「土地を売ろうと思って登記簿(登記事項証明書)を取り寄せたら、何十年も前の『買戻特約(かいもどしとくやく)』という見慣れない登記が残っていた」——。相続した不動産や、昔に公的機関から購入した土地で、こうした古い登記に気づく方は少なくありません。
そのままにしておくと、売却や住宅ローンの担保設定のときに「先に消してください」と言われることがあります。しかも、相手方(買戻しの権利を持っていた側)と連絡が取れず、長く塩漬けになっていたケースもありました。
この古い買戻特約の抹消が、2023年(令和5年)4月から、所有者ひとりの申請で消せるようになりました。今回は、買戻特約とは何か、なぜ古いものが残るのか、そして新しい消し方をやさしく整理します。
買戻特約とは
買戻特約とは、ざっくり言うと「売った人が、あとで代金などを返せば、その不動産を買い戻せる」という約束です。土地や建物を売るときに、売買契約と同時に結ぶ特約で、登記簿に記録(登記)しておくと、その後にその不動産を買った第三者に対しても「買い戻せる権利がある」と主張できるようになります。
ポイントは、この約束には期間の上限があり、最長でも10年だということです。期間を定めなかった場合は5年とされています。つまり、契約から長い年月がたっている買戻特約は、買い戻しの権利そのものはとっくに使えなくなっているのが通常です。
ところが——権利が使えなくなっても、登記簿の記録は自動では消えません。誰かが「抹消(消す手続き)」を申請しない限り、文字として残り続けます。これが「古い買戻特約が残っている」状態です。
なぜ古い買戻特約が残っているのか
実務でよく見かけるのは、次のようなケースです。
- 公的機関や自治体から土地を分譲で買ったとき … 「目的どおりに使ってください。守らなければ買い戻します」という趣旨で、買戻特約が付けられることがありました。
- 住宅金融公庫(当時)などの融資で家を建てたとき … 一定期間の利用制限とセットで付されたことがありました。
いずれも、買戻しができる期間はとうに過ぎていることがほとんどです。それでも登記だけが残り、相続や売却のタイミングで「これは何ですか?」と気づく、という流れになります。
残したままだと困ること
買戻特約の登記が残っていても、日常生活ですぐ困るわけではありません。ただ、次のような場面で支障になります。
- 売却するとき … 買主や仲介会社から「決済までに消しておいてほしい」と求められることがあります。
- 住宅ローンなどの担保(抵当権)を設定するとき … 金融機関が、古い権利の記録が残っていることを気にする場合があります。
つまり「いざ動かそう」というときの、ひと手間・足かせになりやすいのです。
2023年4月から、所有者ひとりで消せるように
これまでは、買戻特約の抹消は原則として買戻しの権利を持っていた側(買戻権者)と所有者が一緒に申請する必要がありました(共同申請)。ところが相手が古い公的機関で、すでに組織が変わっていたり、連絡先がわからなかったりすると、協力を得るのが難しく、抹消が進まないことがありました。
そこで、2023年(令和5年)4月1日から施行された改正で、新しいルールができました。
契約の日から10年を経過した買戻特約の登記は、所有者(登記上の権利者)が単独で抹消を申請できる
というものです。買戻しができる期間は最長10年なので、契約から10年がたっていれば、買い戻しの権利はもう残っていないと考えられます。そこで、相手方の協力がなくても、所有者ひとりの申請で登記簿から消せるようにした、というわけです。
注意したいのは、判断の基準が「契約の日から10年」だという点です。たとえ登記簿に書かれた買戻しの期間がもっと短くても、契約日から10年が過ぎていれば、この方法で抹消できます。
手続きの大まかな流れ
おおまかには、次のような流れになります。
- 登記簿(登記事項証明書)を取り寄せ、買戻特約の登記の内容と日付を確認する
- 契約の日から10年が過ぎているかを確認する
- 所有者から、その不動産を管轄する法務局へ抹消を申請する
実際の申請には、登記の専門的な記載や費用(登録免許税)の確認が必要です。古い登記は内容の読み取り自体にコツがいることもあります。ご自身の不動産が新しい方法で消せるかどうか、手続きの進め方については、お近くの司法書士にご相談ください。
【さらに深掘り】買戻特約の単独抹消の要件と手続きの実務
ご注意 以下は執筆時点(2026年6月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。
根拠条文と買戻特約の基本
買戻しの特約は民法579条以下に定めがあります。売買契約と「同時に」結ぶ必要があり(民法579条)、買戻しの期間は10年を超えることができず、特約でこれより長く定めても10年に短縮されます。また、いったん定めた期間は後から伸長できません(民法580条1項・2項)。期間を定めなかったときは、5年以内に買い戻さなければなりません(同条3項)。
買戻特約は登記することができ、登記すると以後の第三者に対抗できます(民法581条1項)。登記の登記事項は、買主が支払った代金(別段の合意をしたときはその金額)および契約の費用のほか、買戻期間の定めがあるときはその期間とされています(不動産登記法96条)。
単独抹消の根拠──不動産登記法69条の2
今回の単独抹消の根拠は、令和3年法律第24号による改正で新設された不動産登記法69条の2です。同条は、買戻しの特約に関する登記がされている場合において、契約の日から10年を経過したときは、共同申請の原則(60条)にかかわらず、登記権利者(所有者)が単独でその登記の抹消を申請できる旨を定めています。施行日は令和5年(2023年)4月1日です。
買戻期間の上限が10年であることから、「契約の日から10年経過」していれば買戻権はもはや行使できないと評価できるため、相手方の関与を要せず単独申請を認めた、という制度趣旨です。
登記原因・添付情報・登録免許税の実務ポイント
- 登記の目的 … 買戻特約の登記の抹消
- 登記原因 … 「不動産登記法第69条の2の規定による抹消」とされ、登記原因の日付は不要とされています
- 登記原因証明情報 … この69条の2による単独抹消では、登記原因証明情報の提供を要しないものとされています(契約日から10年経過という形式的事実で足りるため)
- 登録免許税 … 抹消登記として、不動産1個につき1,000円(登録免許税法別表第1の1(15))。土地と建物の双方に付いていれば、その個数分が必要です
従来は、買戻権者との共同申請、あるいは公的機関による嘱託(しょくたく)登記での抹消依頼などが必要でした。69条の2は、これらの協力が得られない・手間がかかるケースを、所有者側の単独申請で解消できるようにした点に意義があります。
なお留意したい点
「契約の日から10年経過」が要件である以上、まだ10年を経過していない買戻特約は69条の2では消せません。この場合は従来どおり、買戻権者の協力を得た共同申請や、買戻権の放棄・期間満了などの原因に応じた処理を検討することになります。
また、買戻特約の前提として、所有者の住所・氏名が登記簿上の表示と現在とで異なる場合(住所変更・相続など)には、抹消の前提として名義人の表示変更登記や相続登記が必要になることがあります。古い登記ほど、こうした「前提となる登記」が絡みやすい点に注意が必要です。具体的な可否と段取りは、登記簿の内容を確認のうえ、お近くの司法書士にご相談ください。