「遺贈する」と書かれた遺言で、長男が直面した壁

亡くなったお父さんが、こんな遺言を残していたとします。

「私が所有する○○市○○町の土地と建物を、長男〇〇に遺贈する。」

長男にしてみれば、「もらった土地と建物の名義を自分に変えるだけだから、自分一人で登記できるはず」と思いそうなところです。ところが、令和5年3月31日までは、この登記を長男一人で進めることはできませんでした。

遺言執行者がいれば、その執行者と長男との共同申請。執行者がいなければ、他のきょうだいなど相続人全員の協力を取り付けて共同申請する必要があったのです。

「もらった」と思っていたのに、なぜ他のきょうだいに頭を下げて印鑑をもらわないといけないのか──。実務では、ここで手続が止まってしまうケースが少なくありませんでした。

令和5年4月1日に施行された不動産登記法の改正で、この壁が大きく取り払われました。今日はその改正の中身と、実務で何が変わったのかを整理します。


改正のポイント──不動産登記法63条3項の新設

共同申請が原則の世界に、例外が一つ加わった

不動産登記の世界では、権利の登記は登記権利者(もらう側)と登記義務者(あげる側)が一緒に申請するのが原則です(不動産登記法60条)。「あげた」「もらった」の双方の意思を確認して、登記の真正を担保するという考え方です。

ところが、相続のように「あげる側」がもうこの世にいない場合は、共同申請の原則を貫くと話が進みません。そこで不動産登記法63条はいくつかの例外を置いています。

条文 内容
63条1項 判決による登記の単独申請
63条2項 相続・法人の合併による登記の単独申請
63条3項(令和5年4月1日新設) 相続人に対する遺贈による所有権移転登記の単独申請

新しく加わった63条3項によって、受遺者が相続人であるときは、その相続人が一人で遺贈の登記を申請できるようになりました。

条文の言い回し

不動産登記法63条3項はおおむね次のように読めます。

遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)による所有権の移転の登記は、登記権利者が単独で申請することができる。

「相続人に対する遺贈に限る」というカッコ書きが今回の制度の核心です。


「相続人かどうか」で大きく分かれる

改正後の遺贈登記は、受遺者が相続人かどうかで、たどる道がはっきり分かれます。

受遺者が相続人の場合(改正の恩恵を受ける側)

長男・長女・配偶者など、もともと法定相続人である人に「遺贈する」と書かれていたケースです。

  • 申請の仕方:受遺者(相続人)が単独で申請できる
  • 遺言執行者の有無:関係なし。執行者がいてもいなくても単独申請でOK
  • 他の相続人の協力:不要

これが今回の改正で変わったところです。

受遺者が相続人以外の場合(改正の対象外)

内縁のパートナー、孫(代襲相続人ではない孫)、お世話になった知人、お寺など、法定相続人ではない人への遺贈は従来通りです。

  • 申請の仕方:受遺者と登記義務者の共同申請
  • 登記義務者は誰か:遺言執行者がいればその人、いなければ相続人全員

ここを誤解して「遺贈はみんな単独でできる」と思い込まれている方が時々いらっしゃいますが、相続人以外への遺贈の手続は変わっていません。


紛らわしい「相続させる遺言」との違い

遺言を書くときの言い回しには大きく二種類あります。

「○○に相続させる」と書かれた遺言

これは正式には特定財産承継遺言と呼ばれます(民法1014条2項)。

特定の不動産を、特定の相続人に直接承継させる遺言です。法律上は、被相続人の死亡と同時にその不動産は当然にその相続人のものになる、という構成になっています。

特定財産承継遺言による登記は、もともと相続を原因とする登記として、その相続人が単独で申請できる仕組みになっていました(不動産登記法63条2項)。これは今回の改正前から変わっていません。

「○○に遺贈する」と書かれた遺言

こちらは法律上は遺贈です(民法964条)。

「相続させる」とは法律構成が違い、遺言によって特定の財産を譲り渡すという法律行為と整理されます。受遺者が相続人か相続人以外かを問わず、すべて「遺贈」です。

これまでは、文言を「相続させる」にするか「遺贈する」にするかで、登記手続の進めやすさに大きな差が出ていました。

  • 「相続させる」遺言 → 単独申請OK(昔から)
  • 「遺贈する」遺言(相続人宛て)→ 共同申請が必要(令和5年3月まで)

今回の改正で、「遺贈する」と書かれた遺言でも、受遺者が相続人なら単独申請できるようになり、遺言の文言の差による手続負担の格差がぐっと縮まりました。


単独申請のときに添える書類

相続人が単独で遺贈登記を申請するときに必要な書類は、おおむね次のようなものです(法務省民二第538号通達・令和5年3月28日)。

  • 遺言書(自筆証書遺言なら家庭裁判所の検認済証明書、公正証書遺言ならそのまま、自筆証書遺言書保管制度を使った場合は遺言書情報証明書)
  • 被相続人の死亡を証する戸籍(除籍謄本など)
  • 受遺者が相続人であることを証する戸籍(被相続人と受遺者の続柄が分かる戸籍類)
  • 受遺者の住民票
  • 不動産の固定資産評価証明書(登録免許税の算定用)

このほか、登記原因証明情報として遺言の内容を整理した書面を別途作成することもあります。

なお、今回の改正にあわせて、前提として被相続人の住所変更登記や氏名変更登記を要しないことも明確にされました。長く名義変更されていなかった土地で、登記簿上の被相続人の住所が古い住所のままだったとしても、その変更登記を経ずに遺贈登記に進めるということです。実務上はかなり助かるポイントです。


登録免許税はいくらになるのか

遺贈登記には登録免許税がかかります。税率は受遺者が相続人かどうかで変わります。

受遺者の立場 税率
相続人である 不動産価額の 1000分の4
相続人ではない 不動産価額の 1000分の20

たとえば固定資産評価額1000万円の不動産なら、相続人への遺贈は4万円、相続人以外への遺贈は20万円ということになります。

ここまでは登記実務の範囲のお話です。相続税や贈与税がどうかかるかは別問題で、税理士の領域になります。遺贈を受けると、原則として相続税の課税対象になりますが、具体的な計算は税理士にご相談ください。


「使える」だけでなく「使うことが求められている」──申請義務化との関係

ここで触れておきたいのが、令和6年4月1日に施行された相続登記の申請義務化との関係です(不動産登記法76条の2)。

相続登記の申請義務化では、不動産を相続によって取得した相続人は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ当該所有権を取得したことを知った日から3年以内に、所有権移転登記を申請しなければならないとされました。正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象になります(不動産登記法164条1項)。

そして、この義務化の対象には、相続人への遺贈で取得した場合も含まれます。不動産登記法76条の2第1項は、相続による取得だけでなく「相続人に対する遺贈」による取得も同様に申請義務の対象として明記しています。逆にいうと、相続人以外への遺贈は条文の対象外であり、申請義務化のプレッシャーはかかりません。

取得形態 3年以内の申請義務
相続による取得 あり
特定財産承継遺言(「相続させる」遺言)による取得 あり
遺贈による取得(受遺者が相続人) あり
遺贈による取得(受遺者が相続人以外) なし

つまり、相続人への遺贈は「単独申請ができる」だけでなく、「単独申請して期限内に登記しなければならない」立場に置かれています。

令和6年4月1日より前に発生した相続も義務化の対象で、その場合は施行日から3年、つまり令和9年(2027年)3月31日までに申請する必要があります。お父さんやお母さんが10年前、20年前に亡くなっていて、遺言で土地をもらっていたけれど名義変更を後回しにしていた──というケースも、この期限の対象になります。

改正前なら「他の相続人と話がつかないから動けない」「執行者がいないから止まっている」といった事情で名義変更が遅れることに一定の理由はありました。改正後は受遺者一人で申請できるため、こうした事情では過料の「正当な理由」になりにくくなったといえます。


こんな場面では立ち止まる

単独申請が使えるようになったとはいえ、何でも一人でサッと進められるわけではありません。次のような場面では慎重な検討が必要です。

遺言の有効性に争いがある

「父は認知症で、この遺言を書いた当時、判断能力がなかったのではないか」「筆跡が父のものではない気がする」──こうした争いがある場合は、登記手続を進める前に遺言の有効性そのものが問題になります。これは弁護士の領域です。

遺留分を侵害している可能性がある

相続人の中に、遺留分(法律で最低限保証された相続分)を侵害される人がいる場合、後から遺留分侵害額請求が起こされる可能性があります。登記自体は単独で進められても、後の紛争に発展する余地が残ります。これも弁護士にご相談いただく領域です。

「遺贈する」のか「相続させる」のか、遺言の解釈が割れる

遺言の文言があいまいで、特定財産承継遺言なのか遺贈なのか判断が分かれるケースもあります。この場合、どちらの単独申請の枠組み(63条2項か63条3項か)を使うかが変わってきます。原則は遺言の文言通りですが、文脈次第では判断に迷う場面があります。


まとめ

令和5年4月1日施行の不動産登記法63条3項により、相続人への遺贈による所有権移転登記は、受遺者が一人で申請できるようになりました。

  • 相続人への遺贈 → 単独申請OK(改正の恩恵)
  • 相続人以外への遺贈 → 従来通り共同申請
  • 「相続させる」遺言(特定財産承継遺言)→ 以前から単独申請OK
  • 登録免許税は相続人への遺贈なら1000分の4
  • 相続人への遺贈は申請義務化の対象(3年以内・10万円以下の過料)
  • 遺言の有効性や遺留分の争いがある場合は弁護士へ、税務は税理士へ

遺言書に「遺贈する」と書かれていたために手続が止まっていた方は、改正後の制度であれば一人で前に進めるかもしれません。手元の遺言書がどちらのタイプなのか、相続人かどうかで適用される条文が変わってくるため、ご自身の状況に当てはまるかどうかはお近くの司法書士にご相談ください


【さらに深掘り】相続人への遺贈登記の実務論点と落とし穴

ご注意 以下は執筆時点(2026年5月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。

ここからは、相続人への遺贈の登記を進めるうえで、登記実務の観点から押さえておきたい論点を整理します。改正によって単独申請が可能になったとはいえ、補正の引き金になる箇所はいくつも残っています。

1. 登記原因証明情報の作り方

遺贈の登記でも、所有権移転の事実関係を整理した登記原因証明情報を添付するのが一般的です。

書面に盛り込むべき内容は、おおむね以下のとおりです。

  • 被相続人の氏名・最後の住所・死亡日
  • 遺言書の作成日・種類(自筆/公正証書/保管制度利用)
  • 遺贈の対象不動産の表示と受遺者の特定
  • 受遺者が相続人であること(続柄)
  • 遺贈による所有権移転の事実

遺言書そのものを添付情報として提供する方法と、登記原因証明情報を別途作成して遺言書をその一部として引用する方法のいずれもあります。公正証書遺言で遺贈の対象や受遺者が明確に特定されているなら、遺言書をそのまま登記原因証明情報として扱う運用もあります。

注意したいのは、自筆証書遺言で**「○○の土地を長男に与える」「譲る」**といった日常語が使われているケースです。文言が「相続させる」とも「遺贈する」とも書かれていないと、登記の原因が遺贈なのか相続なのかで解釈が分かれることがあります。この場合は、登記原因証明情報に解釈の根拠を整理して書き、必要に応じて上申書を添えることになります。

2. 前提となる名変登記を省略できる根拠と射程

法務省民二第538号通達(令和5年3月28日)は、相続人に対する遺贈による所有権移転登記について、前提として被相続人の登記名義人住所変更登記・氏名変更登記を要しないと明確にしました。

これは、相続登記(不動産登記法63条2項)と同様の取扱いを、相続人への遺贈にも拡張するという考え方です。長く名義変更されていなかった土地で、被相続人の登記簿上の住所が古い住所のままだったとしても、名変登記を経ずに遺贈登記に進めます。

ただし、省略できるのは「前提登記」だけで、被相続人と登記名義人の同一性は別途証明する必要があります。具体的には、被相続人の戸籍の附票や住民票の除票で、登記簿上の住所から最後の住所までのつながりを示します。これらの書類が役所で保存期間切れになっている場合は、不在籍証明・不在住証明や、固定資産税の納税義務者であったことを示す資料を組み合わせて同一性を補強する運用になります。

なお、この前提省略は「相続人への遺贈」に限ったものなので、相続人以外への遺贈の場合は、従来通り前提として名変登記が必要になる点に注意が必要です。

3. 添付書類の細かい論点

戸籍の範囲

相続登記では原則として被相続人の出生から死亡までの戸籍を全部集めて相続人全員を確定する必要があります。これに対し、相続人への遺贈登記では、「受遺者が相続人であること」を示せれば足りるという整理になります。

理屈の上では、被相続人と受遺者の続柄が分かる範囲の戸籍だけで足りるはずですが、実務上は安全をとって相続人全員を特定できる戸籍をそろえるケースも見られます。法務局の運用にも幅があるため、申請前に管轄法務局へ確認するのが無難です。

住所証明情報

受遺者の住民票(または戸籍の附票)を添付します。住民票に法定の有効期限はありませんが、不動産取引や登記の実務では発行から3か月以内のものを使う運用が一般化しています。

固定資産評価証明書

登録免許税の算定に必要です。原則として申請年度(4月1日から翌年3月31日)に対応する評価額の証明書を使います。

遺言書

  • 自筆証書遺言(自宅等で保管)→ 家庭裁判所の検認済証明書付きのもの
  • 自筆証書遺言(法務局保管制度利用)→ 遺言書情報証明書
  • 公正証書遺言 → 公正証書遺言の正本または謄本(検認不要)

4. 登記識別情報の通知と遺言執行者の関係

単独申請の場合でも、申請が完了すれば、受遺者に対して登記識別情報通知書が発行されます(不動産登記法21条)。共同申請ではないからといって通知が省略されるわけではありません。

遺言で遺言執行者が選任されている場合の手続選択も整理しておきます。

申請パターン 申請人 使い分け
受遺者単独申請(改正後の63条3項) 受遺者(相続人) 執行者と連絡が取りにくい、または執行者を急かしたくない場合
遺言執行者単独申請 遺言執行者 執行者が手続をまとめて進める場合(民法1012条で執行者の権限あり)
受遺者と遺言執行者の共同申請 両者 改正前の運用に近い形

改正後は、受遺者が一人で進められる選択肢が増えただけで、従来の遺言執行者申請ができなくなったわけではありません。事案に応じてどちらが進めやすいかで選びます。

5. 包括遺贈・特定遺贈の区別と単独申請

遺贈には、財産全体や持分の割合を指定する包括遺贈と、特定の財産だけを指定する特定遺贈があります(民法964条)。

不動産登記法63条3項は条文上「遺贈」とのみ書かれており、包括遺贈・特定遺贈のいずれかに限定していません。したがって、相続人への包括遺贈・特定遺贈のいずれも、受遺者である相続人の単独申請が可能と整理されています。

ただし、包括遺贈の場合は受遺者が相続人と同一の権利義務を取得するため(民法990条)、実務上は遺産分割協議を経て登記する場合と、遺贈そのものを登記原因とする場合が並存します。どちらの登記原因を選ぶかは、遺言書の文言と他の相続人との関係次第です。

6. 補正の引き金になりやすい論点

実際の申請で補正が出やすいのは、次のような場面です。

(1) 遺言の文言があいまい 「与える」「譲る」「任せる」など、相続・遺贈のどちらとも読める表現が使われている場合。登記原因を「遺贈」とするか「相続」とするかで添付書類も登録免許税も変わるため、解釈を補強する上申書や、相続人間の同意書が求められることがあります。

(2) 受遺者が相続人かどうか不明瞭 代襲相続が絡むケース、養子縁組の事実関係が複雑なケースでは、戸籍だけでは続柄の判断がつかないことがあります。家系図や追加の戸籍で続柄を明示する必要が出てきます。

(3) 名変省略の射程からはみ出る 名変省略は「相続人への遺贈」が前提です。受遺者が相続人ではない(たとえば孫で代襲相続人でもない)にもかかわらず単独申請を試みた場合、前提名変登記の不備として補正の対象になります。

(4) 遺言書の検認漏れ 自宅で保管されていた自筆証書遺言で、検認手続を経ずに登記申請してしまうケース。検認は遺言の有効性を確定するものではありませんが、登記実務では検認済証明書の添付が求められます(民法1004条1項)。

7. 相続人以外への遺贈との比較

最後に、相続人以外への遺贈との手続上の違いを整理しておきます。

項目 相続人への遺贈 相続人以外への遺贈
申請の仕方 受遺者単独申請(63条3項) 共同申請(60条)
登記義務者 不要 遺言執行者または相続人全員
前提名変登記 省略可(民二538号通達) 原則必要
登録免許税 1000分の4 1000分の20
戸籍の範囲 受遺者が相続人と分かる範囲 被相続人の死亡を示すもの
申請義務化(76条の2) 対象(3年以内・10万円以下の過料) 対象外

相続人以外への遺贈では、遺言で執行者を選任しておかないと、相続人全員の協力が必要になり手続が動かなくなるリスクが高くなります。遺言を作成する段階で、受遺者の属性に応じた執行者選任の要否を検討しておくことが、登記の通り方を大きく左右します。


ここまで実務的な論点を並べました。改正で単独申請が可能になったとはいえ、遺言の文言・受遺者の属性・戸籍の整い方によって、たどる手続は意外と細かく分岐します。手元の遺言書がどのパターンに当てはまるかは、事案ごとに確認が必要です。