遺言書を作るとき、財産を誰かに引き継がせる書き方には、大きく分けて二つの言い回しがあります。「長男に自宅を相続させる」と書く方法と、「長男に自宅を遺贈する」と書く方法です。
どちらも「その人に財産を渡す」という気持ちは同じです。ところが、この一語の違いで、亡くなった後の名義変更(登記)の手続きや、関わる人の範囲が変わってくることがあります。せっかく遺言を残しても、書き方ひとつで残された家族の手間が増えてしまうこともあるのです。
この記事では、「相続させる」と「遺贈する」がどう違うのか、一般の方向けにやさしく整理します。
まず言葉の整理から
「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)
「長男に自宅を相続させる」のように、特定の財産を、特定の相続人に承継させると書いた遺言を、法律上は「特定財産承継遺言」と呼びます(民法1014条2項)。日常では「相続させる旨の遺言」と呼ばれることが多い形です。
ポイントは、これが使えるのは法定相続人に対してだけだということです。配偶者、子、親、兄弟姉妹など、もともと相続する立場にある人に「あなたに相続させる」と指定する書き方です。
「遺贈する」(遺贈)
一方の「遺贈」は、遺言によって財産を贈ることをいいます(民法964条)。
遺贈の大きな特徴は、相手が相続人でなくてもよいことです。たとえば、
- 同居して世話をしてくれた長男の妻(嫁は相続人ではありません)
- かわいがっていた孫(子が存命なら、孫は相続人ではありません)
- お世話になった知人や団体
こうした「本来は相続人にあたらない人」へ財産を渡したいときは、「相続させる」ではなく「遺贈する」と書くことになります。
違いその1:誰に渡せるか
ここが最初の分かれ目です。
| 渡せる相手 | |
|---|---|
| 相続させる(特定財産承継遺言) | 相続人だけ |
| 遺贈する | 相続人でも、相続人以外の人・団体でもよい |
たとえば「孫に自宅を相続させる」と書いても、孫が相続人でない場合、文字どおりの「相続」としては扱いにくくなります。孫に確実に渡したいなら「遺贈する」と書くのが基本です。逆に、相続人である子に渡すなら、どちらの書き方も使えます。
違いその2:名義変更(登記)の手続き
不動産(土地・建物)が含まれる場合、亡くなった後に名義を書き換える「登記」が必要です。このとき、書き方によって手続きの進め方が変わります。
- 相続人に「相続させる」場合:原則として、財産を受け取る相続人が自分ひとりで登記を申請できます。
- 「遺贈する」場合:原則として、財産を受け取る人と、他の相続人(または後述する遺言執行者)が一緒に申請する、という形が基本でした。
「一緒に申請する」というのは、他の相続人にも手続きへの協力をお願いする場面が出てくる、ということです。相続人が大勢いたり、関係が疎遠だったりすると、その分だけ手間がかかることがあります。
ただし、ここには近年の法改正による例外があります。相続人に対する遺贈については、受け取る相続人がひとりで登記を申請できるようになりました(2023年4月1日から)。「遺贈なら必ず全員で」というわけではない、という点は押さえておきたいところです。
このあたりの手続きの細かな違いは、後半の「さらに深掘り」で登記の観点から整理します。
違いその3:遺言執行者がいるかどうか
遺言の内容を実現する役割の人を「遺言執行者」といいます。
特に遺贈の場合、遺言執行者を決めておくと、名義変更などの手続きを執行者が中心になって進められるため、他の相続人ひとりひとりに協力を求める負担を減らせることがあります。遺言で遺言執行者を指定しておくかどうかは、その後の手続きのスムーズさに関わってきます。
違いその4:税金や農地などの扱い
「相続させる」場合と「遺贈する」場合とでは、登記の際にかかる税金(登録免許税)や、相手が相続人かどうかによる税金の扱いに、制度上の違いがある場面があります。また、財産に農地が含まれる場合には、別途の手続きが必要になることもあります。
これらは個別の事情で結論が変わるところで、特に税額の計算は税理士の領域です。具体的な金額や有利・不利の判断は、税理士にご確認ください。制度の概要は、後半の深掘りで税務と登記の観点から触れます。
「書いてあれば安心」とは限らない一点
最後に、書き方の違いとは別に、知っておいていただきたいことがあります。
遺言で「全部を長男に相続させる」と書いても、その内容を他人(第三者)にきちんと主張するためには、登記をしておく必要がある場合があります。法定相続分(法律で定められた取り分)を超えて受け取る部分については、登記をしていないと、別の相続人と取引をした第三者などに「自分のものだ」と言えなくなることがあるためです(民法899条の2)。
「遺言があるから、登記は後回しでも大丈夫」と思って放置すると、思わぬトラブルにつながることがあります。遺言で不動産を受け取ったら、早めに名義変更(登記)まで済ませておくことが大切です。
まとめ
- 「相続させる」は相続人に、「遺贈する」は相続人以外にも財産を渡せる
- 不動産の名義変更は、「相続させる」なら受け取る人ひとりで申請できるのが原則。「遺贈」は他の相続人や遺言執行者と一緒に申請するのが基本だが、相続人への遺贈は2023年からひとりで申請できるようになった
- 遺言執行者を決めておくと、手続きが進めやすいことがある
- 税金や農地の扱いには制度上の違いがある場面があり、税額は税理士へ
- 遺言で不動産を受け取ったら、早めに登記まで
遺言は「気持ちを伝える」だけでなく、「残された家族が困らないようにする」道具でもあります。どの書き方が自分の希望に合うか迷ったときは、お近くの司法書士や専門家にご相談ください。遺留分(一定の相続人に保障された最低限の取り分)が問題になりそうな場合や、相続人の間で争いが予想される場合は、弁護士にご相談ください。
【さらに深掘り】特定財産承継遺言と遺贈の登記実務
ご注意 以下は執筆時点(2026年06月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。
ここからは、不動産の名義変更(登記)の観点から、もう一歩踏み込んで整理します。同じ「自宅を渡す」遺言でも、登記の手続きでは「登記原因」「申請する人」「必要書類」が変わってきます。
登記原因と申請構造の違い
「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)で相続人に不動産を承継させる場合、登記の原因は**「相続」になります。そして、その不動産を受け取る相続人が単独で**申請できます(不動産登記法63条2項)。判例上、特定財産承継遺言は遺産分割の方法を定めたものとされ、遺言の効力発生(被相続人の死亡)と同時に、特段の手続きを経ずに承継するものと整理されています(最高裁平成3年4月19日判決・民集45巻4号477頁)。
これに対して「遺贈する」場合、登記の原因は**「遺贈」になります。従来、遺贈の登記は権利を受ける受遺者を登記権利者**、遺言執行者(いなければ相続人全員)を登記義務者とする共同申請が原則でした。
ここで近年の改正が効いてきます。相続人に対する遺贈による所有権移転登記については、不動産登記法63条3項により、受遺者が単独で申請できるようになりました(2023年〔令和5年〕4月1日施行)。所有者不明土地対策の一環として相続登記が義務化された流れの中で、相続人への遺贈の登記の負担を軽くしたものです。
つまり、申請構造を整理すると次のようになります。
| 遺言の書き方/相手 | 登記原因 | 申請の形 |
|---|---|---|
| 「相続させる」(相続人へ) | 相続 | 受益相続人の単独申請 |
| 「遺贈する」(相続人へ) | 遺贈 | 受遺者の単独申請(2023年〜) |
| 「遺贈する」(相続人以外へ) | 遺贈 | 受遺者と遺言執行者(いなければ相続人全員)の共同申請 |
「相続人以外への遺贈は共同申請」という点が、手続きの重さの分かれ目です。遺言執行者が定められていれば、義務者側はその執行者が担うため、他の相続人ひとりひとりに協力を求めずに進められます。遺言執行者の指定は、登記実務の観点からも実益が大きいといえます。
登録免許税の「率」の違い(金額は税理士・税の専門へ)
登記を申請するときには登録免許税がかかります。ここで「相続」と「遺贈」では、制度上、適用される税率の区分が異なる場面があります。
- 「相続」を原因とする所有権移転:相続による移転の税率(4/1000)
- 「遺贈」を原因とする所有権移転:原則として遺贈の税率(20/1000)。ただし相続人に対する遺贈は、相続と同じ税率(4/1000)が適用される取扱いがあります
このように「相続人への遺贈」は、申請構造(単独申請)でも税率でも、相続に近い扱いに寄せられている、という整理ができます。ただし、具体的な税額の計算や、ケースごとの有利・不利の判断は税務の領域です。実際の金額は税理士、または当ブログの登録免許税計算の解説とあわせてご確認ください。
農地が含まれるとき
財産に農地(田・畑)が含まれる場合、注意が必要です。
- 相続(「相続させる」旨の遺言、包括遺贈、相続人に対する特定遺贈を含む)による取得は、農地法3条の許可は不要で、農業委員会への届出で足りるとされています(農地法3条の3、相続人に対する特定遺贈は農地法施行規則15条5号)。
- これに対し、相続人以外の人への特定遺贈で農地を渡す場合は、農地法3条の許可が必要になる場面があります。
「孫(相続人でない場合)に農地を遺贈する」といったケースでは、許可の要否が手続きのカギになります。遺言を作る段階で、農地の渡し方は確認しておきたいところです。
「遺言があるから登記は後でいい」が危ない理由
本文でも触れた対抗要件の問題は、登記実務では特に重要です。
民法899条の2により、相続による権利の承継は、法定相続分を超える部分については、登記などの対抗要件を備えなければ第三者に対抗できません。これは「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)にも当てはまります。
具体的には、「全部を長男に相続させる」という遺言があっても、長男が登記をしないでいる間に、他の相続人の法定相続分が差し押さえられたり、その持分が第三者に譲渡され登記されてしまったりすると、長男は超過分について「自分のものだ」と主張できなくなるおそれがあります。遺言で不動産を受け取ったら、速やかに登記まで済ませることが、権利を守るうえで欠かせません。
実務上の留意点(まとめ)
- 「相続させる」は登記原因「相続」・単独申請、「遺贈」は登記原因「遺贈」・原則共同申請(相続人への遺贈は単独申請可)
- 遺言執行者の指定は、遺贈の登記をスムーズに進めるうえで実益が大きい
- 農地が含まれるなら、相続人以外への遺贈は農地法の許可の要否を確認
- 登録免許税は「相続」と「遺贈」で率の区分が異なる場面がある(金額は税理士へ)
- 受け取ったら早めに登記。対抗要件(899条の2)の問題があるため放置は禁物
※登録免許税の具体的な金額・不動産取得税・相続税などの税額にかかわる点は、税務の専門である税理士の領域です。次の税務の観点もあわせてご覧ください。
【さらに深掘り】「相続させる」と「遺贈」をめぐる税の論点
ご注意 以下は執筆時点(2026年06月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。税額の計算・申告は税理士の業務です。具体的な税額や有利・不利の判断は、必ず税理士にご確認ください。
「相続させる」と「遺贈する」の違いは、登記の手続きだけでなく、かかる税金の種類や扱いにも影響することがあります。ここでは「どんな税金が関係しうるか」という制度の地図を示します。金額の計算は行いませんので、実際の負担は税理士にご相談ください。
不動産取得税──「誰が受け取るか」で扱いが変わりうる
不動産を取得すると、原則として不動産取得税(都道府県の税金)がかかります。ただし、相続による取得には非課税の扱いがあります。
- 相続による取得、包括遺贈による取得、そして相続人に対する特定遺贈による取得は、不動産取得税が非課税とされています(地方税法73条の7第1号)。
- これに対し、相続人以外の人への特定遺贈で不動産を取得した場合は、不動産取得税の課税対象になりうる点に注意が必要です。
たとえば「相続人でない孫」や「長男の妻」に特定の不動産を遺贈する場合、登記の手続き(共同申請になりやすい点)に加えて、この不動産取得税の扱いも、相続人が受け取る場合とは異なってくる可能性があります。
相続税──「相続させる」でも「遺贈」でも対象になりうる
「遺贈は贈与の一種だから贈与税では?」と思われることがありますが、遺言によって財産を取得した場合は、原則として相続税の枠組みで考えます。「相続させる」で取得しても、「遺贈」で取得しても、相続税の対象になりうるという点は共通です(相続税法1条の3)。
ただし、相続人以外の人が遺贈で財産を取得した場合には、いくつか固有の論点があります。
- 相続税額の2割加算:被相続人の配偶者および一親等の血族(子・親など)以外の人が相続・遺贈で財産を取得した場合、その人の相続税額に2割を加算する仕組みがあります(相続税法18条)。たとえば「相続人でない孫」や「お世話になった知人」へ遺贈する場合に関係しうる論点です。
- 基礎控除などの「法定相続人の数」:相続税の基礎控除や生命保険金の非課税枠などは「法定相続人の数」を基礎に計算されます。相続人以外の受遺者は、この「法定相続人の数」には含まれない、という整理になります。
これらは「相続人以外に財産を渡す」遺贈ならではの論点です。誰に・何を・どれだけ渡すかによって結論が変わるため、実際の税額や対策は税理士にご確認ください。
登録免許税は「率の区分」が分かれる(詳しくは登記の観点で)
登記の際の登録免許税についても、「相続」と「遺贈」では適用される率の区分が分かれる場面があります。この点は前の「登記実務」の深掘りで触れたとおりです。税の観点から補足すると、相続人に対する遺贈は、申請の形(単独申請)だけでなく登録免許税の率でも相続に近い扱いに寄せられている、という整理ができます。いずれも具体的な金額は、登録免許税の解説や税理士の確認とあわせてご検討ください。
まとめ──「渡す相手が相続人かどうか」が税でも分かれ目
税の観点で見ると、論点が大きく動くのは「相続人に渡すのか、相続人以外に渡すのか」です。
- 相続人へ:相続・相続人への遺贈は、不動産取得税が非課税、登録免許税の率も相続に近い扱い
- 相続人以外へ:不動産取得税が課税されうる、相続税額の2割加算がありうる、法定相続人の数に含まれない
遺言で「相続人以外の人」に財産を渡したいときは、登記の手続きだけでなく、税の扱いもあわせて確認しておくと安心です。具体的な税額・節税の可否は税理士、遺言の書き方や登記は司法書士、というように、それぞれの専門家にご相談ください。