「遺言を書いた」だけで安心していませんか?実は、書かれた内容を実際に動かす人——遺言執行者(いごんしっこうしゃ)——を決めておくかどうかで、相続手続きの進みやすさは大きく変わります。

この記事では、遺言執行者は何をする人なのか、誰がなれるのか、どう選ぶのか、を一般の方向けに整理します。

遺言を「書く」と「実現する」は別の話

遺言は、書いた人が亡くなった時点で効力が発生します。ですが、書いた本人はもうこの世にいませんから、内容を実際に動かす誰かが必要です。

  • 不動産の名義を変える(相続登記)
  • 預貯金を解約して相続人に分ける
  • 相続人以外の人に財産を譲る(遺贈)
  • 子どもの認知の届出を出す
  • 相続人から外す手続き(廃除)を家庭裁判所に申し立てる

こうした「実行」を担う人が、遺言執行者です。

遺言執行者は何をする人?

民法1012条1項は、遺言執行者について「遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」と定めています。

平成30年(2018年)の相続法改正で、遺言執行者の地位はより明確になりました。改正後の民法1015条では、遺言執行者がその権限内でした行為は相続人に対して直接効力を生ずると整理され、執行者が「相続人の代理人」ではなく独立した立場で動く人であることがはっきりしました。

つまり、遺言執行者は「亡くなった方の意思を、その方に代わって実現する人」と理解しておくと分かりやすいでしょう。

誰がなれる?誰がなれない?

民法1009条は、未成年者と破産者は遺言執行者になれないと定めています。逆にいえば、これ以外の方であれば誰でも遺言執行者になれます。

  • 相続人のなかの1人を指定する
  • 親しい知人に頼む
  • 司法書士・弁護士・行政書士などの専門家に頼む
  • 信託銀行などの法人に頼む

法人を執行者に指定することもできます。誰を選ぶかは、財産の中身(不動産が多いか、預金中心か、相続人外への遺贈があるか)や、相続人どうしの距離感によって変わります。

どうやって選ぶ?2つのルート

①遺言で指定する(民法1006条)

遺言書のなかに「遺言執行者として○○を指定する」と書いておく方法です。もっとも一般的で、遺言を書く時点で執行者を明確にできます。指定する人を第三者に委ねる書き方も認められています(民法1006条1項後段)。

②家庭裁判所が選ぶ(民法1010条)

遺言で執行者が指定されていなかった、指定された方がすでに亡くなっていた、または就任を断った——こうした場合は、利害関係人(相続人や受遺者など)が家庭裁判所に「遺言執行者を選んでください」と申し立てます。

執行者がいないと困る場面

執行者を立てなくても進められる相続もありますが、次のような場面では執行者が事実上必須になります。

  • 遺贈:相続人以外の方に財産を譲る場合、その登記は原則として相続人全員の協力が必要です。執行者がいれば、相続人全員の協力を取り付けなくても登記を進められます。
  • 認知の届出:遺言で婚外子を認知する場合、戸籍上の届出は遺言執行者が行います(民法781条2項、戸籍法64条)。
  • 推定相続人の廃除・取消:相続人から外す手続き(または取消)は家庭裁判所への申立てが必要で、これは遺言執行者しか行えません(民法893条、894条2項)。

「相続人以外への遺贈」「認知」「廃除」が遺言に入る場合は、執行者の指定はほぼセットで考える、と覚えておくと安全です。

報酬はどう決まる?

遺言執行者には、報酬が支払われるのが一般的です。決め方は次の2つです。

①遺言で定める:「遺言執行者の報酬は○○円とする」と書いておく方法。 ②家庭裁判所が定める:遺言に記載がないときは、執行者の請求にもとづいて家庭裁判所が決めます(民法1018条)。

報酬は相続財産のなかから支払われます。具体的な金額は、財産の種類・量・手続きの難しさで変わるため、専門家に依頼するなら事前に見積もりを取るのが現実的です。

執行者と相続人の関係

遺言執行者には、相続人に対する報告義務があります(民法1012条3項が委任の規定(民法645条)を準用)。

そして執行者がいるあいだ、相続人は遺言の対象になっている財産について処分(売却や贈与など)をすることができません(民法1013条1項)。これは、執行者の仕事の邪魔をしないためのルールです。

後で困らないために

遺言執行者を決めずに遺言を書くと、相続人どうしの調整に時間がかかったり、遺贈や認知の手続きが進まなかったりします。遺言の効力を確実に実現するには、執行者の指定までセットで考えるのが安心です。

誰を執行者に選べばよいか、相続人の1人を指定する場合の注意点、専門家に頼むときの費用感などは、お近くの司法書士にご相談ください


【さらに深掘り】遺言執行者と不動産登記の実務

ご注意 以下は執筆時点(2026年5月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。

「相続させる」遺言と遺贈で、登記の進め方が変わる

不動産が遺言の対象になっているとき、遺言の書き方によって登記の進め方が分かれます。代表的なのは次の2つです。

①「相続させる」遺言(特定財産承継遺言) 「自宅の土地建物を長男に相続させる」のように、相続人に対して特定の財産を承継させる遺言です。法律上は特定財産承継遺言と呼ばれます(民法1014条2項)。

②遺贈 「自宅を友人○○に遺贈する」のように、相続人かどうかを問わず、受遺者に財産を譲る遺言です。

両者は似ているようで、添付書類の組み合わせ、申請人、登録免許税の税率まで違ってきます。

「相続させる」遺言と執行者の権限(民法1014条2項)

平成30年(2018年)の相続法改正で新設された民法1014条2項は、特定財産承継遺言があったときは、遺言執行者が対抗要件を備えるために必要な行為(登記申請を含む)をできると定めています。

「相続させる」遺言は、判例(最判平成3年4月19日民集45巻4号477頁)により遺産分割方法の指定と解されてきました。改正前は受益相続人が単独で相続登記を申請できる前提のもと、執行者の権限は限定的に解されていましたが、改正で執行者にも対抗要件具備のための登記申請権限が条文上明確化されました。

なお民法899条の2は、法定相続分を超える部分は登記をしなければ第三者に対抗できないと定めています。「相続させる」遺言で法定相続分を超えて承継する場面では、執行者による速やかな登記が、受益相続人の権利を守る要になります。

預貯金についても、平成30年改正で新設された民法1014条3項により、特定の預貯金債権を相続人に承継させる旨の遺言があるときは、遺言執行者が金融機関に対して払戻しの請求や解約の申入れができると整理されました。預金が含まれる遺言で執行者が指定されていれば、相続人どうしの個別交渉なしに払戻しが進められます。

遺贈登記の単独申請(令和3年の改正で整備)

令和3年(2021年)の不動産登記法改正(令和3年法律第24号、令和5年4月1日施行)により、相続人に対する遺贈については、受遺者である相続人が単独で遺贈の登記を申請できるようになりました(不動産登記法63条3項)。

改正前は、登記権利者(受遺者)と登記義務者(相続人全員または遺言執行者)の共同申請が必要でした。改正により、相続人への遺贈であれば共同申請の負担がなくなり、手続きが軽くなりました。

一方、相続人以外への遺贈は今も共同申請が原則です。ただし遺言執行者がいれば、執行者が登記義務者の立場で受遺者との共同申請を進められるため、相続人全員の協力を取り付ける必要はありません。

登録免許税にも差が出る

不動産の名義を変えるときは登録免許税がかかります。おおまかには次のような税率の区別があります。

  • 「相続させる」遺言による相続登記:1000分の4(0.4%)
  • 相続人に対する遺贈の登記:1000分の4(0.4%)
  • 相続人以外への遺贈の登記:1000分の20(2.0%)

「相続させる」「遺贈する」のどちらの文言が使われているか、受遺者が相続人かどうかで税率が大きく変わります。具体的な税額の試算や課税価格の確認は、税務面の検討も含めて専門家にご確認ください。

添付書類の主な違い

書類 「相続させる」遺言(執行者単独) 相続人以外への遺贈(執行者あり)
遺言書 必要(自筆証書は検認済証明書、保管制度なら遺言書情報証明書) 同左
戸籍 被相続人の死亡・受益相続人との続柄が分かるもの 被相続人の死亡が分かるもの
住民票 受益相続人の住民票 受遺者の住民票
登記識別情報(登記済証) 不要 必要(執行者が義務者として提供)
執行者の印鑑証明書 不要 必要(作成後3か月以内、不動産登記令16条2項)

「相続させる」遺言は相続を原因とする登記なので、登記識別情報も執行者の印鑑証明書も原則不要です。一方、遺贈は所有権移転登記の一般原則どおり、義務者側の本人確認・意思確認のための添付書類が必要になります。

補正につながりやすい場面

申請後に補正の連絡が入りやすいパターンを整理します。

  • 遺言書の文言が「相続させる」か「遺贈する」か不明確:受益者が相続人かどうかで結論が変わるため、文言解釈で時間を要することがあります。
  • 「相続させる」遺言の受益者が相続人ではなかった:法律上は遺贈と読み替える整理が一般的ですが、登記原因の扱いが変わるため要確認です。
  • 自筆証書遺言の検認漏れ:検認済証明書がなければ受理されません(民法1004条1項、家事事件手続法別表第一の103項)。法務局の遺言書保管制度を利用したものは検認不要です(遺言書保管法11条)。
  • 執行者の印鑑証明書の期限切れ:作成から3か月以内のものが必要です。
  • 遺言書での物件の特定が不十分:「自宅」「○○の土地」のような表記だけだと、どの不動産か特定できず補正対象になります。地番・家屋番号での特定が基本です。

遺言書の文案段階での備え

不動産がからむ遺言で、登記までスムーズに進めるには、遺言書を書く段階での文案チェックが効果的です。

  • 物件は登記事項証明書のとおりに地番・家屋番号で特定する
  • 「相続させる」「遺贈する」の使い分けを意識する(相続人なら「相続させる」、それ以外なら「遺贈する」が基本)
  • 遺言執行者を指定し、可能であれば予備の執行者も指定しておく
  • 法定相続分を超える内容なら、執行者による速やかな登記を念頭に置く

文案づくり、すでにある遺言書のチェック、遺言執行者として登記申請を進める段取りなどは、お近くの司法書士にご相談ください


【さらに深掘り】遺言執行者まわりの税金の整理

ご注意 以下は執筆時点(2026年5月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの税理士にご相談ください。

「相続させる」遺言と遺贈で、税金の扱いも違う

登記の観点で見たとおり、「相続させる」遺言と遺贈では登記の進め方が異なりますが、税金の取扱いも次のように分かれます。

相続税 相続税法上、相続による取得も遺贈による取得もどちらも課税対象です(相続税法1条の3、2条)。ただし、被相続人の一親等の血族(代襲相続人を含む)と配偶者以外が遺贈を受けた場合は、相続税額が2割加算されます(相続税法18条)。被相続人の兄弟姉妹・甥姪・友人への遺贈などが該当します。

登録免許税(記事本文・登記の深掘りで触れたとおり)

  • 「相続させる」遺言・相続人への遺贈:1000分の4
  • 相続人以外への遺贈:1000分の20

不動産取得税 地方税法73条の7第1号は、「相続(包括遺贈及び被相続人から相続人に対してなされた遺贈を含む。)」による不動産の取得を非課税と定めています。つまり、包括遺贈(割合で財産全体を譲る形)相続人に対する遺贈は、条文上明示的に非課税の扱いです。一方、相続人以外への特定遺贈は不動産取得税の課税対象となります(標準税率は4%、住宅・土地は軽減措置で3%等)。

遺言執行者の報酬は「いつの・誰の」費用か

遺言執行者に報酬を払うとき、税務上のポイントは次の3つです。

①受け取った執行者の所得 執行者が個人で、業として報酬を受ける場合(弁護士・司法書士などの専門家)は事業所得、業としない単発の場合は雑所得として扱われるのが一般的です。法人(信託銀行など)が執行者となる場合は法人の益金になります。

②源泉徴収の有無 弁護士・司法書士・税理士・行政書士などが業として執行者報酬を受け取る場合、所得税法204条1項2号に該当し、支払者には源泉徴収義務があるのが原則です。ただし、所得税法204条2項2号により、給与等の支払者でない個人が支払う場合は源泉徴収義務が免除される扱いがあります。相続人個人が支払うのか、相続財産から支払うのかで結論が分かれることがあるため、事前に税理士に確認するのが安全です。

③相続税の債務控除になるか 相続税の課税価格を計算する際、被相続人の債務は控除できます(相続税法13条)。一方、遺言執行者の報酬は相続開始後に発生する費用であって、相続税法基本通達13-2の趣旨からも、実務上は債務控除の対象とならないものとして扱われるのが一般的とされています。ただし、執行者報酬の支払根拠となる契約が生前に締結されている等の事情によっては個別解釈の余地もあるため、最終的な判断は税理士のご助言をご確認ください。

認知遺言・廃除遺言は法定相続人の数にも影響する

遺言で認知や推定相続人の廃除が行われると、法定相続人の人数が変わり、相続税の基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数:相続税法15条)にも影響します。

  • 認知:被相続人の子として認知された方は、出生時にさかのぼって法定相続人となります(民法784条本文)。基礎控除が増える方向に作用します。
  • 廃除:廃除された方は相続人ではなくなり(民法893条、894条2項)、法定相続人の数からも外れます。代襲相続が生じるときは、代襲相続人を含めて法定相続人の数を計算します。
  • 廃除と放棄の違いに注意:相続税法15条2項は、相続の放棄があった場合には放棄がなかったものとして法定相続人の数を計算する、と定めています。これは「放棄」固有のルールで、廃除には適用されません。廃除と放棄を混同しないようご注意ください。

「相続税の総額」がどう変わるかは個別計算が必要です。認知や廃除を含む遺言にもとづく相続は、申告の要否判断と合わせて早めに税理士へ相談されることをおすすめします。

税理士の領域として切り分けたい場面

司法書士の業務範囲では、遺言・遺言執行者まわりの一般的な論点整理までを扱います。次のような場面は税理士の領域です(税理士法52条)。

  • 相続税の具体的な税額計算
  • 執行者報酬を含む相続費用全体の節税シミュレーション
  • 不動産取得税・登録免許税の試算(個別物件ベースの計算)
  • 源泉徴収義務の有無・税額の最終判断
  • 相続税申告書の作成

執行者報酬を受け取る方ご自身の所得税申告も含め、最終的な税務判断はお近くの税理士にご相談ください