この記事の要点

  • 実家じまいの選択肢は「売る・貸す・住む・手放す」の4つ。どれを選んでも、相続登記で名義を相続人に移すことが出発点になります
  • 相続登記は義務です。取得を知った日から3年以内に申請しなければならず(不動産登記法76条の2第1項)、正当な理由がないのに怠ると10万円以下の過料の対象になります(同法164条1項)
  • 「手放す」=相続土地国庫帰属制度は土地だけの制度で、建物が建ったままでは申請できません(相続土地国庫帰属法2条3項1号)。承認申請そのものを専門家に代理してもらうことはできないとされています
  • 「貸す」には期間を区切る「定期借家」という選択肢があります(借地借家法38条)。ただし賃料の設定や契約内容の設計は不動産の専門家の領域です
  • 「何もしない」は5つ目の選択肢に見えて、実際には登記の義務も空き家の管理責任も残ったままになります

親が住んでいた家をこの先どうするか。いわゆる「実家じまい」で最初に決めるのは、売る・貸す・住む・手放すのどれを選ぶか、という4択です。そして4つのどれを選んだ場合でも、共通して先にやることが1つだけあります。相続登記で名義を親から相続人に移すことです。名義が親のままでは、買主への所有権移転登記を入れることも、貸主として誰が契約するのかをはっきりさせることもできません。国に引き取ってもらう場合も、名義を整える義務そのものは別に残ります。

この記事は、この4つを比べて方向を決めるところまでを扱います。売ると決めたあとの具体的な手順や税金の基本は相続した実家を売りたいとき──売る前にまず「相続登記」、そして知っておきたい税金の話で別に整理していますので、方向が決まっている方はそちらをご覧ください。

まず出発点──どの道を選んでも「相続登記」から

不動産の名義は、亡くなったからといって自動で書き換わりません。相続人が法務局に申請して、はじめて登記簿の所有者が変わります。

そして2024年(令和6年)4月1日から、この相続登記は義務になりました。

所有権の登記名義人について相続の開始があったときは、当該相続により所有権を取得した者は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から三年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならない。(不動産登記法76条の2第1項)

期限は「相続が起きたことを知り、かつ自分がその不動産を取得したと知った日から3年以内」です。正当な理由がないのに申請を怠った場合、10万円以下の過料に処するとされています(同法164条1項)。

なお、2024年4月1日より前に発生していた相続も対象です。この場合は経過措置が置かれており、2027年(令和9年)3月31日までに相続登記をする必要があります(不動産を相続で取得したことを知った日が2024年4月以降であれば、その日から3年以内です)。祖父母の代の相続が手つかずのまま残っている実家は、この経過措置の対象になります。

実家じまいを考えはじめたら、まず登記簿(登記事項証明書)を取って、いま名義が誰になっているかを確かめてください。何をどう見ればよいかは実家の登記簿を取ってみよう──帰省中にできる「実家の健康診断」5つのチェックにまとめています。ここで「祖父の名義のままだった」「兄弟の共有になっていた」といったことが分かると、4択の前提そのものが変わります。

住所・氏名が変わったときの登記も義務になりました(2026年4月1日から)

もう一つ、名義を自分に移したあとにかかってくる義務があります。住所等変更登記の義務化です。2026年(令和8年)4月1日から、所有権の登記名義人は、住所や氏名(名称)に変更があった日から2年以内に変更の登記を申請しなければならないこととされました(不動産登記法76条の5)。正当な理由がないのに怠った場合は5万円以下の過料の対象です(同法164条2項)。

実家を相続してご自身の名義にしたあとに引っ越した場合も、この義務の対象になります。施行日より前にすでに住所や氏名が変わっていて登記を直していない場合は、2028年(令和10年)3月31日までが期限とされています。なお、法務局にあらかじめ検索用情報を申し出ておけば、住所等の変更があったときに法務局が変更の事実を確認し、本人の了解を得た上で職権により変更登記がされる「スマート変更登記」という仕組みも用意されています。

4つの選択肢をざっと比べる

選択肢 向いている場面 登記の面で必要なこと 主な注意点
売る 誰も住む予定がなく、維持費を止めて現金化したい 相続登記。誰の名義にして売るかで登記の入れ方が変わる 売却益が出れば譲渡所得として課税対象になりうる(計算・申告は税理士)/価格の見立てと買主探しは宅地建物取引業者の領域
貸す 手放したくないが、空けたままにもしたくない 相続登記。貸主になれるのは名義人(共有なら共有者の取り決めも必要) 普通の賃貸借だと簡単には返してもらえない/家賃は不動産所得として課税対象になりうる
住む 相続人の誰かが実際に住む、将来戻る予定がある 相続登記。住む人の単独名義に整えておくのが基本 共有のまま置くと、次の売却・建て替え・次の相続で全員の関与が必要になる
手放す 売れる見込みが乏しく、使い道もない土地 相続登記(承認申請の前提ではないが、申請義務は別に残る) 相続土地国庫帰属制度は土地のみが対象。建物が建ったままでは申請できない/審査手数料と負担金がかかる

以下、それぞれを順に見ていきます。

① 売る──現金化して分けやすくする

向いている場面:相続人の誰も住む予定がなく、固定資産税や管理の手間を止めたい場合。売却代金を相続人で分けたい場合。

登記の面で必要なこと:売買の前提として、必ず相続登記が要ります。買主は「登記簿上の所有者」から買うためです。このとき、代表者1人の名義にまとめて売るのか、相続人全員の共有名義のまま売るのか、特定の1人が相続してその人が売るのかで、登記の入れ方も、決済当日に誰が法務局に書類を出すのかも変わります。この使い分けは相続した実家を売りたいときで詳しく整理しています。

注意点:売却によって利益(譲渡益)が出た場合、譲渡所得として所得税・住民税の対象になることがあります。いくらになるか、特例が使えるかといった計算と申告は税理士の領域ですので、早めに確認しておくと安心です。また、いくらで売れそうか、どの会社に頼むか、といった価格や仲介に関することは宅地建物取引業者(不動産会社)の領域で、司法書士が扱う範囲ではありません。この記事でも価格の目安には立ち入りません。

② 貸す──手放さずに空き家にしない

向いている場面:いずれ子や孫が使うかもしれない、思い入れがあって売りたくない、でも空き家のまま置いておきたくない、という場合。

登記の面で必要なこと:貸主として契約するのは、あくまでその建物の所有者です。名義が亡くなった親のままでは、契約の当事者があいまいになります。まず相続登記で名義を整えてください。

相続人が複数いて共有名義になる場合は、貸すこと自体を共有者どうしで決める必要があります。共有物の管理をどう決めるかについては2023年(令和5年)4月1日施行の民法改正でルールが整理されており、賃貸借の設定についても定めが置かれています。ただし、どの範囲の共有者の同意が必要かは、契約の期間や種類によって変わり得ます(民法252条4項は、持分の価格の過半数で設定できる賃借権などについて、建物なら3年、土地なら5年といったように、種類ごとに期間の上限を定めています)。共有の実家をどう動かすかは兄弟と共有の実家、どう動かす?──民法改正で広がった共有不動産の選択肢にまとめていますので、そちらを参考にしてください。

注意点:ここが実家じまいで見落とされやすいところです。ふつうの建物賃貸借(普通借家)は、貸主の側から「期間が来たので出てください」と言うのが簡単ではありません。「3年だけ貸して、そのあと売ろう」と考えていたのに、返してもらえないまま時間が過ぎる、ということが起こり得ます。

そこで、あらかじめ期間の満了で終わる契約にしておく方法があります。「定期建物賃貸借」、いわゆる定期借家です。

期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、第三十条の規定にかかわらず、契約の更新がないこととする旨を定めることができる。(借地借家法38条1項)

同条3項では、契約の前にあらかじめ「この契約は更新がなく、期間の満了で終わる」ことを記載した書面を交付して説明しなければならないとされ、この説明をしなかったときは、更新がないという定めは無効になります(同条5項)。つまり書面による契約と、事前の書面交付・説明の両方が要件です。口頭の約束では足りませんし、この説明は条文上「あらかじめ」=契約より前に行うものとされていますから、契約書に一文を加えるだけで済ませられるものでもありません。

この記事では「そういう選択肢がある」というところまでにとどめます。賃料をいくらに設定するか、契約書にどんな条項を入れるかは不動産の専門家の領域です。また、家賃収入は不動産所得として所得税の対象になり得ますので、金額の見込みが立った段階で税理士に確認してください。

③ 住む──相続人の誰かが実際に使う

向いている場面:相続人の誰かが移り住む、二拠点で使う、将来Uターンする予定がある、といった場合。

登記の面で必要なこと住む人の単独名義に整えておくのが基本です。遺産分割協議で「この家は住む人が取得する」と決め、その内容で相続登記をします。

共有のままでも住むこと自体はできますが、あとが不自由になります。売るときは共有者全員が売主になり、建て替えや大規模なリフォームのために借入れをして抵当権を設定するときも全員の関与が要ります。さらに共有者の誰かが亡くなれば、その持分がその人の相続人に分かれ、関係者が枝分かれして増えていきます。住むと決めたなら、住む人の名義にまとめておく。これが後の世代への一番の備えになります。

注意点:「いつか住むかもしれない」で名義も決めずに空けておくのが、実は一番リスクの高い状態です。維持費と固定資産税は名義人にかかり続け、建物は使わない期間に傷みます。住むのか住まないのか、いつまでに決めるのかを、期限を切って家族で話し合っておくことをおすすめします。

④ 手放す──国に引き取ってもらう制度と、その限界

向いている場面:買い手がつく見込みが乏しく、貸すあてもなく、誰も使わない土地。

このときに検討されるのが「相続土地国庫帰属制度」です。相続や遺贈で取得した土地について、法務大臣の承認を受けて所有権を国に移すことができる制度で、根拠となる相続土地国庫帰属法2条1項は次のように定めています。

土地の所有者(相続等によりその土地の所有権の全部又は一部を取得した者に限る。)は、法務大臣に対し、その土地の所有権を国庫に帰属させることについての承認を申請することができる。

ただし、実家じまいの場面では入口の段階でつまずくことが多い制度です。同条3項が、次のような土地は申請自体ができないと定めているためです。

  • 建物の存する土地(1号)
  • 担保権や、使用および収益を目的とする権利が設定されている土地(2号)
  • 通路その他の他人による使用が予定される土地として政令で定めるものが含まれる土地(3号)
  • 一定の基準を超えて特定有害物質により汚染されている土地(4号)
  • 境界が明らかでない土地その他の所有権の存否、帰属または範囲について争いがある土地(5号)

実家じまいで問題になるのは、まず1号です。家が建ったままでは申請できません。つまり「実家を国に引き取ってもらう」には、その前に建物を解体して更地にする必要があります。解体費用がかかりますし、更地にすると土地にかかる固定資産税の扱いが変わる場合もあります(住宅用地の特例)。また、住宅ローンの抵当権が残っていれば2号に、隣地との境界がはっきりしなければ5号に引っかかります。

制度を使うには審査手数料と負担金もかかります。金額や、引き取ってもらえない土地の要件の詳細は相続で「いらない土地」が出てきたら──国に引き取ってもらう制度の基本にまとめています。

「代理で申請しておきます」ができない制度です

この制度でとくに誤解が多いのが、誰が申請できるのかという点です。

  • 承認申請そのものを代理で行うことはできないとされています。 法務省は、承認申請ができるのは土地の所有者本人とその法定代理人(親権者・成年後見人など)であり、弁護士・司法書士・行政書士であっても本人に代わって申請することはできない、と説明しています。
  • 一方で、承認申請書や添付書類を業として(仕事として繰り返し)作成する手伝いができるのは、弁護士・司法書士・行政書士の3つの資格に限られるとされています。
  • 土地が共有になっている場合は、共有者の全員が共同して申請するときに限り、申請することができます(相続土地国庫帰属法2条2項)。
  • 境界がはっきりしない土地の測量や境界の確認は、土地家屋調査士の領域です。

つまりこの制度でできるのは「書類の作成をお手伝いし、申請はご本人がする」という形です。「まるごと代理でやってもらえる」と考えていると段取りが狂いますので、最初に押さえておいてください。

なお、承認申請は相続登記が終わっていなくても、相続したことを示す書類をそろえれば申請できるとされています。ただしそれは相続登記の義務がなくなるという意味ではありません。承認されて国に移るまでの間、その土地の所有者は相続人のままですから、登記の申請義務は別に残っているという理解が必要です。

相続放棄は「実家じまい」の選択肢とは別物です

「いらないなら相続放棄すればいい」と考える方もいますが、これは実家じまいの4択とは時間軸が違います。相続放棄は、自分のために相続が始まったことを知った時から原則3か月以内に家庭裁判所へ申述する手続きです(民法915条1項)。この期間を過ぎたあとや、相続財産を処分するなどして相続を承認したものとして扱われたあとでは、原則として選べません。また、実家だけを選んで放棄することはできず、預貯金などプラスの財産も一緒に失います。放棄をしても、状況によっては財産の管理に関する義務が残る場合があります。

「何もしない」は選択肢にならない

4択のほかに「しばらく様子を見る」という道があるように見えますが、実際にはこれは選択ではなく先送りです。

  • 相続登記の申請義務は消えません(3年以内・不動産登記法76条の2第1項)
  • 相続人が亡くなれば権利が枝分かれし、関係者が増えて話がまとまりにくくなります
  • 空き家のまま放置すると、空家等対策の推進に関する特別措置法にもとづく市区町村の対応の対象になることがあり、土地の固定資産税の扱いが変わる場合もあります
  • 建物が傷めば、売る・貸すという選択肢そのものが先に消えていきます

なお、遺産分割の話し合いがまとまらない間も相続登記の期限は進みます。この場合、3年の期限内に登記官へ申し出ることで、相続登記の申請義務を履行したものとみなされる「相続人申告登記」という制度が用意されています(不動産登記法76条の3第1項・2項)。ただしこれは期限に対するブレーキであって、名義そのものが移る手続きではありません。話し合いが長引きそうなときは早めに確認しておいてください。話し合いそのものがこじれて争いになる場合の進め方は、弁護士の領域になります。

まとめ

実家じまいは「売る・貸す・住む・手放す」の4択ですが、どれを選んでも入口は同じで、相続登記による名義変更から始まります。名義が親のままでは、買主への所有権移転登記を入れることも、貸主として誰が契約するのかをはっきりさせることもできませんし、国に引き取ってもらう場合も名義を整える義務は別に残ります。

  • 売るなら、誰の名義にして売るかで登記の入れ方が変わります
  • 貸すなら、期間を区切る定期借家という選択肢があります
  • 住むなら、住む人の単独名義に整えておくのが後々ラクです
  • 手放すなら、建物が建ったままでは国庫帰属の申請ができない点が最大の関門です

そして「何もしない」は、登記の義務も管理の責任も残したまま、選べる道が減っていくだけです。まずは登記簿を取って現状を確かめ、そのうえで4つを比べてみてください。名義がどうなっているか分からない、どの順番で進めればよいか迷う、という段階でも構いませんので、お近くの司法書士にご相談ください

よくある質問

Q. 実家じまいには、どれくらい費用がかかりますか?

選ぶ道によって、かかる費用の種類が変わります。共通してかかるのは相続登記の費用で、登録免許税(固定資産税評価額をもとに計算します)と、専門家に依頼する場合の報酬です。これに加えて、売るなら仲介手数料、貸すなら修繕やリフォームの費用、手放すなら建物の解体費と国庫帰属の審査手数料・負担金がかかります。総額は物件の状態と選ぶ道で大きく変わるため、まず登記簿と固定資産税の通知書を手元に用意して見積もるのが現実的です。

Q. 期限はありますか。放置するとどうなりますか?

相続登記は、取得を知った日から3年以内に申請する義務があります(不動産登記法76条の2第1項)。正当な理由がないのに怠ると10万円以下の過料の対象です(同法164条1項)。2024年4月1日より前に発生した相続にも経過措置があり、2027年(令和9年)3月31日までに申請する必要があります。また2026年4月1日からは、住所や氏名が変わったときの変更登記も、変更から2年以内の申請が義務づけられています(同法76条の5)。放置すると、相続人が世代交代してさらに増え、全員の合意が必要になって手続きが重くなります。建物の傷みや空き家としての管理責任も、名義人に残り続けます。

Q. 自分でできますか。どこに相談すればいいですか?

相続登記はご自身で申請することもできますが、戸籍の収集や、共有・数次相続がからむ場合の書類づくりは負担が大きくなりがちです。役割はおおまかに、登記は司法書士、売却の仲介は宅地建物取引業者、税額の計算と申告は税理士、境界の確定や測量は土地家屋調査士、権利をめぐる争いは弁護士、と分かれています。どこから手をつければよいか分からない段階でしたら、名義の状況の確認を兼ねて、まずはお近くの司法書士にご相談ください。

【さらに深掘り】どの選択肢でも相続登記が起点になる理由──登記審査のしくみから

ご注意 以下は執筆時点(2026年8月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。

本文で「4択のどれを選んでも入口は相続登記」と書きました。これは段取りの都合ではなく、登記という制度のつくりから来ています。

登記官が審査するのは「書面が形式的に整っているか」

権利に関する登記を申請するときは、法令に別段の定めがある場合を除き、「登記原因を証する情報」(登記原因証明情報)を申請情報と併せて提供しなければなりません(不動産登記法61条)。そして登記官は、提出されたその情報と申請の中身が食い違っていれば、申請を却下しなければならないとされています。ただし、その不備が補正できるものであって、登記官の定めた期間内に申請人が補正したときは、却下されません(同法25条柱書ただし書)。

申請情報の内容が第六十一条に規定する登記原因を証する情報の内容と合致しないとき。(不動産登記法25条8号)

同条にはほかにも、「申請情報の内容である不動産又は登記の目的である権利が登記記録と合致しないとき」(6号)、「申請情報の内容である登記義務者……の氏名若しくは名称又は住所が登記記録と合致しないとき」(7号)といった却下事由が並びます。いずれも登記簿・申請書・添付書面の三者が形式的にそろっているかを問うものです。

一方、登記官が現地に出向いて不動産を検査したり、関係者に質問したりする調査の規定は、不動産の物理的な状況を記録する「表示に関する登記」について置かれています(同法29条)。売買や相続といった権利の登記の側には、これに対応する調査の規定がありません。なりすましが疑われる場合に申請の権限を調べる本人確認調査(同法24条)は権利の登記でも行われますが、これは申請している人が本人かどうかを確かめるための手続きで、契約の中身そのものを調べるものではありません。こうした登記官の審査のあり方は、一般に「形式的審査主義」と呼ばれます。

裏を返せば、書面の上でつじつまが合っていない申請は、実体としてどれだけ正しくても、そのままでは通らないということです。補正で埋められる不備なら直せばよいのですが、そもそも登記簿の名義が実際の権利者と違っているという食い違いは、書き直しではなく、名義を移す登記そのものによってしか埋まりません。実家じまいで「まず相続登記」と言われるのは、この形式が理由です。

亡くなった親の名義から、買主へ直接は移せない

実家を売る場面を権利の動きで分解すると、「親 → 相続人 → 買主」の2段階です。ところが親名義の登記簿に対して、いきなり買主への「売買」を原因とする所有権移転登記を申請すると、登記原因証明情報が示す権利の動きと、申請しようとしている登記の中身がかみ合いません。

このように途中の権利者を飛ばす登記は「中間省略登記」と呼ばれます。いまの不動産登記法のもとでは、申請の内容が登記原因証明情報の内容と合致しないことが却下事由とされているため(同法25条8号)、売買のように権利の移り変わりの途中を飛ばした申請は、原則として通りません。登記簿は権利が移っていった過程をそのとおりに公示するもの、という考え方が前提にあるとされます(なお、相続による権利の移転の登記は、登記権利者が単独で申請できます。同法63条2項。売買のような共同申請〈同法60条〉とは申請の形が異なります)。

ここで述べているのは「申請が登記所で通るかどうか」という手続の面です。すでに登記が入ってしまった場合に、その登記の効力をどう見るかは、これとは別に論じられる問題です。また、裁判で移転登記を求める場面についても、判例には、不動産の所有権が甲・乙・丙と順次移転したのに登記名義がなお甲にあるときは、丙が甲に対し直接自己への移転登記を請求することは、甲および乙の同意がないかぎり許されないとしたものがあります(最高裁昭和40年9月21日判決・民集19巻6号1560頁)。

補正リスクとして先に見えてくるのは、期日の組み方です。買主が住宅ローンを使う場合、決済日には売買による所有権移転と抵当権設定をまとめて申請します。その前提となる相続登記の準備が整っていなければ、その日の申請を組み立てられません。相続登記には戸籍の収集が必要で、数次相続や、兄弟姉妹が相続人になる場合には取り寄せる範囲が広がり、その分の時間がかかります。売却の話を進める前に、登記簿と戸籍の状態を先に確かめておくほうが、結果的に早く着地します。

「相続人申告登記」は義務のブレーキであって、処分の切符ではない

本文の最後で触れた相続人申告登記(同法76条の3)も、この観点から整理しておく価値があります。

制度の骨格はこうです。申請義務を負う人が、登記名義人について相続が開始した旨と、自分がその相続人である旨を登記官に申し出ることができ(1項)、3年の期間内に申し出た人は、所有権移転登記を申請する義務を履行したものとみなされます(2項)。ただし2項は、申出より前にされた遺産分割による所有権の取得を、このみなしの対象から除いています。登記官は、その旨と申出をした人の氏名・住所などを職権で所有権の登記に付記することができる、という建て付けです(3項)。

ここで押さえておきたいのが、法務省「相続登記の申請義務化に関するQ&A」(令和7年3月27日現在)が明記している点です。相続人申告登記は「不動産についての権利関係を公示するものではなく、相続した不動産を売却したり、抵当権の設定をしたりするような場合には相続登記をする必要がある」とされ、また、遺産分割がされた後にこれに基づく登記をする義務を相続人申告登記によって履行することはできない、ともされています。

つまりこの制度は、3年という期限に対するブレーキであって、名義を整える手続きではありません。整理すると次のとおりです。

  • 申出の効果が及ぶのは、申し出た本人についてだけです(同Q&Aは、相続人全員が義務を履行したとみなされるには、相続人全員がそれぞれ申し出る必要があるとしています)
  • その後の遺産分割で所有権を取得したときは、遺産分割の日から3年以内に改めて所有権移転登記の申請義務が生じます(同法76条の3第4項。法定相続分での相続登記が先に入っている場合は同法76条の2第2項)
  • 売る・貸すために名義人として動くには、結局のところ相続登記が必要になります

先読みしておきたい落とし穴は、「申告登記が入っているから名義の件は済んでいる」と受け取ったまま、売却や融資の話を進めてしまうことです。登記簿の権利部(甲区)に付記の記録が現れるため、名義が整ったように見えてしまいます。売買の期日から逆算すると、そこから相続登記に着手したのでは間に合わない、ということが起こり得ます。

補正を出さないために、先に確かめておきたい3点

  1. 登記簿上の名義人の氏名・住所を登記事項証明書で確認する。申請情報と登記記録が合わないことは、それ自体が却下事由として並んでいます(同法25条6号・7号)
  2. 亡くなった方の登記簿上の住所と、除票や戸籍の附票の記載がつながるか。引っ越しを重ねていると住所のつながりを示す書面がそろわず、相続登記でつまずきやすいところです
  3. 世代を飛ばしていないか。祖父名義のままであれば、祖父からの相続と親からの相続を順に整理する必要があります

いずれも、4択の方向を決める前の段階で確認できることです。どれを選ぶか比べる作業と並行して、登記簿と戸籍の状態を先に把握しておくと、選んだあとの段取りが軽くなります。

参考資料

この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年8月・いずれも一次情報です)。

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