この記事の要点
- 経営者が亡くなって自社株が複数の相続人に分散すると、普通決議(過半数)・特別決議(3分の2以上)の数字が揃わず、役員選任や定款変更が進められなくなることがある
- 遺産分割がまとまるまでの株式は相続人全員の準共有(共同で持ち合う状態)となり、権利行使者を1人定めて会社に通知しなければ、原則として議決権を行使できない(会社法106条)
- 会社側の対応策として「相続人等に対する売渡請求」(会社法174条)があるが、定款の定め・特別決議・1年の期限・価格の協議という条件と限界がある
- 最も確実なのは、経営者が元気なうちに株式を後継者へ集約しておくこと
中小企業の経営者が亡くなったとき、会社にとって最も深刻な影響のひとつが、自社株(経営者が持っていた自社の株式)の分散です。株式が複数の相続人に分かれて承継されると、株主総会で必要な賛成の数が揃わなくなり、役員の選任すら決められない──つまり「会社が動かなくなる」事態が現実に起こりえます。
この記事は、会社・後継者の側から見た自社株の相続を整理するものです。反対に、経営に関わる予定のない方が株式を受け取った側の手続き(株主名簿の名義書換や、少数株主として直面する現実)は、非上場株式を相続したときの名義書換の記事で解説していますので、立場に応じて読み分けてください。また、代表取締役が亡くなった直後に会社がすべき登記手続きの順番は前回の記事で扱っています。本記事はその続きとして、「株式のゆくえ」に焦点を当てます。
株式が分散すると、決議の数字が揃わなくなる
株式会社の意思決定は、株主総会の決議で行われます。会社法が定める基本の決議要件は、次の2種類です。
普通決議(会社法309条1項)は、議決権を行使できる株主の議決権の過半数を持つ株主が出席し、出席した株主の議決権の過半数の賛成で成立します(定款で別段の定めを置くこともできます)。取締役の選任・解任や役員報酬の決定など、会社運営の基本となる決議の多くがこれに当たります。
特別決議(会社法309条2項)は、議決権を行使できる株主の議決権の過半数(定款で3分の1以上まで引き下げ可能)を持つ株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です。定款変更、募集株式の発行(増資)、合併や解散など、会社の骨格にかかわる重要事項がこれに当たります。
たとえば、先代経営者が発行済株式の80パーセントを持っていた会社を考えてみます。生前は、先代1人の賛成で普通決議も特別決議も成立していました。ところが先代が亡くなり、この80パーセント分が配偶者と子3人の計4人に分散し、そのうち後継者である長男の取得分が30パーセントにとどまったとするとどうでしょうか。長男が自分の持分だけで動かせる決議はなくなり、役員選任ひとつとっても、他の相続人の協力を得なければ何も決められません。相続人どうしの意見が一致している間はよくても、関係がこじれた瞬間に、会社の意思決定は止まってしまいます。
さらに注意したいのは、決議の成立には二段構えの数字が必要になるという点です。まず、議決権を行使できる株主の議決権の総数を基準とする定足数(出席の最低ライン)があり、そのうえで、出席した株主の議決権の過半数(特別決議は3分の2以上)の賛成が要ります。このうち定足数は、普通決議であれば定款で引き下げたり外したりすることもできますが、役員の選任・解任については3分の1未満に引き下げることができず(会社法341条)、特別決議の定足数も定款で引き下げられるのは3分の1までです(会社法309条2項)。つまり、反対する株主が1人もいなくても、連絡が取れない・関心がない株主が増えるだけで、出席の最低ラインを満たせなくなることがあります。株式の分散は、対立がなくても会社の手足を縛るのです。
遺産分割がまとまるまで──権利行使者が決まらないと議決権は使えない
株式の分散には、もうひとつ手前の段階の問題があります。遺産分割協議がまとまるまでの間、亡くなった方の株式は、相続分に応じて相続人全員の準共有(共同で持ち合う状態)になります。
会社法106条は、株式が2人以上の共有に属するときは、共有者は権利を行使する者1人を定めて会社に通知しなければ、原則としてその株式についての権利を行使できないと定めています。つまり、権利行使者が決まらない間、その株式の議決権は事実上凍結された状態になります。先ほどの例でいえば、先代の持っていた80パーセント分の議決権がまるごと使えない状態になりますから、実際に議決権を行使できるのは残り20パーセントの株主だけということになります。会社の株式の大半が動かせないまま総会を開いても、後継者を取締役に選ぶ決議も、定款変更のような特別決議も、賛成の数を揃えられずに進められなくなるおそれがあります。
会社の側から見ると、これは「後継者を取締役に選任する総会が開けない」「決算承認も進まない」という形で現れます。会社法106条ただし書により、会社が同意すれば権利行使者の通知がなくても権利行使を認める余地はありますが、最高裁は、会社が同意した場合でも、その権利行使が共有持分の過半数による決定など民法の共有のルールに従っていなければ適法な権利行使とはいえないとしています(最判平成27年2月19日民集69巻1号25頁)。会社の同意は万能の抜け道ではありません。会社の側からできることは限られており、相続人側で権利行使者を定めてもらうか、遺産分割によって株式の帰属そのものを確定してもらうのを待つ、というのが基本的な流れになります。権利行使者の決め方(判例上、共有持分の過半数で決められるとされていること)を含む相続人側の手続きの詳細は、受け取った側の視点の記事で解説しています。
会社側の対応策──相続人等に対する売渡請求(会社法174条)
では、望まない形で株式が分散してしまったとき、会社側に打てる手はあるのでしょうか。会社法が用意している代表的な制度が、相続人等に対する売渡請求です。
会社法174条は、譲渡制限株式(譲渡に会社の承認が必要な株式)を発行する会社が、定款で定めることにより、相続その他の一般承継で株式を取得した者に対し、その株式を会社に売り渡すよう請求できる旨を規定しています。経営に関与しない相続人に株式が渡ってしまった場合に、会社が株式を買い取って分散を解消する──会社側から見れば、そのための「回収装置」といえる制度です。
ただし、この制度には明確な条件と限界があります。「定款に入れておけば安心」と言い切れるものではありません。
第一に、あらかじめ定款の定めが必要です。 相続が起きてから慌てて定款を変更しようとしても、定款変更自体に特別決議が必要です。株式が既に分散して特別決議が通らない状態では、この制度の入口にすら立てないことがあります。
第二に、請求のつど株主総会の特別決議が必要です(会社法175条1項・309条2項3号)。誰からどれだけの株式を買い取るかを、そのつど特別決議で定めなければなりません。しかも、売渡請求の対象となった相続人は、この決議で原則として議決権を行使できません(会社法175条2項)。対象者を除いた残りの株主構成で3分の2以上を確保できるか、事前の見極めが必要です。
第三に、期限があります。 会社は、相続などの一般承継があったことを知った日から1年を経過すると、売渡請求ができなくなります(会社法176条1項ただし書)。相続の発生を把握したら、使うかどうかの判断を先送りにはできません。
第四に、価格の折り合いという最大の難所があります。 売買価格は会社と相続人の協議で定めるのが原則です(会社法177条1項)。協議が調わないときは、会社・相続人のどちらからでも、請求の日から20日以内に裁判所へ売買価格決定の申立てをすることができ(同条2項)、裁判所は会社の資産状態その他一切の事情を考慮して価格を決定します(同条3項)。つまり、会社が想定していた金額で買い取れるとは限らず、裁判所の決定次第では、予定を大きく上回る資金の準備が必要になる可能性があります。逆に、20日以内に申立てがなく協議も調わなかったときは、売渡請求はその効力を失います(同条5項)。加えて、会社が自社の株式を買い取る以上、会社の財産状態による財源の制約(買取りの対価は「分配可能額」=会社が配当などに回すことのできる金額の上限の範囲内でなければならないという規制)もあります。請求そのものは形のうえでできても、分配可能額を超える買取りは行えませんから、資金面の裏付けを欠いたまま制度を当てにすることはできません。
このように、売渡請求は「使えば解決する」制度ではなく、定款の備え・株主構成・期限・資金力の4つが揃って初めて機能する制度です。また、価格をめぐる相続人との交渉が対立に発展した場合、そこから先は株主間の紛争としての性格が強くなります。交渉や争いの局面に入ったときは、司法書士ではなく弁護士に相談すべき場面です。
なお、株式の買取りにあたって避けて通れないのが「その株式がいくらか」という評価の問題ですが、非上場株式の評価や、自社株の相続に伴う税金(相続税)の計算・対策は税理士の専門分野です(税理士法52条により、税務の個別相談は税理士だけが行えます)。この記事では立ち入らず、評価・税額については税理士への相談をお勧めします。
結局、「生前の集約」が最も確実な備えになる
ここまで見てきたとおり、相続が起きてしまった後に会社側が打てる手は、条件も限界も多いのが実情です。だからこそ、事業承継の実務では、経営者が元気なうちに株式を後継者へ集約しておくことが最優先の課題とされています。
生前贈与や売買による段階的な移転、遺言による株式の行き先の指定、拒否権付株式(黄金株)などの種類株式の活用、定款への売渡請求条項の整備など、生前に取れる選択肢は、相続後の対応策よりもはるかに豊富です。事業承継の全体像と手続きの流れは、事業承継の記事で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
本記事で扱った「相続後の分散」は、いわば備えがなかった場合に会社が直面する事態です。いま経営者として自社株の大半を握っている方は、ご自身に万一のことがあったとき、その株式が誰に、どんな割合で渡るのか──一度、相続人の顔ぶれとともに確認しておくことをお勧めします。
まとめ
自社株が相続で分散すると、普通決議・特別決議に必要な賛成の数が揃わなくなり、役員選任や定款変更といった会社の基本的な意思決定が止まるおそれがあります。遺産分割がまとまるまでは株式が準共有となり、権利行使者を定めて会社に通知しなければ議決権自体が使えません。会社側の対応策として相続人等に対する売渡請求(会社法174条)がありますが、定款の定め・特別決議・1年の期限・価格の協議という条件と限界があり、万能ではありません。株式の分散は起きてからでは打つ手が限られます。定款の整備や生前の株式集約を含め、自社の備えが十分か気になったら、お近くの司法書士にご相談ください。
よくある質問
Q. 会社の定款に売渡請求の定めを入れるには、費用はどれくらいかかりますか? 売渡請求の定め(会社法174条)は定款で定める事項ですが、登記事項ではないため、この定めを置くこと自体については登記の申請や登録免許税は不要です。必要になるのは株主総会の特別決議と議事録等の作成・保管です。ただし、売渡請求はもともと譲渡制限株式を対象とする制度ですから、まだ株式に譲渡制限を付けていない会社では、あわせて譲渡制限の定めを設ける定款変更が必要になります。譲渡制限に関する規定は登記事項ですので、こちらには変更登記の申請と登録免許税がかかります。自社の株式に譲渡制限が付いているかどうかは、登記事項証明書で確認できます。定款変更の進め方や議事録の整備についてご不安があれば、お近くの司法書士にご相談ください。
Q. 売渡請求には期限があると聞きました。いつまでに行う必要がありますか? 会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過すると、売渡請求はできなくなります(会社法176条1項ただし書)。また、請求後に価格の協議が調わない場合、裁判所への価格決定の申立ては請求の日から20日以内に行う必要があり、申立てがないまま協議も調わなければ請求は効力を失います。時間の余裕は意外に少ない制度です。
Q. 株式が分散したまま放置すると、会社はどうなりますか? すぐに会社が消滅するわけではありませんが、役員の任期が切れても後任を選任できない、定款変更や増資などの特別決議が通らない、といった形で経営の停滞が徐々に表面化します。役員変更の登記を長期間放置すると過料(かりょう・行政上の金銭的な制裁)の対象になるほか、最後の登記から12年が経過した会社は、法務大臣の官報公告から2か月以内に「事業を廃止していない」旨の届出をせず、その間に役員変更などの登記もしないままでいると、解散したものとみなされる制度(休眠会社のみなし解散・会社法472条)もあります。株主構成の整理は、先送りするほど選択肢が減っていきます。まずは現状の株主名簿の整理から、お近くの司法書士にご相談ください。
【さらに深掘り】売渡請求条項の設計と株式分散時の商業登記実務
ご注意 以下は執筆時点(2026年8月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。
売渡請求条項の「逆回転」──経営者側の相続人が請求される側に回るリスク
本文で紹介した売渡請求(会社法174条)は、会社側から見れば株式分散の回収装置ですが、定款に条項を入れる前に必ず検討しておきたい構造上の弱点があります。売渡請求の対象となった株主は、その請求を決める株主総会で議決権を行使できない(会社法175条2項本文)──このルールが、想定と逆の方向に働く場合があるのです。
売渡請求の条項は、「誰の相続か」を選ばずに適用されます。経営者本人が亡くなったとき、その株式を相続した後継者もまた「相続により株式を取得した者」に当たるため、請求の対象になりえます。このとき後継者は当該総会で議決権を行使できず、残された少数株主だけで特別決議が成立してしまう可能性があります。少数株主側が総会を主導して後継者の株式を会社に売り渡させ、経営権の構図が逆転する──この展開は「相続クーデター」などと呼ばれ、条項導入時の代表的な注意点として指摘されています。なお、対象株主以外の株主の全部がその総会で議決権を行使できない場合には例外的に対象株主も議決権を行使できます(同項ただし書)が、議決権を行使できる少数株主が残っている限り、この例外には当たりません。
このリスクへの向き合い方として、次のような論点が検討されます。第一に、そもそも条項を入れるかどうかの判断です。株主構成(経営者側の持株比率、経営に関与しない株主の顔ぶれ)によっては、条項を置かないほうが安全な場合があります。第二に、条項を置く場合でも、経営者の株式は生前贈与や売買といった通常の譲渡(特定承継)で後継者へ移しておくことです。会社法174条の対象は「相続その他の一般承継」による取得者に限られているため、生前の譲渡で移転済みの株式はこの請求の対象になりません。第三に、請求は「その都度」の株主総会決議を経て初めて行われ(会社法175条1項)、会社はいつでも請求を撤回できる(会社法176条3項)という制度の建て付けです。条項があっても自動的に発動するわけではないため、置く・置かないの二択だけでなく、発動場面を想定した運用の設計まで含めて検討する必要があります。株主間の対立が現実化し、請求や価格をめぐる交渉・争いになった場合の対応が弁護士の領域であることは、本文で述べたとおりです。
売渡請求で株式を買い取ったとき、登記は必要か
売渡請求が実行され、会社が相続人から株式を買い取った場合、商業登記に変更は生じるのでしょうか。結論からいえば、買取りの時点では登記は不要です。会社が取得した株式は自己株式として会社が保有するだけで、発行済株式総数は減りません。資本金の額も変動しません。登記事項である「発行済株式の総数」(会社法911条3項9号)にも「資本金の額」(同項5号)にも変更が生じない以上、変更登記の申請は不要です。
登記が必要になるのは、その後、会社が自己株式を消却したときです(会社法178条1項)。消却によって発行済株式総数が減少するため、変更が生じたときから2週間以内に変更登記を申請します(会社法915条1項)。取締役会設置会社では、消却する株式数の決定は取締役会の決議によります(会社法178条2項)。
もうひとつ、登記との関係で押さえておきたいのは、売渡請求の定款の定め自体は登記事項ではないという点です(本文のよくある質問でも触れました)。裏を返せば、登記事項証明書をいくら見ても、その会社に売渡請求条項があるかどうかは分かりません。自社の分散対策を点検する場面でも、相続が起きて対応を検討する場面でも、まず定款の現物を確認することが出発点になります。
総会がどうしても開けないとき──権利義務役員・一時役員と、選任懈怠の過料
株式の準共有状態や分散の長期化で役員選任の総会が開けなくても、会社が直ちに運営不能になるわけではありません。役員が欠けた場合や法令・定款で定めた員数を欠いた場合、任期の満了または辞任により退任した役員は、新たに選任された役員が就任するまで、なお役員としての権利義務を有します(会社法346条1項)。いわゆる権利義務役員です。ただしこの状態では、任期が切れた役員の退任登記だけを先に申請することはできないとされており、登記記録上は任期切れの役員が載り続けることになります。
他方、役員が欠けた場合や員数を欠いた場合には、裁判所が必要があると認めるときに、利害関係人の申立てにより、一時役員の職務を行うべき者(いわゆる仮役員)を選任することができます(会社法346条2項)。株主総会の決議によらずに欠員を埋める、文字どおり補完的な制度です。典型的に使われるのは、死亡や解任のように、退任した役員に権利義務が引き継がれない事由で役員が欠けた場面です。もっとも条文は、権利義務役員がいる場面を選任の対象から明文で除いてはいないため、その場面で「必要があると認めるとき」に当たるかどうかは、事案ごとの判断ということになります。総会の機能不全が長引く局面では、検討の候補になります。
注意したいのは、過料のリスクが二重にあることです。本文のよくある質問で触れた、役員変更の登記を怠った場合の過料(登記懈怠・会社法976条1号)とは別に、役員の員数が欠けたのにその選任の手続を怠ったこと自体も過料の対象とされています(選任懈怠・会社法976条22号)。「総会が開けないのだから仕方ない」で済む建て付けにはなっておらず、権利義務役員で当面をしのげている場合でも、選任に向けた手続き──場合によっては一時役員の選任申立て──を進めていく必要があります。
参考資料
この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年8月)。
- 会社法 第106条・第174条〜第178条・第309条・第341条・第346条・第461条・第472条・第911条・第915条・第976条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
- 最高裁判所平成27年2月19日判決・民集69巻1号25頁(裁判所 裁判例検索): https://www.courts.go.jp/hanrei/84875/detail2/index.html
- 最高裁判所昭和43年12月24日判決・民集22巻13号3334頁(裁判所 裁判例検索): https://www.courts.go.jp/hanrei/55059/detail2/index.html