この記事の要点

  • 「今すぐ確実に渡したい」なら生前贈与、「亡くなるまで気持ちが変わる可能性がある」なら遺言が入口の目安
  • 生前贈与は原則やり直しがきかず、遺言は何度でも書き直せる(ただし公正証書遺言は作り直しのたびに費用がかかる)
  • 具体的な税額の有利不利は制度の性質だけでは決まらないため、最終判断は税理士へ確認したうえで進める

「子どもに財産を渡したい」と考えたとき、多くの方が最初に迷うのが「生前贈与にするか、遺言にするか」という選択です。どちらも「自分の財産を特定の人に渡す」という点は同じですが、法律上の位置づけはまったく違います。この記事では、税額の有利不利には立ち入らず、確実さ・撤回のしやすさ・手続きの重さ・費用感という「制度の性質」だけを比較します。具体的な税額の有利不利は税理士にご確認ください。

生前贈与とは──「今」渡して終わる契約

生前贈与は、贈与する人(贈与者)と受け取る人(受贈者)が生きている間に「あげます」「もらいます」の合意をして、その場で(あるいは合意した時期に)財産を移転する契約です。民法上は口約束でも成立しますが、後々の言った言わないのトラブルを避けるために贈与契約書を作っておくのが一般的です。

不動産を贈与する場合は、贈与を原因とする所有権移転登記が必要になります。登記が完了すれば名義は受贈者に移り、贈与者の意思だけで後から取り戻すことは原則できません。つまり生前贈与の最大の特徴は「実行した時点で確定する」ことです。渡す側の気持ちが後で変わっても、原則として覆せません。

遺言とは──「亡くなるまで」何度でも書き直せる意思表示

一方、遺言は「自分が亡くなったときに、誰にどの財産を渡すか」をあらかじめ書面で示しておく制度です。効力が発生するのは遺言者が亡くなった時点であり、生きている間は何の効果も生じません。

ここが生前贈与との決定的な違いです。遺言は法律上いつでも撤回・書き換えができます(民法1022条・1023条)。気持ちが変わった、財産状況が変わった、相続人との関係が変わった、といった事情に合わせて何度でも作り直せます。自筆証書遺言と公正証書遺言のどちらで作るかによって、撤回のしやすさや紛失・改ざんリスクの度合いも変わってきます。この2つの違いは自筆証書遺言と公正証書遺言、どちらを選ぶべきかで詳しく比較しています。

確実さ・撤回のしやすさ・費用感を比較する

制度の性質だけを一般論として並べると、次のような傾向があります。

確実さ(渡した財産が確実に相手のものになるか)

生前贈与は、契約と引き渡し(不動産なら登記)が完了した時点で確定します。贈与者が後で気が変わっても、原則としてやり直せません。受け取る側からすると「確実性が高い」渡し方です。一方、遺言は遺言者が亡くなるまで効力が生じず、その間に何度でも書き換えられるため、「この内容で確定」という保証はありません。また、相続人(兄弟姉妹を除く)には遺留分(最低限の取り分)があるため、遺言どおりに渡しても後から遺留分侵害額請求で調整が入る可能性がある点も、生前贈与とは異なる考慮事項です。

撤回のしやすさ(渡す側の気持ちが変わったときに戻せるか)

生前贈与は、いったん実行すると原則として元に戻せません。書面によらない贈与(口約束)は、まだ実行していない部分に限り各当事者が解除できますが(民法550条)、書面で交わした贈与や、すでに実行し終えた贈与は解除できないのが原則です。これに対して遺言は、遺言者が生きている限り何度でも自由に書き換え(撤回)できます(民法1022条)。「今の時点の気持ち」を反映しやすいのは遺言、「今の気持ちを確定させたい」なら生前贈与、という向き不向きがあります。

手続きの重さ・費用感

生前贈与は、贈与契約書の作成自体は比較的簡単ですが、不動産の場合は贈与のたびに登記が必要になり、その都度、登録免許税や司法書士報酬などの費用がかかります。遺言は、自筆証書遺言であれば作成費用はほとんどかかりませんが、法的に有効な内容にするための注意点が多く、遺言書保管制度を使うかどうかでも手続きが変わります。公正証書遺言は財産額に応じた公証人手数料がかかりますが、その分、方式の不備で無効になるリスクは下がります。

なお、暦年贈与や相続時精算課税といった贈与税の制度選択、相続税との比較といった税額面の有利不利は、財産の内容・金額・家族構成によって結論が大きく変わるため、この記事では踏み込みません。制度の枠組みは暦年贈与と相続時精算課税で整理していますが、具体的な税額の有利不利は税理士にご確認ください。

実務上は「併用」も選択肢になる

生前贈与と遺言は、どちらか一方だけを選ばなければならないものではありません。「今すぐ確実に渡したい財産」は生前贈与で、「亡くなるまで状況を見ながら決めたい財産」は遺言で、というように併用する組み立て方も実務ではよく見られます。どちらの手段が自分の状況に合うかは、財産の種類・家族関係・今後のライフプランによって変わるため、一般論だけで決めきれない部分も多くあります。

まとめ

生前贈与は「今、確実に渡して終わる」制度、遺言は「亡くなるまで何度でも書き直せる」制度です。確実さを取るか、撤回のしやすさ・柔軟さを取るかが選び方の入口になりますが、実際にはご家族の状況によって最適な組み合わせが変わります。具体的な税額の有利不利は税理士に、手続きの進め方や書面の作り方はお近くの司法書士にご相談ください。

よくある質問

Q. 生前贈与と遺言、それぞれ費用はどのくらいかかりますか?

生前贈与は、契約書の作成自体は数千円程度で済むことが多いですが、不動産の贈与には登記が必要で、登録免許税や司法書士報酬が別途かかります。遺言は、自筆証書遺言なら作成費用はほとんどかかりませんが、公正証書遺言にすると財産額に応じた公証人手数料が発生します。いずれも具体的な金額は財産の内容によって変わるため、目安として捉えてください。

Q. 遺言を書かずに放置していると、どんなリスクがありますか?

遺言がない状態で亡くなると、遺産は法定相続分に従って相続人全員の共有となり、遺産分割協議で全員の合意を得なければ具体的な取り分が決まりません。相続人同士の関係や人数によっては協議がまとまりにくく、時間がかかることがあります。「特定の人に多く渡したい」「相続人以外に渡したい」という希望がある場合は、遺言を残しておかないとその希望どおりにならない可能性があります。

Q. 生前贈与や遺言は自分で作成できますか?相談先はどこですか?

生前贈与契約書も自筆証書遺言も、形式面では自分で作成すること自体は可能です。ただし、不動産の贈与には登記手続きが必要ですし、遺言は民法で定められた方式を満たさないと無効になるリスクがあります。税額に関わる部分は税理士、契約書や遺言の内容・登記手続きについてはお近くの司法書士にご相談ください。


【さらに深掘り】生前贈与と遺言が重なる場面の法的整理

ご注意 以下は執筆時点(2026年07月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。

不動産登記の観点──生前贈与した不動産に遺言でも言及していた場合

生前贈与と遺言は財産を渡すタイミングが異なる制度のため、同じ不動産について「先に生前贈与で渡したのに、以前作った遺言でも同じ不動産に言及していた」という状態が実務では起こり得ます。

典型的なのは、遺言を作成したあとに、その遺言に書いた不動産について生前贈与の契約を結び、所有権移転登記まで完了させてしまうケースです。民法1023条2項は、遺言者が遺言をした後にその内容と抵触する生前処分(生前贈与など)をしたときは、抵触する部分について後の行為で前の遺言を撤回したものとみなす同条1項の規律を準用すると定めています。この規定により、後にされた生前贈与と抵触する遺言部分は、撤回されたものとして扱われるのが一般的な整理です。加えて、贈与により所有権移転登記が完了していれば、その不動産は遺言者の死亡時点で遺言者の遺産に含まれていないため、対象となる財産が存在しないという意味でも、当該部分の遺言は効力を生じないと考えられます。

この考え方は、対象を「この不動産をAに遺贈する」のように個別に指定する特定遺贈でも、「この不動産はAに相続させる」のように特定の相続人に特定財産を承継させる遺言(特定財産承継遺言)でも、枠組みは共通します。いずれも、遺言者の死亡時にその財産が遺産に含まれていなければ、当該部分の遺言は対象を失うことになるためです。

登記実務の観点からは、こうした事情がある場合、相続登記の申請にあたって、当該不動産が既に生前贈与により名義移転済みであることを登記事項証明書等の資料で確認したうえで、遺言に基づく相続登記の対象から除外して手続きを進めることになります。生前贈与と遺言の両方を利用する場合は、贈与を実行するたびに、それ以前に作成した遺言の内容と重複・抵触がないかを見直しておくと、こうした食い違いを防ぎやすくなります。

相続分・遺留分の観点──生前贈与が特別受益・遺留分の算定に与える影響

生前贈与を行った場合、その贈与が「特別受益」(相続人の中の特定の人が被相続人から生前に受けた特別な利益)に該当するときは、遺産分割において各相続人の取り分を計算する際に、贈与を受けた財産をいったん相続財産に持ち戻して計算する扱いがあります(民法903条)。これは遺産分割協議における相続人間の公平を図る調整であり、贈与そのものを無効にするものではありません。

また、遺留分(兄弟姉妹以外の相続人に保障された最低限の取り分)の算定においても、生前贈与は一定の範囲で算入対象となります。相続人に対する贈与で特別受益に該当するものは、原則として相続開始前10年間にされたものが遺留分算定の基礎財産に算入されます(民法1044条3項)。相続人以外の者に対する贈与は、原則として相続開始前1年間にされたものが対象です(同条1項)。生前贈与を実行する時期や相手方によっては、この算入ルールの対象になり得る点を念頭に置く必要があります。

なお、ある贈与が実際に特別受益に該当するかどうか、遺留分侵害額請求で算入対象になるかどうかは、贈与の趣旨・金額・他の相続人との均衡といった個別事情によって判断が分かれる論点です。具体的な該当性の判断はお近くの司法書士にご相談ください。税額に関わる計算は税理士にご確認ください。


参考資料

この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年07月)。

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