類や手続きから住所が伝わることまで防ぐものではありません。

相続の場面での影響

相続の手続きでは、ほかの相続人が、相続人の確認や話し合いの連絡のために、戸籍の附票で住所を調べることがあります。支援措置を受けていると、その請求をした人が加害者でなくても、写しが交付されなかったり、確認に時間がかかったりすることがあります。附票で住所を調べる一般的な流れと、交付を受けられないときの考え方は、会ったことのない異母きょうだいが相続人──連絡の取り方と協議の進め方で触れています。

こちらから連絡しなければ相続の話が止まってしまうこともあるため、被害を受けている側が「どの連絡先(窓口)を使って、ほかの相続人とやり取りするか」をあらかじめ決めておくと、手続きを進めやすくなります。

② 遺産分割と相続登記を、住所を知られずに進める工夫

ここからは、遺産分割の話し合いや相続登記を、住所をできるだけ知られずに進めるための一般的な工夫です。どれも「この方法なら必ず隠せる」というものではありません。

協議書の住所欄と、印鑑証明書という「もう一つの経路」

遺産分割協議書の書き方は、法律で様式が決められているわけではありません。協議書に相続人の住所を書くのは、添付する印鑑証明書と照らし合わせて本人を特定するための一般的な書き方です。住所欄の書き方を工夫できるかどうか、またその書き方で登記や金融機関の手続きに使えるかは、提出先(法務局や金融機関)の扱いによるため、事前に確かめる必要があります。

そして見落としやすいのが、協議書に添付する印鑑証明書にも住所が載っていることです。協議書の住所欄を工夫しても、印鑑証明書がほかの相続人の手に渡れば、住所は伝わります。本当に気をつけるべきなのは「印鑑証明書を含む書類一式が、誰の手元を通るか」です。

協議証明書の形にする

相続人全員が1通の協議書に順番に署名押印して回す方式だと、書類と印鑑証明書が相続人の間を行き来します。これに対して、相続人が1人1通ずつ同じ内容を証明する「遺産分割協議証明書」の形にすれば、自分の書類をほかの相続人に回さずに済みます。2つの方式の違いは、遺産分割協議書と遺産分割協議証明書で整理しています。

ただし、相続登記の申請には相続人全員分の書類と印鑑証明書が必要なので、登記を申請する人(またはその代理人)の手元には、全員分がそろうことになります。登記を申請する側が加害者側の相続人である場合は、この経路から住所が伝わるおそれが残ります。

連絡と書類の受け渡しを窓口役に一本化する

連絡や書類のやり取りを、手続きを取りまとめる司法書士などに一本化し、ほかの相続人と直接やり取りしない形にする方法があります。郵便の宛先や書類の返送先も窓口役にしておき、最初に「住所をほかの相続人に伝えないでほしい」という事情をはっきり伝えておくことが大切です。

ただし、窓口役が引き受けられるのは、書類と手続きの範囲です。相手方との交渉や、取り分をめぐる話し合いの代理は弁護士の領域です。相手方と話し合うこと自体が難しい場合は、最初から弁護士に相談してください。

また、窓口役を置いても、登記を申請するのが加害者側の相続人であれば、前の項目で見たとおり全員分の書類が申請する側にそろうため、住所が伝わるおそれは残ります。

家庭裁判所の調停という選択肢

顔を合わせての話し合いができない、相手方に住所を知られたくない、という場合には、家庭裁判所の遺産分割調停を使う選択肢もあります。家庭裁判所の手続きには、申立てにより、裁判所が住所などを相手方に知られないようにする決定(秘匿決定)をする制度が設けられています(家事事件手続法38条の2が民事訴訟法133条などを準用。2023年2月20日施行)。秘匿決定は、住所などが知られることで社会生活に著しい支障が生じるおそれを示したうえで裁判所が判断するもので、申し立てれば必ず認められるものではありません。また、調停が成立すると、家庭裁判所の調停調書を添付して相続登記を申請できます(法務局の案内)。この場合は、相続人全員が実印を押した協議書とその印鑑証明書を集める方式ではなくなるため、自分の印鑑証明書がほかの相続人の手元を通る場面は減ります。調停調書で申請するときに必要な書類は、申請先の法務局に確認してください。

調停を申し立てるかどうか、どのように進めるかは、相手方との争いにかかわる判断になるため、弁護士に相談してください。

相続から離れたいとき

相手方と関わらずに相続から離れたいと考える場合は、家庭裁判所での相続放棄も選択肢になります。原則として、自分のために相続が始まったことを知った時から3か月以内に手続きをする必要があります(民法915条1項)。相続放棄の申述は家庭裁判所の審判事件で、その記録は当事者や利害関係を疎明した第三者が家庭裁判所の許可を得て閲覧する仕組みです(家事事件手続法47条)。申述の書類に書く住所がどう扱われるか、住所などを秘匿する申立て(同法38条の2)が使えるかどうかは、申述の前に家庭裁判所に確認してください。

③ 登記簿に住所が載ることへの対応

相続登記をすると、不動産を取得した人の氏名と住所が登記簿に記録されます。登記事項証明書は、手数料を納めれば誰でも請求できるため、ここも住所が伝わる経路になります。

この点について、2024年4月1日から、DV被害者などが申し出ると、登記事項証明書に現住所の代わりの事項を記載する制度が始まっています(不動産登記法119条6項。細かな手続きは不動産登記規則202条の2以下で定められています)。

  • 対象になる人:住所が明らかになることで生命・身体に危害が及ぶおそれがある人のほか、DV、ストーカー行為等、児童虐待の被害を受けて、さらに被害を受けるおそれがある人などです(不動産登記規則202条の3)。法務省の案内では、申出には被害の状況などを書いた陳述書と、市区町村のDV等支援措置決定の通知書など被害を裏付ける書面を添えるとされています
  • 申出のタイミング:すでに登記されている住所について申し出ることも、相続登記など新たに住所が記録される登記の申請とあわせて申し出ることもできます(法務省の案内)
  • 代わりに載る事項:「公示用住所」と呼ばれ、本人と連絡をとることのできる人の住所や事務所などの所在地です。法務局をその提供者とすることもできます(不動産登記規則202条の10・202条の11第2項)

この制度は、登記事項証明書に載せる内容を置き換えるもので、登記記録そのものには実際の住所が記録されます。また、登記の申請書類(登記簿の附属書類)を閲覧するときも、DV被害者などの現住所を見せない措置(閲覧制限措置)がとられている部分は、被害者本人が請求する場合を除いて閲覧の「正当な理由」が認められず、閲覧の対象になりません(令和5年3月28日民二第537号通達)。この閲覧制限措置は、登記事項証明書の住所を置き換える申出とは別の仕組みなので、どちらも必要なときは、登記を申請するときに申請先の法務局に確認してください。附属書類の閲覧のしくみは、相続登記の遺産分割協議書や遺言書は法務局で見られる?で解説しています。

なお、ほかの相続人が法定相続分どおりの相続登記を申請すると、こちらも共有者の一人として登記簿に記録されることがあります。自分が申請人にならない登記でも住所が載る場面があることを、頭に入れておくとよいでしょう。

相談先の組み合わせ

住所を知られないための対応は、1か所の窓口だけでは完結しません。役割ごとに相談先を組み合わせるのが現実的です。

  • 身の安全・避難、支援措置に必要な相談:警察、配偶者暴力相談支援センターなど
  • 支援措置の申出:住民票のある市区町村の窓口
  • 保護命令、相手方との交渉、取り分の争い、調停:弁護士(費用が心配な場合は法テラスの制度を利用できることがあります)
  • 相続登記の手続きと書類の流れ、登記事項証明書の住所に代わる事項の申出:司法書士

相続の手続きが動き出すと、ほかの相続人が住所を調べようとすることがあります。相続の手続きを始める前に、支援措置の申出などの準備を整えておくことが、順番として大切です。

まとめ

DVなどの被害を受けている相続人が住所を知られたくないときは、①住民票と戸籍の附票(DV等支援措置)、②遺産分割協議書と印鑑証明書(協議証明書の形・窓口役の一本化・調停)、③登記簿(住所に代わる事項の申出)、という経路ごとに対応を考えます。どの制度も一部の経路を閉じるもので、「必ず隠し通せる」方法はありません。

身の安全にかかわることは警察や配偶者暴力相談支援センターへ、相手方との交渉や取り分の争いは弁護士へ相談したうえで、相続登記や書類の進め方については、お近くの司法書士にご相談ください。

よくある質問

Q. 支援措置や、住所を載せない登記の申出に費用はかかりますか? 市区町村への支援措置の申出については、総務省の案内や関係する通知に手数料の定めはありません。ただし、市区町村の窓口の手数料は各市区町村が定めるものなので、気になる場合は窓口で確認してください。登記事項証明書に住所に代わる事項を記載してもらう申出についても、登記の手数料を定める政令(登記手数料令)に手数料の定めはありません(登記事項証明書の交付そのものには、通常どおり手数料がかかります)。一方、相続登記をするときの登録免許税(相続による所有権の移転は、原則として不動産の価額の1000分の4。登録免許税法別表第一)や、専門家に依頼する場合の報酬は別にかかります。費用が心配な場合は、法テラスの制度を利用できることがあります。

Q. 期限はありますか。放っておくとどうなりますか? 支援措置の期間は1年で、延長の申出をしないと終了して、交付の制限が外れます(延長の申出は、期間が終わる1か月前からできます)。また、相続登記には、相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内に申請する義務があります(不動産登記法76条の2)。DV被害者などで、生命・心身に危害が及ぶおそれがあって避難を余儀なくされている場合は、申請しないことの「正当な理由」の例として法務省のQ&Aに挙げられていますが、手続きをずっと先送りしてよいという意味ではありません。

Q. 自分でできますか。どこに相談すればいいですか? 支援措置の申出は、被害を受けている本人が住民票のある市区町村にする手続きです。避難や安全の相談は警察や配偶者暴力相談支援センター、保護命令や相手方との交渉・取り分の争いは弁護士、相続登記の手続きや書類の受け渡し方は司法書士、と役割ごとに相談先を分けて考えてください。

【さらに深掘り】住所を知らせていない相続人がいるときの相続人調査

ご注意 以下は執筆時点(2026年11月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。

相続の手続きは、亡くなった方の出生から死亡までの戸籍をたどって、相続人が誰かを確定するところから始まります。支援措置を受けている相続人がいる場合、「誰が相続人か」を確定する段階と、「その人がどこに住んでいるか」を調べる段階とで、起きることが分かれます。

相続人の確定は戸籍で進み、住所の調査は附票で止まる

  • 戸籍の段階:戸籍には現住所が書かれていないため、支援措置を受けている人がいても、戸籍をたどって相続人の範囲を確定する作業そのものは進められます。戸籍謄本は、戸籍に記載されている人やその配偶者・直系の親族が請求でき(戸籍法10条1項)、それ以外の人も、自分の権利を行使するために確認が必要な場合など、決められた場合に限って請求できます(同法10条の2第1項)。戸籍に記載されている人などからの請求でも、不当な目的によることが明らかなときは、市区町村長が拒むことができるとされています(同法10条2項)
  • 附票の段階:住所を調べるために戸籍の附票の写しを請求する段階で、支援措置が関係してきます(附票の写しの交付は住民基本台帳法20条)。総務省の住民基本台帳事務処理要領は、附票の写しの請求の受理について、DV・ストーカー行為等・児童虐待などの被害者の保護のための措置に係る取扱いを、住民票の写しの場合に準じて扱うとしています。司法書士などが依頼者の事情を理由に附票の写しを申し出る場合(同法20条4項)について、事務処理要領に別枠の扱いは見当たらず、加害者以外の第三者からの申出として、本人確認と利用目的の厳格な審査の対象になると読めます(市区町村長がこうした措置を不要と認める者は除く、という但し書きもあります)。支援措置の対象者の分が交付されるかどうかは、その審査の結果によります(住民基本台帳事務処理要領第5の10)
  • 本籍は戸籍に載る:戸籍に住所は載りませんが、本籍は載ります。避難したあとに本籍を移している場合などは、戸籍に載る本籍の場所から生活している地域が推測されることがないか、念のため考えておきたい点です

法定相続情報一覧図には、相続人の住所を書かない選択ができる

相続人の一覧を法務局に保管してもらう「法定相続情報一覧図」は、写しを金融機関などの複数の提出先に出すことが多い書類です。一覧図に必ず書く相続人の情報は、氏名・生年月日・亡くなった方との続柄で(不動産登記規則247条1項2号)、相続人の住所は書くかどうかを選べます。住所を書いた場合は、その住所を証する書面の添付が必要になります(同条4項)。支援措置を受けている相続人がいるときは、一覧図にその人の住所を書かない形で作っておくと、写しを通じて住所が広がる経路を一つ減らせます。

「住所が分からない」ことと「行方が分からない」ことは別の話

ほかの相続人の側から見ると、住所が分からない相続人がいると、相続の話を進められなくなります。民法には、従来の住所や居所を去った人(不在者)の財産について、家庭裁判所が管理人の選任などの処分をする制度があります(民法25条1項)。ただ、住所をほかの相続人に知らせていないだけで、窓口役を通じて連絡はつく相続人が、この条文にいう「従来の住所又は居所を去った者」に当たるかどうかは、条文からは一律に決まらず、事案ごとに家庭裁判所が判断します。

連絡がつかない状態が続くと、ほかの相続人が、遺産分割調停の申立てなど家庭裁判所の手続きを検討することもあります。住所は伝えないまま、窓口役(依頼した弁護士や、手続きを取りまとめる司法書士など)を通じて「協議には応じる意思がある」ことを早めに伝えておくほうが、意図しない形で手続きが動くことを避けやすい場合があります。どのような内容で応じるか、相手方とどう話し合うかは、弁護士に相談してください。

【さらに深掘り】登記の申請書類・登記記録に載る住所と「住所に代わる事項」の申出

ご注意 以下は執筆時点(2026年11月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。

相続登記で住所が出てくる場所

相続による所有権移転の登記では、住所が次の3か所に出てきます。

出てくる場所 誰の住所か 根拠
登記の申請情報(申請書) 申請人 不動産登記令3条1号
添付する住所の証明(住民票の写しなど) 登記名義人になる人 不動産登記令別表30項添付情報欄ハ
登記記録(登記簿) 権利を取得した人 不動産登記法59条4号

登記記録に住所が記録されるのは、不動産を取得して登記名義人になる人です。遺産分割で不動産を取得しない相続人の住所は、登記記録には記録されません。ただし、その人の印鑑証明書は協議書とともに登記簿の附属書類として法務局に保管されます(附属書類の閲覧の制限は本文のとおりです)。

申出の制度のしくみ(2026年11月時点の不動産登記規則)

  • 対象になる場合:住所が明らかになることで人の生命・身体に危害が及ぶおそれがある場合(不動産登記法119条6項)のほか、これに準ずる場合として、ストーカー行為等の被害者、児童虐待を受けた児童、配偶者からの暴力の被害者などで、さらに被害を受けるおそれがある場合が規則に定められています(不動産登記規則202条の3)
  • 代わりに載る事項:「公示用住所」と呼ばれ、登記記録に記録されている人と連絡をとることのできる人(公示用住所提供者)の住所や事務所などの所在地とされています(同規則202条の10)。法務局を提供者とすることも規則に定めがあり、法務局以外を提供者とする場合は、その提供者の承諾を証する書面が必要です(同規則202条の11第2項3号・4号)
  • 添付する書面:申出には、対象になる場合に当たる事実を明らかにする書面などを添付します(同規則202条の11第2項1号)。法務省の案内では、被害の日時・態様や住所が公開されることで更に被害を受けるおそれなどを書いた陳述書と、過去の被害を裏付ける公的な書面(市区町村のDV等支援措置決定の通知書、ストーカー規制法に基づく警告等の実施書面、配偶者暴力相談支援センター等の相談証明書など)を添付するとされています。書面から判断できない場合は、対面で調査されることがあります
  • 申出先:不動産の所在地を管轄する登記所以外の登記所にも申出ができます(同規則202条の4第2項)
  • 本人が使う証明書:申出をした本人やその相続人は、住所の置き換えをしていない登記事項証明書を請求できます(同規則202条の14第1項)。売却などで実際の住所が載った証明書が必要なときのための定めです

実務上の注意点

  1. 時間差をつくらない:置き換えられるのは、登記事項証明書と登記事項要約書に記載する住所です(同規則202条の13)。申出より前に交付された証明書を回収することはできないため、登記が終わってから申出をするまでの間に住所入りの証明書が出回らないよう、登記の申請と申出の段取りを事前に決めておくことが大切です。法務省の案内では、新たに住所が記録される登記の申請とあわせて申出をすることができ、書面申請と同じ登記所に同時に申し出る場合は、申請書に「同時にする代替措置申出あり」、申出書に「同時にする登記申請あり」と書き添える扱いが示されています(申出はオンラインではできず、申出書の提出によります)。具体的な段取りは、申請先の法務局に確認してください
  2. 不動産を取得するかどうかで、住所が公示される場面が変わる:不動産を取得して登記名義人になると、その後に引っ越したときには、住所の変更の登記を申請する義務も続きます(不動産登記法76条の5・変更の日から2年以内。2026年4月1日施行)。DV被害者などで、生命・身体に危害が及ぶおそれがあって避難を余儀なくされている場合は、この登記をしないことの「正当な理由」の例として法務省のQ&Aに挙げられています。なお、登記官が職権で住所の変更の登記をする制度もありますが、登記名義人が個人の場合は、本人の申出があるときに限られます(同法76条の6)。住所の変更の登記をするときも、あわせて申出を検討する必要があります。不動産を取得するか、代わりに金銭を受け取るかといった分け方の違いは、住所が登記記録に載り続けるかどうかという点でも差が出ます。ただし、どの分け方にするかは相続人全員の合意で決めることで、取り分をめぐる話し合いや争いは弁護士の領域です
  3. 相続人申告登記でも住所が載る:相続人申告登記の申出があると、登記官が職権で、申出をした人の氏名と住所などを登記に付記することができるとされています(同法76条の3第3項)。申請義務を果たす簡易な方法として使う場合も、住所が登記記録に載りうることを前提に、相続人申告登記を使うかどうかを考えておく必要があります

どの手当ても、住所が伝わる経路の一部を閉じるもので、「これで必ず隠し通せる」というものではありません。身の安全にかかわる判断は警察や配偶者暴力相談支援センターなどの相談機関に、相手方との交渉や取り分の争いは弁護士に相談したうえで、登記の段取りを組み立ててください。


参考資料

この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年11月・いずれも一次情報です)。


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