この記事の要点

  • 「おしどり贈与」は、婚姻20年以上の夫婦間で自宅などを贈与したときに贈与税を軽くできる制度の通称(贈与税の配偶者控除)
  • 名前が似た民法の「持戻し免除の意思表示の推定」(民法903条4項)は、婚姻20年以上・居住用不動産という要件は共通するが、目的も効果もまったく別の制度
  • 贈与税の具体的な軽減額や適用できるかどうかの判断は税理士の専門領域で、この記事では制度が存在することの紹介にとどめる
  • 自宅を贈与する場合は、税務の検討とあわせて名義変更登記の準備も必要になる

「長年連れ添った夫婦の間で、自宅を贈与するとお得になる制度があるらしい」——そんな話を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。俗に「おしどり贈与」と呼ばれるこの話、実は中身をよく聞くと2つの別々の制度が混ざって語られていることがよくあります。

結論から言うと、

  1. 贈与税の配偶者控除(税金を軽くする制度)
  2. 民法903条4項の持戻し免除の推定(相続のときの取り分の計算を調整する制度)

はどちらも「婚姻20年以上」「居住用不動産」という共通点があるため同じ話だと思われがちですが、根拠となる法律も、効果も別物です。この記事では、この2つを整理したうえで、自宅を贈与する場合に必要になる登記手続きの基本にも触れます。

「おしどり贈与」とは何か──贈与税の配偶者控除

一般に「おしどり贈与」と呼ばれているのは、正式には贈与税の配偶者控除という制度です(相続税法21条の6)。婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用の不動産、またはその取得のための金銭を贈与したときに、通常の基礎控除(年110万円)に加えて、最高2,000万円まで贈与税の課税価格から控除できるというものです。

この制度には、居住用不動産としての要件や、贈与を受けた翌年3月15日までに実際に住み始めて住み続ける見込みであることなど、いくつかの適用条件があります。同じ配偶者からの贈与について、一生に一度しか使えないという制約もあります。

ただし、実際に控除額がいくらになるか、ご自身のケースで適用できるかどうかは、不動産の評価額や他の贈与の有無など個別の事情によって変わります。具体的な税額の計算や適用の可否は税理士の専門領域であり、この記事では「そういう制度が存在する」という紹介にとどめます。詳しい試算をご希望の場合は、税理士にご相談ください。

民法にも似た話がある──持戻し免除の意思表示の推定

もう一つ、名前は出てこなくても「婚姻20年以上」「居住用不動産」という同じ条件が登場する制度が、民法にあります。それが持戻し免除の意思表示の推定(民法903条4項)です。

相続が始まると、相続人の中に生前贈与を受けていた人がいる場合、その贈与を「相続分の前渡し」とみなして遺産にいったん足し戻し、公平に取り分を計算し直すしくみがあります。これを特別受益の持戻しと呼びます。特別受益と持戻しの基本で詳しく取り上げていますが、簡単に言えば「生前にもらった分は、相続の取り分から差し引いて調整しましょう」というルールです。

ここで、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方が、他方に対して居住用の建物やその敷地を贈与または遺贈した場合には、この持戻しの計算に入れなくてよいという意思表示があったものと、推定されます。かみくだくと、長年連れ添った夫婦の間で自宅を贈った場合には、特別な意思表示がなくても、原則として持戻しの計算から外して扱われるということです。残された配偶者が、自宅とは別に他の遺産も受け取りやすくなるよう配慮された規定です。

なお「推定する」というのは、反対の事情がない限りそう扱う、という意味です。もっとも、この推定を覆すには、贈与した側が実際には持戻しを望んでいたと認められるだけの事情が必要で、その主張・立証は持戻しを求める側(他の相続人など)が行うことになります。単に別の言い分があるというだけで、当然に結論がひっくり返るわけではありません。また、このルールは2019年7月1日の施行日より前に行われた贈与・遺贈には適用されません。

2つの制度、何が同じで何が違うか

「婚姻20年以上」「居住用不動産」という要件が共通するために混同されがちですが、目的も効果も別々の制度です。

贈与税の配偶者控除(おしどり贈与) 持戻し免除の意思表示の推定
根拠法 相続税法21条の6 民法903条4項
目的 贈与税の負担を軽くする 相続の取り分(相続分)の計算を調整する
効果が働くタイミング 贈与を受けた年の贈与税の申告時 将来、相続が始まったとき
手続き 贈与税の申告が必要 原則として手続き不要(推定が働く)
適用の可否 要件を満たせば使える(税理士の判断領域) 反対の意思表示が認められない限り推定が働く

大切なのは、片方の制度を使ったからといって、もう片方が自動的に適用されるわけではないという点です。たとえば「贈与税の配偶者控除を使って自宅を贈与した」からといって、それだけで民法上の持戻し免除の推定が自動的に確定するわけではなく、あくまで要件(婚姻20年以上・居住用不動産の贈与)を満たしていれば両方の制度がそれぞれ独立に働きうる、という関係です。逆に、贈与税の配偶者控除を使わずに自宅を贈与した場合でも、要件を満たせば持戻し免除の推定は働きます。

税金の話は税理士、相続の取り分や遺産分割の話は司法書士や弁護士——と、制度ごとに相談する専門職も変わってくるのが、この2つの制度の実務上のポイントです。

自宅を贈与するときの登記の基本

婚姻20年以上の夫婦間であっても、自宅(不動産)を生前に贈与する場合は、贈与による所有権移転登記が必要になる点は、他の贈与と変わりません。贈与による所有権移転登記の基本で触れているとおり、大まかな流れは次のとおりです。

  1. 贈与契約書を作成する(誰が誰に、どの不動産を、いつ贈るかを明確にする)
  2. 必要書類を集める(登記識別情報・印鑑証明書・住民票など)
  3. 不動産の所在地を管轄する法務局へ登記を申請する

登録免許税は固定資産税評価額の2%、不動産取得税もかかるのが原則です。贈与税の配偶者控除を使うかどうかにかかわらず、登記そのものの手続きは共通です。夫婦間の贈与ならではの書類の注意点や、持戻し免除の推定との関係を踏まえた実務上のポイントは、記事後半の深掘りで取り上げます。

なお、配偶者の生活の安定という同じ目的のために、自宅の所有権そのものではなく「住み続ける権利」だけを確保する配偶者居住権という選択肢もあります。生前贈与とどちらが適しているかは、ご家族の状況によって変わります。

まとめ

「おしどり贈与」と呼ばれる贈与税の配偶者控除と、民法903条4項の持戻し免除の意思表示の推定は、どちらも「婚姻20年以上」という要件を共有していますが、税金を軽くする制度相続の取り分を調整する制度という、まったく別のものです。混同せずに、それぞれの効果を分けて理解しておくことが大切です。

自宅の贈与を検討する際は、贈与税の具体的な試算は税理士に、名義変更登記の準備や持戻し免除との関係の整理はお近くの司法書士にご相談ください。

よくある質問

Q. 費用はどれくらいかかりますか? 贈与登記には登録免許税(固定資産税評価額の2%)と、原則として不動産取得税がかかります。司法書士に登記を依頼する場合は別途報酬が必要です。贈与税の配偶者控除を使う場合の贈与税額や、申告にかかる税理士報酬は別に発生します。具体的な金額は税理士にご確認ください。

Q. 期限はありますか?放置するとどうなりますか? 贈与税の配偶者控除は、贈与を受けた年の翌年3月15日までに贈与税の申告をする必要があります。登記そのものに申請義務の期限はありませんが、名義変更をしないまま放置すると、将来の相続の際に手続きが複雑になったり、権利関係が不明確になったりするおそれがあります。早めの手続きが望まれます。

Q. 自分でできますか?どこに相談すればよいですか? 贈与契約書の作成や登記の申請はご自身で行うことも可能ですが、税務と登記の両面にまたがる手続きのため、専門家との連携が安心です。贈与税の配偶者控除の適用可否や税額の試算は税理士へ、贈与契約書の作成や名義変更登記の準備はお近くの司法書士にご相談ください。


【さらに深掘り】夫婦間の自宅贈与登記の実務ポイント

ご注意 以下は執筆時点(2026年07月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。

1. 持戻し免除の推定は「登記の記録には出てこない」

まず整理しておきたいのは、民法903条4項の持戻し免除の意思表示の推定は、登記の申請内容にはいっさい反映されないという点です。

婚姻20年以上の配偶者へ自宅を生前贈与する場合、登記原因は他の贈与と変わらず「贈与」であり、登記原因証明情報にも「持戻し免除」の文言を書き入れる必要はありません(むしろ書く欄がありません)。持戻し免除の推定は、あくまで将来相続が発生したときに、相続人の間で取り分を計算する場面で働く民法上の効果であり、登記申請の審査対象ではないのです。

登記実務の観点から見ると、贈与登記の申請書・登記原因証明情報に求められるのは「誰が・いつ・何を・誰に贈与したか」という事実の特定だけです。「なぜ贈与するのか」「相続時にどう扱われるべきか」といった背景事情は、記載してもしなくても審査には影響しません。もっとも、当事者間の将来のトラブル防止という意味では、贈与契約書に婚姻期間や贈与の趣旨を書き添えておくこと自体は妨げられませんし、望ましい場合もあります。

2. 生前贈与か遺贈か──登記の原因と時期が変わる

民法903条4項は「贈与または遺贈」を対象にしています。どちらを選ぶかで、登記の姿は次のように変わります。

生前贈与 遺贈
登記原因 贈与 遺贈
登記の時期 契約締結後、生存中に申請 贈与者(遺言者)の死亡後に申請
登記の申請人 贈与者・受贈者の共同申請 受遺者が相続人(配偶者など)であれば受遺者の単独申請が可能(不動産登記法63条3項)。相続人以外への遺贈は、遺言執行者または相続人全員との共同申請
持戻し免除の推定が働く前提 贈与の時点で自宅名義はすでに移っている 相続開始後、遺贈による移転登記とあわせて処理

生前贈与を選べば、贈与税の配偶者控除の申告と歩調を合わせて登記を進めることになり、名義変更は比較的早い段階で完了します。一方、遺贈を選ぶ場合は登記自体が相続開始後になるため、贈与税の配偶者控除は使えません(控除は生前贈与が前提の制度です)。どちらの方法を選ぶかは、税務・他の相続人との関係・財産全体の設計を踏まえた総合判断になります。

3. 婚姻20年以上の夫婦間贈与で補正が出やすいポイント

必要書類の基本は他の贈与登記と同じですが(登記識別情報・印鑑証明書・住民票・固定資産評価証明書・贈与契約書〈登記原因証明情報〉など)、夫婦間ならではの落とし穴がいくつかあります。

  • 同居中の夫婦は住所が同一であることが多いため、贈与契約書・登記原因証明情報上で贈与者と受贈者を明確に区別して記載しないと、当事者の特定が曖昧になり補正の対象になりやすい。
  • 敷地と建物の名義が別々(たとえば建物のみ夫名義、敷地は共有)のケースでは、贈与税の配偶者控除の対象を「建物だけ」「敷地の持分も含めて」のどちらにするかで、贈与契約・登記の対象範囲がずれやすい。契約書と申請書の対象不動産の表示を一致させることが基本です。
  • 登記識別情報(権利証)を紛失している場合、事前通知制度や本人確認情報の作成が必要になり、通常より時間がかかります。高齢の配偶者間贈与では、この確認に余裕を持たせておくことをお勧めします。
  • 持分の一部だけを贈与するケースでは、贈与前の持分の記載と、贈与後に残る持分の記載を登記記録上正確に対応させる必要があります。「半分ずつ」という口頭の感覚のまま契約書を作ると、登記簿上の表記との不整合で補正が出ることがあります。

4. 参考条文

  • 民法903条4項(持戻し免除の意思表示の推定)
  • 不動産登記法60条(共同申請の原則)
  • 不動産登記法63条3項(相続人に対する遺贈の単独申請)
  • 不動産登記令別表30(所有権移転登記の添付情報)

【さらに深掘り】贈与税の配偶者控除と、他の贈与税制度との関係整理

ご注意 以下は執筆時点(2026年07月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。税額の計算・具体的な適用可否は税理士の業務です。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士・税理士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。

1. 贈与税の配偶者控除の適用要件(一般的な項目の紹介)

贈与税の配偶者控除(相続税法21条の6)は、主に次のような要件が定められている制度です(要件を満たすかどうかの個別判断は行わず、一般的な項目の紹介にとどめます)。

  • 贈与の時点で、婚姻期間が20年以上であること
  • 贈与の対象が、国内にある居住用不動産、またはその取得のための金銭であること
  • 贈与を受けた翌年3月15日までに、その不動産に実際に住み、その後も住み続ける見込みであること
  • 同じ配偶者からの贈与について、この特例の適用を受けるのが初めてであること(一生に一度)
  • 贈与税の申告書に、一定の書類(戸籍謄本、住民票、登記事項証明書等)を添えて期限内に申告すること(控除額がゼロになる場合でも申告自体は必要です)

これらはあくまで制度の骨格です。個々のご家庭の事情がこの要件に当てはまるかどうかの判断、控除額の具体的な計算は税理士の業務であり、この記事では踏み込みません。

2. 相続税の「生前贈与加算」との関係

相続税の計算では、亡くなる前の一定期間内に行われた贈与を相続財産に加算し直す「生前贈与加算」というルールがあります。この加算の対象となる期間は、令和5年度の税制改正で「相続開始前3年以内」から「相続開始前7年以内」へと延長されました。令和6年(2024年)1月1日以後の贈与が対象で、経過措置によって段階的に適用され、フルに7年分が加算されるのは令和13年(2031年)1月1日以後に相続が始まったケースからです。

贈与税の配偶者控除を使った贈与については、控除の対象となった金額の部分は、原則としてこの生前贈与加算の対象から外れるという制度上の扱いになっています。つまり、配偶者控除を使って贈与した居住用不動産は、亡くなる直前の贈与であっても、控除された部分については相続税の計算にそのまま持ち込まれるわけではない、という位置づけです。

ただし、控除額を超える部分の扱いや、加算対象期間の具体的な当てはめは、贈与の時期や相続開始のタイミングによって変わります。これも一般的な制度説明にとどめ、個別の当てはめは税理士にご確認ください。

3. 相続時精算課税制度との関係

生前贈与にはもう一つ、暦年贈与と相続時精算課税という別の記事で取り上げている「相続時精算課税」という制度もあります。ただし、相続時精算課税は60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子・孫への贈与を対象とする制度なので、夫婦間の贈与で選ぶことはできません。夫婦間の自宅贈与は暦年課税で扱われ、贈与税の配偶者控除は、要件を満たせば基礎控除(年110万円)とあわせて使うことができる位置づけになっています。

もっとも、親から子への贈与などで相続時精算課税を選んでいるかどうかによって、ご家族の贈与全体の設計や将来の相続税の計算への影響は変わってきます。どの組み合わせが望ましいかは、財産全体の状況を踏まえた税理士の判断領域です。

4. 民法の持戻し免除の推定とは、税務の視点から見ても別物

本文でも触れたとおり、贈与税の配偶者控除(税法上の制度)と、民法903条4項の持戻し免除の意思表示の推定(相続分の計算を調整する制度)は別物です。税務の立場から付け加えるなら、贈与税の申告の有無や配偶者控除の適用の有無が、将来の相続における持戻し免除の推定の成否を左右することはありません。逆もまた同様で、持戻し免除が推定される贈与だからといって、贈与税が自動的に軽減されるわけでもありません。両制度は申告先も判断機関も別々に動く、という点を押さえておくと混乱が少なくなります。

5. 参考条文

  • 相続税法21条の6(贈与税の配偶者控除)
  • 相続税法19条(相続開始前7年以内の贈与財産の加算=生前贈与加算)
  • 相続税法21条の9〜21条の18(相続時精算課税)

参考資料

この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年7月)。

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