この記事の要点
- 民法で、人に注意を求める基準としてよく出てくる言い回しが2つある。「善良な管理者の注意」が重い基準、「自己の財産におけるのと同一の注意」が軽い基準
- 相続の条文では、相続人が遺産を管理するとき(918条)や相続放棄のあとに財産を保存するとき(940条)に軽い基準が、遺言執行者(1012条3項→644条)には重い基準が使われている
- 軽い基準には「自己の財産に対するのと同一」「固有財産におけるのと同一」など言い回しの揺れがあるが、どれも「自分(自分の財産)と同一の注意」という同じ形の言葉になっている
民法を読んでいると、「善良な管理者の注意をもって」「自己の財産におけるのと同一の注意をもって」という決まり文句に出会います。どちらも「きちんと気をつけて扱いなさい」という意味に見えますが、法律の世界では求められる注意の重さが違う2つの基準です。結論から言うと、前者が重い基準、後者が軽い基準です。
「善良な管理者の注意」=本人ではなく「善良な管理者」を物差しにする注意
重いほうの基準は、民法644条にあります。「受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。」──人から仕事を頼まれた受任者(たとえば専門家)に向けた条文です。
「善良な管理者」は、特定の人物のことではありません。本人自身ではなく、「善良な管理者ならどう扱うか」という一般的な人物像を物差しにする基準で、略して善管注意義務と呼ばれます。後で見る軽い基準が「自己の財産」、つまり本人自身を物差しにしているのと比べると、言葉の作りの上では、本人が普段どれだけ大ざっぱな性格かは物差しに入っていない、というところがポイントです。民法400条(特定の物を引き渡す義務を負う人の保存義務)は、同じ「善良な管理者の注意」について「契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして定まる」と書き添えています。物差しとして挙げられているのは契約の内容や取引の常識で、本人の性格や普段の習慣は挙げられていません。400条は物の引渡しの場面の条文ですが、この基準が本人の外側にある事情に照らして決まるものであることを知る手がかりになります。
相続の場面でこの重い基準が使われる代表例が遺言執行者です。民法1012条3項が644条を準用しているため、遺言執行者は善良な管理者の注意をもって遺言の内容を実現する義務を負います。遺言執行者の役割はこちらの記事で解説しています。
「自己の財産におけるのと同一の注意」=自分の物を扱うときと同じ程度の注意
軽いほうの基準は、「自分の財産を扱うときと同じくらい気をつければよい」という意味です。条文の言葉どおりに読むと、物差しは「善良な管理者」という一般的な人物像ではなく、その人自身が自分の物を扱うときの注意です。
相続の条文には、この軽い基準が並んでいます。
- 民法918条(相続人による管理)──「相続人は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならない。」相続を承認するか放棄するかを決めるまでの間、相続人は自分の財産と同じ程度の注意で遺産を管理すればよい、という定めです(承認・放棄をしたあとは、この条文の対象から外れます)。
- 民法926条1項(限定承認者による管理)──限定承認をした相続人も、「その固有財産におけるのと同一の注意」で管理を続けます。
- 民法940条1項(相続の放棄をした者による管理)──相続放棄をした人が、放棄の時点で遺産に属する財産を現に占有しているときは、相続人や相続財産の清算人に引き渡すまでの間、「自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない」と定めています。相続人でなくなった人にまで善良な管理者の注意という重い基準を求めるのではなく、軽い基準が選ばれています。この条文の詳しい内容は相続放棄しても管理義務が残ることがあるをご覧ください。
ここで条文の読み方として押さえておきたいのが、言い回しの揺れです。940条は「自己の財産におけるのと同一」、918条・926条は「その固有財産におけるのと同一」、無報酬で物を預かった人についての659条は「自己の財産に対するのと同一」と、少しずつ表現が違います。さらに、親権者の財産管理についての827条は「自己のためにするのと同一の注意」と書かれています。細かな違いはあっても、どれも「自己(自分の財産)と同一の注意」という同じ形をとっていて、「善良な管理者の注意」とは別の言葉が選ばれている点で共通しています。条文を読むときは、まずこの形を目印に「軽いほうの基準だ」と見分けると迷いにくくなります。
もう一点、918条・926条が「管理」と書いているのに対し、940条1項の本文は「保存」という言葉を使っています(条文の見出しは「相続の放棄をした者による管理」のままです)。条文に書かれているのは財産を「保存」することで、積極的に運用したり処分したりすることまでは書かれていません。言葉の上では、財産の現状を保つことが義務の中心に置かれていると読む手がかりになります。
なぜこの違いが大事か
同じ「注意をもって」でも、善良な管理者の注意なら「善良な管理者ならどう扱うか」という一般的な物差しに届かなければ義務違反を問われる可能性があり、自己の財産におけるのと同一の注意なら「自分の物と同じように扱っていたか」が目安になります。相続の手続きでは、遺産を預かる立場になった人が「どこまで気をつければよいのか」を知る土台になる区別です。
まとめ
「善良な管理者の注意」は本人ではなく「善良な管理者」という一般的な人物像を物差しにする注意、「自己の財産におけるのと同一の注意」は自分の物を扱うときと同じ程度の注意で、前者のほうが重い基準です。相続の条文では、相続人の管理(918条)・限定承認者の管理(926条)・相続放棄後の保存(940条)に軽い基準が、遺言執行者(1012条3項が準用する644条)に重い基準が使われています。ご自身のケースで遺産の管理や保存について迷ったときは、お近くの司法書士にご相談ください。
参考資料
この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年10月・いずれも一次情報です)。
- 民法 第400条・第644条・第659条・第827条・第918条・第926条・第940条・第1012条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 法務省 法制審議会民法(債権関係)部会 部会資料47「民法(債権関係)の改正に関する論点の検討(19)」(第1・1「役務提供者の義務に関する規律」補足説明2〜3頁、第3・3「受寄者の保管に関する注意義務」44〜45頁): https://www.moj.go.jp/content/000102677.pdf