認知症でも遺言は書ける?──遺言能力と「あとで争われない」ための備え

この記事の要点 認知症と診断されたことだけで、遺言が一律にできなくなるわけではありません。問われるのは「遺言をする時に、その内容を理解して判断できる能力(遺言能力)があったか」です(民法963条) 遺言をした時に遺言能力がなかったとされると、その遺言は無効と解されています。診断名や検査の点数だけで有効・無効が自動的に決まる仕組みは、民法には定められていません 成年後見を受けている方(成年被後見人)でも、判断能力が一時的に回復した時に、医師2人以上の立会いのもとで遺言をすることができます(民法973条) あとで争われにくくする備えの柱は、①公正証書で作る、②作成時期に近い医師の診断書などを残す、③作成のいきさつを記録しておく、の3つです 個別の遺言が有効か無効かの見通しや、争いになった場合の対応は弁護士へ、判断能力の医学的な評価は医師へ相談します 「親が認知症と診断されたけれど、今からでも遺言を作れるのだろうか」「作っても、あとで兄弟から『無効だ』と言われないだろうか」。こうした不安を持つご家族は少なくありません。結論からいうと、認知症の診断があっても、遺言をする時に遺言能力があれば、遺言をすることはできます。ただし、本人が亡くなった後に「あの時はもう判断できなかったはずだ」と争われるおそれがあるため、作り方と記録の残し方に工夫が必要です。この記事では、遺言能力の考え方と、争われにくくするための備えを整理します。 ...

2026年10月21日 · ひぐらしさとし

「別段の定めがある場合を除き」「別段の意思を表示したときは」とは──条文の原則を変えられる「別段」の読み方【遺言・登記の条文で解説】

この記事の要点 条文の「別段」は「特に異なる、特別の」という意味で、条文が置いた原則を、別の決め方で置き換えてよいとあらかじめ認める受け皿の言い回しです。「法令に別段の定めがある場合を除き」なら法令の別の規定(同じ法律の他の条文や、別の法令)が、「定款に別段の定めがある場合を除き」なら会社の定款が、「遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う」なら遺言者の意思が、条文の原則より優先します 誰が原則を変えられるのかは、「別段」の直前に置かれた言葉(法令に/定款に/遺言者がその遺言に)で決まります。遺言の条文に多い「別段の意思」は、遺言者が遺言の中で表示した意思を指しています 民法91条は「別段」ではなく「異なる意思を表示したときは」という言い回しで、当事者の取り決めで変えられる規定(任意規定)の一般ルールを定めています。逆に、遺留分の侵害額の請求(民法1046条)や遺留分の放棄(1049条)の条文には受け皿がなく、侵害額をお金で請求できる仕組みや、相続開始前の放棄に家庭裁判所の許可を求める仕組みから、遺言者が一方的には変えられないと読み取れます 条文には、原則を書いたうえで、「別の決め方があればそちらに従う」という逃げ道をあらかじめ用意しているものがあります。その合図になるのが「別段」という言葉です。同じ項の中で例外を作るただし書や、別の条文を名指しして原則を上書きする「〜の規定にかかわらず」とは、少し役割が違います。遺言と登記の条文を例に、実際の文言で見ていきます(執筆時点(2026年10月)の制度に基づく一般的な解説です)。 ...

2026年10月10日 · ひぐらしさとし

生前対策は何から始める?──遺言・贈与・家族信託・後見の全体マップ

この記事の要点 生前対策は「制度」から選ぶのではなく、「何が心配か・何をしたいか」から入ると迷いにくい 財産の行き先を決めたいなら遺言、元気なうちに渡したいなら生前贈与、判断能力が下がったときの備えなら任意後見・家族信託、体が弱ったときや亡くなった後の事務なら見守り契約・財産管理委任契約・死後事務委任契約が入口になる 遺言・任意後見・家族信託などは、本人に判断能力があるうちでなければ準備できない。生前対策そのものに法律上の期限はないが、「元気なうち」が実質的な期限になる 制度は組み合わせて使うこともできるが、どう組み合わせるかは家族構成や財産の内容によって変わるため、一律の正解はない 下の一覧表で自分の心配ごとに近い行を探し、詳しくはそれぞれの記事へ進んでください 「生前対策をしたほうがいいとは聞くけれど、何から始めればいいのか分からない」──そう感じたときは、まず「何が心配か」を一つ決めて、その心配に対応する制度の記事から読むのが近道です。遺言・生前贈与・家族信託・任意後見といった制度は、それぞれ得意な場面が違うため、心配ごとが決まれば読むべき記事もおのずと絞られます。 ...

2026年9月26日 · ひぐらしさとし

貸金庫の相続──相続人の一人だけでは開けられない理由

この記事の要点 貸金庫の開扉には、銀行実務上、原則として相続人全員の同意(または遺言執行者の権限)が求められる 中身が分からないと遺産分割協議書に書けないジレンマがあり、公証人の事実実験公正証書で内容を記録する方法がある 遺言書を貸金庫に保管していると、開扉に手間取り遺言の実行が遅れるおそれがある 亡くなった方が銀行の貸金庫(貸金庫室・セーフティボックスとも呼ばれます)を借りていた場合、相続人の一人が「自分だけで開けて中を確認したい」と思っても、それは基本的にできません。銀行は名義人の死亡を確認すると口座と同じように貸金庫の利用も止め、相続人全員の同意がそろうまで開扉に応じないのが一般的な取扱いだからです。 ...

2026年8月22日 · ひぐらしさとし

遺言の相談・作成は家族に内緒にできる?──単独でできる理由と、あとで困らない伝え方

この記事の要点 遺言の作成は本人一人の意思でできる行為であり、家族に伝えずに相談・作成を進めても法的な問題はない 公正証書遺言の証人は家族でなくてよく、むしろ推定相続人や受遺者にあたる家族は証人になれない決まりがある 内緒のまま進める場合は、死後に遺言の存在に気づかれないリスクへの備えを合わせて考えておきたい 遺言を考え始めたものの、「家族に知られずに相談だけでもしたい」と迷う方は少なくありません。結論から言うと、遺言の相談や作成は家族に内緒で進めてかまいません。遺言は本人一人の意思で成立させる行為であり、家族の同意や立ち会いを法律上必要とする場面はないからです。とはいえ、内緒のまま完結させることには実務上の注意点もあります。この記事では、その理由と、あとで困らないための工夫を整理します。 ...

2026年8月18日 · ひぐらしさとし

内縁の妻・事実婚パートナーに相続権はない──遺言・生命保険・生前贈与でできる備え

この記事の要点 内縁の妻・事実婚のパートナーには、法律上の相続権が一切ない(民法890条の「配偶者」は法律上の婚姻届を出した夫婦に限られる) 何も対策をしないまま亡くなると、財産は法律上の相続人(子・親・兄弟姉妹など)に渡り、内縁パートナーには当然には一切渡らない 遺言(遺贈)・死因贈与契約・生命保険の受取人指定・生前贈与など、生前にできる備えは複数ある どの方法にも一長一短があり、ほかの相続人の遺留分や税負担も考えたうえで選ぶ必要がある まずは今の家族関係を整理し、お近くの司法書士に相談して備えを検討するのが第一歩 長年連れ添っていても、婚姻届を出していない「内縁の妻・夫」「事実婚のパートナー」には、法律上の相続権がありません。これは、同居期間の長さや生計をともにしてきた実態とは関係なく決まるルールです。 ...

2026年7月23日 · ひぐらしさとし

子どものいない夫婦の相続──配偶者が全部もらえるわけではない

この記事の要点 子どもがいない夫婦では、配偶者だけでなく亡くなった人の親や兄弟姉妹が相続人になることがある 配偶者と親(直系尊属)が相続人のときは配偶者3分の2・親3分の1、配偶者と兄弟姉妹が相続人のときは配偶者4分の3・兄弟姉妹4分の1が目安の割合 配偶者にすべて残したいなら、生前の遺言が最も確実な備え 「子どもがいないから、財産は全部配偶者のものになる」——そう思い込んでいる方は少なくありません。ですが、これは正確ではありません。子どもがいない夫婦の一方が亡くなったとき、亡くなった人の親(存命であれば)や兄弟姉妹も、配偶者と一緒に相続人になる場合があります。 ...

2026年7月18日 · ひぐらしさとし

生前贈与と遺言、どちらで渡す?──確実さ・費用・撤回のしやすさ比較

この記事の要点 「今すぐ確実に渡したい」なら生前贈与、「亡くなるまで気持ちが変わる可能性がある」なら遺言が入口の目安 生前贈与は原則やり直しがきかず、遺言は何度でも書き直せる(ただし公正証書遺言は作り直しのたびに費用がかかる) 具体的な税額の有利不利は制度の性質だけでは決まらないため、最終判断は税理士へ確認したうえで進める 「子どもに財産を渡したい」と考えたとき、多くの方が最初に迷うのが「生前贈与にするか、遺言にするか」という選択です。どちらも「自分の財産を特定の人に渡す」という点は同じですが、法律上の位置づけはまったく違います。この記事では、税額の有利不利には立ち入らず、確実さ・撤回のしやすさ・手続きの重さ・費用感という「制度の性質」だけを比較します。具体的な税額の有利不利は税理士にご確認ください。 ...

2026年7月17日 · ひぐらしさとし