会社を辞めたのに最後の給料が振り込まれない、残業代の一部が支払われていない――こうした「賃金(ちんぎん・給料や残業代のこと)」の未払いも、貸したお金や敷金と同じく「金銭を請求する権利」の一つであり、少額訴訟や支払督促といった簡易裁判所の手続きの対象になり得ます。この記事では、賃金請求という場面に的をしぼって、どの手続きが向いているかの考え方を整理します。

この記事の要点

  • 未払いの給料や残業代の請求も、貸金や敷金の請求と同じ「金銭債権」として、少額訴訟・支払督促・通常訴訟の対象になる
  • ただし賃金は複数月分がまとまると60万円を超えることも多く、少額訴訟の金額要件に当てはまるかを最初に確認する必要がある
  • 賃金の請求権には消滅時効があり、退職手当を除く賃金は「当分の間3年」とされている(労働基準法115条・同法附則143条3項)
  • 裁判所の手続きのほかに、労働基準監督署への申告という行政上の窓口もある

これは執筆時点(2026年9月)の制度に基づく一般的な解説です。

賃金請求も「金銭債権」の手続きに乗る

裁判所の手続きは、請求の中身が「貸したお金」であるか「給料」であるかを問わず、基本的には「いくらの金銭を求めるか」という枠組みで整理されています。未払いの給料や残業代の請求も、この意味では貸金や敷金の返還請求と同じ土俵に乗ります。

少額訴訟は、60万円以下の金銭の支払いを求める場合に使える簡易な訴訟です(民事訴訟法368条)。原則として1回の期日で審理を終えて判決が出るのが特徴で、証拠がそろっている少額の請求に向いています。ただし、相手方(勤務先)が通常の手続で審理するよう求めた場合には、通常の訴訟に移ります。もっとも、給料や残業代の未払いは、1か月分だけなら60万円以下に収まることが多い一方、複数月分や賞与分がまとまると60万円を超えることも珍しくありません。少額訴訟を使えるかどうかは、まず請求する金額の合計が要件に収まるかを確認するところから始まります。

支払督促は、裁判所書記官が相手方(勤務先)へ支払いを促す書面を送る手続きです(民事訴訟法382条)。少額訴訟のような請求額の上限は条文上定められていないため、金額が大きい場合でも申立て自体はできます。書類審査だけで進むため、勤務先が支払うべき金額そのものには争いがなく、単に支払いが滞っているだけという場面に向いています。ただし勤務先が異議を申し立てると、通常の訴訟に移ります。

金額が大きい場合や、そもそも支払う義務があるかどうかで争いがある場合は、通常訴訟や民事調停を検討することになります。

なお、民事訴訟手続のデジタル化を内容とする改正民事訴訟法(令和4年法律第48号)は、令和8年(2026年)5月21日に全面施行されており、裁判所のシステムを通じたオンラインでの申立てができる範囲が広がっています。手続きごとの取扱いや必要な準備は今後も変わり得ますので、実際に申し立てる際は裁判所の最新の案内をご確認ください。

請求できる期間には限りがある(消滅時効)

未払いの給料や残業代は、いつまでもさかのぼって請求できるわけではありません。労働基準法115条は、同法の規定による賃金の請求権を「これを行使することができる時から五年間」行わないときは時効によって消滅すると定めていますが、同法附則143条3項により、当分の間、退職手当を除く賃金の請求権は3年間とされています(退職手当は5年のままです)。

この「当分の間3年」という扱いは、令和2年(2020年)4月1日に施行された労働基準法の改正(令和2年法律第13号)によるもので、それ以前の2年から延長されたものです。将来的に本則どおり5年に統一されるかどうかは、今後の法改正の動向によります。

時効は、それぞれの賃金の支払期日ごとに別々に進んでいきます。そのままにしておくと、古い月の分から順に時効の期間が満了し、相手方が時効を主張すれば支払いを受けられない状態になっていきます。どの手続きを選ぶかを検討する前に、いつの分までさかのぼれるのかを確認しておくことが大切です。

証拠として整理しておきたいもの

賃金の未払いを請求する場面では、一般に次のような資料が争点整理の手がかりになるといわれています。

  • 雇用契約書や労働条件通知書(給与額・支払日の取り決め)
  • 給与明細や賃金台帳(過去の支給実績)
  • タイムカードや勤怠記録(残業時間の実績)

どの資料がどこまで有効かは個別の事情によるため、この記事では一般的な例示にとどめます。

裁判所以外の窓口もある

未払いの賃金については、裁判所の手続きとは別に、労働基準監督署への申告という行政上の窓口も用意されています。労働基準関係の法令に基づく是正指導などは、裁判所の手続きとは異なる仕組みで動くため、この記事では制度の名称の紹介にとどめ、労働問題そのものの相談先としては専門の窓口や弁護士への相談も選択肢になる点を付け加えておきます。

なお、認定を受けた司法書士が代理できるのは、請求額が140万円以下の場合とされています(司法書士法3条1項6号)。これを超える金額の請求について代理を依頼する場合は、弁護士へのご相談になります。「140万円以下」の数え方についても、あわせて確認しておくとよいでしょう。

まとめ

未払いの給料や残業代も、少額訴訟・支払督促といった簡易裁判所の手続きの対象になり得ますが、金額の合計や争いの有無によって向いている手続きは変わります。どの手続きが適しているか、また回収の見込みがあるかは個別の事情によって大きく変わりますので、まずはお近くの司法書士にご相談ください(請求額が140万円を超える場合は弁護士へご相談ください)。

参考資料

この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年9月・いずれも一次情報です)。

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