この記事の要点
- 会社が自社の株式を買い取ることを「自己株式の取得」(通称・金庫株)といい、株主総会の決議と一定の手続きが必要
- 取得できる金額には「分配可能額」という上限があり、これを超えると役員が責任を問われることがある
- 取得しただけでは発行済株式総数は変わらないが、取得した株式を「消却」して発行済株式総数が減った場合は、2週間以内に変更登記が必要(怠ると過料の対象)
事業承継の準備や、株式の譲渡制限を含めた株主構成の整理を考えるとき、「会社が株主から自社の株式を買い取れないか」という相談が出ることがあります。これが自己株式の取得(実務では「金庫株」とも呼ばれます)です。
会社法上、自己株式の取得は一定の手続きを踏めば可能ですが、株主全体の利益を守るための規制がいくつも組み込まれています。今回は、自己株式を取得するときの手続きの流れと、それに伴う登記について整理します。
自己株式の取得とは
自己株式の取得とは、株式会社が発行した自社の株式を、株主から買い戻すことをいいます(会社法155条)。かつては原則禁止されていましたが、現在の会社法では、財源規制などの一定の条件を守れば認められています。
自己株式を取得する場面としては、次のようなものがあります。
- 高齢になった株主から株式を集約したい(事業承継の準備)
- 株主の数が増えすぎて管理が煩雑になっている
- 退職する役員・従業員が保有していた株式を会社が引き取りたい
取得した自己株式には議決権がありません(会社法308条2項)。会社が「自分自身の株主」になるわけではなく、いわば株式を金庫にしまっておくイメージから「金庫株」と呼ばれます。
手続きの基本的な流れ
株主全員から公平に募集して取得する場合の、基本的な流れは次のとおりです。
- 株主総会の決議:取得する株式数・対価の総額・取得できる期間(1年以内)などを株主総会の普通決議で決めます(会社法156条1項)
- 取得方法の決定:全株主に申し込みの機会を与える方法(会社法157条〜159条)のほか、特定の株主からの取得(会社法160条)や市場取引による取得(会社法165条)など、状況に応じた方法を選びます
- 株主への通知・申込みの受付:取得条件を株主に通知し、譲渡を申し込む株主から株式を取得します
- 対価の支払い・株式の取得:定めた対価を支払い、自己株式として取得します
- 登記が必要になるのは「消却」したとき:自己株式を取得しただけでは発行済株式総数は変わらないため、この段階では登記は生じません。取得した株式を後で「消却」して発行済株式総数が減った場合に、その効力が生じた日から2週間以内に本店所在地で変更登記を行います(会社法911条3項9号・915条1項)
なお、自己株式を取得しても、資本金の額も発行済株式総数も変わりません。取得した株式は「自己株式」として会社に残るためです。発行済株式総数が減って変更登記の対象になるのは、後述のとおりこの自己株式を「消却」したときです。
取得できる金額には上限がある(財源規制)
自己株式の取得で特に注意したいのが財源規制です。会社法461条により、自己株式の取得に充てられる金額は、その時点の「分配可能額」(剰余金の分配に回せる金額)の範囲内に制限されています。この分配可能額の考え方は、資本金を減らす「減資」の場面などでも登場する会社法上の重要な仕組みです。
この上限を超えて自己株式を取得すると、業務執行者などが、会社に対して金銭を支払う責任を負う可能性があります(会社法462条)。「会社の体力を超えて株式を買い戻す」ことを防ぐための仕組みです。
取得価格をいくらにするか、どの株主から買い取るかといった判断は、会社の状況や株主との関係によって大きく異なるため、この記事では一般的な制度の説明にとどめます。個別の実行にあたっては、専門家に相談しながら進めることをおすすめします。
登記に必要な書類の一般的な例
発行済株式総数の変更登記が必要になるのは、取得した自己株式を「消却」したときです。消却の決定は、取締役会設置会社では取締役会、非設置会社では取締役が行います(会社法178条)。一般的に、次のような書類が必要になります。
- 消却を決定した取締役会議事録(取締役会非設置会社では取締役の決定を証する書面)
- 発行済株式総数の変更を証する書面(消却した株式数の計算過程がわかるもの)
消却の決定には株主総会の決議を要しないため、株主リスト(商業登記規則61条3項、株主総会決議を要する場合に添付が必要)は原則として不要です。実際に必要な書類は会社の機関設計や消却の方法によって変わるため、事前の確認が欠かせません。
まとめ
自己株式の取得(金庫株)は、事業承継や株主整理の場面で使われる手続きですが、株主総会決議・財源規制・登記という複数のルールが絡み合います。特に分配可能額の上限を超えないかの確認は重要です。取得しただけでは発行済株式総数は変わりませんが、取得した株式を消却して発行済株式総数が減った場合は2週間以内の変更登記が必要になりますので、取得を検討する段階から手続き全体のスケジュールを見通しておくと安心です。実際に進める際は、お近くの司法書士にご相談ください。
よくある質問
Q. 自己株式に関する登記の費用はどのくらいかかりますか? 自己株式を取得しただけでは登記は生じませんが、取得した株式を消却して発行済株式総数が減った場合は、変更登記に登録免許税がかかります。金額は登記事項の区分によって定められており、他の変更(役員変更など)と同時に申請すると区分ごとに合算されることもあります。正確な金額は個別の登記内容によって異なるため、司法書士にご確認ください。
Q. 変更登記の期限はいつまでで、放置するとどうなりますか? 発行済株式総数に変更が生じた日から2週間以内に登記する必要があります(会社法915条1項)。この期限を過ぎると、代表者個人に対して100万円以下の過料が科される可能性があります(会社法976条1号)。
Q. 自己株式の取得は自分(会社)だけで進められますか? 株主総会の決議や書類の作成は会社内部でも進められますが、財源規制の確認や登記書類の整備には専門知識が必要です。取得価格の決め方や税務上の扱い(みなし配当課税など)は、税理士など専門家の判断が必要な場面も多いため、早めに相談することをおすすめします。
【さらに深掘り】自己株式取得の実務論点
ご注意 以下は執筆時点(2026年07月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。
取得の決定機関は、取締役会の有無で変わる
自己株式を取得する際、株主総会で「取得できる株式数・対価の総額・取得期間」の大枠を決議した後(会社法156条1項)、個別の取得条件(数量・対価・申込期日等)は原則として取締役会設置会社では取締役会、非設置会社では取締役(または取締役の過半数の決定)が定めます(会社法157条2項)。定款や取締役会規程に「株主総会で個別条件まで決める」旨の別段の定めがない限り、この役割分担がずれると決議の有効性に疑義が生じるため、取締役会の有無を最初に確認するのが実務の起点になります(未確定:取締役会規程で別段の定めを置く実例の頻度)。
相続人等からの取得には特則がある
会社が相続その他の一般承継により株式を取得した者からその株式を取得する場合、他の株主が「自分も売主に加えてほしい」と求める売主追加請求(会社法160条2項・3項)の手続を経ずに、その相続人等から取得できる特則があります(会社法162条本文)。ただし、その相続人等がすでに株主総会等で当該株式について議決権を行使している場合や、会社が公開会社である場合は、この特則の対象外となり、通常どおりの手続きになります(会社法162条ただし書)。事案が「相続による取得」に当たるかどうかの見極めが最初のポイントになります。財源規制(分配可能額の上限、会社法461条)自体は、この特則によっても除外されない点に注意が必要です。
分配可能額を超えたときの「取得そのものの効力」には議論がある
分配可能額を超えて自己株式を取得した場合に、業務執行者等が会社に対して金銭を支払う責任を負う点(会社法462条)は、条文にはっきりと定めがあります。一方で、取得行為そのものが有効なのか無効なのかについては、条文の読み方をめぐって専門家の間で考え方が分かれており、この点を正面から判断した判例も見当たりません。実務では、こうした不確実性を抱え込まないために、取得の前に分配可能額を必ず確認し、上限の範囲内で実行することが基本になります。
取得後に「消却」する場合は別の手続きが必要
取得した自己株式をそのまま保有し続けるか、消却して発行済株式総数を減らすかは別の意思決定です。消却するには、消却する株式の数を取締役会設置会社では取締役会、非設置会社では取締役が定める必要があります(会社法178条)。発行済株式総数が減少するのは消却したときであり、その効力発生日から2週間以内に変更登記が必要です。消却を複数回に分ければその都度、他の登記事項の変更とまとめれば一度の申請で足りるケースもあり、事案ごとにスケジュールの整理が要ります。
変更登記の添付書類は消却の決定機関によって変わる
発行済株式総数の変更登記における添付書類は、消却の決定機関(取締役会設置会社か非設置会社か)によって組み合わせが異なります。取締役会設置会社では消却を決定した取締役会議事録、非設置会社では取締役の決定を証する書面が中心になります。消却の決定には株主総会の決議を要しないため、商業登記規則61条3項の株主リストは原則として不要です(取得の段階で株主総会決議を経ている場合でも、その決議自体は消却の登記の直接の添付書類にはなりません)。消却と同時に他の登記事項(役員変更等)を申請する場合は、登録免許税の区分が合算されるかどうかも事前に確認しておくと手戻りが少なくなります(未確定:登録免許税の具体的な区分・金額)。