問題: Aは令和7年4月1日にBに対し、賃料月額10万円・敷金30万円で建物を賃貸する契約を締結した。令和8年3月31日に賃貸借契約が期間満了で終了したが、Bは「敷金30万円を返してもらえるまで建物を明け渡さない」と主張して占有を続けている。Bの主張は認められるか。
答え: 認められない。Bの建物明渡義務とAの敷金返還義務は同時履行の関係には立たず、Bの明渡が先履行となる。
解説: 判例は、家屋の賃貸借において、賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは同時履行の関係に立たないとし、賃貸借終了後、家屋明渡しがされた時においてそれまでに生じた敷金被担保債権を控除しなお残額があることを条件として、その残額についてのみ敷金返還義務が発生するとしてきた(最判昭和49年9月2日民集28巻6号1152頁)。
令和2年4月1日施行の改正民法は、この判例法理を民法622条の2第1項1号として明文化し、「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき」に賃貸人は敷金から弁済充当後の残額を返還する義務を負うと定めた。したがって、改正後も結論は同じであり、Bは先に明渡しをしなければならない。
なお、Bの「同時履行の抗弁」と「留置権(民法295条)」は別の論点である。留置権の成否については、敷金返還請求権が「物に関して生じた債権」(民法295条1項)に当たるかという牽連性の議論が問題となるが、通説は牽連性を否定して留置権の成立を認めない立場をとる(学説には肯定説もある)。最判昭和49年9月2日が直接判示しているのは「同時履行関係の否定」であり、留置権についての射程は判例上必ずしも明確でない点に注意。
問題: Aを根抵当権者とする普通の根抵当権が甲不動産に設定登記されている。その後、同一の被担保債権を担保するために、Aが乙不動産にも根抵当権を設定し、甲・乙の共同担保とする旨を登記する場合、登記原因および主な添付情報として正しいものを述べよ。
答え: 登記原因は「年月日設定」、前の登記に他の登記所の管轄区域内にある不動産に関するものがあるときは、前の登記に関する登記事項証明書を添付する(不動産登記令別表56項)。
解説: 民法398条の16は、共同抵当の規定(民法392条・393条)は、根抵当権については「設定と同時に」共同担保である旨の登記をした場合に限り適用すると定めるが、この「同時」は最初の設定時に限定されるのではなく、追加設定の場合にも「追加設定登記と同時に共同担保の関係を生じさせる」ことが認められている(不動産登記令別表56項)。
登記原因は「年月日設定」とし、前の登記に他の登記所の管轄区域内にある不動産に関するものがあるときは、添付情報として「当該前の登記に関する登記事項証明書」(不動産登記令別表56項添付情報欄ロ)を提供する。
受験対策上は、「同時設定でなければ共同担保にできない」と覚えてしまうと誤答するので注意。根抵当権の極度額・被担保債権の範囲・債務者は、追加設定する根抵当権について既登記と同一であることが要件となる。
問題: 取締役会設置会社X社(公開会社・大会社ではない)は、定款に「代表取締役は、取締役会の決議によるほか、株主総会の決議によっても取締役の中から選定することができる」旨の規定を設けている。X社の株主総会で代表取締役を選定する決議をした場合、当該選定を登記する申請書には、選定を証する書面として何を添付すべきか。
答え: 株主総会議事録(商業登記法46条2項)。取締役会議事録の添付は不要。
解説: 取締役会設置会社における代表取締役の選定権限は、原則として取締役会にある(会社法362条3項)。もっとも、最高裁は、取締役会設置会社である非公開会社において、取締役会の決議によるほか株主総会の決議によっても代表取締役を定めることができる旨の定款の定めを有効と判断した(最決平成29年2月21日民集71巻2号195頁)。これは、株主総会が会社法295条2項により定款で定めた事項について決議できることを根拠とする整理である。本問のX社は「公開会社・大会社ではない」とされており、判例の射程に含まれる。なお、公開会社についても同様に解釈できるかは判例上明確ではない点に注意。
このような定款規定がある場合、株主総会で代表取締役を選定したときは、選定を証する書面として株主総会議事録を添付すれば足り(商業登記法46条2項)、別途取締役会議事録を添付する必要はない。このほか、定款(商業登記規則61条1項)と株主リスト(同条3項)も添付する。なお、就任承諾書(商業登記法54条1項)と印鑑証明書の要否(商業登記規則61条)については、再任か新任か、取締役・代表取締役の選定経緯によって場合分けが必要であるため、別途整理が必要である。「取締役会設置会社の代表取締役選定 = 取締役会議事録」と機械的に処理すると誤答する典型問題。
問題: 原告Xが被告Yを相手に貸金返還請求の訴えを甲簡易裁判所に提起したが、本件は被告Yの住所地ではなく、また当事者間に管轄の合意もない。Yは第一回口頭弁論期日に出頭し、管轄違いの抗弁を主張せずに本案について応訴し、貸金債務の存在を争った。甲簡易裁判所の管轄はどうなるか。なお、本件には専属管轄の定めはないものとする。
答え: 応訴管轄が成立し、甲簡易裁判所が管轄権を有する(民事訴訟法12条)。
解説: 民事訴訟法12条は、「被告が第一審裁判所において管轄違いの抗弁を提出しないで本案について弁論をし、又は弁論準備手続において申述をしたときは、その裁判所は、管轄権を有する」と定める。
本問では、(1)当事者間に合意管轄がないこと、(2)被告Yが第一回口頭弁論期日に出頭し管轄違いの抗弁を主張せずに本案について応訴したこと──のすべてが充たされており、応訴管轄が成立する。
ただし、法令に専属管轄の定めがある事件(民訴法13条1項)には応訴管轄は成立しない点が頻出の引っかけ。
また、応訴管轄の「本案について弁論」とは、請求の当否(訴訟物の存否)について被告が主張・反論することを指し、訴訟手続上の主張(管轄違いの抗弁・移送申立て・訴え却下の申立て・訴訟費用に関する主張等)にとどまる場合は応訴管轄を生じない(通説)。
問題: 認定司法書士Aは、Bから「Cに対する600万円の売買代金返還請求事件について、簡易裁判所に訴えを提起する前に、Cと示談交渉してほしい」と依頼された。Aはこの示談交渉を代理することができるか。
答え: できない。司法書士法3条1項6号・7号により、認定司法書士の簡裁訴訟代理関係業務の対象事件は、訴訟の目的の価額が140万円を超えないものに限定されており、600万円の事件は対象外である。
解説: 司法書士法3条1項は、司法書士の業務を限定列挙する。このうち、認定司法書士のみが行える業務として、同項6号(簡易裁判所における訴訟代理関係業務)・7号(民事に関する紛争であって、紛争の目的の価額が同項6号の額を超えないものについての相談・代理)が定められている。同項6号の額は、裁判所法33条1項1号の簡易裁判所の事物管轄の上限である140万円である。
最高裁判決(最判平成28年6月27日民集70巻5号1306頁)は、認定司法書士が代理できる範囲は「個別の債権の価額」で判断すべきとし、債務整理の対象となる債権の価額が140万円を超える場合には、たとえ裁判外の和解(訴え提起前の示談交渉を含む)であっても、認定司法書士は代理権限を有しないと判示した。「訴え提起前ならよい」「裁判所外ならよい」といった解釈は採られていない。本問のような600万円の事件は弁護士法72条との関係でも問題になり、業際違反として懲戒のリスクがある。
受験対策上は、(1)140万円以下か否か(個別債権額基準)、(2)簡裁での訴訟代理関係業務か否か、(3)紛争性のある事件か否か、の3点を整理して理解しておくこと。
出題分野の振り分け
| 問 | 出題分野 | 主な根拠 |
|---|---|---|
| 第1問 | 民法(賃貸借) | 民法622条の2第1項1号/最判昭49.9.2民集28巻6号1152頁 |
| 第2問 | 不動産登記法(共同根抵当権) | 民法398条の16/不動産登記法83条/不動産登記令別表56項 |
| 第3問 | 商業登記法(代表取締役の選定) | 会社法362条3項・295条2項/商業登記法46条2項 |
| 第4問 | 民事訴訟法(応訴管轄) | 民事訴訟法12条・13条 |
| 第5問 | 司法書士法(認定司法書士の代理範囲) | 司法書士法3条1項6号・7号/最判平28.6.27民集70巻5号1306頁 |