「会社の実印(代表者印)って、もう作らなくていいんですか」——起業を考えている方から、こう聞かれることが増えています。結論からいうと、登記所(法務局)への印鑑の届出(印鑑届)は、オンライン申請であれば任意になりました。ただし、書面申請では今も届出が必要で、融資や不動産取引などの場面では印鑑証明書そのものが実務上求められることが多く、「もう不要」と単純に言い切れる話ではありません。この記事では、制度の変遷と、現時点で会社の実印・印鑑届をどう考えればよいかを整理します。

この記事の要点

  • 登記所への印鑑届は、オンライン申請なら任意(令和3年2月15日〜)。書面申請では引き続き必要
  • 印鑑届が任意になっても、融資・不動産取引・許認可などでは印鑑証明書の提出を求められる場面が多い
  • 本店を他の法務局の管内へ移す場合、令和7年4月21日から新しい法務局への印鑑届書の提出は原則として不要になった(印鑑カードは引き継がれない)
  • 会社の実印(代表者印)は銀行印・角印とは役割が違う
  • オンライン申請であれば、制度上は作らなくても登記自体はできるが、実務上は設立時に用意しておくのが無難
  • 迷ったら、お近くの司法書士にご相談ください

会社の実印(代表者印)とは何か

会社の実印(じついん)、いわゆる代表者印は、法務局(登記所)に届け出た印鑑のことです。個人の実印を市区町村に登録するのと同じように、会社の代表者が使う印鑑を登記所に届け出ることで、その印影(いんえい、押印したときに残る印の形)が公的に証明された状態になります。

会社にはこのほかに、銀行との取引に使う「銀行印」、請求書・領収書などに使う「角印(かくいん、社印とも呼ばれます)」がありますが、これらは登記所への届出の対象ではありません。登記所への届出制度が関係するのは、あくまで代表者印(実印)だけです。

会社設立の際にどのような書類・手続きが必要になるかは、株式会社をつくるときの登記の流れ・費用・必要書類【発起設立】で整理しています。従来は、この設立登記の申請とあわせて代表者印の届出を行うのが一般的な流れでした。

印鑑届出はオンライン申請なら任意に──商業登記法20条の削除

登記所への印鑑届出は、かつて商業登記法第20条(印鑑の提出)によって義務付けられていました。この第20条は、会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(令和元年法律第71号。令和元年12月11日公布)の第6条によって削除され、令和3年(2021年)2月15日から施行されています。あわせて同じ日に、商業登記規則等の一部を改正する省令(令和3年法務省令第2号。令和3年1月29日公布)が施行され、オンライン申請の手続きが整備されました。

この結果、オンライン申請の場合には登記所への印鑑の提出が任意になっています(法務省「商業登記規則が改正され,オンライン申請がより便利になりました(令和3年2月15日から)」)。実務上の取扱いは、令和3年1月29日付法務省民商第10号通達で示されています。

背景にあるのは、会社設立や役員変更などの登記手続きをオンラインで完結できるようにし、押印や書面のやり取りにかかる負担を減らそうという流れです。株主総会の電子化・電子提供制度など、会社法まわりの手続きが全体として電子化に向かっている中での改正のひとつと位置づけられます。

なお、この改正で印鑑届出「義務」がなくなっただけであり、印鑑届出という制度そのものがなくなったわけではありません。届け出るかどうかを申請人が選べるようになった、という理解が正確です。

書面申請では今も印鑑の提出が必要

任意化されたのは、あくまでオンライン申請の場合です。紙の申請書を法務局の窓口や郵送で提出する書面申請では、申請書に申請人またはその代表者もしくは代理人が記名押印しなければならないとされています(商業登記法17条2項)。そして、申請人またはその代表者が申請書に押印する場合、その印は「登記所に提出している印鑑」でなければなりません(商業登記規則35条の2第1項)。そのため、自分で書面申請をするのであれば、あらかじめ印鑑を提出しておく必要があります。

司法書士などの代理人に依頼して申請する場合も、代理人に渡す委任状には、同じく登記所に提出している印鑑を押します(商業登記規則35条の2第2項)。つまり、自分で申請するか代理人に依頼するかにかかわらず、書面申請である以上はどこかで登記所に提出している印鑑を押すことになり、その前提として印鑑の提出(印鑑届出)が必要になります。

以上を整理すると、次のように場面によって扱いが分かれます。

  • オンライン申請 → 印鑑届出は任意
  • 書面申請 → 印鑑届出は引き続き必要

司法書士に依頼せず自分でオンライン申請の環境を整えて手続きする場合と、書面で申請する場合とで、この点の扱いが変わることは押さえておく必要があります。

印鑑証明書が必要になる主な場面

印鑑届出が制度上「任意」になったとしても、実務では次のような場面で、登記所が発行する印鑑証明書の提出を求められることが少なくありません。

  • 金融機関からの融資契約
  • 不動産の売買・担保設定などの取引
  • 一部の許認可申請
  • 取引先との重要な契約

なお、代表取締役が交代する場面で就任承諾書などに添付する印鑑証明書は、ここでいう登記所発行のものではなく、個人の実印についての市区町村発行の印鑑証明書です(商業登記規則61条4項〜6項)。代表取締役の交代のパターンごとの必要書類は、代表取締役の交代の登記──就任・退任のパターン別 必要書類で整理しています。

このように、登記所への届出そのものは任意でも、印鑑証明書という「公的に証明された印影」を求める取引・手続きが実務上まだ多く残っているため、印鑑届出をしていなければ、いざというときに印鑑証明書を取得できず対応が遅れる可能性があります。

それでも代表者印を作り、届け出ておいたほうがよい理由

制度上は、オンライン申請であれば代表者印を作らずに会社を設立すること自体は可能です(そのかわり、押印に代わる本人確認の手段を含め、オンライン申請の環境を整えておく必要があります)。しかし、前述のとおり融資・不動産取引・契約などの場面で印鑑証明書を求められることが多い現状を踏まえると、設立時に代表者印を作成し、登記所に届け出ておくほうが、後々の手続きがスムーズに進みやすいといえます。

また、会社名(商号)を変更する場合には、代表者印に商号が刻まれていると印鑑を作り直す必要が出てくるなど、印鑑まわりの実務は商号変更・本店移転といった他の登記手続きとも関わってきます。商号変更に伴う実務上の注意点は、会社名を変えたいとき──商号変更の登記の流れと、銀行・許認可・印鑑への波及で気をつけたい5つのことで扱っています。

本店を他の法務局の管内へ移すときの扱いが変わりました(令和7年4月21日〜)

印鑑まわりでは、令和3年の改正のあとにもう一つ、実務に直結する変更がありました。

会社の本店を、いま登記されている法務局とは別の法務局の管轄区域内へ移す場合、従来は本店移転の登記申請とあわせて、移転先の法務局に改めて印鑑届書を出す必要がありました。この取扱いが、令和7年(2025年)4月21日から変わっています。

商業登記規則の一部を改正する省令(令和7年法務省令第10号。令和7年3月24日公布)により、本店移転の登記の申請があったときは、移転前の法務局が会社の印鑑の記録を移転先の法務局へ引き継ぎ、移転先の法務局に印鑑の提出があったものとみなされることになりました(商業登記規則9条12項・13項)。その結果、本店移転の登記申請と同時にする移転先の法務局への印鑑届書の提出は、原則として不要になっています(法務省「本店を管轄登記所外に移転する際の印鑑届書の提出が不要になりました」)。引き継がれるのは廃止等の記録がされていない印鑑記録に限られるなど、条文上の区切りがある点は、記事末尾の深掘りで補足します。

ただし、印鑑カードは引き継がれません。移転先の法務局で印鑑証明書を取得するには、登記が完了したあとに、移転先の法務局へ改めて印鑑カードを請求する必要があります(前掲・法務省ページ)。ここを見落とすと、移転直後に印鑑証明書が必要になったときに間に合わないおそれがあります。

まとめ

  • 登記所への印鑑届出は、オンライン申請なら任意(令和3年2月15日〜)、書面申請なら引き続き必要です
  • 印鑑届出が任意になっても、融資・不動産取引・契約など、印鑑証明書そのものが実務上求められる場面は多く残っています
  • 本店を他の法務局の管内へ移す場合、令和7年4月21日以降は移転先への印鑑届書の提出が原則として不要です。ただし印鑑カードは引き継がれないため、改めて請求が必要です
  • 会社の実印(代表者印)は銀行印・角印とは別の役割を持つ印鑑です
  • 設立時に代表者印を作成し届け出ておくと、その後の手続きがスムーズに進みやすくなります。判断に迷う場合は、お近くの司法書士にご相談ください

よくある質問

Q. 会社の実印(代表者印)を作る費用や、登記所への届出の費用はどれくらいですか? 印鑑そのものの作成費用は業者・素材によって幅があります。登記所への印鑑届出自体には、届出の手数料はかかりません。印鑑証明書を取得する際には、1通あたり数百円程度の発行手数料がかかります(金額は請求方法〔窓口かオンラインかなど〕により異なり、改定されることもあるため、最新の金額は法務局窓口またはオンライン申請システムでご確認ください)。

Q. 印鑑届出をしないまま放置すると、何かリスクはありますか? 印鑑届出そのものに法律上の期限はありません。オンライン申請であれば、届け出ないままでも登記手続き自体は進められます(書面申請の場合は、前述のとおり登記所に提出している印鑑の押印が必要です)。ただし、届け出ていないと、融資や不動産取引など印鑑証明書が必要になる場面で急に対応できず、手続きが遅れるおそれがあります。会社設立時や代表取締役の交代時にあわせて届け出ておくと、こうした場面で慌てずに済みます。

Q. 印鑑届出は自分でできますか。どこに相談すればよいですか? 印鑑届出の手続き自体は、会社の代表者本人が法務局の窓口またはオンライン申請システムを通じて行うことができます。ただし、オンライン申請の環境整備や、会社設立・役員変更など他の登記手続きとあわせて進める場合は、書類の組み合わせで迷うこともあります。不安がある場合は、お近くの司法書士にご相談ください。


【さらに深掘り】印鑑届出の任意化後も残る、届出者の範囲と実務上の論点

ご注意 以下は執筆時点(2026年07月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。

印鑑証明書の交付を請求できる者の範囲は、商業登記法12条1項が列記しています。1号が「17条2項の規定により登記の申請書に押印すべき者(委任による代理人によって登記の申請をする場合には、委任をした者またはその代表者)」、2号が支配人、3号から6号が破産法上の破産管財人・保全管理人、民事再生法上の管財人・保全管理人、会社更生法上の管財人・保全管理人、外国倒産処理手続の承認管財人・保全管理人です。つまり、印鑑を登記所に提出し証明書の交付を受けられる立場にあるのは代表者だけではありません。会社に支配人を置いている場合や、倒産処理手続に入って管財人が選任された場合には、それぞれ独自に印鑑を提出することができます。もっとも、同項の柱書は「その印鑑を登記所に提出した者」と限定しているため、いずれの立場であっても、印鑑を提出していなければ印鑑証明書の交付は受けられません。この点は本文の「代表者印」という括りだけでは見えにくい部分です。

代表取締役が交代した場面でも、印鑑届の要否そのものは新代表者の任意判断です。届け出た印鑑は商業登記法17条2項の「申請書に押印すべき者」に紐づく仕組みであり、商業登記規則9条の2第1項は、印鑑を提出した者がその資格を喪失したときは登記官が印鑑記録にその旨を記録すると定めています。条文の上で、代表者が交代したら届出を入れ替えなければならないと定めた規定は見当たりません。もっとも、会社として印鑑証明書を使い続けるのであれば、新代表者があらためて印鑑を提出しないかぎり交付を受けられない、という関係になります。旧代表者が使っていた印章をそのまま新代表者名義で届け出直すか、廃止したうえで新しい印鑑を提出するかは事案ごとの判断です。

旧代表者のほうは、代表者でなくなった時点で商業登記法12条1項1号の「申請書に押印すべき者」に当たらなくなるため、法律上は、その資格に基づいて印鑑証明書の交付を請求する権限を失います。ここでいうのはあくまで法律上の資格の話で、退任の登記や印鑑記録への資格喪失の記録がいつ行われるかは、これとは別の問題です。交代後に印鑑証明書が必要な取引が控えている場合は、届出の入れ替えを後回しにしないほうが安全です。

令和7年4月21日から新設された商業登記規則9条12項・13項は、管轄外への本店移転登記があったとき、旧所在地の登記所が印鑑記録を新所在地の登記所へ移送し、移送を受けた登記所に印鑑の提出があったものとみなす仕組みです。ただし、この移送・みなし提出はあくまで印鑑記録(印影と被証明事項)についてのものであり、印鑑証明書の交付を受けるために必要な印鑑カードは対象に含まれません。移転登記の直後に印鑑証明書が必要な取引を控えている場合、印鑑届書の提出は不要になった一方で、印鑑カードの請求は別途行わなければならない点を取り違えないよう注意が必要です。

みなし提出が及ぶ範囲にも、条文上いくつかの区切りがあります。移送の対象になるのは、廃止等の記録がされていない印鑑記録に限られます(商業登記規則9条12項の括弧書き。資格喪失・改印・印鑑の廃止の届出があった旨が記録された印鑑記録〔同規則9条の2第1項〕と、管轄転属によりすでに移送した旨が記録された印鑑記録〔同規則11条3項〕が除かれます)。また、移送を受けた登記所が本店移転の登記の申請を却下すべき場合には、みなし提出の効果は生じません(同条13項ただし書)。代表者が交代した直後に管轄外への本店移転を予定しているような場面では、どの印鑑記録が移送の対象になるのかを事前に確認しておくほうが安全です。

なお、オンライン申請では、押印に代わる本人確認の手段として、登記所が発行する電子証明書(いわゆる商業登記電子証明書)を用いる仕組みが用意されています。ここで見落とされやすいのが、この電子証明書は、印鑑を登記所に提出していなくても取得できるという点です。商業登記法12条の2第1項は、証明を請求できる「被証明者」を12条1項各号に掲げる者と定めるにとどまり、印鑑を提出していることを要件としていません。令和3年2月15日より前の同項は、請求できる者を「印鑑提出者」と呼び、印鑑を提出した登記所が法務大臣の指定するものであることを前提としていましたから、印鑑届出の任意化と同じタイミングで、電子証明書の取得も印鑑の提出から切り離されたことになります。

印鑑証明書の交付請求のほうは、前述のとおり今も「その印鑑を登記所に提出した者」に限られています(12条1項柱書)。印鑑を提出しない選択をした会社は、印鑑証明書は取得できないけれども、オンライン申請で用いる本人確認の手段は電子証明書で確保できる——条文の上では、この二つが対になっています。もっとも、これが任意化の立法趣旨そのものだと言い切るには立法資料での裏づけが必要で、ここで示せるのは条文構造の対比までです。その範囲でいえば、印鑑を提出しないという選択が現実に成り立つように条文が組まれていることは読み取れます。

参考資料

この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年07月・いずれも一次情報です)。

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