この記事の要点

  • 死亡退職金は、会社に役員退職慰労金規程や慶弔規程があるかどうかで、受取人の定まり方が変わる
  • 規程がなく、亡くなるたびに株主総会の決議だけで支給を決めている場合は、相続財産にあたるかどうかが問題になり得る
  • 死亡退職金と弔慰金は性格の異なるお金であり、扱いも分けて考える必要がある
  • 遺産分割協議書に載せるかどうかは、受取人の定まり方によって変わる。税額の計算・申告は税理士へ

「役員が亡くなり、死亡退職金を支給することになった。この退職金は、遺産分割の話し合いに入れるべきものなのか、それとも別扱いでよいのか」──会社側でも遺族側でも、判断に迷いやすい場面です。

結論から言うと、死亡退職金が遺産分割の対象になるかどうかは、会社の退職金規程の有無と内容によって変わります。すでに相続放棄をしても生命保険金は受け取れる?──受取人が指定された保険金・死亡退職金は『相続財産』ではないで、受取人が規程等であらかじめ指定されている死亡退職金は相続財産にあたらないケースを扱いました。この記事では、その裏側にあたる場面──会社に退職金規程がなく、株主総会決議だけで死亡退職金を支給する場合に焦点を当てて整理します。

役員退職慰労金規程・慶弔規程があるかどうかで何が変わるか

死亡退職金の受取人がどう定まるかは、大きく分けて次の2パターンがあります。

1. 役員退職慰労金規程や慶弔規程がある場合

規程の中で、支給対象者・支給基準・受取人(多くは「配偶者」「同居の親族」など)があらかじめ具体的に定められているケースです。この場合、死亡退職金は規程に基づいて受給権者が固有の権利として受け取る財産と整理されやすく、遺産分割の対象にはならないのが基本的な考え方です。生命保険金の受取人指定になぞらえて説明されることもありますが、生命保険金が契約と法律の定めによって受取人が決まるのに対し、死亡退職金は規程の書きぶりをどう読むかによる点で違いがあり、まったく同じ構造というわけではありません。

2. 規程がなく、その都度の株主総会決議だけで支給する場合

中小企業では、あらかじめ退職金規程を整備せず、役員が亡くなるたびに株主総会の決議で「今回は◯◯円を死亡退職金として支給する」と個別に決めていることも珍しくありません。この場合、決議で受取人(誰にいくら渡すか)まで具体的に定めていれば、その決議に基づく受給権として扱われる余地がありますが、決議が支給総額だけを決めて受取人を明示していない、あるいは「遺族に支給する」といった曖昧な定め方にとどまっている場合は、次で説明するとおり相続財産性が問題になり得ます。

規程がない場合の注意点──相続財産性が問題になり得るという判断基準

会社に規程がなく、株主総会決議だけで死亡退職金の支給を決める場合、その退職金が「受取人固有の財産」なのか「亡くなった方の相続財産」なのかが問題になることがあります。

これを考えるときの一つの手がかりになるのが、受給権者や支給基準があらかじめ客観的に定まっているかどうかという視点です。規程等によって「誰が」「どのような基準で」受け取るかが明確に決まっている場合は受取人固有の財産と整理されやすく、逆に、そうした定めがなく、亡くなった後に会社の裁量的な決議だけで支給先が決まるような場合は、実質的に「亡くなった方の財産を分配している」のと変わらないとして、相続財産性が問題になり得ます。

もっとも、規程がないというだけで直ちに相続財産になると決まるわけではありません。死亡退職金には、在職中の功労に対する報酬(役員の場合は職務執行の対価の後払い)という側面と、遺された家族の生活保障という側面の両方があるとされています。法律の世界では、このうち生活保障の側面を重くみて、受給権者が固有の権利として受け取るものと考える立場が広く採られている一方で、対価の後払いという側面を重くみて、亡くなった方に帰属していた財産=相続財産にあたると考える立場もあります。

先ほどの「受給権者や支給基準が客観的に定まっているか」という視点は、この2つの側面のどちらを重くみるべき場面なのかを、その会社の実際の定め方から探るための手がかり、という位置づけになります。したがって、明文の規程がない場合でも、支給の趣旨や会社の従来の運用から支給の基準といえるものが読み取れるときは、受給権者固有の権利と整理されることはあります。

どちらに整理されるかは、規程の有無だけでなく、決議の内容・支給の経緯・従来の会社の運用実態など個別の事情によって判断が分かれる論点です。ここでは判断の枠組みの紹介にとどめ、断定的な判断は避けます。自社のケースがどちらに当たるかを確定的に判断したい場合は、お近くの司法書士にご相談ください。

なお、亡くなったのが代表取締役であった場合は、死亡退職金の扱いとは別に、会社として代表取締役の交代の登記も必要になります。必要書類やパターンの整理は代表取締役の交代の登記──就任・退任のパターン別 必要書類をご覧ください。

死亡退職金と弔慰金の違い

死亡退職金とあわせて話題になりやすいのが弔慰金です。この2つは性格が異なるお金として区別して考える必要があります。

  • 死亡退職金:在職中の功労に報いる趣旨で支給される、退職金の性格を持つ金銭。退職金規程や株主総会決議に基づいて支給される
  • 弔慰金:会社が遺族の弔い・見舞いの趣旨で支給する金銭。功労報酬というより、香典・見舞金の延長に近い性格を持つとされる

弔慰金は、その性格上、一般に相続財産性が問題になりにくいと考えられています。もっとも、名目上「弔慰金」とされていても、支給の根拠や経緯からみて実質は功労報酬・退職金にあたるとみられる場合には、名目ではなく実質に即して、死亡退職金と同じ問題が生じる余地があります。金額が通常の弔慰の水準を大きく超えていることは、その実質を疑わせる事情の一つにはなりますが、金額の大きさだけで性格が決まるわけではありません。また、税務上どこまでが弔慰金として扱われるかという線引きと、民事上の相続財産にあたるかどうかの判断は、別の問題として考える必要があります。名目だけで判断せず、支給の根拠・趣旨をあわせて確認することが大切です。

税務上も死亡退職金と弔慰金では取扱いが異なりますが、具体的な非課税額の計算や申告の要否は税理士の業務です。会社としてどちらの名目で・いくら支給するかを検討する段階から、税理士に確認しながら進めることをおすすめします。

遺産分割協議書に載せるか載せないか

死亡退職金を遺産分割協議書に記載するかどうかは、受取人の定まり方によって考え方が変わります。

  • 規程等で受取人が固有の権利として定まっている場合:遺産分割の対象外なので、協議書に記載する必要は基本的にありません
  • 規程がなく相続財産性が問題になり得る場合、または相続人間で疑義が生じそうな場合:後日のトラブルを避けるため、あえて遺産分割協議書に「死亡退職金(◯◯円)については相続人全員で協議のうえ、◯◯が取得する」といった形で記載しておく、という実務上の選択肢があります

いずれの場合も、他の遺産と合わせて協議書全体の作り方(相続人全員の署名・実印・印鑑証明書の添付など)を押さえておく必要があります。基本的な作り方や落とし穴は遺産分割協議書の作り方と落とし穴──全員署名・印鑑証明書・複数原本のポイントで整理していますので、あわせてご確認ください。

まとめ

  • 死亡退職金は、会社に役員退職慰労金規程・慶弔規程があるかどうかで受取人の定まり方が変わり、それが相続財産にあたるかどうかを考えるときの出発点になる
  • 規程がなく株主総会決議だけで支給する場合は、受給権者や支給基準が客観的に定まっているかが、相続財産性を考える一つの手がかりになる
  • 死亡退職金と弔慰金は性格の異なるお金であり、名目だけでなく支給の実質を確認する必要がある
  • 遺産分割協議書に載せるかどうかは受取人の定まり方次第。判断に迷ったときや、相続人間で疑義がありそうなときは、早めにお近くの司法書士にご相談ください

よくある質問

Q. 死亡退職金の受け取りに、費用はかかりますか? A. 死亡退職金を受け取ること自体に司法書士報酬などの費用が発生するわけではありません。ただし、相続財産にあたるかどうかの整理や遺産分割協議書への記載方法について相談する場合は、依頼する専門家の報酬体系を事前に確認するとよいでしょう。税額の計算・申告にかかる費用は税理士にご確認ください。

Q. 規程がないまま何も整理せずに進めると、どんなリスクがありますか? A. 死亡退職金が相続財産にあたるかどうかをあいまいにしたまま遺産分割協議を進めると、後になって「あの退職金は協議の対象だったのではないか」と相続人間で争いになる可能性があります。会社の規程・決議の内容を確認したうえで、必要であれば協議書に記載しておくことが望ましいです。

Q. 相続財産にあたるかどうかは自分で判断できますか?どこに相談すればいいですか? A. 規程の有無・内容、決議の趣旨、支給の実質などを踏まえた個別判断が必要になるため、自己判断だけで進めるのはリスクがあります。遺産分割協議書への記載方法を含めた法的な整理はお近くの司法書士に、非課税額の計算や申告など税務面は税理士にご相談ください。

【さらに深掘り】会社側の意思決定と登記実務の観点

ご注意 以下は執筆時点(2026年8月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。

株主総会決議と議事録の実務ポイント

役員退職慰労金規程がない会社で死亡退職金を支給する場合、株主総会の決議(普通決議)で支給額・支給方法を定めるのが一般的な進め方です。議事録には、支給の対象者(亡くなった役員)、支給額または支給額の算定方法、支給時期・方法を具体的に記載しておくことが望ましいとされています。決議で受取人まで具体的に定めていない場合、本文で触れたとおり相続財産性が問題になり得るため、議事録の記載を曖昧にしないことが実務上のポイントになります。

なお、判例上は、株主総会で支給額等の決定を取締役会に一任する決議も、当該会社において慣例となっている一定の支給基準によって支給すべき趣旨であるときは、無効とはいえないとされています(最判昭和39年12月11日 民集18巻10号2143頁)。この判決で有効性の裏付けとされた支給基準は、明文の規程ではなく、会社の業績や退職役員の勤続年数・担当業務・功績などから割り出した、会社で慣例となっていた決定方法でした。したがって、規程がないというだけで一任決議が当然に無効になる、というわけではありません。

もっとも、この記事で扱っている「規程がない会社」では、慣例といえるだけの支給の積み重ねがあるかどうか自体が後から争われやすく、一任決議の効力に議論を残しやすい面があります。あわせて、取締役会に一任すると、本文で触れた「誰にいくら支給するか」が株主総会の段階では明らかにならず、相続財産性の点でも整理が難しくなります。この2つは本来別の問題ですが、いずれの観点からも、取締役会への一任によらず、株主総会の決議の中で支給額・支給方法を具体的に定めておくほうが安全です。

死亡退職金の決議と役員変更登記は別の手続き

代表取締役や取締役が死亡した場合、死亡退職金の支給を決める株主総会決議と、後任の取締役・代表取締役を選ぶための決議・登記手続きは、別の意思決定・別の議事録として扱う必要があります。同じ株主総会・取締役会の機会に両方を決議すること自体は可能ですが、議事録上は退職金支給の決議事項と役員選任の決議事項を区別して記載し、混同しないようにします。役員変更登記の必要書類・添付書類については、代表取締役の交代の登記──就任・退任のパターン別 必要書類で整理しています。

会社の資金繰りへの影響

死亡退職金の支給は、会社の資金繰りや貸借対照表に影響を与えます。とくに、亡くなった役員との間に役員貸付金・役員借入金がある場合は、死亡退職金の支払いとこれらの債権債務の整理(相殺等)を同時に検討する場面があります。役員貸付金・役員借入金が相続でどう扱われるかは、社長個人と会社の貸し借り──役員貸付金・借入金は相続でどうなる?で整理していますので、あわせてご確認ください。相殺や債務免除を行う場合の税務上の取扱いは、税理士への確認が必要です。

参考資料

この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年8月・いずれも一次情報です)。

  • 会社法 第361条(取締役の報酬等)・第309条(株主総会の決議)(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
  • 最高裁判所第二小法廷判決 昭和39年12月11日(昭和38年(オ)第120号・民集18巻10号2143頁。役員退職慰労金の金額・支給期日・支払方法の決定を取締役会に一任する株主総会決議について、会社で慣例となっている一定の支給基準によって支給すべき趣旨であるときは無効とはいえないとした判例)(裁判所ウェブサイト 裁判例検索): https://www.courts.go.jp/hanrei/53118/detail2/index.html
  • 最高裁判所第三小法廷判決 昭和62年3月3日(昭和59年(オ)第504号・集民150号305頁。死亡退職金の支給規程のない財団法人が死亡した理事長の妻に支給した死亡退職金について、相続財産に属さず妻個人に属するものとした原審の認定判断を相当とした判例)(裁判所ウェブサイト 裁判例検索): https://www.courts.go.jp/hanrei/70474/detail2/index.html

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