この記事の要点
- 「お墓は長男に」といった祭祀承継者の指定は、民法897条1項ただし書により、遺言に書けば法的な効力を持たせることができます
- ただし、単なる希望を書いただけの「付言事項」と、法的効力のある「指定」とは扱いが異なるため、指定だと分かる書き方をする必要があります
- 指定の方法は遺言に限られず生前の書面・口頭でも可能とされていますが、証拠として残す観点からは遺言での指定が実務上安心です
- 指定を受けた人が承継を辞退できるかどうかは、民法に規定がなく、この点を直接判断した判例も確認できていない論点です
- 遺産分割協議書に祭祀承継者を書く場合とは、法的な位置づけが異なります
結論から言うと、「お墓は長男に」という一文を遺言に書くこと自体は可能で、書き方次第で法的な効力を持たせることができます。根拠となるのは民法897条1項ただし書です。同項は、系譜(家系図など)・祭具(仏壇・位牌など)・墳墓(お墓)といった「祭祀財産(さいしざいさん)」について、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継するのが原則としつつ、ただし書で「被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する」と定めています。つまり、慣習よりも被相続人本人の指定が優先されるという組み立てです。祭祀財産が相続財産とは別扱いで、誰がどう承継するかの決まり方については、お墓や仏壇は相続財産に入らない?祭祀財産の承継者の決まり方と引き継ぎの段取りで整理していますので、あわせてご覧ください。この記事では、そのうち「遺言で指定する」という場面に絞って、書き方と注意点を解説します。
遺言事項としての位置づけ──「希望」と「指定」は別物
遺言に書ける内容には、法律上の効力が認められる部分(法定遺言事項)と、効力のない部分(付言事項)があります。この境界については遺言書に書けること・書いても効力がないこと──付言事項の使い方で詳しく解説していますが、祭祀承継者の指定はこの境界を理解するうえで格好の題材です。
「お墓は長男に守ってほしい」という一文だけを遺言に書いた場合、それが法的効力を持つ「指定」なのか、単なる気持ちを表した「付言事項」なのかは、文言からただちに決まるわけではありません。遺言書全体の記載から、被相続人が承継者を法的に定める意思を持っていたと読み取れるかどうかによって判断されることになります。「守ってほしい」という言い回しだけでは、お願い・希望の表明と受け取られる余地が残ります。
法的効力のある指定として扱われるためには、「祭祀承継者として長男〇〇を指定する」のように、承継者を定める意思がはっきり分かる書き方をしておくことが実務上望ましいとされています。付言事項として感謝の言葉や理由を添えるのは自由ですが、指定そのものは、誰が読んでも指定だと分かる独立した一文にしておくのが安全です。
指定は遺言に限らない──それでも遺言をすすめる理由
民法897条1項ただし書は「被相続人の指定」とだけ定めており、その指定を遺言でしなければならないとは書かれていません。そのため、遺言以外の生前の意思表示(書面や口頭での指定)でも足りるという理解が一般的です。
もっとも、口頭での指定や、日付・署名のない簡単なメモでの指定は、被相続人の死後に「本当にそう言っていたのか」「誰に向けた発言だったのか」をめぐって、親族間で認識が食い違う原因になりやすいという問題があります。遺言であれば、自筆証書遺言・公正証書遺言のいずれの方式でも、法律の定める方式に従って作成されるため、後から意思の存在や内容を確認しやすいという利点があります。方式ごとの違いは自筆証書遺言と公正証書遺言、どちらを選ぶべきかで解説しています。財産の配分について遺言を作成する機会に、あわせて祭祀承継者の指定も書いておくのが実務上の一般的な進め方です。
なお、令和8年(2026年)6月24日公布の民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号、同年6月17日可決成立)により、自筆証書遺言等の押印要件を任意化する改正と、デジタル技術を活用した新たな遺言方式「保管証書遺言」の創設が決まっています。施行日は、押印の任意化等が公布の日から1年を超えない範囲内、保管証書遺言の創設等が公布の日から3年を超えない範囲内でそれぞれ政令で定められる予定で、本記事執筆時点(2026年9月)ではまだ施行されていません。施行後は遺言の方式要件が変わりますので、実際に遺言を作成される際は施行状況も含めてお近くの司法書士にご確認ください。
遺産分割協議書に書く場合との違い
祭祀承継者を書面に残す方法として、遺産分割協議書に記載する例も見られます。しかし、これは遺言による指定とは法的な位置づけが異なります。
祭祀財産は遺産分割の対象になる相続財産には含まれません。また、遺産分割協議書を作成するのは相続人であって被相続人ではありませんから、そこに祭祀承継者の氏名を記載しても、それは民法897条1項ただし書にいう「被相続人の指定」には当たらず、相続人全員が承継者について合意した内容を書面上で確認する、という位置づけにとどまります。被相続人による指定がすでにある場合は、遺産分割協議書の記載はその指定を確認する意味を持ちますが、指定がない場合には、相続人間の話し合いによる取り決めという性格のものになります。
被相続人自身の意思として承継者を法的に確定させておきたいのであれば、遺産分割協議での取り決めに委ねるのではなく、生前に被相続人自身が指定しておく必要があります。前述のとおり指定の方法は遺言に限られませんが、後から確認できる形で残すという意味では、遺言によるのが確実です。
指定された人は辞退できるか──民法に定めのない論点
祭祀承継者に指定された人が、その承継を辞退できるかどうかについて、民法に規定はありません。祭祀財産の承継には相続放棄のような手続きが法律上用意されておらず、この点を直接判断した判例は本記事執筆時点で確認できていません。
指定する側としては、指定した相手が実際に祭祀を担う意思を持っているかどうかを、遺言を作成する前に確認しておくことが、後々の行き違いを防ぐうえで現実的な対応といえます。
まとめ
祭祀承継者の指定は、民法897条1項ただし書により、遺言に書けば法的な効力を持たせることができます。ただし、単なる希望の表明(付言事項)と法的効力のある指定とは扱いが異なるため、指定だと明確に分かる文言で書くことが重要です。指定の方法自体は遺言に限られませんが、証拠として残す観点からは遺言での指定が安心です。指定を受けた人が辞退できるかどうかは民法に規定のない論点であり、遺産分割協議書への記載は遺言による指定とは位置づけが異なります。祭祀承継者の指定を含めた遺言の書き方に迷ったときは、お近くの司法書士にご相談ください。
よくある質問
Q. 遺言で祭祀承継者を指定するのに、追加の費用はかかりますか?
自筆証書遺言であれば、指定を書き加えること自体に費用はかかりません。公正証書遺言では、祭祀承継者の指定は財産の配分とは別個の法律行為として扱われ、その分の公証人手数料が加算されます。具体的な費用はお近くの司法書士にご相談ください。
Q. 遺言で指定しないまま亡くなると、どうなりますか?
指定がない場合は、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継するとされ、慣習が明らかでないときは家庭裁判所が承継者を定める手続きに進みます。慣習が明確でない家庭も多く、承継者をめぐって親族間の意見が分かれると、家庭裁判所の調停・審判が必要になることもあります。誰に承継してほしいか希望があるなら、遺言で指定しておくほうが、残された家族の負担を減らすことにつながります。
Q. 祭祀承継者の指定は自分で書けますか?どこに相談すればいいですか?
指定の文言自体は自由に書けますが、法的効力のある指定として扱われるには、希望と指定を書き分けるなど文言の工夫が必要です。遺言全体の構成の中でどう書けば指定として認められやすいか判断に迷う場合は、お近くの司法書士にご相談ください。承継者との間で意見が対立している場合は、弁護士への相談が適していることもあります。
【さらに深掘り】祭祀承継者の指定を遺言以外の方法で設計する
ご注意 以下は執筆時点(2026年09月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。
祭祀承継者の指定は遺言以外の方法でも設計できますが、それぞれの方法には固有のリスクがあります。以下、遺言との比較を交えて整理します。
死因贈与契約での指定は可能か
祭祀財産の承継者を「死因贈与」の形式で指定する契約を結ぶ例も見られます。死因贈与は贈与者・受贈者双方の合意で成立する契約であり、遺言のような単独行為とは法的性質が異なります。民法897条1項ただし書の「指定」を死因贈与契約の形で行うことが認められるかは、条文上明記されておらず、実務上の取扱いも一様ではありません(確立した判例・通説は本記事執筆時点で確認できていません)。
家族信託の枠組みで祭祀財産を扱うことの限界
家族信託は、不動産・預貯金等の「財産」の管理・承継を設計する仕組みです。祭祀財産(系譜・祭具・墳墓)を信託法上の「財産」として信託の対象にできるかどうか自体、実務上議論の分かれるところで、少なくとも墳墓(お墓そのもの)を信託財産として受託者に移転する設計は一般的ではありません。祭祀承継そのものは信託の枠組みではなく民法897条の指定(遺言または生前の意思表示)で行い、遺骨・墓地使用権にまつわる管理費用の負担といった周辺の資金面のみを信託で手当てするという役割分担で設計されている例が見られます。ただし、この項で述べた実務上の傾向・役割分担については、確立した標準的な手法であると言い切れるだけの裏付けを、本記事執筆時点では確認できていません。
複数の候補者がいる場合の設計
祭祀承継者を複数人の共同承継とする指定を禁じる定めは、条文上見当たりません。もっとも、系譜・祭具・墳墓の管理・処分の意思決定を複数人で行う場合、将来意見が割れたときの調整手段が用意されていないと、かえって紛争の火種になりかねません。複数の子に祭祀を分担させたい事情があるときは、承継者は一人に指定したうえで、他の親族への配慮(費用の分担や法要への関与)を付言事項として書き添える設計のほうが、後々のトラブルを避けやすいといえます。
祭祀財産と遺留分の関係
祭祀財産は遺産分割の対象になる相続財産には含まれません。ただし、遺産分割の対象となる財産の範囲と、遺留分算定の基礎財産の範囲とは法律上別の問題であり、前者に含まれないことから当然に後者からも除外されると断定することはできません。祭祀財産が遺留分算定の基礎財産に算入されるかどうかについて、確立した判例・通説は本記事執筆時点で個別に確認できていません。もっとも、祭祀承継者に高額な墓地使用権や仏壇・仏具一式のような経済的価値を伴う財産が付随する場合、他の相続人との公平感をめぐって感情的な対立が生じることはあります。祭祀承継者の指定を検討する際は、法的な整理と家族間の納得感は別の問題として、あわせて配慮しておくことが実務上望ましいといえます。
参考資料
この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年09月)。
- 民法 第897条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 法務省:「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について: https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00410.html
- 日本公証人連合会「12 手数料」(公正証書遺言における祭祀の主宰者の指定の手数料): https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow12
- 裁判所 裁判例検索: https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/search1(「祭祀承継」に関連する裁判例を検索しましたが、死因贈与契約による指定の可否・祭祀財産の遺留分算定基礎財産算入の可否・指定の辞退可否のいずれについても、これらの論点に直接該当する裁判例は確認できませんでした)
- 東京弁護士会「祭祀承継者」: https://www.toben.or.jp/know/iinkai/houritsuservice/syukatu/post_30.html(承継順位・指定方法の一般的解説。指定の辞退可否についての記載はありません)
- 弁護士法人ALAW&GOODLOOP「祭祀承継者に関する近時の裁判例より」: https://agl-law.jp/column/%E7%A5%AD%E7%A5%80%E6%89%BF%E7%B6%99%E8%80%85%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E8%BF%91%E6%99%82%E3%81%AE%E8%A3%81%E5%88%A4%E4%BE%8B%E3%82%88%E3%82%8A/(同ページで紹介されている東京高裁平成29年5月26日決定・東京高裁平成18年4月19日決定は、いずれも祭祀承継者の決定基準〔被相続人との身分関係・生活関係・承継意思等の総合考慮〕に関するもので、死因贈与契約による指定・遺留分算定基礎財産算入・辞退可否には言及がありません。この2件の決定そのものは原典〔裁判所ウェブサイト等〕での照合ができておらず、二次資料内の引用にとどまります)
上記の探索の結果、深掘りセクションで触れた「死因贈与契約による祭祀承継者指定の可否」「祭祀財産の遺留分算定基礎財産算入の可否」「指定の辞退可否」について、確立した判例・通説を示す一次資料は確認できませんでした(原典所在不明)。本文中の「確認できていません」という記載は、この探索結果に基づくものです。