この記事の要点

  • 自社株を生前贈与で後継者に集めると、相続のときにほかの相続人から遺留分(法律で保障された最低限の取り分)を金銭で請求されるおそれがあります
  • 中小企業の事業承継には、経営承継円滑化法の「遺留分に関する民法の特例」があり、推定相続人全員と後継者の書面の合意で、贈与した自社株を遺留分の計算から外す(除外合意)か、その価額を合意の時点で固定する(固定合意)ことができます
  • 合意の効力が生じるには、合意から1か月以内に後継者が経済産業大臣の確認を申請し、確認から1か月以内に家庭裁判所へ許可を申し立て、許可を受けることが必要です
  • 対象は「生前贈与」で渡した株式等です。遺言で渡す株式は、この特例の対象ではありません
  • 合意の内容づくりと家族間の調整は弁護士、税金は税理士、株主名簿・定款・登記は司法書士と、役割を分けて進めます

自社株を後継者1人に集中させたい経営者にとって、遺留分は「後から効いてくる」問題です。生前に株式を後継者へ贈与しておいても、経営者が亡くなったとき、ほかの相続人が遺留分を主張すれば、後継者はまとまったお金の支払いを求められることがあります。これに備える制度として、経営承継円滑化法(正式名称「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」)には「遺留分に関する民法の特例」が設けられています。

この記事は、その特例の入口──どんな仕組みで、誰が、どんな順番で手続をするのか──を一般向けに整理するものです。具体的な合意の内容をどう組み立てるか、家族の間でどう話をまとめるかは弁護士の領域であり、この記事では扱いません。

なお、本記事は執筆時点(2026年10月)の制度に基づく一般的な解説です。個別の事情によって結論が変わることがあります。

なぜ自社株を後継者に集めると遺留分が問題になるのか

遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人に法律が保障している最低限の取り分です(民法1042条)。遺留分を下回る財産しか受け取れなかった相続人は、多く受け取った人に対して、不足分にあたるお金の支払いを請求できます(民法1046条)。この請求のしくみは遺留分侵害額請求とは?──2019年改正で「現物返還」から「金銭請求」へで詳しく扱っています。

ポイントは、遺留分を計算するときの財産に、生前の贈与も一定の範囲で加えられることです。相続人に対する贈与のうち、生計の資本として受けたものなどは、原則として相続開始前10年以内のものが計算に入ります(民法1044条1項・3項)。後継者である子に自社株を贈与した場合も、こうした要件に当たれば、その株式が遺留分の計算に入ってくることになります。

さらに、中小企業庁の申請マニュアルは、生前に贈与された財産は相続が始まった時点の価額で評価されると説明しています。贈与のときは3,000万円だった自社株が、後継者の努力で会社が成長し、相続のときに1億円を超える価値になっていれば、値上がり後の価額で計算されます。その結果、ほかの相続人の遺留分も大きくなり、後継者が多額のお金を用意できなければ、せっかく集めた株式を手放さざるを得ない事態も考えられる──同マニュアルはこうした問題を、特例が設けられた理由として挙げています。

「遺留分に関する民法の特例」とは──除外合意と固定合意

経営承継円滑化法の第2章「遺留分に関する民法の特例」は、先代経営者(法律上は「旧代表者」)の推定相続人と後継者が、全員の合意で、書面により、次の取り決めをすることを認めています(同法4条1項)。

  • 除外合意:後継者が先代経営者から贈与などで取得した会社の株式等の全部または一部について、その価額を遺留分を算定するための財産に入れないことにする合意(同項1号)
  • 固定合意:同じ株式等の全部または一部について、遺留分の計算に入れる価額を合意の時点の価額に固定する合意(同項2号)。固定する価額は、弁護士・弁護士法人・公認会計士・監査法人・税理士・税理士法人が「その時における相当な価額」として証明したものに限られます

除外合意をすれば、対象の株式は遺留分の計算から外れます。固定合意をすれば、合意した後に株式の価値が上がっても、その値上がり分は遺留分の計算に影響しません。中小企業庁のマニュアルによると、会社の事業承継の場合はどちらか一方でも、両方を組み合わせて使うこともできます(たとえば贈与した株式の一部を除外合意、残りを固定合意の対象にする形)。

ここでいう「推定相続人」は、相続が起きたら相続人になるはずの人のうち、兄弟姉妹とその子(おい・めい)を除いた人です。兄弟姉妹(その代わりに相続するおい・めいを含みます)には、もともと遺留分がないためです。

また、同マニュアルによれば、基本となる合意をするときには、後継者が合意の対象とした株式等を処分した場合などに、ほかの相続人がとることのできる措置についての定めもあわせて置く必要があります。

使える会社・先代経営者・後継者の条件(大枠)

この特例は、どの会社・誰にでも使えるわけではありません。条件の大枠は次のとおりです(経営承継円滑化法3条、同法の申請マニュアルによる)。

  • 会社:法律上の中小企業者(業種ごとに資本金または従業員数の基準があります)で、3年以上継続して事業を行っている会社であること(同法施行規則2条1項)。上場会社などは除かれます。医療法人・社会福祉法人・外国会社は対象外とされています
  • 先代経営者(旧代表者):その会社の代表者であった人(現に代表者である人を含む)で、後継者に株式等を贈与した人であること。マニュアルは、贈与契約を結んだだけでは足りず、株券を交付するなど贈与が実際に済んでいることが必要と説明しています
  • 後継者:先代経営者から株式等の贈与を受けた人(またはその人から相続で取得した人)で、議決権の過半数を持ち、かつ会社の代表者であること

もう1つ大事な条件があります。合意の対象にする株式等を除いて数えても後継者がすでに議決権の過半数を持っている場合は、この合意をすることができません(同法4条1項ただし書)。つまり、合意の対象から外した残りの株式だけで過半数を保てるような形では使えない、という制限です。

対象となるのは、あくまで先代経営者からの贈与で取得した株式等です。遺言で株式を渡す場合はこの特例の対象になりません。遺言で自社株を遺す場合の書き方は自社株を誰に遺すか──経営者の遺言の書き方と「相続させる」株式の名義書換で整理しています。

手続の流れ──合意から1か月以内に大臣確認、さらに1か月以内に家裁へ

除外合意・固定合意は、書面で合意しただけでは効力が生じません。裁判所の手続案内と中小企業庁のマニュアルによると、手続の大枠は次の順番です。

  1. 株式等の生前贈与(先代経営者から後継者へ。贈与の実行が済んでいること)
  2. 推定相続人全員と後継者による書面の合意
  3. 経済産業大臣の確認:合意をした日から1か月以内に、後継者が単独で申請します(窓口は中小企業庁)
  4. 家庭裁判所の許可:大臣の確認を受けた日から1か月以内に、後継者が先代経営者の住所地の家庭裁判所に申し立てます
  5. 合意の効力発生:家庭裁判所の許可の審判が確定すると、合意の効力が生じます

家庭裁判所は、その合意が当事者全員の真意から出たものだと判断できなければ、許可をすることができません。全員がきちんと内容を理解し納得していることが前提の制度です。

期限が「1か月」と短く、しかも2段階あります。合意書の作成から大臣確認の申請、家庭裁判所への申立てまでの一連の手続は、合意の内容を設計し家族間の調整を担う弁護士と連携して進めるのが基本です。

民法の「遺留分の事前放棄」とどう違うのか

民法にも、相続が始まる前に遺留分を放棄する制度があります。相続開始前の遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限って効力が生じます(民法1049条1項)。

中小企業庁のマニュアルは、事業承継の対策として事前放棄を使う場合の限界を、放棄する側(後継者以外の相続人)の手続負担と、遺留分の計算に入れる価額をあらかじめ固定できないことの2点に整理しています。これを踏まえて両者を比べると、次のようになります。

遺留分の事前放棄(民法1049条) 経営承継円滑化法の特例
手続をする人 放棄する相続人が、一人ひとり自分で家庭裁判所に申し立てる 合意は全員で書面により行い、確認申請と家裁への申立ては後継者が単独で行う
できること 遺留分の全部の放棄。一部を放棄する場合も、特定の財産の全部について放棄する形に限られる 対象株式等を計算から外す(除外合意)か、価額を合意時点で固定する(固定合意)
価値の値上がりへの対応 価額だけを固定することはできない 固定合意で、値上がり分を計算から外せる
使える場面 会社・後継者の条件はない 中小企業の株式等を贈与した場合など、条件を満たすときに限る

事前放棄では、権利を手放す側の相続人が、自分で家庭裁判所に申し立てなければなりません。また、放棄の効果はその人の分にとどまり、ほかの相続人の遺留分には影響しません(民法1049条2項)。後継者に株式を集めるために事前放棄を使うなら、遺留分を持つ相続人それぞれに申立てをしてもらう必要があります。特例は、確認の申請と家裁への申立てを後継者が行え、価額の固定もできる点で、こうした事前放棄の使いにくさを補う制度と位置づけられています。

税金と登記は別に考える

株式を生前贈与すれば、贈与税の問題が生じます。事業承継では、非上場株式の贈与税・相続税の納税を猶予する「事業承継税制」という制度もあり、遺留分の特例とは別の制度です。税金の検討は税理士にご相談ください。

株式の贈与にあわせて、会社の中では株主名簿の書き換えなどの手続が必要になります。株式に譲渡制限がある会社では、贈与による株式の取得について会社の承認の手続も確認が必要です。後継者への代表者交代があれば、役員の変更登記も必要になります。種類株式を使って議決権を整理する方法は種類株式とは──「拒否権付株式(黄金株)」を事業承継で使うときの基本と注意点で扱っています。

まとめ

自社株を後継者に生前贈与で集めると、相続のときに、ほかの相続人の遺留分が後継者の負担になることがあります。経営承継円滑化法の「遺留分に関する民法の特例」を使えば、推定相続人全員と後継者の書面の合意で、贈与した自社株を遺留分の計算から外したり(除外合意)、価額を合意時点で固定したり(固定合意)できます。ただし、効力が生じるには、合意から1か月以内の経済産業大臣の確認と、確認から1か月以内の家庭裁判所への申立て・許可が必要で、会社・先代経営者・後継者にもそれぞれ条件があります。

合意の内容の設計や家族間の調整、遺留分をめぐる紛争は弁護士、贈与税や事業承継税制は税理士、株主名簿・定款・役員変更などの会社の手続と登記は司法書士──と、役割を分けて準備を進めるのが近道です。会社の手続や登記について確認したいときは、お近くの司法書士にご相談ください。

よくある質問

Q. この特例を使うには、どのくらい費用がかかりますか?

裁判所の案内では、家庭裁判所への許可の申立てには収入印紙800円分と連絡用の郵便切手が必要です(郵便料は裁判所ごとに異なります)。このほか、先代経営者や推定相続人の戸籍謄本などの取得費用がかかります。固定合意をする場合は、弁護士・公認会計士・税理士などに株式の価額を証明してもらう必要があり、その報酬もかかります。合意の内容づくりや手続を専門家に依頼する場合の報酬は、依頼先ごとに異なります。

Q. 期限はありますか? 何もしないとどうなりますか?

合意をした日から1か月以内に経済産業大臣の確認を申請し、確認を受けた日から1か月以内に家庭裁判所へ申し立てる必要があります。期間内に手続をしなければ、その合意について次の手続に進めず、合意の効力は生じません。特例を使わずに生前贈与だけをしておくと、相続のときに、ほかの相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性が残ります。

Q. 自分で手続できますか? どこに相談すればいいですか?

制度上、大臣確認の申請と家庭裁判所への申立ては後継者本人が行うものですが、合意の内容をどう組み立てるか、家族の間でどう話をまとめるかは法律判断と調整を伴うため、弁護士と連携して進めるのが基本です。税金は税理士、株主名簿・定款・役員変更の登記は司法書士が窓口になります。制度そのものの案内は、中小企業庁のウェブサイトにも掲載されています。

【さらに深掘り】除外合意・固定合意と株主名簿・遺言の組み合わせ

ご注意 以下は執筆時点(2026年10月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。

贈与した株式は「登記」ではなく「株主名簿」に現れる

株式会社の登記事項は会社法911条3項に列挙されています。目的・商号・資本金の額・発行済株式の総数・取締役や代表取締役の氏名などが並びますが、個々の株主の氏名や持株数は登記事項に含まれていません。登記事項証明書を取っても、誰が何株を持っているかは分かりません。株主の氏名・住所、持株数、株式を取得した日を記載するのは、会社が作成する株主名簿です(会社法121条)。

この特例では、後継者が会社の代表者であること、議決権の過半数を持っていることが条件になります(経営承継円滑化法3条3項)。このうち代表取締役の氏名・住所は登記事項(会社法911条3項14号)なので登記事項証明書で確かめられますが、議決権の過半数を持っているかどうかは登記からは分からず、株主名簿など会社内部の記録で確かめることになります。また、贈与で取得した株式を会社に対して主張するには、株主名簿の書換えが必要です(後述の会社法130条1項)。生前贈与をした後、株主名簿の記載が贈与前のままになっていないかは、早い段階で確認しておきたい点です。

株主名簿の書換えについて、条文上押さえておきたい点は次のとおりです。

  • 対抗要件:株式の譲渡は、取得した人の氏名・住所を株主名簿に記載しなければ、会社その他の第三者に対抗できません(会社法130条1項)。株券発行会社では、株主名簿の記載が対抗要件になるのは会社に対する関係だけです(同条2項)。株券発行会社かどうかは登記事項(同法911条3項10号)なので、登記事項証明書で確認できます
  • 書換えの請求は共同で:会社以外の人から株式を取得した人が名簿の書換えを請求するときは、法務省令で定める場合を除き、名簿上の株主またはその相続人その他の一般承継人と共同でしなければなりません(同法133条2項)。書換えを済ませないまま先代経営者が亡くなると、先代経営者の相続人と共同で請求することになり、その中には遺留分を主張しうる立場の人も含まれえます。贈与と名簿の書換えは、先代経営者が元気なうちにセットで済ませておくのが基本です
  • 譲渡制限株式は承認が先:取得した株式が譲渡制限株式であれば、会社の承認を受けているなどの場合を除き、名簿の書換えを請求できません(同法134条)。同条4号の「相続その他の一般承継」による取得であれば承認は不要ですが、生前贈与はこれに当たりません。取得した側からも、承認するかどうかの決定を会社に請求できます(同法137条1項)。決定は、定款に別段の定めがなければ株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の決議で行います(同法139条1項)

また、後継者を取締役に選任するなど、登記すべき事項について株主総会の決議を要する場合には、議決権の割合が上位の株主(上位10名と、割合を順に足して3分の2に達するまでの人数のうち、少ないほうの人数)の氏名・住所、株式数、議決権数などを証する書面(いわゆる株主リスト)を申請書に添付します(商業登記規則61条3項)。贈与の後に開く株主総会では、贈与を反映した議決権の状況を前提に書類を整えることになるため、贈与契約書・承認の決議の議事録・株主名簿の日付と株式数をそろえておくのが基本です。

除外合意だけで片付かない部分──他の財産と遺言

遺留分を算定するための財産の価額は、相続開始の時に被相続人が持っていた財産に、贈与した財産の価額を加え、債務の全額を差し引いて計算します(民法1043条1項)。除外合意(経営承継円滑化法4条1項1号)は、大臣の確認と家庭裁判所の許可を経て効力が生じた場合でも、計算から外れるのは合意の対象とした株式等の価額に限られます。先代経営者が亡くなったときに持っていた自宅や預貯金などは通常どおり計算に入り、推定相続人がそれらについての遺留分を失うわけではありません。なお、同法5条には、後継者が贈与などで取得した株式等以外の財産についての合意の規定も置かれていますが、その要件はこの記事では扱いません。

株式以外の財産をどう承継させるかは、遺言を組み合わせて考えることになります。ここで知っておきたいのが、遺留分侵害額を誰がどの順で負担するかのルールです(民法1047条1項)。

  • 負担の対象になる「遺贈」には、特定財産承継遺言(いわゆる「相続させる」遺言)による承継と相続分の指定による取得が含まれます(同項柱書)
  • 負担の対象になる「贈与」は、遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限られます(同項柱書)。この文言からすると、除外合意の効力が生じてその価額が計算に算入されない株式等は、この負担のしくみのうえでも対象の「贈与」から外れると考えられます
  • 受遺者と受贈者がいるときは、受遺者が先に負担します(同項1号)

たとえば、株式は生前贈与で後継者に渡し、ほかの財産も遺言で後継者に厚く遺す設計にすると、遺言で受け取った財産について先に負担を求められる可能性があります。株式以外の財産をほかの相続人にどう配分するかは、遺留分とのバランスを含めた設計の問題であり、弁護士と相談しながら決めることになります。

また、特例を使わなかった場合や使えなかった場合でも、遺留分侵害額の請求を受けた受遺者・受贈者は、裁判所に対し、支払の全部または一部について相当の期限を与えるよう請求できます(民法1047条5項)。ただし、これは支払を猶予してもらうしくみであり、支払う額そのものが減るわけではありません。

遺留分の事前放棄との使い分けの補足

特例の合意は、推定相続人全員と後継者が当事者になります(経営承継円滑化法4条1項)。推定相続人のうち一人でも合意しなければ、特例は使えません。これに対し、民法1049条の事前放棄は、放棄する人が一人ひとり家庭裁判所の許可を受けるしくみで、一人の放棄はほかの相続人の遺留分に影響しません(同条2項)。

また、1049条が定めているのは「遺留分」の放棄です。同条2項が「共同相続人の一人のした遺留分の放棄」と書いているとおり、遺留分を放棄した人も相続人であることに変わりはありません。相続が始まれば、遺産分割の当事者になる立場は残ります。

どの方法を選ぶか、あるいはどの相続人とどう話し合うかは、家族の事情と法律判断が絡む問題です。本文のとおり、合意内容の設計と家族間の調整は弁護士、贈与税や事業承継税制は税理士の領域として、早めに相談先を分けておくことが大切です。

参考資料

この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年10月・いずれも一次情報です)。

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