「取締役の任期? 最初に決めたきりで、正直あまり意識していません」──中小企業の経営の現場では、こうした声がよく聞かれます。
ところがある日突然、裁判所から白い封筒が届きます。中身は「過料決定」の通知。金額は数万円から数十万円。理由は「役員変更登記を期限内にしなかったこと」。
「役員、何も変えていないのに、なぜ?」と驚かれることが多いのですが、これが今回のテーマです。
なぜ「何もしていない」のに過料が来るのか
会社の取締役には任期があります。たとえ同じ人が続けて取締役を務める場合でも、任期が満了すれば一度退任となり、再び選任する必要があります。そして、再び選ばれて新たな任期がスタートしたこと(重任といいます)も、登記簿に反映しなければなりません。
つまり、社内的には「ずっと同じ社長」でも、登記の世界では「2年(または10年)ごとに、いったん退任して再び就任した」という記録が必要なのです。
この重任登記を期限内に行わなかった場合、会社法は会社の代表者に対して100万円以下の過料を科すと定めています(会社法976条1号)。実際に通知される金額は、懈怠していた期間や事情で変わりますが、数万円〜数十万円が珍しくありません。
取締役の任期は原則「2年」、ただし非公開会社は「10年まで」延ばせる
取締役の任期は、会社法332条1項で原則2年と定められています。正確には「選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」です(少し長い表現ですが、ざっくり「就任から2年経った後の定時株主総会の日まで」と考えていただければ大丈夫です)。
ただし、株式に譲渡制限がある会社(いわゆる非公開会社。中小企業の大半がこちらです)は、定款で定めれば任期を最長10年まで延長できます(会社法332条2項)。
監査役は原則4年、こちらも非公開会社なら最長10年まで延長可能です(会社法336条1項・2項)。
「任期10年」にしておけば安心、ではない
「2年ごとに登記するのは面倒だから、定款で10年にしておけば良い」──設立時にそうアドバイスを受けて、深く考えずに任期10年で定款を作る会社は多いです。
確かに10年に延ばせば、登記の回数は減ります。ただし、次のような落とし穴があります。
1. 10年経つと、まず忘れている
設立時に40代だった社長が、50代の終わりに突然「任期満了」の現実に直面する。「そういえばそんな話だったかも」と思い出すころには、もう2週間の登記期間を過ぎています。
2. 株主構成が変わったときに、思わぬ場面で「任期切り」が起きる
非公開会社で任期10年が認められるのは、株式に譲渡制限がついているからです。ところが、何らかの事情で株式譲渡制限の定めを廃止して公開会社になった場合、その時点で在任中の取締役の任期は満了します(会社法332条7項3号)。 「ただ譲渡制限を外しただけ」のつもりでも、役員全員が退任扱いになるため、選任のやり直しと登記が必要になります。
3. 会計監査人の設置・廃止などでも任期に影響することがある
機関設計の変更で任期に影響が出るケースは他にもあります。「定款を直すだけ」と思っていた変更が、実は役員の任期にも波及していた、ということが起こります。
登記の期限は「変更があってから2週間」
役員変更があった場合、本店所在地での登記は変更日から2週間以内に申請しなければなりません(会社法915条1項)。
ここで言う「変更日」は、
- 任期満了による退任 → 任期が満了した定時株主総会の日
- 重任 → 同じ総会で再び選任された日
- 辞任 → 辞任届が会社に到達した日
- 死亡 → 死亡日
などです。
「2週間」は意外と短く、議事録の作成・就任承諾書の取り付け・押印・登記申請書の作成を踏まえると、定時株主総会が終わったらその週のうちには動き出すくらいの感覚が必要です。
過料は「会社」ではなく「代表者個人」に来る
ここが多くの経営者が驚かれるポイントです。過料は会社ではなく、代表取締役(つまり社長個人)に対して科されます。
裁判所から「○○殿」と個人宛てに通知が届き、個人の財産から支払うことになります。会社の経費としては落とせません。
「経営者の個人責任」という形で残ってしまうので、相続税の話と同じくらい、知っておく価値があります。
実務でやっておくべきこと
(1) 自社の取締役・監査役の任期を、いま確認する
定款を開いてください。「取締役の任期は……」という条項があるはずです。2年か、10年か、それ以外か。 そして登記簿(履歴事項全部証明書)を取って、現在の役員の就任日を確認します。
条文の文言上、任期は「年数」ではなく「事業年度」を基準に計算する点に注意してください。簡略化していえば、就任後、定款で定めた任期年数(2年または10年など)以内に終了する事業年度のうち最後の事業年度に関する定時株主総会の終結時が任期満了です。詳しくは記事末尾の深掘りセクションで触れます。
(2) 任期管理表を作る
役員ごとに、「就任日」「任期満了予定日」「次回の改選定時総会」を一覧にしておきます。エクセル1枚で十分です。
(3) 株主総会の議事録と就任承諾書をきちんと残す
役員変更登記の添付書類として、選任議決のあった株主総会議事録と、新任・重任役員の就任承諾書が必要です。「議事録を作ったかどうかも怪しい」という状態だと、後で過料以前に「登記そのものができない」状態になります。
(4) 機関設計や定款の変更を検討するときは、役員任期への影響を必ず確認する
譲渡制限の見直し、監査役の設置・廃止、会計監査人の導入など、機関設計の変更は任期にも影響することがあります。
「もう何年も登記していない」場合の対処
「数年前に役員が変わったまま、登記していない……」「任期はとっくに過ぎているが、何もしていない……」というケースは少なくありません。
この場合でも、今からでも登記はできます。むしろ、放置すればするほど過料の額が膨らむ傾向があるので、気づいた時点で動くのが結果的にダメージを小さくします。
過去にさかのぼって、株主総会議事録などの書類を整え、まとめて登記を申請する流れになります。具体的な進め方は、お近くの司法書士にご相談ください。
【さらに深掘り】任期管理と役員変更登記の実務的な詰め所
ご注意 以下は執筆時点(2026年5月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。
取締役会設置会社と非設置会社で、議事録要件と添付書類が変わる
役員変更登記は「取締役会設置会社か、それとも取締役会非設置会社か」で、必要な議事録と添付書類が大きく異なります。中小企業では取締役会非設置会社(取締役1〜2名のみの会社)が増えており、設立時の設計のまま忘れているケースも多いため、まず自社がどちらかを確認します。
| 取締役会設置会社 | 取締役会非設置会社 | |
|---|---|---|
| 取締役の選任 | 株主総会の普通決議(会社法329条1項) | 株主総会の普通決議(同左) |
| 代表取締役の選定 | 取締役会の決議(会社法362条2項3号)→ 取締役会議事録が必要 | 定款・株主総会決議・取締役の互選等で選定(会社法349条3項)→ 選定の根拠書類が必要 |
| 議事録への押印 | 出席取締役・出席監査役が押印(会社法369条3項、商業登記規則61条6項) | 株主総会議事録は議長・出席取締役の押印(実印・認印の区別あり) |
取締役会設置会社で代表取締役を選定する取締役会では、出席取締役・監査役が個人実印で押印し印鑑証明書を添付するのが原則です(商業登記規則61条6項)。ただし、変更前の代表取締役が出席して届出印(会社実印)で押印している場合は、他の出席者の印鑑証明書を省略できる扱いがあります(同条同項ただし書)。
重任登記の議事録例(取締役会非設置会社の場合)
役員が「任期満了後にそのまま続投」する場合の株主総会議事録には、次の3点が必須です。
- 任期満了による退任の事実(議事録上、明示が望ましい)
- 改めて選任する旨の決議
- 被選任者の就任承諾の意思表示
実務では次のように記載します。
議長より、本日の定時株主総会終結の時をもって、取締役○○の任期が満了する旨が告げられた。続いて議長は、引き続き同氏を取締役に選任したい旨を諮ったところ、満場異議なくこれを承認可決した。被選任者は、即時その就任を承諾した。
「即時その就任を承諾した」と議事録に記載されていれば、就任承諾書の代わりに議事録の援用が可能とされています(登記実務上の取扱い)。ただし、株主総会議事録に印鑑証明書の添付が必要なケース(後述)では、議事録援用ができても結局印鑑証明書が必要になるため、実務上は就任承諾書を別途取り付けておく方が安全です。
就任承諾書と印鑑証明書の要否
新任の取締役の就任承諾書には、原則として就任承諾者の個人実印で押印し、印鑑証明書を添付します(商業登記規則61条4項本文・5項)。これは取締役会非設置会社の取締役全員、取締役会設置会社の代表取締役に共通するルールです。
ただし、重任(同じ人が任期満了後に続投する場合)については、就任承諾書への印鑑証明書の添付は不要です(商業登記規則61条4項本文の「再任を除く。」の括弧書き。取締役会設置会社の代表取締役についても同条5項を通じて同様の扱い)。ここを誤って「全員に印鑑証明書が必要」と思い込んで本人確認書類の準備に手間取り、2週間の登記期間を過ぎてしまう、というのが懈怠の典型パターンです。
加えて、令和元年改正で導入された本人確認証明書(住民票記載事項証明書・運転免許証コピー等)の添付要件も、新任取締役・新任監査役には適用されます(商業登記規則61条7項)。重任には不要です。
任期計算の落とし穴──「事業年度」基準であることを忘れない
取締役の任期は「年数」ではなく「事業年度」を基準に計算します。会社法332条1項の文言は「選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」です。
たとえば3月決算の会社で、2024年5月の定時総会で選任された取締役の任期は、
- 「選任後2年以内に終了する事業年度」=2024年度(〜2025年3月)と2025年度(〜2026年3月)
- そのうち「最終のもの」=2025年度
- それに関する定時総会=2026年5〜6月頃に開催される総会
つまり2026年の定時総会終結時が任期満了となります。
ここで注意したいのは、設立第1期が「短い事業年度」のケースです。たとえば設立が2024年12月で決算が3月の場合、第1期は2024年12月〜2025年3月のわずか数ヶ月。第1期の長短にかかわらず「2年以内に終了する事業年度」のカウントは進むため、任期満了が予想より早く来ることがあります。
定款で任期10年と定めている会社も同じ仕組みで、「選任後10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時総会の終結時」が任期満了となります。
機関設計の変更で任期が満了する主なパターン
定款変更や機関設計の変更によって、在任中の役員の任期が法律上当然に満了する場面があります。会社法332条7項・336条4項に列挙されています。
| 変更内容 | 任期が満了する役員 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 監査等委員会設置会社への移行 | 全取締役 | 会社法332条7項1号 |
| 指名委員会等設置会社への移行 | 全取締役 | 会社法332条7項2号 |
| 株式譲渡制限の定めの廃止(公開会社化) | 全取締役・全監査役 | 会社法332条7項3号、336条4項4号 |
| 監査役の監査範囲を会計に限定する旨の定款の定めの廃止 | 全監査役 | 会社法336条4項3号 |
| 監査役設置会社の定めの廃止 | 全監査役 | 会社法336条4項1号 |
| (関連)会計監査人設置会社化に伴い、監査範囲を会計に限定する旨の定款の定めが廃止された場合 | 全監査役 | 会社法336条4項3号 |
「定款変更だけのつもり」が「定款変更+全役員退任+全役員選任+登記」に膨らむケースは少なくありません。定款変更の議案を準備する段階で、任期への波及を必ず確認しておきます。
過料の運用──金額・通知・不服申立て
過料は、登記の懈怠を裁判所が把握した時点で、**会社の代表者(個人)**に対して科されます(会社法976条1号)。具体的な金額は「100万円以下」の範囲で裁判所が決定し、懈怠期間・回数・事情により変動します。
実務上の流れは、概ね次のようになります。
- 法務局が登記簿の状況から懈怠を把握、または役員変更登記の申請時に懈怠が明らかになる
- 法務局から本店所在地を管轄する地方裁判所に通知(非訟事件手続法119条参照)
- 裁判所が過料の額を決定し、代表者個人宛てに「過料決定」を告知
- 異議がある場合は、決定の告知を受けた日から1週間以内に異議の申立てが可能(非訟事件手続法122条2項。商業登記関連の過料事件は、当事者の審問なしで決定が出る同条1項の略式手続で処理されるのが通常)
適法な異議の申立てがあれば、裁判所は当事者の陳述を聴いた上で、改めて過料についての裁判をすることになります(同条3項)。実務上は、登記懈怠の事実自体が争えない場合が多く、異議の申立てで金額が大きく動くことは稀です。
任期管理表の最低限の項目
エクセル1枚で良いので、次の項目を整理しておきます。
| 役員氏名 | 役職 | 直近の就任日 | 任期年数(定款上) | 任期満了予定の事業年度 | 改選定時総会の開催予定月 |
|---|---|---|---|---|---|
| ○○ ○○ | 取締役 | 2024年5月25日 | 10年 | 2034年3月期 | 2034年5〜6月 |
ここに「議事録の保管場所」と「就任承諾書の保管場所」を一行加えておくと、いざ登記する段階で書類を探し回らずに済みます。
補欠役員と権利義務承継──「とりあえず1人退任」が穴になる
中小企業で取締役が複数いる会社で、1人が任期満了または辞任で退任して定款の最低員数を割る場合、その退任者は後任者が就任するまで取締役の権利義務を承継します(会社法346条1項)。退任の登記が単独でできないだけでなく、後任の選任を急ぐ必要があります。なお、死亡・解任・破産手続開始決定・後見開始の審判等による退任は、この権利義務承継の対象外とされており(同条同項の文言から、通説的な整理)、別途仮取締役の選任(同条2項)等の対応が必要となります。
逆に、株主総会の決議で「補欠の取締役」を予め選任しておけば(会社法329条3項)、退任が発生した時点で補欠者を取締役として迎えやすくなります。ただし、補欠選任決議の効力は、原則として次の定時株主総会の開始の時までしか持続しません(会社法施行規則96条3項本文)。定款で別段の定めを置けば期間を延長できますが、この定款規定がない会社では、毎年の定時総会で補欠者を選び直さないと、いざという時に補欠規定が機能しなくなります。
任期と役員変更登記の管理は、地味ですが経営者個人の財布から過料が出ていくだけのインパクトがあります。設立から数年経って一度も登記簿を確認していない会社は、まず履歴事項全部証明書と定款の確認から始めるのが第一歩です。