遺言を書いた、あるいは書いてもらった。ところが、いざ亡くなったあとに「これ、誰がどう動かすの?」と立ち止まる方が少なくありません。預金を解約するのは誰か。不動産の名義を変えるのは誰か。相続人全員でいちいち印鑑をもらわなければいけないのか。
その「動かす役」を担うのが**遺言執行者(いごんしっこうしゃ)**です。2018年の相続法改正で、遺言執行者の立場と権限はかなり整理されました。それでもなお、「何ができて、何はできないのか」が分かりにくい役どころでもあります。
この記事では、遺言執行者の制度を一般の方向けに、選び方・就任から終了までの流れ・できることとできないことを順を追って整理します。
1. そもそも遺言執行者とは何をする人か
遺言執行者は、遺言の内容を実現するために動く人です。
たとえば次のような場面で登場します。
- 預貯金の解約・払戻し、相続人への分配
- 不動産の名義変更登記(相続を原因とする所有権移転登記など)
- 遺贈(相続人以外への財産の引渡し)
- 認知などの身分行為の届出
- 株式・有価証券の名義書換
遺言で「長男に自宅を相続させる」「次女に預金を相続させる」と書いてあっても、現場で動く人がいなければ、銀行も法務局も書類を受け付けてくれません。遺言を「絵に描いた餅」にしないために置くのが遺言執行者、と考えるとイメージしやすいかと思います。
民法1012条1項は、遺言執行者について「遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」と定めています。「必要な一切の行為」と幅広く書かれているのは、2018年改正で権限が整理された結果です。
2. 遺言執行者は必ず必要なのか
**必ずしも必要ではありません。**ただし、置いた方がスムーズなケースがあります。
遺言執行者がいなくても動かせる場合
「相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)」で、不動産や預金を相続人のうちの誰かに相続させると書かれている場合、その相続人本人が単独で名義変更や解約の手続きを進めることができます。この場合、遺言執行者がいなくても基本的な手続きは可能です(不動産については相続を原因とする所有権移転登記の単独申請=不動産登記法63条2項。民法1014条2項は、遺言執行者がいる場合に執行者にも対抗要件具備行為の権限を明確化した別の規定です)。
遺言執行者が必要・あった方がよい場合
法律上、遺言執行者でなければできない手続きもあります。
- 遺贈(相続人以外への財産の引渡し):遺言執行者がいない場合、相続人全員の協力を得るか、家庭裁判所での選任が必要になります
- 認知:遺言執行者しか手続きできません(戸籍法64条)
- 推定相続人の廃除・廃除取消し:遺言執行者がいなければ進められません(民法893条・894条2項)
また法律上不可欠ではなくても、
- 相続人の数が多い/関係が遠い
- 高齢の相続人や遠方の相続人がいる
- 一人の相続人にすべての名義変更を任せると負担が大きい
こうした場合は、遺言執行者を置く方が現実的にスムーズです。
3. 遺言執行者は誰がなるのか──3つのなり方
遺言執行者になる方法は、大きく3つあります。
① 遺言で直接指定する
もっとも多いのがこのパターンです。遺言の中で「遺言執行者として○○を指定する」と書いておきます。配偶者・子・親族・専門家のいずれでも指定できます(民法1006条1項)。
② 遺言で第三者に「指定を委ねる」
「遺言執行者の指定は○○に委託する」という形で、遺言の中で指定権限だけを第三者に渡すこともできます(民法1006条1項)。指定を委ねられた人は、就任を承諾するかしないかを自分で決めることができます。
③ 家庭裁判所が選任する
遺言で何も決められていない/指定された人が亡くなっている/辞退した、というときは、家庭裁判所に申立てて選任してもらいます(民法1010条)。申立てができるのは、利害関係人(相続人・受遺者・債権者など)です。
4. 就任から終了までの流れ
遺言執行者は就任した瞬間から、いくつかの義務が走り出します。順番に押さえておきましょう。
Step 1:就任の承諾
遺言で指定されただけでは「執行者確定」とはなりません。承諾して初めて執行者の立場になります(民法1007条1項)。逆に承諾しなければ、最初から執行者ではありません。
Step 2:相続人への通知(民法1007条2項)
2018年改正で明文化された大事な義務です。承諾後、遅滞なく遺言の内容を相続人に通知する必要があります。これを怠ると、後で「知らされていなかった」と紛争の火種になります。
Step 3:財産目録の作成・交付(民法1011条)
相続財産の目録を作成し、相続人に交付します。これも執行者の義務です。
Step 4:遺言内容の執行
- 預貯金:金融機関での解約・払戻し
- 不動産:相続登記・遺贈による所有権移転登記
- 株式:名義書換手続き
- 動産・貴金属:引渡し
これらを、遺言の内容に沿って進めます。
Step 5:執行終了の通知・報告
すべての執行が終わったら、相続人に対して経過・結果を報告します。委任の規定が民法1012条3項により準用されており、執行者には**善管注意義務(民法644条)と報告義務(民法645条)**があります。
5. 遺言執行者には「何ができて」「何ができないのか」
ここがいちばん誤解の多いところです。遺言執行者は「遺言の内容を実現する人」であって、「相続の全権代理人」ではありません。
できること(執行者の権限の中)
- 遺言で指定された財産の管理・処分・名義変更
- 預貯金の解約・払戻し(相続人への分配を含む)
- 遺贈の履行(受遺者への引渡し)
- 相続財産の管理(民法1012条1項)
- 復任権を使った専門家への委任(民法1016条1項。たとえば登記は司法書士へ、税務は税理士へ、というように)
できないこと(執行者の権限の外)
- 遺留分侵害額請求への対応や調停・訴訟:これは相続人間の権利調整の問題で、執行者の役割の外です。当事者の代理は弁護士の領域になります
- 相続税の申告書作成・税額計算:これは税理士の独占業務です(税理士法52条)。執行者が直接申告書を作るわけではなく、税理士に依頼する形になります
- 遺言の有効性そのものを争う訴訟:遺言が有効かどうかが争われる場面は、執行者の権限の射程外です
- 遺産分割の協議をまとめる役:相続人同士の話し合いを取り仕切るのも、執行者本来の役割ではありません
相続人による妨害は禁止(民法1013条)
遺言執行者がいる間は、相続人は相続財産の処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができません(民法1013条1項)。これに違反した処分行為は無効です(同条2項本文)。ただし、善意の第三者(事情を知らない買主など)に対しては、その処分の無効を主張できません(同項ただし書)。
6. 報酬と費用
遺言執行者に報酬を払うかどうか・いくら払うかは、まず遺言の定めによります(民法1018条1項)。遺言に定めがない場合は、家庭裁判所に申し立てて報酬を決めてもらうことができます。
専門家を遺言執行者に指定する場合は、遺言の中で報酬の定め方をはっきり書いておくのがトラブル予防になります。
7. 遺言執行者を解任したい・辞めたい
執行者が職務を怠ったり、不正をはたらいたときは、利害関係人が家庭裁判所に解任を請求することができます(民法1019条1項)。
執行者の側からも、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て辞任できます(民法1019条2項)。
ただし、解任を争う・遺言の有効性を争うといった紛争性のある場面そのものは、当事者の代理人として動くのは弁護士の領域になります。司法書士は、書類の作成や登記の段階での関与が中心です。
8. 司法書士が遺言執行者になることはあるのか
あります。法律で「司法書士しかなれない」というものではなく、また「司法書士はなれない」というものでもありません。民法1006条以下に基づき、私人としての立場で就任します。
司法書士が遺言執行者になると、
- 不動産が遺産に含まれている場合、執行と相続登記をひとつながりで進められる
- 家庭裁判所への申立書類(選任申立て・解任申立て・報酬付与の申立てなど)の作成も範囲内
といった点で、登記と書類作成の段階を通して動きやすい立場ではあります。一方で、税務申告は税理士、相続人間の紛争解決は弁護士、というように、それぞれの専門領域へきちんとつなぐ役回りも執行者の仕事です。
9. 近時の改正と遺言執行──相続登記義務化・相続人への遺贈の単独申請
遺言執行の周辺では、近年いくつかの大きな改正が施行されています。
① 相続登記の申請義務化(不登法76条の2、令和6年4月1日施行)
不動産の所有者が亡くなり相続が発生した場合、相続人は相続により所有権を取得したことを知った日から3年以内に所有権移転登記を申請する義務を負います。違反した場合は10万円以下の過料の対象となります(不登法164条1項)。
遺言で「長男に自宅を相続させる」と書いてあった場合、長男は被相続人の死亡を知り、かつ自宅を取得したことを知った日から3年以内に登記申請をすることになります。遺言執行者が指定されていれば、遺言執行者が登記申請を進めることで相続人の義務を実質的に履行できます。執行者を置いておく実務上のメリットの一つです。
なお、3年以内に登記が難しい場合の救済として、相続人申告登記(不登法76条の3、令和6年4月1日施行)の制度も用意されています。これは「相続が開始したこと」と「自分が相続人であること」を法務局に申し出ることで、相続登記の申請義務を一旦履行したものとみなされる仕組みです。
② 相続人に対する遺贈の単独申請(不登法63条3項、令和5年4月1日施行)
改正前は、遺贈による所有権移転登記は、相続人に対する遺贈であっても、相続人以外への遺贈と同様に「登記権利者と登記義務者の共同申請」(具体的には、受遺者と、相続人全員または遺言執行者)が必要でした。
令和5年4月1日施行の不動産登記法63条3項により、相続人に対する遺贈の場合は、受遺者(登記権利者)の単独申請で登記できるようになりました。遺言執行者が指定されていなくても、相続人である受遺者が単独で動けるようになった点は、実務上の負担軽減につながっています。
ただし、相続人以外への遺贈については、引き続き共同申請(登記権利者と遺言執行者または相続人全員)が必要です。
10. まとめ──遺言執行者は「設計の段階」から考える役どころ
遺言執行者は、遺言が機能するかどうかを左右する役回りです。
- 遺言を作るとき:誰を執行者に指定するか、報酬や復任権の取り決めをどう書くか
- 相続が始まったあと:通知義務・財産目録の作成・遺言の執行・終了報告までを誠実に進められるか
遺言を書いておくだけで安心するのではなく、**「誰がそれを動かすのか」**まで設計しておくと、相続が始まったあとの家族の負担はずいぶん違ってきます。
なお、
- 紛争性のある場面(遺言の有効性を争う・遺留分の対立・調停)は弁護士へ
- 相続税の申告書作成・税額計算は税理士へ
- 遺言執行者の選任申立て・遺言執行に伴う登記はお近くの司法書士へ
それぞれの専門家に振り分けてご相談されるのが安心です。
【さらに深掘り】遺言執行者の指定・復任・複数執行者の設計
ご注意 以下は執筆時点(2026年5月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。
遺言執行者は「設計の段階で7割が決まる」と言われる役どころです。本文で触れた基本制度の上に乗る、設計と運用の論点を整理します。
1. 遺言で執行者を指定するときの文案設計
① 単独指定の標準形
もっともシンプルなのは、遺言の中で直接「遺言執行者として○○(住所・氏名・生年月日)を指定する」と書く方法です。
設計上のポイントは2点。
- 本人の特定情報を正確に書く:氏名のみだと同姓同名のリスクが残ります。住所・生年月日を併記しておくと、就任承諾の段階で疑義が生じにくくなります
- 権限の範囲・報酬・復任権の取扱いも合わせて書いておく:遺言の中で執行者の報酬や、専門家への再委任(復任)について別段の意思表示をしておくと、後から運用が固まります
② 予備的指定
指定された執行者が、遺言者よりも先に亡くなったり、就任を辞退したりすることはあり得ます。これに備えて、第二順位・第三順位の予備的指定を遺言に組み込んでおくと、執行が空転するリスクを下げられます。
「遺言執行者として配偶者○○を指定する。配偶者が遺言の効力発生時に先に亡くなっているとき、または就任を承諾しないときは、長男○○を遺言執行者として指定する」といった形です。
③ 第三者への「指定の委託」
民法1006条1項は、遺言者が遺言の中で第三者に執行者の指定そのものを委ねることも認めています。
「遺言執行者の指定は、○○(指定権者)に委託する」と書いておけば、指定権者が後で適任者を選んで指定することになります(民法1006条2項)。遺言を書く時点で執行者を確定できない事情があるとき(候補者が遺言者と関係が変わる可能性がある場合など)に使われます。
2. 復任権の整理──2018年改正で原則自由化
改正前の民法1016条は、遺言執行者の復任(事務を第三者に委任すること)を**「やむを得ない事由」**があるときに限って認めていました。これが、2018年改正で大きく変わりました。
現在の民法1016条1項は、
遺言執行者は、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができる。ただし、遺言者が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
と定めています。「やむを得ない事由」要件は削除され、原則として復任は自由になりました。ただし、
- 自己の責任で行うこと(復任した第三者の選任・監督について執行者本人が責任を負う)
- 遺言者が別段の意思を表示していればそれに従うこと
この2点は引き続き押さえる必要があります。
設計の場面では、遺言者の希望に応じて、
- 復任を認める明文を入れる(「遺言執行者は専門家(司法書士・税理士・弁護士等)に必要な事務を委任することができる」)
- 復任を制限する明文を入れる(「本遺言執行者は、自ら執行するものとし、他者への委任は禁止する」)
のいずれかを書き込んでおくと、運用時の判断がぶれません。
3. 複数執行者を置くときの協議義務と保存行為
執行者を複数指定することもできます。家族の代表と専門家を組み合わせる、相続人代表と中立的な第三者を組み合わせる、といった設計です。
複数執行者の場合、民法1017条が次のように定めています。
- 原則は過半数で決定(同条1項):「遺言執行者が数人ある場合には、その任務の執行は、過半数で決する」
- 遺言で別段の定めができる(同条1項ただし書):「ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う」
- 保存行為は単独でできる(同条2項):「前項の規定にかかわらず、各遺言執行者は、保存行為をすることができる」
設計の場面では、
- 役割分担を明示する(「不動産関係は○○が執行し、預貯金・有価証券関係は○○が執行する」)
- 全員一致を要件にする
- 一定の事項のみ全員一致、それ以外は過半数とする
など、遺言の中で運用ルールをはっきり書いておくのが安全です。複数執行者間の意見が分かれて執行が止まる、というのは設計時にもっとも避けたい事態です。
4. 解任と辞任──執行が止まったときの「出口」
執行者の側に問題があるとき、または執行者の側が事情で続けられないとき、それぞれに出口が用意されています。
- 解任請求(民法1019条1項):「遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができる」
- 辞任(同2項):「遺言執行者は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができる」
ここで注意したいのは、解任「請求」も辞任の許可も、家庭裁判所の判断を経るということです。執行者が独断で辞めることも、相続人が独断で解任することもできません。
なお、解任を巡って相続人と執行者の利害が真っ向から対立する場面は、紛争性のある場面として弁護士の領域に入ります。司法書士の関与は、家庭裁判所への申立書類の作成段階に限られます。
5. 「相続させる旨の遺言」と単独申請権の射程(民法1014条2項)
2018年改正で新設された民法1014条2項は、遺言執行の実務にとって大きな意味を持つ規定です。
遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(次条において「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第八百九十九条の二第一項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。
つまり、
- 「長男に自宅を相続させる」のような特定財産承継遺言があった場合
- 遺言執行者は、対抗要件具備のために必要な行為(相続を原因とする所有権移転登記の申請、預貯金の払戻し請求など)を単独で行える
という整理です。
別段の意思表示で排除できる(民法1014条4項)
ただし、同条4項は「前二項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う」と定めています。遺言の中で「特定財産承継遺言の対抗要件具備は遺言執行者ではなく、承継する相続人本人が行うものとする」と書けば、執行者の単独申請権を排除できます。
射程の限界
民法1014条2項は、あくまで特定財産承継遺言(特定の財産を特定の相続人に承継させる遺言)に関する規定です。次のような場面には及びません。
- 包括的に「全財産を○○に相続させる」と書いた包括遺贈の場合
- 相続人以外への遺贈の場合
- 共同相続人間で遺産分割協議が必要な場面
これらは別の条文・別の手続きで動かすことになります。
6. 信託銀行の「遺言信託」と民法上の遺言執行者の違い
ここでよく混同されるのが、信託銀行が販売している「遺言信託」というサービスです。
| 区分 | 民法上の遺言執行者 | 信託銀行の「遺言信託」 |
|---|---|---|
| 法的位置づけ | 民法1006条以下の制度 | 信託銀行の商品名(実態は遺言書保管+遺言執行業務のセット) |
| 信託法上の「遺言信託」(信託法3条2号)との関係 | 別物 | 別物(商品名としての「遺言信託」) |
| 執行を担う者 | 遺言者が指定した個人・法人 | 信託銀行 |
| 費用感 | 個別に決められる | 一般に高めの定額・定率 |
| 不動産登記の同時進行 | 司法書士が執行者なら一体で進められる | 別途、提携司法書士へ依頼する形が多い |
信託法3条2号の「遺言信託」は、遺言によって信託を設定すること(受託者に財産を移転して、目的に従って管理させる仕組み)を指します。信託銀行が販売する商品名としての「遺言信託」とは別の概念です。「遺言信託」という言葉が二重の意味で使われていることが、混乱の原因になりがちな部分です。
7. 受益者連続型信託と遺言執行者の接点(信託法91条)
家族信託の中でも、受益者連続型信託(信託法91条)は遺言執行と隣り合う領域です。
「自分が亡くなったら配偶者へ、配偶者が亡くなったら長男へ」というように、受益権を段階的に承継させる仕組みです。
信託法91条は、
受益者の死亡により、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定め(受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めを含む。)のある信託は、当該信託がされた時から三十年を経過した時以後に現に存する受益者が当該定めにより受益権を取得した場合であって当該受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまでの間、その効力を有する。
と定めています。これがいわゆる30年ルールで、永久承継はできない仕組みになっています。
遺言執行者との関係でいうと、
- 信託契約で設定した受益者連続型信託は、委託者と受託者の契約成立で動き出すため、遺言執行者の関与は不要
- 遺言信託(信託法3条2号)として受益者連続型を組む場合は、遺言の効力発生(=遺言者の死亡)で信託が設定されるため、遺言執行者が信託設定の事務を執行する場面がある
- 受益者連続型を組む際は、遺留分との関係(民法1042条以下、評価方法は1043条以下)の整理が不可避
なお、受益者連続型信託と遺留分の関係については、信託財産を遺留分算定の基礎財産に含めるかどうか、含めるとして第一受益者の権利相当部分のみを対象とするか、後続受益者の権利も加算するかといった論点で議論が動いています。下級審には、信託のうち遺留分制度を潜脱する意図でなされたと認められる部分を公序良俗違反として一部無効と判断した裁判例もあり(東京地判平成30年9月12日)、遺留分回避目的を厳しく評価する傾向が示されています。実務的な確立点は固まりきっていない領域です。受益者連続型を遺言や信託契約に組み込む場合は、遺留分との関係の最新の議論動向を踏まえた検討が欠かせません。
受益者連続型信託は、設計の自由度が高い一方で、遺留分・税務・登記のいずれの軸でも難所が多い領域です。設計に入る前に、
- 司法書士(信託登記・遺言執行・成年後見との比較)
- 税理士(信託課税・贈与税・相続税の試算)
- 必要に応じて弁護士(遺留分対策・親族間の利害調整)
それぞれの専門家を交えて検討するのが安全です。
8. 設計時に押さえておきたいチェックリスト
最後に、遺言執行者を組み込んだ遺言の設計時に確認しておきたい項目をまとめておきます。
- 執行者を誰にするか(個人/専門家/法人)
- 予備的指定は組み込むか
- 報酬の定めをどう書くか(遺言で定めない場合は民法1018条1項により家裁の付与)
- 復任権を認めるか/制限するか
- 複数執行者の運用ルール(過半数・全員一致・役割分担)
- 特定財産承継遺言で単独申請権を執行者に与えるか、排除するか
- 受益者連続型信託を組み込む場合の30年ルールと遺留分の整理
- 信託銀行の「遺言信託」サービスと、民法上の遺言執行者・信託法上の遺言信託の用語の混同回避
これらは「遺言を書く前」「執行が始まる前」の設計段階で詰めておく事項です。後から修正できる項目もあれば、遺言の効力発生後は動かせない項目もあります。
紛争性のある場面(遺言の有効性を争う・遺留分の対立)は弁護士へ、相続税の試算や申告は税理士へ、遺言執行者の選任申立てや遺言執行に伴う登記はお近くの司法書士にご相談ください。
【さらに深掘り】遺言執行と税務の関係──論点整理
ご注意 以下は執筆時点(2026年5月)の税法・通達・実務運用に基づく一般的な論点整理です。**具体的な税額計算・申告書作成は税理士の独占業務(税理士法52条)です。**個別の税額試算や申告については、必ず税理士にご相談ください。
遺言執行の現場では、登記と並んで税務の論点が一緒に走ります。ただし、税額計算・申告書作成は税理士の独占業務(税理士法2条1項・52条)です。ここでは、**税理士と進めるときに事前に整理しておくと話が早い「論点の枠組み」**だけを並べます。具体的な金額・申告書の書き方は必ず税理士にご相談ください。
1. 遺言執行者の報酬は何所得になるのか
遺言執行者は、遺言の定めまたは家庭裁判所の決定により報酬を受け取ります(民法1018条1項)。この報酬の所得区分は、執行者の属性によって整理が分かれます。
| 執行者の属性 | 所得区分の枠組み(典型) |
|---|---|
| 司法書士・弁護士・税理士など、業として執行者業務を行う専門家 | 事業所得(所得税法27条)として整理されるのが基本 |
| 親族個人が一度限り執行者となるケース | 雑所得(所得税法35条)として整理されるのが基本 |
源泉徴収義務との関係
専門家(司法書士・弁護士・税理士など)が業として遺言執行者の報酬を受ける場合、報酬の支払時に所得税法204条1項2号の源泉徴収対象となるかが論点になります。
- 同号は「弁護士、司法書士、税理士その他これらに類する者の業務に関する報酬又は料金」を源泉徴収対象としています
- 遺言執行者としての報酬がここに該当するかは、当該業務が専門家としての業務に関する報酬といえるかで判断されます
- 個人が一度限り執行者として受け取る報酬は、通常は源泉徴収義務の対象外と整理されます
源泉徴収の要否・税率・納付義務者の特定は、税理士に確認するのが安全な領域です。
2. 遺言執行者と相続税申告の関係
ここはとくに注意が必要です。
- 相続税申告書の作成・税額計算は税理士の独占業務です(税理士法2条1項・52条)
- 遺言執行者は申告書作成の主体ではありません。申告主体は、各相続人・受遺者です(相続税法27条)
実務上、遺言執行者は次のような場面で税務と接します。
- 財産目録の作成(民法1011条):相続税申告のベースになる財産・債務の把握資料として、税理士に共有される
- 被相続人の所得税の準確定申告(所得税法125条):相続人が、相続開始を知った日の翌日から4ヶ月以内に申告するものですが、遺言執行者が資料の取りまとめに関与する場面があります
- 相続税申告期限(相続税法27条1項:相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内)への進行管理
これらの場面で遺言執行者がやるのは、資料の整理・関係者間の橋渡し・期限管理です。申告書を作成して提出するのは税理士または納税義務者本人であって、遺言執行者ではありません。
3. 「相続させる旨の遺言」と「遺贈」の税務上の違い
特定の財産を特定の人に渡す方法には、「相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)」と「遺贈」の2つの形があります。法律上の性質が違うため、税務の取扱いにも違いが出ます。
不動産にかかる登録免許税
| 区分 | 税率 | 根拠 |
|---|---|---|
| 相続させる旨の遺言(相続人が取得) | 1000分の4 | 登録免許税法別表第1の1の(2)イ |
| 相続人に対する遺贈 | 1000分の4 | 登録免許税法別表第1の1の(2)イのかっこ書「相続(相続人に対する遺贈を含む。)」 |
| 相続人以外への遺贈 | 1000分の20 | 登録免許税法別表第1の1の(2)ハ |
「相続人に対する遺贈」は、かっこ書によって相続の税率に取り込まれる点がポイントです。
不動産取得税
地方税法73条の7第1号は、「相続(包括遺贈及び被相続人から相続人に対してなされた遺贈を含む。)による不動産の取得」を非課税としています。この文言の射程を整理すると、
- 相続による不動産取得:非課税
- 包括遺贈による不動産取得:相続人以外への包括遺贈も含めて非課税
- 相続人に対する特定遺贈:非課税(同号「被相続人から相続人に対してなされた遺贈」に該当)
- 相続人以外への特定遺贈:原則として課税
「相続人かどうか」と「包括か特定か」の組み合わせで結論が変わるのが、不動産取得税の独特の整理です。
相続税
「相続させる旨の遺言」も「遺贈」も、相続税の課税対象である点では同じです。違いが出るのは、登録免許税・不動産取得税といった取得に伴う流通税の場面です。
4. 包括遺贈と特定遺贈の税務取扱いの違い
遺贈の中も、包括遺贈(遺産の全部または一定割合を渡す)と特定遺贈(特定の財産を渡す)に分かれます。民法990条により、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するとされており、これが税務面にも影響します。
| 論点 | 包括遺贈 | 特定遺贈 |
|---|---|---|
| 不動産取得税(相続人以外が取得する場合) | 非課税(地方税法73条の7第1号「包括遺贈」) | 原則として課税 |
| 不動産取得税(相続人が取得する場合) | 非課税(同号) | 非課税(同号「被相続人から相続人に対してなされた遺贈」) |
| 相続税の基礎控除(法定相続人の数) | 包括受遺者は「法定相続人」ではないため算入外 | 同左 |
| 相続税の債務控除 | 包括受遺者は債務控除可能(相続税法13条1項) | 相続人以外の特定受遺者は債務控除の対象外が原則 |
「同じ遺贈でも、包括か特定かで結論が変わる」典型例です。遺言の文言が「全財産を○○に遺贈する」(包括遺贈)なのか「特定の不動産を○○に遺贈する」(特定遺贈)なのか、文言の解釈は税務上の結論にまで影響します。
5. 遺贈・相続させる旨の遺言と譲渡所得(取得費・取得時期の引継ぎ)
不動産を遺贈・相続させる旨の遺言で取得した受遺者・相続人が、後日それを売却した場合の譲渡所得の計算には、所得税法60条1項1号が効いてきます。
居住者が次に掲げる事由により取得した前条第一項に規定する資産を譲渡した場合における事業所得の金額、山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その者が引き続きこれを所有していたものとみなす。 一 贈与、相続(限定承認に係るものを除く。)又は遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く。)
ここから整理されるのは次の枠組みです。
- 取得費:被相続人(または遺贈者)の取得費を引き継ぐ
- 取得時期:被相続人(または遺贈者)の取得時期を引き継ぐ(売却時の長期・短期判定に影響)
ただし、限定承認が絡む場合は別扱いで、被相続人の段階でみなし譲渡課税(所得税法59条1項1号)が走るルートになります。限定承認は税務上も独立した論点が走るため、税理士との事前確認が不可欠です。
6. 信託(受益者連続型)と税務──相続税法9条の2以下の枠組み
家族信託の中でも、受益者連続型信託(信託法91条)は税務面の論点が複層的です。
受益者課税の原則
信託の受益者は、信託財産から生じる経済的価値を享受するため、原則として受益者を信託財産の所有者とみなして所得・相続・贈与の各税法を適用します(所得税法13条1項、相続税法9条の2第6項など)。
受益者の変更時の課税(相続税法9条の2)
- 信託設定時に、委託者と異なる者を受益者にすると、委託者から受益者へのみなし贈与として贈与税課税の対象(相続税法9条の2第1項)
- 既存の信託で受益者が変わるとき、新受益者は前受益者から受益権を取得したものとして、相続または贈与により受益権を取得したものとみなされます(同条2項・3項)
受益者連続型信託の評価(相続税法9条の3)
- 受益者連続型信託(信託法91条のもの)の受益権は、相続税法9条の3により期間制限・解除権等を考慮しない評価となる規律があります
- 受益権の評価は財産評価基本通達によります
これらは「受益者連続型を組むと、誰がいつ、どの財産を、どう取得したことになり、その時点でどの税が動くか」を設計時点で詰めておく必要がある領域です。設計後の調整は税務上も難しくなります。
7. 遺言執行者が関与する税務局面──論点整理のチェックリスト
最後に、遺言執行者が関与する場面で「税理士と一緒に確認しておくと話が早い」論点をまとめておきます。
- 遺言執行者報酬の所得区分・源泉徴収義務の有無(執行者の属性で結論が変わる)
- 被相続人の準確定申告(所得税法125条、4ヶ月期限)の進行管理
- 相続税申告(相続税法27条、10ヶ月期限)に向けた財産目録の整理
- 不動産が含まれる場合の登録免許税(相続・相続人に対する遺贈・相続人以外への遺贈で税率が分岐)
- 不動産取得税の課否(相続/包括遺贈/特定遺贈の区別、相続人かどうかで結論が変わる)
- 受遺者の今後の売却を見据えた取得費・取得時期の引継ぎ(所得税法60条1項1号、限定承認の場合は別ルート)
- 包括受遺者の債務控除(相続税法13条1項)の取扱い
- 信託が絡む場合の受益者課税・受益権評価(相続税法9条の2以下、信託法91条の30年ルールと併せ読み)
ここに並べた論点は、いずれも個別の事情で結論が変わります。文面の数字や条文番号をそのまま自分の事案に当てはめず、必ず税理士に個別の試算を依頼してください。
紛争性のある場面(遺言の有効性を争う・遺留分の対立)は弁護士へ、相続税の試算や申告書の作成は税理士へ、遺言執行者の選任申立てや遺言執行に伴う登記はお近くの司法書士にご相談ください。