この記事の要点

  • 会社が社長個人に貸していたお金(役員貸付金)は、社長の「借金」=相続債務として相続人に引き継がれる
  • 逆に、社長個人が会社に貸していたお金(役員借入金)は、社長の「財産」=相続財産になり、相続人が会社に対する債権者になる
  • 貸し借りの有無と金額は、決算書の貸借対照表(役員貸付金・役員借入金などの科目)で確認できる
  • 相殺・債権放棄・債務免除といった整理の方法は税務が絡むため、具体的な検討は税理士に相談する
  • まず決算書で貸し借りの有無を確認すること。債務のほうが大きい場合は、相続放棄の期限(原則3か月)にも注意する

会社を経営していた方が亡くなったとき、見落とされやすいのが「社長個人と会社の間のお金の貸し借り」です。結論から言うと、会社が社長に貸していたお金(役員貸付金)は社長の相続債務として、社長が会社に貸していたお金(役員借入金)は社長の相続財産として、どちらも相続人に引き継がれます。貸した方向によって、相続人の立場は「会社にお金を返す側」と「会社からお金を返してもらう側」の正反対になります。

なお、この記事は「社長が亡くなった後」に相続人が直面する場面の話です。社長がお元気なうちにできる生前の備え(後継者への引き継ぎの段取り)は、事業承継のときの流れを解説した記事をご覧ください。

会社と社長は法律上「別人」──だから貸し借りが起きる

株式会社などの法人は、社長個人とは法律上まったく別の人格です。会社のお金は会社のもの、社長のお金は社長のものであり、両者の間でお金が動けば、それは「貸し借り」という契約関係になります。

中小企業では、この貸し借りが日常的に生じていることが少なくありません。たとえば次のような場面です。

  • 会社の資金繰りが苦しいとき、社長がポケットマネーを会社に入れた(社長→会社の貸付)
  • 社長の個人的な支出を、ひとまず会社のお金から立て替えた(会社→社長の貸付)

会社と社長個人が「別人」であることは、借金の場面でも同じです。会社の借金そのものは、社長が亡くなっても相続人に引き継がれません。ただし社長が個人として会社の借金の連帯保証人になっていた場合、その保証債務は相続の対象になります。この点は経営者の連帯保証と相続の記事で詳しく解説しています。

会社→社長の貸付(役員貸付金)は、社長の「相続債務」

会社が社長個人にお金を貸していた場合、社長は会社に対して「返す義務」を負っています。相続人は、亡くなった方の財産に属した一切の権利義務を引き継ぐのが原則です(民法896条)。プラスの財産だけでなく、この「返す義務」も相続の対象になります。

つまり、会社が相続人に対して返済を求める立場になります。金銭の債務は、相続人が複数いる場合、法定相続分に応じて各相続人に分割して引き継がれるとされています。なお、相続人どうしの話し合いで「この債務は誰が引き受ける」と決めること自体はできますが、その取り決めを会社(債権者)に当然に主張できるわけではないと考えられています。相続人だけの取り決めで返済先を一本にまとめるには、原則として会社の側の同意が必要になると考えられる点に注意してください。

注意したいのは、家族が貸し借りの存在をまったく知らないケースです。役員貸付金は帳簿の上のことなので、日常生活からは見えません。相続が始まったら、後述する決算書の確認で「会社への借金がないか」を早めに把握することが大切です。

もし役員貸付金やその他の債務が大きく、プラスの財産を上回るようであれば、相続放棄(家庭裁判所への申述)を検討する場面もあります。相続放棄には「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」という期限があります(民法915条1項)。基本的な仕組みは相続放棄の基本を解説した記事をご覧ください。

社長→会社の貸付(役員借入金)は、社長の「相続財産」

反対に、社長個人が会社にお金を貸していた場合(会社側から見ると「役員借入金」)、社長は会社に対する「貸したお金を返してもらう権利」(貸付金債権)を持っています。この権利は社長の相続財産の一部です。

つまり、相続人が会社に対する債権者になります。不動産や預貯金と同じように遺産の一部として扱われ、誰がどのように引き継ぐかは、遺言がなければ相続人全員の話し合い(遺産分割協議)で決めることになります。話し合いの結果は書面に残します。書き方は遺産分割協議書の作り方の記事で解説しています。

会社の側から見ると、社長が亡くなっても返済義務は消えません。会社は、債権を引き継いだ相続人に対して返済を続ける立場になります。後継者以外の相続人が債権を引き継ぐと、「会社の外にいる親族が会社の債権者」という状態が続くことになり、その後の経営や資金繰りに影響することもあります。

決算書(貸借対照表)のどこを見るか

貸し借りの有無と金額は、会社の決算書のうち「貸借対照表」(バランスシート)で確認できます。

  • 会社→社長の貸付:資産の部に「役員貸付金」「短期貸付金」「長期貸付金」などの科目で計上されます
  • 社長→会社の貸付:負債の部に「役員借入金」「役員からの借入金」などの科目、または「長期借入金」「短期借入金」の中に含まれる形で計上されます

科目の名前や区分は会社によって異なります。貸借対照表の科目名だけでは相手が社長個人かどうか分からないこともあるため、法人税の申告書に添付される「勘定科目内訳明細書」(貸付金・借入金の相手先ごとの内訳が書かれた書類)もあわせて確認すると確実です。決算書類の保管場所が分からないときは、会社の経理担当者や、会社の申告を依頼している税理士・会計事務所に確認するのが早道です。

相殺・債権放棄・債務免除の検討は「税理士へ」

社長と会社の間の貸し借りについては、相続の場面で「貸し借りを相殺できないか」「相続人が債権を放棄できないか」「会社が債務を免除できないか」といった整理の方法が話題になることがあります。

ただし、これらの方法はいずれも税務上の効果が生じ得るため、司法書士がその選択や有利不利をアドバイスすることはできません。どの方法を選ぶか、税金の面でどのような扱いになるかは、税理士に相談してください。相続税の申告を依頼する税理士がいれば、その相談の中で一緒に検討してもらうのが自然な流れです。

会社側の手続き──登記は動かないが、承認が要る場面がある

役員貸付金・役員借入金が相続で引き継がれること自体では、会社の登記の内容は変わりません。ただし、次の2点には注意が必要です。

1つ目は、役員の変更登記です。 社長(取締役)が亡くなると、その方は役員でなくなるため、貸し借りとは別の問題として、役員の死亡による変更登記の申請が必要になります。

2つ目は、会社の意思決定(利益相反取引の承認)です。 会社法では、取締役が会社と取引をする場合など、会社と取締役の利益がぶつかる取引(利益相反取引)について、株主総会の承認を受けなければならないと定められています(会社法356条1項)。取締役会を置いている会社では、この承認は取締役会が行います(会社法365条1項)。

たとえば、相続人が会社の取締役でもある場合に、会社がその取締役の引き継いだ債務を免除する、あるいは会社とその取締役の間で貸し借りの返済条件を変えるといった場面では、この承認手続きが必要になることがあります。どの取引に承認が必要かはケースによるため、会社の議事録の整備とあわせて、お近くの司法書士に確認することをおすすめします。

まとめ

会社と社長個人の間の貸し借りは、相続のときに正反対の形で現れます。会社が社長に貸していたお金(役員貸付金)は社長の相続債務となり、相続人が会社に返す立場に。社長が会社に貸していたお金(役員借入金)は社長の相続財産となり、相続人が会社から返してもらう立場になります。

まずやるべきことは、決算書(貸借対照表)と勘定科目内訳明細書で貸し借りの有無と金額を確認することです。そのうえで、税金の扱いは税理士へ、金融機関との交渉や債務の整理方針は弁護士へ、相続放棄や相続登記・会社の変更登記の手続きは司法書士へと、内容に応じて専門家を使い分けてください。会社経営者の相続は確認すべきことが多いため、早めにお近くの司法書士にご相談ください。

よくある質問

Q. 亡くなった社長と会社の間に貸し借りがあるかどうかは、どうやって調べればいいですか?

会社の決算書のうち貸借対照表を確認してください。資産の部の「役員貸付金」などの科目、負債の部の「役員借入金」などの科目が手がかりになります。科目名だけで分からないときは、法人税申告書に添付される勘定科目内訳明細書に相手先ごとの内訳が載っています。決算書類の所在が分からなければ、会社の経理担当者や顧問の税理士・会計事務所に確認しましょう。

Q. 役員貸付金があるのに気づかず放置すると、どうなりますか?

会社に対する返済義務は相続人に引き継がれているため、後から会社(会社が解散していれば清算人)から返済を求められる可能性があります。また、債務が大きい場合の選択肢である相続放棄には原則3か月の期限があり(民法915条1項)、知らないまま期限を過ぎると選択の幅が狭まるおそれがあります。相続が始まったら、早い段階で決算書を確認することが大切です。

Q. 誰に相談すればいいですか?

内容によって相談先が分かれます。相殺・債権放棄・債務免除など税金が絡む整理の方法は税理士へ、金融機関との交渉や債務の整理方針は弁護士へ。相続放棄の書類作成、不動産の相続登記、役員変更などの会社の登記は司法書士の分野です。どこから手を付けるか迷う場合も含めて、まずはお近くの司法書士にご相談ください。


【さらに深掘り】利益相反取引の承認手続きと役員死亡の変更登記の交錯

ご注意 以下は執筆時点(2026年8月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。

承認機関は「取締役会設置会社かどうか」で分かれる

本文で触れた利益相反取引の承認は、会社の機関設計によって承認する機関が変わります。会社法356条1項は、取締役が自己または第三者のために会社と取引をしようとするとき(2号・直接取引)や、会社が取締役の債務を保証するなど会社と取締役の利益が相反する取引をしようとするとき(3号・間接取引)に、株主総会で当該取引につき重要な事実を開示して承認を受けることを求めています。取締役会を置いている会社では、この「株主総会」が「取締役会」に読み替えられ、承認は取締役会が行います(会社法365条1項)。さらに取締役会設置会社では、取引をした取締役は取引後遅滞なく、その取引についての重要な事実を取締役会に報告する義務もあります(会社法365条2項)。

本記事の場面に当てはめると、たとえば貸付金債権・債務を相続した人が現に会社の取締役でもある場合に、会社がその取締役の債務を免除する、返済条件を変更する、代物弁済を受けるといった合意をするときは、承認の対象になり得ます。会社が対価なく債務を免除する行為は、取締役が利益を受け会社が不利益を受ける関係にあるため、承認を要する取引に含まれると解されています。ここでの「取引」は、売買や貸借のような契約だけでなく、債務免除のような会社側の一方的な行為も含めて考えるのが一般的な理解です。他方で、取締役の側が会社に一方的に利益を与えるなど、会社に不利益を及ぼすおそれがないと言える行為については、承認を要しないという整理もされています。利益がどちら向きに動く行為なのかが、判断の手がかりになります。ただし、向きだけで機械的に決まるわけではなく、個々の行為がどちらに当たるかは判断が分かれる場面もあります。迷う場合は個別に確認してください。

なお、条文の文言上、承認の対象とされているのは「取締役」と会社との取引です。相続人が会社の役員でない場合にどう扱うかは、取引の内容・関係者の立場によって判断が分かれ得るため、個別の確認が必要です。また、相続による承継そのものは契約による取引ではなく、法律の規定にもとづく包括的な承継です(民法896条)。承認手続きが問題になるのは、その後に会社と相続人との間で新たな合意をする場面と整理できます。

議事録の作成──特別利害関係取締役の扱いがポイント

取締役会で承認する場合、注意すべきは決議の方法です。取締役会の決議は、議決に加わることができる取締役の過半数が出席し、その過半数で行いますが(会社法369条1項)、決議について特別の利害関係を有する取締役は議決に加わることができません(同条2項)。承認を受ける側の取締役はこれに当たるとされるため、定足数・賛成数はその取締役を除いた頭数で数えることになります。

取締役会の議事については議事録を作成し、書面で作成したときは出席した取締役・監査役が署名または記名押印しなければなりません(会社法369条3項)。利益相反取引の承認は、開示した重要な事実(債権・債務の金額、免除や条件変更の内容など)と承認の結論がのちに検証できるよう、議事録に具体的に残しておくことが大切です。取締役会を置かない会社で株主総会の承認による場合も、同様に議事録へ開示内容と承認の結論を記録しておきます。

役員死亡の変更登記と欠員──承認決議の前提が崩れていないかを先に確認する

社長(取締役)が亡くなると、死亡による変更登記を変更が生じた時から2週間以内に申請する必要があります(会社法915条1項)。申請書には退任を証する書面として、死亡の事実が確認できる戸籍に関する証明書などを添付します(商業登記法54条4項)。

ここで見落とされやすいのが、取締役会で利益相反取引を承認しようとする場合の員数の問題です。取締役会設置会社では取締役は3人以上必要とされているため(会社法331条5項)、社長の死亡によって取締役が3人を下回ると、承認決議の前提となる取締役会の構成自体が欠けてしまいます。しかも、役員に欠員が生じた場合に退任した役員がなお権利義務を有するとする規定(会社法346条1項)は、条文上「任期の満了又は辞任により退任した役員」を対象としており、死亡による退任はこれに含まれないとされています。亡くなった方が引き続き権利義務を持つという扱いにはならないため、後任を選任しない限り員数の不足は解消されません(急を要する場合には、利害関係人の申立てにより裁判所が一時役員の職務を行うべき者を選任する道もあります。会社法346条2項)。そして、法定の員数を欠いたまま行った取締役会決議の効力をどう考えるかについては見解が分かれ得るところであり、あえて争いのある状態で決議を通すメリットはありません。

したがって実務の段取りとしては、①株主総会で後任取締役を選任し、死亡による退任と後任の就任をあわせて変更登記する、②機関の構成を整えたうえで、③会社と相続人との間の債務免除・条件変更などの合意と利益相反取引の承認手続きに進む、という順序を意識することになります。登記と会社の意思決定は別の手続きですが、この場面では互いに前後関係を持って絡み合います。どの手続きから着手すべきかを含め、お近くの司法書士に相談しながら進めると安全です。

参考資料

この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年8月・いずれも一次情報です)。

  • 民法 第896条・第915条(相続の一般的効力・相続の承認又は放棄をすべき期間)(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
  • 会社法 第331条第5項・第346条第1項第2項・第356条第1項・第365条・第369条(取締役の員数・役員に欠員を生じた場合の措置・利益相反取引の承認・取締役会の決議と議事録)(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
  • 会社法 第915条第1項(変更の登記)(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
  • 商業登記法 第54条第4項(取締役等の退任による変更の登記の添付書面)(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/338AC0000000125
  • 法人税法施行規則 第35条第3号(確定申告書の添付書類=勘定科目内訳明細書)(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/340M50000040012
  • 最高裁判所第二小法廷判決 昭和34年6月19日(昭和32年(オ)第477号・民集13巻6号757頁。金銭債務その他の可分債務は法律上当然分割され、各共同相続人が相続分に応じて承継するとした判例)(裁判所ウェブサイト 裁判例検索): https://www.courts.go.jp/hanrei/54861/detail2/index.html
  • 最高裁判所第二小法廷判決 昭和38年12月6日(昭和37年(オ)第437号・民集17巻12号1664頁。取締役が会社に無利息・無担保で金銭を貸し付ける行為は取締役会の承認を要しないとした判例)(裁判所ウェブサイト 裁判例検索): https://www.courts.go.jp/hanrei/53806/detail2/index.html

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