この記事の要点
- 会社に後継者がいないまま経営者が死亡すると、株式が複数の相続人に分散し、取締役の選任すら決議できなくなることがある
- 一人会社では取締役がゼロになり、経営者保証・役員貸付金・死亡退職金といった「お金」の整理も同時に降りかかる
- 生前にできる備えとして、遺言での株式承継先の指定・計画的な生前贈与・種類株式の活用があり、事業承継税制という税の優遇制度も存在する(適用可否は税理士へ)
- 株式分散の実例は一般化した典型パターンの紹介にとどめる。個別の紛争解決は専門家への相談が必要
「後継者を決めないまま社長に万一のことがあったら、会社はどうなるのか」──多くの中小企業経営者が漠然と抱えながら、後回しにしがちな問いです。
結論から言うと、後継者を決めないまま経営者が死亡すると、株式が複数の相続人に分散し、会社の意思決定そのものが止まってしまうリスクがあります。今週、代表取締役の死亡・自社株の相続・一人会社の社長死亡・経営者保証・役員貸付金・死亡退職金という切り口で、経営者に万一のことがあったときに会社と遺族に何が起きるかを順に見てきました。この記事はその内容を「起きること」として一度束ね、生前にできる備えを整理する締めくくりの記事です。
今週見てきた「起きること」を振り返る
経営者が死亡した直後、会社にはいくつもの課題が同時に降りかかります。
- 会社の中に「決められない期間」ができる:代表取締役が死亡すると、後任を決めるまでの間、会社の意思決定が滞ります。何から手をつけるべきかの順番は代表取締役が亡くなったときの登記──会社が最初にすべき手続きの順番で整理しました。
- 株式が分散すると、決議の数字が揃わなくなる:自社株が複数の相続人に分かれて相続されると、普通決議・特別決議に必要な賛成の数が揃わず、役員の選任すら決められなくなることがあります。詳しくは自社株の相続と議決権──株式が分散すると会社が動かなくなる理由で解説しました。
- 一人会社では取締役がゼロになる:取締役1名・株主1名の一人会社で社長が死亡すると、会社には取締役も代表者も誰もいない状態が生じます。一人会社の社長が亡くなったら──後継者がいない会社はどうなる?で、裁判所への一時取締役選任の申立てなどの選択肢を整理しました。
- 経営者保証は相続される:会社の借金そのものは相続されませんが、社長が個人として結んでいた連帯保証(経営者保証)は相続の対象になります。経営者の連帯保証は相続される──会社の借金と経営者保証ガイドラインの入口で扱いました。
- 社長個人と会社のお金の貸し借りも精算が必要になる:役員貸付金・役員借入金は、貸した方向によって相続債務にも相続財産にもなります。社長個人と会社の貸し借り──役員貸付金・借入金は相続でどうなる?で整理しました。
- 死亡退職金・弔慰金の扱いも問題になる:会社に退職金規程があるかどうかで、死亡退職金が遺産分割の対象になるかどうかが変わります。死亡退職金と弔慰金のきほんで扱いました。
これらはすべて、後継者を決めないまま経営者が死亡した場合に、現実に起こりうることです。1つひとつは別の記事で扱いましたが、根っこにある問題は共通しています。「誰が経営を引き継ぐか」を決めていなかったことです。
株式分散の典型的な実例
後継者を決めないまま経営者が死亡したとき、株式がどのように分散していくのか、よくみられる典型的なパターンを一般化して紹介します。個別の事情によって状況は大きく変わるため、以下はあくまで傾向の紹介であり、特定のケースの解決策を示すものではありません。
パターン1:複数の子に株式が均等に分かれる
経営者に複数の子がいて、遺言がないまま法定相続分どおりに株式が分かれると、誰も単独では過半数(普通決議)や3分の2以上(特別決議)に届かなくなることがあります。全員の意見が一致すれば決議はできますが、意見が割れると会社の意思決定が止まります。
パターン2:後継ぎの子と、経営に関心のない子が混在する
会社を継ぐ子とそうでない子がいる場合、遺産分割の結果として、経営に関わらない側が会社の少数株主として株式を持ち続けることがあります。配当も売却先もないまま株式だけを持つことになりやすく、株主としての権利行使や名義書換の実務は非上場株式を相続したら──取引相場のない株の名義書換と少数株主の現実で整理しています。
パターン3:一人会社で、相続人に経営を引き継ぐ意思がない
取締役が1人しかいない一人会社で、相続人の誰も経営に関わる意思を持たない場合、取締役不在の状態が長期化しやすくなります。放置すると、その後取締役に就任した人が変更登記の懈怠で過料の対象になったり、最終的に休眠会社として扱われたりする可能性もあります(過料は取締役など役員の地位にある・あった人に対するものであり、経営に関わらない相続人が相続人という立場だけで科されるものではありません)。
いずれのパターンも、経営者が元気なうちに承継の方針を決めておけば、避けられた可能性がある、あるいは影響を小さくできたという点で共通しています。もっとも、そもそも引き受け手が見つからないケースもあり、生前に検討すれば必ず解決するというものではありません。
生前にできること
ここまで見てきた「起きること」を踏まえ、経営者が元気なうちにできる備えを整理します。いずれも会社の状況によって適否が変わるため、具体的な進め方は専門家に相談しながら検討することをおすすめします。
遺言で株式の承継先を指定する
遺言によって、どの株式を誰に承継させるかをあらかじめ指定しておく方法です。遺言がないまま法定相続分どおりに分かれると株式が分散しやすくなりますが、遺言で後継者に株式を集中させておけば、その分散を防げます。遺言の方式(自筆証書遺言・公正証書遺言)の違いや選び方は自筆証書遺言と公正証書遺言、どちらを選ぶべきかで整理しています。
生前贈与という選択肢
経営者が元気なうちに、後継者へ株式を計画的に贈与しておくという方法もあります。相続を待たずに承継を進められる一方で、贈与税の具体的な有利・不利の判断や税額の計算は税理士の専門領域です。生前贈与を検討する場合は、早い段階から税理士に相談しながら進めることをおすすめします。
種類株式の活用
会社法上、権利の内容が異なる複数のタイプの株式(種類株式)を発行できます。たとえば、重要な決定に拒否権を持たせる「拒否権付株式(黄金株)」や、議決権を制限する「議決権制限株式」などがあり、事業承継の場面で後継者に経営権を集中させたり、株式を渡す相手によって権利内容を分けたりする目的で活用されることがあります。導入には株主総会の特別決議による定款変更と登記が必要です。制度のしくみと注意点は種類株式とは──「拒否権付株式(黄金株)」を事業承継で使うときの基本と注意点で解説しています。
事業承継税制の入口を知っておく
一定の要件を満たす非上場株式の承継について、贈与税・相続税の納税を猶予する「事業承継税制」という制度もあります。制度の存在を知っておくだけでも、生前対策の選択肢は広がります。ただし、制度の詳細・自社が適用できるかどうかの判定は、税理士にご相談ください。
廃業以外の選択肢も視野に入れる
後継者が見つからない場合でも、廃業だけが選択肢ではありません。株式譲渡・事業譲渡・M&Aといった、社外への引き継ぎ方もあります。「廃業しかない」と決める前に──M&A・事業譲渡という選択肢と、動く登記・動かない登記で整理しています。
事業承継の法務手続き全体の流れ(株式の承継方法と代表者変更登記の2本柱)は、事業承継とは──会社を後継者に引き継ぐときに必要な手続きの全体像で改めて確認できます。
まとめ
- 後継者を決めないまま経営者が死亡すると、株式分散によって会社の意思決定が止まる、一人会社では取締役がゼロになる、経営者保証・役員貸付金・死亡退職金の整理が同時に必要になる、といった事態が現実に起こりうる
- 株式分散の典型パターンは一般化した傾向として紹介したが、実際の対応は会社ごとの事情によって変わる
- 生前にできる備えとして、遺言での承継先指定・計画的な生前贈与・種類株式の活用・事業承継税制の把握・M&Aという出口がある
- 税務判断(贈与税・相続税の有利不利、事業承継税制の適用可否)は税理士の専門領域です。会社法上の手続きや登記についてはお近くの司法書士にご相談ください。
よくある質問
Q. 生前対策(遺言作成・種類株式の導入など)には、どのくらい費用がかかりますか? A. 遺言の作成費用は方式(自筆証書か公正証書か)によって異なり、種類株式の導入には定款変更・登記の費用がかかります。いずれも会社の規模や内容によって変わるため、依頼する専門家に事前に見積もりを確認するとよいでしょう。事業承継税制など税制優遇の適用にかかる費用・報酬は税理士にご確認ください。
Q. 何もしないまま放置すると、どんなリスクがありますか? A. 今週見てきたとおり、後継者を決めないまま経営者に万一のことがあると、株式分散で決議が進められなくなったり、一人会社では取締役不在の状態が長期化したりすることがあります。放置すると、その後取締役に就任した人が変更登記の懈怠による過料の対象になったり、最終的に休眠会社として扱われたりする可能性もあります(過料は取締役など役員の地位にある・あった人に対するものです)。早めに検討を始めることが望ましいです。
Q. 生前対策は自分でできますか?どこに相談すればいいですか? A. 自筆証書遺言のように自分で準備できるものもありますが、株式の承継先の指定や種類株式の導入は会社法・登記の専門的な判断を伴います。会社法上の手続き・登記についてはお近くの司法書士に、税務面(生前贈与の有利不利判定・事業承継税制の適用可否)は税理士にご相談ください。
【さらに深掘り】属人的株式による議決権集約と、遺言・株式分散への実務対応の順序
ご注意 以下は執筆時点(2026年8月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。
種類株式のほかに「属人的株式」という選択肢がある
議決権を後継者に集める方法は、種類株式(会社法108条)だけではありません。株式ではなく「株主という地位」に着目して異なる取扱いを定める方法として、会社法109条2項の「属人的な定め」があります。
会社法109条1項は、株式会社は株主を、その有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱わなければならないという株主平等原則を定めています。しかし同条2項は、公開会社でない株式会社(発行する全部の株式の譲渡に会社の承認を要する非公開会社。中小企業の大半がこれにあたります)に限り、剰余金の配当・残余財産の分配・株主総会における議決権について、株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができるという例外を認めています。
種類株式との違いは、権利が結びつく先です。種類株式は「株式」そのものに内容が結びつくため、その株式を誰が持っても内容は変わりません。これに対して属人的な定めは「株主」という地位に結びつきます。極端な例でいえば、「代表取締役である株主が保有する株式は、1株につき10個の議決権を持つ」という定めを置くこともでき、この場合、その株式が別の人に渡れば、定め方によっては通常の1株1議決権に戻ります。事業承継の場面では、株式という財産は複数の相続人に分けて渡しつつ、議決権だけは特定の後継者に集中させる、という設計に使われることがあります。
ただし、属人的な定めを新たに設けたり変更したりする定款変更は、通常の特別決議(会社法309条2項11号・466条)では足りません。総株主の半数以上(これを上回る割合を定款で定めた場合はその割合以上)であって、総株主の議決権の4分の3(これを上回る割合を定款で定めた場合はその割合)以上に当たる多数による、特殊決議によらなければならないとされています(会社法109条2項、309条4項)。特別決議よりもさらに重い、いわゆる頭数要件を含む決議です。株主の人数が多い会社ほど、この要件を満たすハードルが上がる点に注意が必要です。
もう一つ、種類株式との実務上の大きな違いが、登記事項になるかどうかです。種類株式は、発行可能種類株式総数・発行する各種類の株式の内容が登記事項とされ(会社法911条3項7号)、別記事で扱ったとおり登記事項証明書を通じて誰でも確認できます。これに対し、属人的な定めは会社法911条3項に列挙された登記事項に含まれておらず、定款の中にとどまり、登記簿には反映されません。外部に権利内容を公開したくない場合に選択される理由の一つですが、裏を返せば、金融機関や取引先が登記事項証明書だけを見ても議決権の実際の配分に気づけないということでもあります。融資審査や事業承継の相談の場面では、定款の内容を先に開示しておかないと、後になって認識のずれが表面化することがあります。
なお、属人的な定めの内容が特定の株主を著しく不利益に扱うものである場合には、会社法109条1項の株主平等原則の趣旨に照らして無効となりうるとする見解があり、無制限に使えるわけではありません。どこまでの差を設けられるかについて確立した基準があるわけではなく、内容によっては後日その有効性が争われるリスクがある、という点は踏まえておく必要があります。
遺言と定款変更は「順序」を間違えると機能しない
生前対策として遺言と種類株式・属人的な定めを組み合わせる場合、見落とされがちなのが手続きの順番です。
定款変更(種類株式の新設、属人的な定めの導入のいずれも)は、経営者が生きている間に、株主総会(属人的な定めであれば上記の特殊決議)で完了させておく必要がある行為です。これに対し遺言は、遺言者が死亡した時点で初めて効力を生じるもので(民法985条1項)、生きている間の会社の意思決定を代わりに行うものではありません。
ここで問題になるのが、遺言執行者に定款変更までの権限があるかです。遺言執行者は、遺言の内容を実現するために必要な一切の行為をする権利義務を有するとされていますが(民法1012条1項)、これはあくまで遺言に書かれた財産の承継を実現するための権限です。定款変更は株主総会(または種類株主総会)の決議事項であり、遺言によってその決議を代替することはできません。加えて、経営者の死亡後は、株式そのものが相続人に承継されます。定款変更の決議を成立させるには、結局のところ相続人となった株主の賛成(属人的な定めであれば前記の特殊決議)が必要になり、株式が分散したあとで議決権集約の合意を取り直すことになります。つまり、「亡くなった後に遺言執行者が種類株式や属人的な定めを新設して、議決権を後継者に集める」という組み立ては、通常は成り立ちません。
したがって、生前対策の順序は次のようになります。
- 現状の株主構成・議決権割合を確認する
- 種類株式の新設または属人的な定めの導入が必要かどうかを判断し、必要であれば生前に株主総会の決議・定款変更(種類株式であれば登記も)を完了させる
- そのうえで遺言により、個々の株式を誰に承継させるかを指定する
定款変更を後回しにしたまま遺言だけを整えても、定款変更が実行される前に経営者に万一のことがあれば、種類株式も属人的な定めも実現しないまま、記事本文で見た株式分散の実例と同じ状態を迎えることになります。遺言はあくまで「決めたことを実現する道具」であって、「決めること」自体の代わりにはなりません。
なお、遺言によって特定の相続人に株式を集中させても、それは株式の帰属が変わるだけで、株主名簿の名義書換えは別途必要になります。この点は非上場株式の相続の記事で扱っています。
相続人が経営に無関心・不存在なケースでの実務対応
本文の「パターン2」「パターン3」で触れたとおり、相続人が経営に関心を持たない場合、あるいはそもそも相続人がいない場合には、別の対応が必要になります。
相続人が複数いて、誰も議決権を行使しないまま放置されている場合は、遺産分割が終わるまで株式が相続人全員の準共有となり、権利を行使する者を定めて会社に通知しない限り、原則として議決権を行使できない状態が続きます(会社法106条)。この状態が長期化すると、株主総会で後任の取締役を選任することもできなくなります。ここで、取締役の死亡などによって法律または定款で定めた取締役の員数を欠いた状態になっているときは、一人会社の記事で扱った、裁判所への一時取締役の選任申立て(会社法346条2項)が、取締役がもともと複数いた会社でも同様に選択肢になります。逆にいえば、残っている取締役だけで員数が足りている場合には、株主総会が動かなくてもこの申立ての対象にはなりません。会社法346条2項は、同条1項の「役員が欠けた場合又はこの法律若しくは定款で定めた役員の員数が欠けた場合」を前提とする規定だからです。
経営に関心のない相続人が株式を持ち続けること自体が問題になる場合は、会社が株式を買い取って集約する制度も用意されています。定款に定めを置いておけば、相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した株主に対して、会社が売渡しを請求できる制度です(会社法174条〜176条。詳しい手続きと注意点は種類株式の記事で扱っています)。さらに、後継者側が議決権の10分の9以上を確保できている場合には、特別支配株主として他の株主全員に株式の売渡しを請求する制度(会社法179条以下、いわゆる株式等売渡請求)を利用できる場面もありますが、要件が厳格なため、中小企業で使える場面はそれほど多くありません。
相続人が全くいない場合は、会社法の外側、相続の一般ルールの問題になります。相続人のあることが明らかでないときは、家庭裁判所が相続財産清算人を選任し(民法952条以下)、清算人が株式を含む相続財産を管理・清算する手続きに入ります。会社としては、清算人が選任され株主として振る舞えるようになるまでの間、実質的に株主が不在の状態が生じうるため、ここでも一時取締役の選任申立てが緊急対応の選択肢になります。相続財産清算人の選任手続き自体は相続法の領域であり、本記事の主眼である会社法・登記実務からは外れるため、詳細は別途、相続の専門的な相談先で確認することをおすすめします。
いずれの対応も、株式が分散してから、あるいは相続人が決まってから動き出すものです。本文で整理したとおり、こうした事後対応が必要にならないよう、種類株式・属人的な定め・遺言をどう組み合わせるかを生前に検討しておくことが、選択肢を狭めない一番の備えになります。
参考資料
この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年8月・いずれも一次情報です)。
- 会社法 第2条・第105条・第106条・第108条・第109条・第174条〜第176条・第179条・第309条・第346条・第466条・第911条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
- 民法 第951条・第952条・第985条・第1012条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089