「新しく取締役を1人増やすことになった」「家族や役員候補を取締役に迎えたい」——会社を続けていると、こうした場面は意外とよく訪れます。
取締役を新しく選んだら、選任から2週間以内に法務局へ「役員変更の登記」を申請するのが会社法のルールです(会社法915条1項)。このとき多くの方が戸惑うのが、**「結局どの書類を付ければいいの?」**という点です。
- 就任承諾書(しゅうにんしょうだくしょ)
- 本人確認証明書(ほんにんかくにんしょうめいしょ)
- 印鑑証明書(いんかんしょうめいしょ)
名前が似ていて、どれをだれの分だけ用意すればよいのか分かりにくく、付け忘れて法務局から補正(ほせい=書類の追完や訂正の連絡)を求められるケースが少なくありません。
この記事では、取締役を新しく選んだときに必要になる3つの書類の違いと、どんな会社・どんな場面でどれが要るのかを、できるだけかみくだいて整理します。
まず大前提──取締役を「選ぶ」のは株主総会
取締役は、原則として株主総会の決議で選びます(会社法329条1項)。この決議は普通決議ですが、役員を選ぶ決議には特別なルールがあり、定款で定足数(ていそくすう=決議に必要な出席株式の割合)を引き下げる場合でも、議決権の3分の1未満にはできません(会社法341条)。
中小企業では「社長=ほぼ全株主」というケースも多く、形式的に株主総会議事録を作って決議する形になります。実態が一人でも、手続きとしては株主総会の決議と議事録が必要だという点は押さえておきましょう。
そして、株主総会で取締役を選任する登記を申請するときは、株主リスト(議決権数の多い上位株主などを一覧にした書面)も添付します(商業登記規則61条3項)。
3つの書類は「役割」がまったく違う
似たような名前の3つの書類ですが、果たしている役割はそれぞれ別物です。
① 就任承諾書──「その役職、引き受けます」という本人の意思
就任承諾書は、選ばれた本人が「取締役への就任を承諾します」と表明する書面です。株主総会が「あなたを取締役に選びました」と決めても、本人が「引き受けます」と承諾しなければ、その人は取締役にはなりません。
つまり就任承諾書は、選任(会社側の意思)と就任承諾(本人側の意思)が合わさって初めて取締役になることを、登記の場面で示す書類です。新しく取締役になる人については、原則として必ず必要になります。
② 本人確認証明書──「その人が実在することの確認」
本人確認証明書は、就任する人が実在し、就任承諾書に書かれた氏名・住所の人物であることを確認するための書面です。架空の人物を役員として登記する不正などを防ぐために、平成27年(2015年)から導入されました(商業登記規則61条7項)。
具体的には、次のような書面のいずれかを添付します。
- 住民票の写し(住民票記載事項証明書)
- 戸籍の附票(こせきのふひょう)
- 運転免許証やマイナンバーカードなどのコピー(本人が「原本と相違ない」旨を記載し、記名したもの)
ポイントは2つあります。1つは、本人確認証明書が必要なのは「新しく就任する人」だけで、もともと取締役で、任期満了に伴いそのまま選び直された「再任(重任)」の人には不要だという点。もう1つは、次に説明する印鑑証明書をその人の分として添付する場合は、本人確認証明書を重ねて付ける必要はないという点です。本人確認証明書と印鑑証明書は、いわば「どちらか一方」の関係にあります(印鑑証明書のほうがより確実な確認とされているためです)。
③ 印鑑証明書──「実印で押したことの証明」
印鑑証明書は、就任承諾書などに押された印が、市区町村に登録した実印(じついん)であることを証明する書面です。市区町村役場で取得します。
印鑑証明書は、本人確認証明書よりも一段重い確認で、だれの分が必要になるかは「会社の機関設計」によって変わります。ここが3つの中で最もつまずきやすいところです。
「だれの印鑑証明書が要るか」は会社のタイプで変わる
印鑑証明書をだれの分まで付けるかは、その会社が取締役会を置いているかどうかで分かれます。
取締役会を置いていない会社(取締役会非設置会社)
取締役会を置いていない会社では、就任する取締役全員について、就任承諾書に押した印鑑の印鑑証明書を添付します(商業登記規則61条4項)。取締役会がない会社では取締役一人ひとりの責任が重く、登記の場面でも一人ひとりの実印確認が求められる、とイメージするとよいでしょう。
取締役会を置いている会社(取締役会設置会社)
取締役会を置いている会社では、取締役の選任については原則として実印・印鑑証明書までは求められません。一方で、代表取締役を新しく選んだときは、その代表取締役の就任承諾書に押した印鑑の印鑑証明書を添付します(商業登記規則61条4項・5項)。
つまり、
- 取締役会あり:代表取締役の印鑑証明書が中心
- 取締役会なし:就任する取締役全員の印鑑証明書
という違いになります。
再任(重任)のときは印鑑証明書も原則不要
ここでも、再任(重任)の場合は印鑑証明書の添付が原則不要になります。本人確認証明書と同様、「新しく入る人」と「引き続き務める人」では扱いが変わる、という整理を覚えておくと混乱しにくくなります。
ざっくり早見表
新しく取締役(や代表取締役)を選んだときに、だれにどの書類が必要かを大まかにまとめると、次のようになります(個別の事情で例外もあります)。
| 場面 | 就任承諾書 | 本人確認証明書 | 印鑑証明書 |
|---|---|---|---|
| 取締役会なし・新任の取締役 | 必要 | 不要※ | 必要(就任承諾書の押印分) |
| 取締役会あり・新任の取締役(代表でない) | 必要 | 必要 | 原則不要 |
| 取締役会あり・新任の代表取締役 | 必要 | 不要※ | 必要(就任承諾書の押印分) |
| 新任の監査役 | 必要 | 必要 | 原則不要 |
| 任期満了で同じ人が再任(重任) | 必要 | 不要 | 原則不要 |
※印鑑証明書をその人の分として添付するため、本人確認証明書は重ねて必要ありません(どちらか一方で足ります)。なお、代表取締役を選んだ取締役会の議事録などに押した印鑑について、これとは別に印鑑証明書が必要になる場合があります(後半でくわしく説明します)。
登記を忘れると「過料」のおそれ
取締役を選んだのに登記をしないまま放置すると、2週間という期限(会社法915条1項)を過ぎたことで、過料(かりょう=行政上の金銭的なペナルティ)の対象になることがあります(会社法976条1号)。「身内だけの会社だから」と後回しにしがちですが、登記簿は誰でも取得できる公的な記録です。早めに手続きしておきましょう。
なお、役員変更登記の登録免許税(とうろくめんきょぜい=登記の際に納める税金)は、資本金の額が1億円以下の会社で1万円、1億円を超える会社で3万円が目安です(後述の深掘りも参照)。
まとめ
- 取締役を新しく選んだら、選任から2週間以内に役員変更の登記を申請する(会社法915条1項)。
- 必要な書類は役割が異なる3点:就任承諾書(就任の意思)/本人確認証明書(実在の確認)/印鑑証明書(実印の証明)。
- 本人確認証明書は「新任の人」だけ、再任(重任)の人には不要。
- 印鑑証明書がだれの分まで要るかは、取締役会の有無で変わる(非設置は就任取締役全員、設置は代表取締役)。
- 書類の付け忘れは補正の原因になりやすい。手続きの段取りや書類の準備に不安があれば、お近くの司法書士にご相談ください。
【さらに深掘り】役員就任登記の添付書類をめぐる実務の勘どころ
ご注意 以下は執筆時点(2026年6月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。
本人確認証明書(商業登記規則61条7項)の射程
本人確認証明書の添付が求められるのは、設立の登記、または取締役・監査役・執行役の就任(再任を除く)による変更の登記を申請する場合で、登記すべき者の氏名・住所と同一の記載がある書面を添付する、という枠組みです(商業登記規則61条7項)。ここでいう「住所」が登記事項とならない取締役(取締役会設置会社の代表でない取締役は氏名のみが登記事項)についても、本人確認証明書には住所の記載が求められる点に注意が必要です。
ただし、就任承諾書に押した印について市区町村長作成の印鑑証明書を添付する場合は、本人確認証明書の添付を要しません(商業登記規則61条7項ただし書の趣旨)。印鑑証明書のほうがより確実な本人確認となるため、両方は重ねて求めない、という整理です。したがって取締役会非設置会社で就任取締役の印鑑証明書を添付する場面では、その取締役について本人確認証明書は不要になります。
印鑑証明書(商業登記規則61条4項〜6項)の使い分け
印鑑証明書の根拠は会社の機関設計ごとに条文が分かれており、しかも「就任承諾書に押した印」と「代表取締役を選んだ書面に押した印」とで条文上の根拠が異なります。ここを混同しないことが実務上の勘どころです。
(1) 就任承諾書に押した印の印鑑証明書
- 取締役会非設置会社の取締役:取締役の就任(再任を除く)による変更登記では、就任を承諾したことを証する書面に押した印鑑につき市町村長作成の印鑑証明書を添付します(商業登記規則61条4項)。
- 取締役会設置会社の代表取締役:この4項が、同条5項の読替規定によって、取締役会設置会社では「代表取締役・代表執行役」について適用されます。したがって、代表取締役の就任承諾書に押した印の印鑑証明書の正確な根拠は「61条4項(5項で読み替えて適用)」です。5項は独立の添付規定ではなく、4項を取締役会設置会社向けに読み替えるための規定である点に注意が必要です。
(2) 代表取締役を選んだ書面に押した印の印鑑証明書
(1)とは別に、代表取締役を選定した手続書面に押した印鑑についても印鑑証明書が問題になります(商業登記規則61条6項)。同項は代表取締役・代表執行役の就任による変更登記について、選定方法ごとに次の3区分で添付書面を定めています。
- 株主総会で定めた場合 → 議長および出席取締役が議事録に押した印鑑
- 取締役の互選で定めた場合 → 互選を証する書面に押した印鑑
- 取締役会の決議で定めた場合 → 出席取締役および監査役が取締役会議事録に押した印鑑
ただし、その印鑑が変更前の代表取締役(取締役を兼ねる者に限る)が登記所に届け出ている印鑑と同一であるときは、印鑑証明書の添付を省略できます(同項ただし書)。
このように、代表取締役の交代を伴う登記では、就任承諾書側(61条4項・5項)と選定書面側(61条6項)の双方について印鑑証明書の要否を切り分けて確認します。会社の状況によって添付書類が増減するため、議事録や就任承諾書の押印方法は、登記を見据えて事前に決めておくのが安全です。
「再任(重任)」の判定が分かれ目になる
本人確認証明書も印鑑証明書も、キーワードは**「再任を除く」**です。任期満了と同時に同じ人が選び直されるいわゆる「重任(ちょうにん)」であれば、これらの添付は原則として不要になります。一方、いったん任期が切れて期間が空いてから再び就任する場合や、退任後にあらためて就任する場合は「新任」と扱われ、添付書類が必要になることがあります。「ずっと役員をやってきた人だから」という感覚と、登記手続上の「再任」の判定は必ずしも一致しないため、就任の経緯を正確に確認することが実務上重要です。
登録免許税は「区分」で考える
役員変更の登録免許税は、登録免許税法別表第一の24号(1)カにより、資本金の額が1億円以下の会社は1件1万円、1億円を超える会社は1件3万円です。同じ申請のなかで本店移転や目的変更など別区分の登記も一緒に行う場合は、区分ごとに税額を合算して納めることになります(登録免許税法18条の趣旨)。複数の変更をまとめて申請するときは、税額の計算区分にも目を配る必要があります。
役員の「もめ事」と「税務」は専門家の領域
役員の選任・解任をめぐって株主間で対立があるケースや、解任の効力が争われるケースは、法的な紛争として弁護士の領域になります。また、役員報酬の損金算入の可否や、役員への退職金の税務上の取扱いといった税務の判断は税理士の領域です。登記手続そのものと、その前提にある紛争・税務は切り分けて、それぞれの専門家に相談するのが安全です。登記に関する書類の準備や段取りについては、お近くの司法書士にご相談ください。