この記事の要点
- 「法人成り」とは、個人事業主が新たに会社を設立して事業を法人に引き継ぐことで、登記の手続きとしては通常の会社設立登記と同じ
- 資本金は現金だけでなく、車両・什器・在庫など事業用の財産を「現物出資」として組み込むこともできる
- 屋号をそのまま会社の商号にすることはできるが、契約・許認可・口座などの名義は別途ひとつずつ切り替える必要がある
- 会社の成立日は「登記を申請した日」。事業年度の初日や許認可の切替えタイミングとのズレが、思わぬ手続き漏れにつながる
- 税務上の損得(消費税・法人税の取扱いなど)は司法書士の業務範囲外。税理士にご相談ください
「個人事業を会社にしたい」と考えたとき、最後の仕上げになるのが会社の設立登記です。結論から言うと、法人成りの登記手続き自体は、これから起業する人がゼロから会社をつくるときの設立登記と変わりません。ただし、個人事業からの移行だからこそ気をつけたい論点──資産の引継ぎ方や名義の切替えなど──があります。ここでは、その段取りと見落としやすい点を整理します。
1. 「法人成り」の登記は、通常の会社設立登記と同じ
個人事業主が法人成りをする場合も、法務局に対して行う手続きは、新しく株式会社や合同会社をつくる「設立登記」そのものです。個人事業の看板を法人へ架け替えるための特別な登記制度があるわけではありません。
発起設立(発起人だけが出資して会社を立ち上げる方法)の大まかな流れは、次のとおりです。
- 定款(会社の基本ルールを定めた書類)の作成
- 株式会社の場合は公証人による定款の認証
- 出資の履行(資本金の払込みまたは現物出資)
- 設立時取締役などの選任
- 本店所在地を管轄する法務局への設立登記の申請
株式会社を選ぶ場合の詳しい流れ・必要書類・費用は株式会社をつくるときの登記の流れ・費用・必要書類【発起設立】、設立費用を抑えたい場合の選択肢である合同会社については合同会社(LLC)をつくるときの登記で扱っていますので、あわせてご覧ください。
2. 資本金をどう用意するか──現金出資と現物出資
資本金は現金で出資するのが基本ですが、個人事業で使っていた車両・パソコン・什器・在庫などの財産を、そのまま資本金に組み込む**現物出資(げんぶつしゅっし)**という方法もあります。個人事業の資産をいったん現金化して払い込み直す必要がない点が、法人成りで現物出資が選ばれる理由のひとつです。
現物出資には、財産の評価額が適正かどうかという問題があります。会社法では原則として裁判所が選ぶ検査役の調査が必要とされています(会社法33条)。もっとも、次のような場合には検査役の調査が不要となる例外があります(会社法33条10項)。
- 現物出資する財産の総額が500万円を超えないとき
- 市場価格のある有価証券で、定款に定めた価額が市場価格を超えないとき
- 価額が相当であることについて、弁護士・税理士・公認会計士などの証明を受けたとき(不動産は加えて不動産鑑定士の鑑定評価が必要)
個人事業からの法人成りでは、比較的少額の資産を移すケースが多く、この例外に当たることも珍しくありません。ただし、現物出資した財産の評価や、それに伴う個人側の税務上の取扱いは税理士の領域です。司法書士が担うのは、登記に必要な財産引継ぎの手続き面になります。
3. 屋号から商号へ──名前まわりの実務
会社の商号(名称)は基本的に自由に決められ、これまでの屋号をそのまま商号にすることもできます。ただし、使用できる文字に決まりがあるほか、同じ所在場所に同一の商号がある場合は登記できないなどの制限があります。
見落としやすいのは、屋号を商号にしても、契約書・請求書・銀行口座・許認可などの名義が自動的に切り替わるわけではないという点です。取引先への通知、契約の巻き直し、金融機関への届出、法人名義での口座開設などを、ひとつずつ個別に進める必要があります。
許認可が必要な事業(建設業・飲食店営業・古物商など)では、個人事業主として受けていた許認可がそのまま法人に引き継がれるわけではなく、法人としてあらためて許可・登録を取り直すのが原則です。許認可の再取得手続きは行政書士などの分野になるため、事業の種類によっては早めの確認が必要です。
4. 段取りで見落としやすい点
会社の成立日は、登記が完了した日ではなく、法務局に登記を申請した日です(会社法49条)。法人成りでは、これに加えて次のようなタイミングとの整合を意識しておくと、手続き漏れを防ぎやすくなります。
- 個人事業の廃業に関する届出や、法人設立に伴う税務署等への各種届出のタイミング(具体的な届出内容・期限は税理士への確認が必要です)
- 取引先との契約を個人名義から法人名義に切り替えるタイミング
- 許認可の切替えや、社会保険の加入手続きが必要になるタイミング
また、機関設計(取締役だけの会社にするか、取締役会を置くかなど)や役員の任期は、法人成りの後に会社が実際にどう運営されるかを左右します。ここを最初に決めておかないと、後から定款変更と変更登記の手間が発生することになります。
5. 税務上のメリット・デメリットについて
法人成りは、個人事業と法人とで税負担の扱いが変わる場面があることから検討されることが多いテーマです。もっとも、その損得の判断や試算は司法書士の業務範囲ではありません。税務上の損得は税理士にご相談ください。
まとめ
- 法人成りの登記手続き自体は、通常の会社設立登記(発起設立なら定款作成→認証→出資履行→役員選任→登記申請)と変わらない
- 現金出資に加えて、事業用資産を「現物出資」として資本金に組み込む方法もあり、評価額と検査役調査の要否の確認が必要
- 屋号を商号にしても、契約・許認可・口座などの名義切替えは別途進める必要がある
- 会社の成立日は登記を「申請した」日。事業年度・許認可・社会保険の切替えタイミングとのズレに注意する
法人成りは、会社の「かたち」を最初にどう設計するかがその後の運営に響きます。手続き全体の段取りに迷ったときは、お近くの司法書士にご相談ください。
よくある質問
Q. 法人成りの設立登記にかかる費用はどれくらいですか? 株式会社なら登録免許税は資本金の額×0.7%(最低15万円)、合同会社なら資本金の額×0.7%(最低6万円)が中心です。これに加えて、株式会社の場合は定款認証の手数料、司法書士に依頼する場合の報酬などがかかります。なお株式会社の定款認証手数料は、資本金の額が100万円未満で、発起人が自然人3人以下・設立時発行株式の全部を発起人が引き受ける・取締役会を置かない、といった要件をすべて満たす場合には、従来の3万円から1万5000円に引き下げられています(公証人手数料令の一部を改正する政令〔令和6年政令第353号〕により令和6年12月1日施行)。ただし法人成りでは、事業用資産の現物出資などで資本金が100万円以上になり、この引下げの対象から外れることもあります。具体的な金額は会社の形態や資本金の額によって変わるため、お近くの司法書士にご相談ください。
Q. 法人成りを先延ばしにするとどうなりますか? 設立登記そのものに法定の期限があるわけではありません。ただし、許認可の切替え、取引先との契約名義、社会保険の加入といった手続きは法人化のタイミングと連動するため、見切り発車で進めると後から手続きのやり直しが生じることがあります。事業年度の区切りなど、切替えのタイミングを決めてから逆算して進めるのが安全です。
Q. 法人成りの手続きは自分でできますか?どこに相談すればいいですか? 制度上は自分で設立登記を申請することも可能です。ただし、定款の内容、現物出資の評価、機関設計など決めることが多く、書類に不備があると法務局から補正を求められることもあります。税務上の損得は税理士、許認可は行政書士など、関連する専門家と役割分担しながら進めることになります。お近くの司法書士にご相談ください。
【さらに深掘り】現物出資・財産引継ぎと設立登記の添付書類
ご注意 以下は執筆時点(2026年07月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。
商業登記実務の観点から、法人成りの設立登記で実務上つまずきやすい点を補足します。
現物出資の定款記載と添付書類
現物出資をする場合、定款には現物出資をする者の氏名(名称)、出資する財産およびその価額、これに対して割り当てる設立時発行株式の数などを記載する必要があります(会社法28条1号。いわゆる変態設立事項)。
検査役の調査が不要となる例外(会社法33条10項)に当たる場合でも、設立登記の添付書類として「資本金の額の計上に関する証明書」などの書面は必要になります。現物出資する財産の内容と評価の根拠を、事前に整理しておくことが実務上の第一歩です。
車両など、それ自体に登録制度がある財産を現物出資する場合は、出資に伴う名義変更の手続きが別途必要になる点も見落としやすいところです。
設立登記の添付書類の全体像
発起設立の添付書類(定款、発起人の同意書・決定書、設立時取締役の就任承諾書、払込みがあったことを証する書面、資本金の額の計上に関する証明書、印鑑届書など)は、法人成りであっても新規設立の場合と基本的に変わりません。現物出資がある場合は、これに財産の引継ぎに関する書面が加わります。
屋号から商号への変更に伴う実務
商号は使用できる文字に決まりがあるほか、同一の所在場所に同一の商号がある会社は登記できません(商業登記法27条)。個人事業の屋号をそのまま商号にする場合でも、この点は事前に確認しておく必要があります。
登記が完了した後は、契約書・請求書類の名義、金融機関の口座名義、各種許認可の名義などを個別に切り替える作業が続きます。これらは登記事項ではなく、それぞれの制度・契約ごとの手続きになるため、切替え漏れが生じやすいところです。許認可業種(建設業・宅地建物取引業・古物商・飲食店営業等)では、個人事業主時代の許可・登録がそのまま法人に承継されないのが原則で、法人としてあらためて申請・届出が必要になります。この手続きの具体的な進め方は行政書士など、許認可を所管する専門家の分野になります。
法人成りに伴う設立登記は、通常の会社設立登記に「資産の引継ぎ」と「名義の切替え」という論点が加わったものと捉えると、全体像がつかみやすくなります。判断に迷う点があれば、お近くの司法書士にご相談ください。
参考資料
この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年07月)。
- 会社法(平成17年法律第86号)第28条・第33条・第49条(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
- 商業登記法(昭和38年法律第125号)第27条(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/law/338AC0000000125
- 登録免許税法(昭和42年法律第35号)別表第一第24号(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/law/342AC0000000035
- 法務省「スタートアップ支援のための定款認証に関する新たな取組について」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji03_00076.html
- 日本公証人連合会「公証人手数料令の一部を改正する政令の公布について」(令和6年政令第353号) https://www.koshonin.gr.jp/news/nikkoren/20241122.html