この記事の要点

  • 会社の出口は「たたむ(解散・清算)」だけではなく、株式譲渡・事業譲渡・合併・会社分割という第三者への引き継ぎ方がある
  • 型によって登記の動き方がまったく違う。事業譲渡そのものは登記事項ではなく、会社の登記簿に「事業を譲渡した」とは記録されない
  • 吸収合併・吸収分割は効力が生じた日から2週間以内、解散後の清算結了も承認の日から2週間以内と、登記に期限がある(会社法921条・923条・929条)
  • 相手方探し・価格・条件交渉は弁護士やM&A支援機関、税金は税理士、登記は司法書士と、聞く相手が分かれる

「後継者がいない。もう会社をたたむしかないだろうか」

会社の規模にかかわらず、経営者の方からよく聞かれる悩みです。ただ、会社の出口は「たたむ」の一択ではありません。事業そのものに価値があるなら、他社に引き継いでもらうという道があります。

そして、その引き継ぎ方によって、会社の登記簿(登記事項証明書)が動くのか、動かないのか、いつまでに登記しなければならないのかが、まったく変わります。

この記事は、取引の進め方や値段の話ではなく、「どの型を選ぶと、どの登記が動くのか」という一点に絞って整理します。ここが分かっていないと、「話がまとまったのに手続きが進まない」「登記を忘れていた」という事態になりかねません。

会社の出口は、大きく5つの型がある

まず全体像です。会社をどうするかという場面で出てくる選択肢は、おおむね次の5つに整理できます。

ざっくり言うと 会社そのものは
株式譲渡 会社の株(オーナーの地位)を売る そのまま残る
事業譲渡 会社が持っている事業を切り売りする そのまま残る(抜け殻になることも)
合併 会社ごと相手の会社と一体化する 消滅する側と存続する側に分かれる
会社分割 事業のかたまりを他社(または新設会社)に移す そのまま残る
解散・清算 会社をたたむ 最終的になくなる

このうち「たたむ」を選んだ場合の流れは、会社をたたむときの登記の流れ──解散登記から清算結了までで詳しく整理しています。解散を決めてしまう前に、他の4つを検討する余地がないかを一度確認しておくのが基本です。

なお、お子さんや親族に継いでもらう「親族内承継」を考えている場合は、論点が別になります。株式をどう渡すか、代表者をどう交代するかが中心になりますので、事業承継とは──会社を後継者に引き継ぐときに必要な手続きの全体像をご覧ください。この記事は、社外の第三者に引き継いでもらう場合に軸足を置いています。

型ごとに「動く登記」がこれだけ違う

ここからが本題です。同じ「会社を引き継いでもらう」でも、登記の世界での見え方はまるで違います。

株式譲渡──会社の登記簿は、原則として動かない

いちばん誤解が多いのがここです。

株式を譲り渡しても、それ自体は会社の登記事項ではありません。 株主が誰かということは、会社の登記簿には記録されていないからです。株主の変動は、会社が備えている株主名簿の書換えで処理されます。

では登記は無関係かというと、そうではありません。実際には、株式が動くのと同時に経営陣が入れ替わるのが通常です。前の代表者が退き、新しいオーナー側から役員が入る。このとき動くのが役員変更・代表取締役変更の登記です。

会社の登記事項に変更が生じたときは、2週間以内に本店の所在地で変更の登記をしなければならないとされています(会社法915条1項)。代表取締役の交代の登記については、代表取締役の交代登記で手順を整理しています。

あわせて、新しい体制に合わせて商号(会社名)を変える、本店を移す、事業の目的を書き足すといった変更が必要になることもあります。これらもすべて登記事項です。

なお、株式に「譲渡には会社の承認が必要」という制限がついている会社(非公開会社)では、譲渡の前提として承認の手続きが要ります。この承認自体は登記されませんが、手続きを飛ばすと後の役員変更登記の前提が崩れることがあるため、順番の確認が欠かせません。

事業譲渡──「事業を譲渡した」とは登記されない

ここが、この記事でいちばんお伝えしたい点です。

事業譲渡とは、会社が持っている事業(設備・在庫・取引先との契約・従業員・のれんなど)を、一つのまとまりとして他社に売る取引です。会社そのものは売らず、中身だけを渡すイメージです。

そして、事業譲渡をしたという事実は、会社の登記簿には記録されません。 会社の登記簿に載るのは、商号・本店・目的・役員など、法律が「これを登記する」と定めた事項に限られます。事業譲渡については、そうした定めが置かれていないため、「当社は○年○月○日に○○事業を譲渡した」という登記の欄そのものが存在しないのです。合併や会社分割のように、登記が手続きの一部として組み込まれているわけでもありません。

では登記は不要かというと、そんなことはありません。事業譲渡にともなって動く登記があります。

  • 不動産の所有権移転登記 — 譲渡する事業に土地や建物が含まれていれば、その名義を移す登記が必要です。ここは登記の中でも大きな部分を占めます
  • 商号の変更登記 — 譲渡会社が屋号にあたる商号を手放し、別の名前に変える場合
  • 事業の目的の変更登記 — 譲渡した事業を目的から削る場合、または譲受側が目的を追加する場合
  • 役員変更の登記 — 譲渡後に経営体制が変わる場合
  • 会社設立の登記 — 受け皿となる新会社を作って譲り受ける場合(株式会社をつくるときの登記の流れ
  • 担保権に関する登記 — 譲渡対象の不動産についていた抵当権の扱いを整理する場合

つまり、**事業譲渡は「登記されない取引だが、登記が付いてくる取引」**です。この整理ができていないと、「登記簿を見れば分かるはず」という前提で話を進めてしまい、あとで食い違いが出ます。

商号を引き継ぐときの「免責の登記」

事業譲渡でとくに注意したいのが、譲受会社が譲渡会社の商号(会社名や屋号)をそのまま使い続ける場合です。

会社法22条1項は、事業を譲り受けた会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合、その譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う、と定めています。看板が同じなら、取引先から見れば同じ会社に見える。だから債権者を保護する、という考え方です。

なお、ここでいう「商号を引き続き使用する場合」にあたるかどうかは、登記されている会社名がぴったり同じかどうかだけで決まるとは限りません。 屋号や店の名前を引き継ぐ場合にどう扱われるかは、この記事の後半(深掘り)で触れます。

これに対して同条2項は、事業を譲り受けた後、遅滞なく、譲受会社が本店の所在地において「譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨」を登記した場合には、1項を適用しないとしています。これが実務で「免責の登記」と呼ばれるものです。あわせて、事業を譲り受けた後、遅滞なく、譲受会社と譲渡会社の双方から第三者に対してその責任を負わない旨を通知した場合、その通知を受けた第三者についても同様とされています。

ここで押さえておきたいのは、「遅滞なく」という時間の縛りがあることです。事業譲渡の登記は存在しなくても、この免責の登記だけは登記簿に載ります。商号を続けて使うかどうかは早い段階で決まる話ですので、登記が必要になる可能性があることを、契約の検討段階で司法書士に伝えておくのが安全です。

なお、譲受会社が1項の規定により責任を負う場合の譲渡会社の側の責任については、会社法22条3項が、事業を譲渡した日後2年以内に請求または請求の予告をしない債権者に対しては、その期間を経過した時に消滅すると定めています。

事業譲渡には株主総会の承認が要る場合がある

もう一つ、手続き面での要注意点です。

会社法467条1項は、株式会社が一定の行為をする場合に、効力発生日の前日までに株主総会の決議によって契約の承認を受けなければならないとしています。対象には、事業の全部の譲渡(1号)と、事業の重要な一部の譲渡(2号)が挙げられています。

「重要な一部」については、条文上、譲り渡す資産の帳簿価額が会社の総資産額(法務省令で定める方法により算定される額)の5分の1(これを下回る割合を定款で定めた場合はその割合)を超えないものは除く、とされています。

ここで気をつけたいのは、この5分の1が「ここに届かないものを対象から外す」という線引きとして置かれていることです。条文が明文で定めているのは、この除外の範囲だけです。5分の1を超えれば、除外にあたらなくなるというだけであって、そこから先——「重要な一部」といえるかどうか——までを条文が決めているわけではありません。その事業が会社全体の中でどういう位置を占めるかも踏まえて判断されるもの、という理解が一般的です。数字だけで機械的に決まる話ではないため、境目にあたる取引では、念のため決議を経ておくという対応がとられることもあります。

また、他の会社の事業の全部の譲受けをする側にも承認が必要とされています(3号)。

この株主総会の決議は、通常の決議より重い特別決議(会社法309条2項11号)によります。議決権の過半数を持つ株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要になるのが原則です(出席の要件は定款で3分の1以上の割合まで引き下げることができ、賛成の割合は定款でこれを上回る割合を定めることができます)。

株主総会の承認そのものは登記事項ではありませんが、同じタイミングで商号変更や目的変更の登記をする場合、その議事録が登記の添付書類になります。 議事録を作らずに口頭で済ませてしまうと、後で登記ができません。

合併・会社分割──登記が手続きそのもの

事業譲渡と対照的なのが、合併と会社分割です。こちらは登記が手続きに組み込まれています。

  • 吸収合併をしたときは、その効力が生じた日から2週間以内に、本店の所在地において、消滅する会社について解散の登記、存続する会社について変更の登記をしなければなりません(会社法921条)
  • 吸収分割をしたときも、効力が生じた日から2週間以内に、分割をする会社と権利義務を承継する会社について変更の登記が必要です(会社法923条)

事業譲渡が「個々の資産・契約を一つずつ移す」のに対し、合併・会社分割は「権利義務のかたまりが法律上まとめて移る」という違いがあります。手続きが重くなる分、債権者保護の手続きなども必要になります。詳しくは会社の合併・会社分割の登記とはをご覧ください。

解散・清算──たたむ場合も登記は2段階

比較のために触れておくと、会社をたたむ場合も登記は必要です。株式会社は株主総会の決議によって解散します(会社法471条3号)。そして清算が結了したときは、決算報告の承認の日から2週間以内に、本店の所在地において清算結了の登記をしなければなりません(会社法929条1号)。

「事業をやめたから、あとは放っておけばよい」とはならない、という点は、どの型を選んでも共通です。

交渉・値段・税金は、それぞれ聞く相手が違います

ここまで登記の話をしてきましたが、実際にこの道を進むときは、登記だけでは終わりません。 そして、それぞれ相談すべき相手が法律で分かれています。

  • 相手方を探す/条件をまとめる/交渉する — 商工会議所や事業承継・引継ぎ支援センターなどの支援機関、M&Aの専門会社、弁護士の領域です。交渉の代理は弁護士の職務であり、司法書士が代わりに交渉することはできません
  • 会社や事業をいくらと見るか(企業価値の算定) — 税理士・公認会計士の領域です
  • 税金の扱い — 型によって税務上の扱いが変わります。株式を売るのか、事業を売るのかで、かかる税目も考え方も変わってきます。具体的な税額や有利不利の判断は税理士にご確認ください
  • 登記 — 司法書士の領域です

なお、中小企業庁は、中小企業のM&Aの進め方を示した「中小M&Aガイドライン」を公表しており、あわせてM&A支援機関に係る登録制度も設けられています。支援機関を選ぶ際の一つの目安として、こうした公的な情報を確認しておくとよいでしょう。制度の詳細や登録の有無は、中小企業庁の公表情報でご確認ください。

「登記のことを、いつ相談するか」

最後に、実務上の留意点を一つ。

登記の相談は「話がまとまってから」と考えられがちですが、契約書の中身が決まる前に一度確認しておいたほうが、手戻りが少なくなります。

理由は3つあります。

  1. 効力発生日の設定が登記の期限に直結する — 吸収合併・吸収分割は効力発生日から2週間という期限がついてまわります
  2. 商号を引き継ぐかどうかで、必要な登記が変わる — 免責の登記は「遅滞なく」が求められます
  3. 不動産が含まれるかどうかで、必要書類と費用の規模が変わる — 事業譲渡で不動産が動くなら、そこが手続きの中心になります

契約書に書かれた日付や条件が、そのまま登記のスケジュールを決めてしまう、という関係にあります。

まとめ

  • 会社の出口は「たたむ」だけではなく、株式譲渡・事業譲渡・合併・会社分割という引き継ぎ方がある
  • 株式譲渡では会社の登記簿は原則そのままで、動くのは役員変更などの登記。変更が生じたときは2週間以内が原則(会社法915条1項)
  • 事業譲渡そのものは登記事項ではない。 ただし不動産の所有権移転、商号・目的の変更などの登記が付いてくる
  • 商号を引き継ぐ場合、譲受会社は譲渡会社の債務について責任を負うのが原則で(会社法22条1項)、事業を譲り受けた後、遅滞なく免責の登記をすれば適用されない。第三者に通知するという方法もある(同条2項)
  • 吸収合併は効力発生日から2週間以内に消滅会社の解散登記と存続会社の変更登記(会社法921条)、吸収分割も2週間以内に変更登記(同923条)。この2つの条文が定めているのは吸収型についてであり、新設合併・新設分割は別の条文による(会社法922条・924条。期限の起算日の定め方も吸収型とは異なる)ので、個別に確認が必要
  • たたむ場合も、清算結了の登記は承認の日から2週間以内(会社法929条1号)

どの型を選ぶかは、会社の状況・相手方・税務など多くの要素で変わります。登記に関することは、お近くの司法書士にご相談ください。 そして、相手方探しや価格・条件の交渉は弁護士やM&A支援機関へ、税金の扱いは税理士へと、早めに相談先を分けておくことをおすすめします。

よくある質問

Q. 事業譲渡やM&Aをすると、登記の費用はどのくらいかかりますか。

事業譲渡そのものには登記がないため、「事業譲渡の登録免許税」というものは発生しません。かかるのは、それに伴って動く登記の分です。役員変更の登記は申請1件につき3万円(資本金の額が1億円以下の会社は1万円)、商号や目的の変更は申請1件につき3万円、本店移転は本店1か所につき3万円です(登録免許税法別表第一24号(1)カ・ツ・ヲ)。不動産の所有権移転登記がある場合は、固定資産税評価額をもとに計算されるため、金額の幅が大きくなります。これらに司法書士の報酬が加わります。まずは動く登記の種類を洗い出したうえで、見積もりを取るのが確実です。

Q. 登記をしないまま放っておくと、どうなりますか。

期限のある登記を放置するのは避けてください。会社の登記事項に変更が生じたときは2週間以内が原則とされ(会社法915条1項)、吸収合併・吸収分割も効力発生日から2週間以内です(同921条・923条)。登記が実態と合っていないと、金融機関との取引や許認可の手続きで支障が出ることがあります。また、商号を引き継ぐ場合の免責の登記は「遅滞なく」が条件です。何日までなら「遅滞なく」といえるかは条文に定めがなく個別の判断になりますので、譲り受けた直後に済ませておくのが確実です。長く登記を放置した会社が解散したものとみなされる仕組みもありますので、早めの対応が安全です。

Q. 自分で手続きできますか。どこに相談すればよいですか。

登記の申請自体は本人がすることもできますが、M&Aや事業譲渡は、契約・税務・登記が絡み合うため、それぞれの専門家に分けて相談するのが現実的です。相手方探しや条件交渉は事業承継・引継ぎ支援センターなどの公的な支援機関や、弁護士・M&A支援機関へ。税金の扱いは税理士へ。登記についてはお近くの司法書士にご相談ください。相談の際は、決算書・登記事項証明書・定款・不動産の有無が分かる資料をそろえておくと、話が早く進みます。

【さらに深掘り】事業譲渡・株式譲渡で動く登記の順序と、添付書類の実務

ご注意 以下は執筆時点(2026年8月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。

ここまでは「型ごとに、どの登記が動くか」という交通整理でした。ここからは一段踏み込んで、実際に手続きを組み立てるときにどこでつまずくのかを、条文に即して見ていきます。

1. 「効力発生日」を起点に、性質の違う期限が同時に走り出す

事業譲渡のスケジュールを組むとき、起点になるのは一つです。契約で定めた効力発生日。ここから、性質のまったく違う3つの期限が同時に動きます。

何を いつまでに 根拠
株主総会による契約の承認 効力発生日の前日まで 会社法467条1項
商号・目的・役員などの変更の登記 変更が生じた日から2週間以内 会社法915条1項
免責の登記(商号を続用する場合) 事業を譲り受けた後、遅滞なく 会社法22条2項

会社法467条1項は、株式会社が事業の全部の譲渡などをする場合には「当該行為がその効力を生ずる日(…以下…「効力発生日」という。)の前日までに、株主総会の決議によって、当該行為に係る契約の承認を受けなければならない」と定めています。3つのうち、効力発生日から後ろ向きに数える唯一の期限です。前日までに決議が間に合わないと分かった場合、あとから決議を足して埋め合わせるという処理はできず、効力発生日そのものを後ろへ動かす合意が必要になります。効力発生日を先に契約書へ書き込んでしまい、あとから総会の招集期間が足りないと分かる、という順序の崩れが起こりやすい箇所です。

これに対して会社法915条1項の2週間は、効力発生日そのものではなく、登記事項に変更が生じたときから数えます。事業譲渡では、商号の変更・目的の変更・役員の変更がそれぞれ別の日に効力を生じることがあり、その場合は2週間の起算日も別々になります。「譲渡が全部終わってから、まとめて登記すればよい」と考えていると、先に生じた変更だけ期限を過ぎている、という事態が起こります。同じ登記所に出す申請でも、原因の日付が違えば別々の期限が走っているという理解が出発点です。

不動産が含まれる場合は、さらに別の時計が加わります。所有権移転登記の登記原因の日付は、契約で定めた所有権移転の日になるのが基本で、実務では代金決済と同時に申請します。ここで区別しておきたいのは、この「決済と同時」は、法律が申請の期限を定めているからではなく、代金を払う側・受け取る側の利害から実務がそう組み立てているという点です。つまり、**不動産の登記は「決済日に間に合わせるもの」、商業登記は「変更の日から2週間以内という法律上の期限に間に合わせるもの」**という、性格の異なる2本立てになります。この2つを一枚の日程表に並べて管理するのが、手戻りを防ぐ基本です。

その前提として、「事業の譲渡」にあたるか、という判断がある

もっとも、以上は467条1項の承認が要る取引であることが前提です。会社が持っている財産を売れば何でもここに入るわけではありません。工場の機械を1台売る、使っていない土地を1筆処分する——といった個々の財産の売却は、金額が大きくても、ここでいう「事業の譲渡」にはあたらないと考えられています。

判例は、株主総会の決議を要する「営業(事業)の譲渡」について、①一定の事業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産の移転であること、②譲受人がその財産によって営まれていた事業活動を承継すること、③譲渡会社が競業避止義務を負う結果を伴うこと、という理解を示しています(最大判昭和40年9月22日民集19巻6号1600頁)。総会決議を要する場面の「事業の譲渡」を、商号続用の責任(会社法22条)でいう「事業の譲渡」と同じ意味でとらえる立場と理解されています。

これに対して学説では、株主を保護するための467条と、債権者を保護するための22条とでは制度の目的が違うのだから、467条の「事業の譲渡」にあたるかどうかを考えるときに、③(譲渡会社が競業避止義務を負うこと)まで備わっている必要はない、とする有力な見解もあります。この見解に立つと、③を欠く取引でも467条の「事業の譲渡」にあたりうることになり、決議が必要になる範囲は、判例の理解に立つ場合より広くなります。 つまり、どちらの理解に立つかで「決議が要る取引かどうか」の線引きが動きうるということです。決議を欠いたまま進めてしまったときの影響の大きさを考えれば、境界にあたる取引では決議を経ておく、という実務判断につながります。

2. 免責の登記は「譲受会社の単独申請」だが、譲渡会社の承諾書が要る

本文で触れた会社法22条2項の免責の登記は、条文だけを読むと「登記すればよい」と見えます。しかし、申請の場面で押さえておくべき点が3つあり、さらにその前提として確認しておきたい点がもう一つあります。

(1) 申請するのは譲受会社で、載るのも譲受会社の登記記録

商業登記法31条1項は、「商法第十七条第二項前段及び会社法第二十二条第二項前段の登記は、譲受人の申請によつてする」と定めています。譲渡会社と共同で申請する登記ではなく、譲受会社による単独申請です。会社法22条2項前段も「譲受会社がその本店の所在地において…登記した場合には、適用しない」という書き方をしています。条文が定めているのは、あくまで譲受会社の本店の所在地における登記であり、譲渡会社の登記記録に何かが記録されるという定めは、会社法22条2項にも商業登記法31条にも置かれていません。

登記記録に載るのは法律が定めた事項に限られますから、譲渡会社の登記事項証明書を取り寄せても、免責の登記の有無は分かりません。確認したいのであれば、譲受会社の登記記録を見ることになります。

(2) 譲渡会社の承諾書がないと申請できない

単独申請とはいえ、書類まで単独でそろうわけではありません。商業登記法31条2項は「前項の登記の申請書には、譲渡人の承諾書を添付しなければならない」としています。

ここが実務上いちばん重い制約です。譲渡会社が承諾書を出してくれなければ、免責の登記はできません。 取引がすべて終わり、譲渡会社の代表者が引退して連絡がつきにくくなってから承諾書をもらいに行くのは、簡単なことではありません。商号を続けて使う方針なら、承諾書の交付を契約書の条項として書き込んでおくのが備えになります。

(3) 「遅滞なく」に日数の定めはなく、通知とは効果の及ぶ範囲が違う

会社法22条2項は「事業を譲り受けた後、遅滞なく」としているだけで、条文上、具体的な日数は定められていません。何日までなら「遅滞なく」といえるかは、個別の事情を踏まえた判断になります。確実なのは、譲受けの直後に済ませてしまうことです。

そして同項後段は、登記とは別の方法も用意しています。事業を譲り受けた後、遅滞なく、譲受会社および譲渡会社から第三者に対しその旨(譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨)の通知をした場合において、その通知を受けた第三者については同様とする、というものです。ここが登記との使い分けの分かれ目で、通知の効果は、通知を受けた相手に対してのものです。 取引先が少数で特定できているなら通知でも足りますが、債権者が多数にわたる、あるいは把握しきれないという場合には、登記による方法を選ぶことになります。

なお、会社法22条3項は、譲受会社が1項の規定により譲渡会社の債務を弁済する責任を負う場合に、譲渡会社の責任は「事業を譲渡した日後二年以内に請求又は請求の予告をしない債権者に対しては、その期間を経過した時に消滅する」と定めています。前提が置かれた条文ですので、順番に読む必要があります。すなわち、商号を続けて使い、かつ免責の登記も通知もしていない——つまり1項の責任が生じている場面で、譲受会社の責任と譲渡会社の責任が、この2年の間は重なって存在しうる、という関係になります。逆に、免責の登記をして1項が適用されない場面では、この2年で消滅するという定め自体が働きません。

(4) そもそも「商号を引き続き使用する場合」にあたるかどうかにも、判断の幅がある

ここまでは商号を続けて使うことを前提に見てきましたが、そもそも22条1項が働く場面かどうか自体、条文の文言を読むだけでは決まりません。順序としては(1)〜(3)より手前にある入口の論点であり、最も誤解が生じやすいところでもありますので、最後に立ち返っておきます。

まず、学説上は、22条1項の根拠を、営業(事業)の主体が同じであるという外観への信頼を保護する点に求める理解が一般的です。この理解からは、登記された商号そのものが一字一句同じでなくても、事業の主体を示す表示が引き続き使われていれば、同条の趣旨が及びうる、という説明になります。これに対し、商号を続けて使うことに債務を引き受ける意思のあらわれを見る理解もあり、その立場からは適用場面をより狭くとらえることになります。

判例も、預託金会員制のゴルフクラブの名称を譲受人が続けて使用した事案について、商法26条1項(現在の会社法22条1項にあたる規定)の類推適用により、譲受人が預託金の返還義務を負うと判断しています(最判平成16年2月20日民集58巻2号367頁)。また、事業譲渡ではなく会社分割によって事業が移り、クラブの名称が続けて使われた事案についても、会社法22条1項の類推適用を認めた判例があります(最判平成20年6月10日集民228号195頁)。

ここで誤解しないでいただきたいのは、これらがいずれも「事業の主体を示す名称が引き続き使われた」事案についての判断だということです。会社分割という型を選んだこと自体が22条の問題を呼び込むわけではなく、名称の続用がない会社分割一般にまで及ぶ話ではありません。そのうえで、どこまで類推が及ぶかは事案ごとの判断であり、「この場合は必ず責任を負う/負わない」と一般論で言い切れる領域でもありません。

実務上の意味は、はっきりしています。「登記上の会社名さえ変えておけば22条は関係ない」とは限らないということです。屋号・店名・ブランド名を引き継ぐ予定があるなら、免責の登記や通知を検討する場面にあたらないかを、契約の検討段階でお近くの司法書士に確認しておくのが安全です。

3. 株式譲渡に伴う役員変更登記──「相手がいるうちにしか作れない書類」から押さえる

株式譲渡そのものが登記されなくても、同時に行う役員変更登記でつまずけば、話は止まります。添付書類のうち、当事者が離れてしまうと後から用意できないものを先に押さえるのが要点です。

株主リスト(商業登記規則61条3項)

登記すべき事項につき株主総会の決議を要する場合には、議決権割合の上位から、

  1. 10名
  2. 議決権の数の割合を多い順に順次加算し、その加算した割合が3分の2に達するまでの人数

——のいずれか少ない人数の株主について、氏名または名称・住所・株式の数・議決権の数・議決権の割合を証する書面を添付しなければならないとされています。役員を株主総会で選任する以上、株式譲渡に伴う役員変更登記でもこの書面が必要です。

ここで注意したいのは、上位の株主を選ぶ基準が「その決議において行使することができる議決権」だという点です。株式の移転・株主名簿の書換え・株主総会の日付が前後すると、記載すべき株主が変わります。名簿の書換えを済ませてから新株主で総会を開くのか、旧株主の総会で新役員を選任してから株式を動かすのか、順序を決めてから議事録を作る必要があります。議事録を先に作ってしまい、後から日付をどう置いても整合しない、という詰まり方が起こりやすいところです。

なお、登記すべき事項につき株主全員の同意を要する場合には、株主全員の氏名または名称・住所・株式の数・議決権の数を証する書面が必要とされています(同条2項)。株主リストとは要件が別なので、混同しないように整理します。

代表取締役の就任と、前任者の届出印(商業登記規則61条6項)

商業登記規則61条6項は、代表取締役(または代表執行役)の就任による変更の登記の申請書について、代表取締役をどう定めたかの区分に応じて、印鑑証明書の添付を求めています。取締役会の決議によって代表取締役を選定した場合であれば、出席した取締役および監査役が取締役会の議事録に押印した印鑑につき、市町村長の作成した証明書を添付しなければならないとされています(同項3号)。ただし同項ただし書は、その印鑑が、変更前の代表取締役(取締役を兼ねる者に限る)が登記所に提出している印鑑と同一であるときは、この限りでないとしています。

これは実務上、非常に大きい違いになります。前任の代表者が、登記所に届け出ている会社の印鑑で議事録に押印していれば、出席者全員分の個人の印鑑証明書を集めずに済む場面があるということです。逆に、前任者がすでに会社を離れて連絡がつかない状態になっていると、この省略が使えず、書類集めの負担が一気に増えます。代表者交代の議事録への押印は、当事者が顔を合わせている場で済ませてしまうのが安全という結論になります。

辞任届に添える印鑑証明書(商業登記規則61条8項)

代表取締役等の辞任による変更の登記の申請書には、辞任を証する書面に押印した印鑑につき、市町村長の作成した証明書を添付しなければならないとされています。ただし、登記所に印鑑を提出した者がある場合であって、その書面に押印した印鑑と登記所に提出している印鑑とが同一であるときは、この限りでないとされています。

これも前任者本人の関与がなければ用意できない書類です。免責の登記の承諾書と同じく、「相手がいるうちにしか作れない書類」の典型といえます。

就任承諾書と本人確認証明書(商業登記法54条1項・商業登記規則61条4項・5項・7項)

就任による変更の登記の申請書には、就任を承諾したことを証する書面を添付しなければならないとされています(商業登記法54条1項)。退任による変更の登記についても、これを証する書面が必要です(同条4項)。

そのうえで、取締役会を置かない会社では、取締役の就任(再任を除く)による変更の登記について、就任承諾書に押印した印鑑につき市町村長の作成した証明書が必要とされ(商業登記規則61条4項後段)、取締役会設置会社では、この規定が代表取締役・代表執行役について読み替えて適用されます(同条5項)。さらに、印鑑証明書を添付しない取締役等については、就任承諾書に記載した氏名・住所と同一の氏名・住所が記載されている、市町村長その他の公務員が職務上作成した証明書(住民票の写しなど)が必要です(同条7項。上記の印鑑証明書を添付する場合は不要とされています)。

印鑑の提出そのものは、現在は一律の義務ではない

かつて印鑑の提出について定めていた商業登記法20条は、現在の条文では「削除」となっています。商業登記規則61条8項が「登記所に印鑑を提出した者がある場合にあつては当該印鑑を提出した者に限り、登記所に印鑑を提出した者がない場合にあつては会社の代表者に限る」と書き分けているのも、印鑑を提出していない会社があることを前提とした規定ぶりです。

ただし、ここまで見てきたとおり、登記所に届け出た印鑑があることで省略できる添付書類がいくつもあります。 新体制になった後の印鑑をどう扱うかは、その後の登記書類の作りやすさに直結する、という整理になります。

4. 補足:みなし解散の根拠と要件(会社法472条)

本文の「よくある質問」で触れた、長く登記を放置した会社が解散扱いになる仕組みは、会社法472条の休眠会社のみなし解散です。要件は条文に明記されています。

  • 休眠会社とは、株式会社であって、その会社に関する登記が最後にあった日から12年を経過したものをいう(472条1項)
  • 法務大臣が休眠会社に対し、2か月以内に、法務省令で定めるところにより本店の所在地を管轄する登記所に「事業を廃止していない旨の届出」をすべき旨を官報に公告した場合において、その届出をしないときは、その2か月の期間の満了の時に、解散したものとみなす(同項)
  • ただし、その期間内にその休眠会社に関する登記がされたときは、この限りでない(同項ただし書)
  • 登記所は、公告があったときは、休眠会社に対し、その旨の通知を発しなければならない(同条2項)

会社を引き継ぐ場面でこれが効いてくるのは、引き継ぐ側が登記事項証明書を見た瞬間です。役員の任期が満了しても変更登記をしていない会社は、この12年の経過に近づいていることがあります。登記記録に「解散」と記録されてしまえば、事業の引き継ぎ以前の問題になります。

もう一点、見落とされやすいのが通知の宛先です。472条2項の通知は休眠会社に対して発せられますが、登記記録上の本店と実際の事務所が食い違っている会社では、通知が手元に届かないまま2か月が過ぎてしまうこともあり得ます。本店移転の登記を怠っていること自体が、みなし解散の危険を高めるという関係にあります。

実務上の留意点

事業譲渡やM&Aの登記でつまずく原因は、条文の難しさよりも、**「相手方が協力してくれるうちに、必要な書類を作れたかどうか」**に寄っています。

ただし、効いてくる重さは同じではありません。免責の登記に添える譲渡会社の承諾書と、辞任届に押された前任者本人の印は、その人が関与してくれなければ代わりの手段がなく、登記そのものができなくなる書類です。これに対して前任代表者の届出印による議事録への押印は、間に合わなくても、出席した取締役・監査役それぞれの個人の印鑑証明書を集めるという道が残っています。こちらはできなくなるのではなく、重くなるという性質のものです。いずれにしても、当事者が同じ場にいる段階なら簡単で、離れてしまうと難しくなる点は共通しています。

したがって、契約の日程が固まる前に、動く登記の一覧と、それぞれについて「誰の押印」「誰の印鑑証明書」が要るのかを洗い出しておくのが基本になります。具体的な段取りや必要書類は、お近くの司法書士にご相談ください。

参考資料

この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年8月)。

※ 次の資料は一次情報ではなく、解説・評釈などの二次資料ですが、内容確認の参考にしたため一次情報と区別して掲載しています。

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