「父が亡くなったが、相続人の一人である弟が何十年も音信不通で、どこにいるかわからない」——このようなとき、行方不明の相続人を外して勝手に遺産分割を進めることはできません。とれる道は大きく2つで、生存はしていそうだが連絡がつかない場合は「不在者財産管理人」、**生死が長い間まったくわからない場合は「失踪宣告」**を、家庭裁判所への申立てによって使い分けます。
この記事の要点を先にまとめます。
- 遺産分割は相続人全員でしなければ無効。行方不明者を除いた協議はできない
- まずは戸籍の附票で住所をたどり、探すことから始める
- 探しても見つからないときは、不在者財産管理人(民法25条)か失踪宣告(民法30条)を検討する
- どちらの制度を使えるか・認められるかを最終的に判断するのは家庭裁判所です
- 失踪宣告は「死亡したものとみなす」という重い効果を持つため、安易に選ぶものではない
1. 「行方不明だから外す」はできない
遺産分割協議(だれが何を相続するかの話し合い)は、法定相続人全員が参加して初めて成立します。一人でも欠けた協議は無効です。
「連絡がつかないのだから、その人抜きで決めてしまおう」と考えたくなりますが、それはできません。行方不明の相続人にも法律上の相続分があり、その人の関与なしに不動産の名義を変えたり預貯金を分けたりすることは認められないのです。
かといって、放置すれば不動産の名義は亡くなった方のままになり、時間の経過とともに新たな相続(数次相続)が重なって、関係者がさらに増えていきます。行方不明の相続人がいる相続こそ、早めに手を打つことが大切です。
数次相続で問題がこじれていく仕組みは、数次相続(すうじそうぞく)の落とし穴 で詳しく解説しています。
2. まずやるべきは「探す」——戸籍の附票をたどる
「行方不明」といっても、多くのケースは住民票上の住所をたどれば見つかるものです。いきなり裁判所の手続きに進む前に、まず居場所の調査を尽くします。
手がかりになるのが戸籍の附票です。戸籍の附票には、その戸籍に入っている間の住所の移り変わりが記録されています。相続人であれば、自分が相続人であることを示して、行方のわからない相続人の附票を取り寄せることができます(専門職に依頼する場合は戸籍法10条の2の職務上請求というルートを使います)。
附票で現在の住民票上の住所がわかったら、まずは普通郵便で丁寧に連絡してみるのが一般的です。戸籍を集める段階でつまずいている場合は、戸籍の収集が大変で、途中で止まっている人へ もあわせてご覧ください。
問題は、附票をたどっても現在地がわからない・郵便を出しても届かない・届いても一切反応がないという場合です。ここで初めて、家庭裁判所の制度を検討します。
3. 2つの制度の使い分け
行方不明の相続人がいるときに使う制度は、**その人が「生きているらしいか」「生死すらわからないか」**で分かれます。
| 状況 | 使う制度 | ざっくりした考え方 |
|---|---|---|
| 生存はしていそうだが、居場所がわからず連絡がつかない | 不在者財産管理人(民法25条) | 本人の「代理人」を家裁が選び、その人と遺産分割を進める |
| 生死が7年以上まったくわからない | 失踪宣告(民法30条1項) | 法律上「亡くなった」ものとみなし、その人を相続関係から整理する |
言いかえると、不在者財産管理人は「本人はいる前提で、代わりの人を立てる」制度、失踪宣告は「もう亡くなったものとして扱う」制度です。効果の重さがまったく違うため、どちらを選ぶかは慎重に検討します。
なお、どちらの申立てをしても、選任するか・宣告するかを判断するのは家庭裁判所です。「申し立てれば必ず認められる」というものではありません。
4. 不在者財産管理人のしくみ
4-1 どんな制度か
不在者財産管理人とは、行方がわからず自分で財産を管理できない人(不在者)のために、家庭裁判所がその財産を管理する人を選ぶ制度です(民法25条1項)。申立てができるのは利害関係人(他の相続人など)や検察官です。
選ばれた管理人が、行方不明の相続人の代わりに遺産分割協議に加わることで、協議を成立させることができます。
4-2 遺産分割には「権限外行為許可」が必要
ここで注意したいのが、管理人の権限の範囲です。不在者財産管理人がもともと持っている権限は、財産の保存・管理が中心です(民法103条)。遺産分割協議に加わって不在者の相続分の扱いを確定させることは、通常この範囲を超える行為と扱われます。
そのため、管理人が遺産分割協議に加わるには、あらかじめ**家庭裁判所の許可(権限外行為許可)**を得る必要があります(民法28条)。そして、その協議内容は、不在者に法定相続分相当の財産を確保するものであることが原則として求められます。「行方不明の人の取り分をゼロにして、残りの相続人で分ける」といった内容は、通常は認められません。
4-3 管理はいつまで続くか
不在者財産管理人による管理は、本人が現れる、失踪宣告がされる、財産がなくなるなどの事情が生じるまで続きます。遺産分割が終われば役目が終わる、というものではなく、その後も不在者の財産を管理し続ける点は理解しておく必要があります。
5. 失踪宣告のしくみ
5-1 「死亡したものとみなす」制度
失踪宣告は、生死が長期間わからない人を、法律上「亡くなったもの」として扱う制度です。これにより、その人をめぐる相続や身分関係を整理できます。
- 普通失踪:生死が7年間明らかでないとき(民法30条1項)
- 特別失踪(危難失踪):戦争・船の沈没・その他の危難に遭い、その危難が去った後1年間生死が明らかでないとき(民法30条2項)
5-2 「いつ亡くなったとみなされるか」が重要
失踪宣告の効果は、単に「亡くなったことにする」だけではありません。いつの時点で亡くなったとみなすかが決まっており、これが相続関係を大きく左右します(民法31条)。
- 普通失踪 → 7年の期間が満了した時に死亡したものとみなす
- 特別失踪 → 危難が去った時に死亡したものとみなす
たとえば、行方不明だった相続人が「亡くなったとみなされる時点」が、実際の被相続人の死亡より後であれば、その相続人はいったん相続していたことになり、今度はその人自身の相続人(配偶者や子)が関わってくることになります。逆に被相続人の死亡より前とみなされれば、代襲相続などの別の整理になります。失踪宣告は、相続人を一人減らして終わり、という単純な話ではないのです。
5-3 あとで本人が見つかったら(取消し)
失踪宣告を受けた後に本人が生きていたことがわかった場合などは、家庭裁判所への請求により失踪宣告が取り消されます(民法32条)。ただし、宣告を信じて善意でした行為の効力は原則として保護され、失踪宣告によって財産を得た人は、現に利益が残っている範囲で返還すれば足りるとされています。とはいえ、取消しをめぐって関係が複雑になることもあり、失踪宣告は効果が重い制度であることを改めて意識しておく必要があります。
6. 手続きの流れ・費用・期間の目安
どちらの制度も、行方不明者の従来の住所地などを管轄する家庭裁判所への申立てから始まります。
大まかな流れは次のとおりです。
- 戸籍・附票などで相続人と行方不明者の状況を確定する
- 申立書と必要書類(戸籍一式、不在・生死不明の事情を示す資料など)を家庭裁判所に提出する
- 家庭裁判所の調査・審理を経る(失踪宣告では、一定期間、官報などで届出を促す公示の手続きが入ります)
- 不在者財産管理人の選任、または失踪宣告の審判が出る
期間の目安として、不在者財産管理人の選任は数か月、失踪宣告は公示の期間があるためおおむね1年程度かかるのが通例です。申立てには収入印紙・郵便切手のほか、事案によっては予納金(管理人の報酬などに充てる費用)が必要になることもあります。
これらの家庭裁判所へ提出する書類の作成は、司法書士がお手伝いできる業務です(司法書士法3条1項4号)。ただし、司法書士が不在者財産管理人そのものに就任してお手伝いするわけではありません。また、相続人どうしで分け方をめぐって対立がある場合は、交渉や代理が必要になり司法書士の書類作成の範囲を超えますので、その際はお近くの弁護士にご相談ください。
7. まずやるべきこと(チェックリスト)
行方不明の相続人がいて手が止まっている、というときの初動を整理します。
- 被相続人の出生〜死亡までの戸籍を集め、相続人を確定する
- 行方不明の相続人の戸籍の附票を取り、現在の住所をたどる
- 判明した住所へ、まずは普通郵便で丁寧に連絡してみる
- 附票をたどっても見つからない・連絡がつかない場合は、不在者財産管理人か失踪宣告かを検討する
- 生存はしていそうなら不在者財産管理人、生死が7年以上不明なら失踪宣告が目安
- どちらを選ぶか・認められるかは家庭裁判所の判断であることを踏まえる
- 相続人どうしに争いがある場合は弁護士へ
行方不明者がいる相続は、戸籍調査・家庭裁判所の手続き・その後の登記までが一続きになり、進め方の設計が要になります。手続きの見通しを立てたいときは、お近くの司法書士(争いがある場合は弁護士)にご相談ください。
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【さらに深掘り】不在者財産管理人・失踪宣告と登記・税務の交錯
ご注意 以下は執筆時点(2026年7月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士(税務は税理士)にご相談ください。
1. 不在者財産管理人が関与した遺産分割の登記
不在者財産管理人が権限外行為許可を得て遺産分割協議に参加し、協議が成立した場合、その内容に基づいて相続登記を申請します。登記の添付情報としては、遺産分割協議書のほか、**家庭裁判所の権限外行為許可を証する書面(審判書等)**や管理人の選任を証する情報が必要になります。協議書には管理人が不在者に代わって記名押印し、管理人の印鑑証明書を添えるのが実務上の取扱いです。許可の内容(分割方法)と実際の協議内容が食い違うと登記が通らないため、許可を得た内容どおりに協議を成立させる設計が肝要です。
2. 失踪宣告と「みなし死亡時点」——数次相続・代襲相続の分岐
失踪宣告の登記実務上の最大の論点は、みなし死亡時点が被相続人の死亡の前か後かです。
- みなし死亡が被相続人の死亡より後 → 行方不明だった相続人はいったん相続分を取得しており、その後死亡した扱い。その人の相続人を交えた数次相続として登記を組み立てる
- みなし死亡が被相続人の死亡より前 → その相続人は被相続人の相続人にならず、その人に子がいれば代襲相続の問題として整理する
普通失踪では「7年の期間満了時」に死亡とみなされる(民法31条)ため、失踪期間の起算点の認定次第でみなし死亡時点が動き、相続関係が変わります。戸籍の記載(失踪宣告による死亡の記録)と申立て時の主張を突き合わせ、相続関係説明図を正確に描くことが登記の前提になります。数次相続がからむ場合の考え方は 数次相続(すうじそうぞく)の落とし穴 も参考になります。
3. 不在者財産管理人と特別代理人・成年後見人の混同に注意
「行方不明」「判断能力がない」「未成年」はいずれも遺産分割で本人に代わる人を立てる場面ですが、制度は別物です。
- 行方不明 → 不在者財産管理人(民法25条)
- 判断能力が不十分 → 成年後見人等(本人と後見人が同じ相続では特別代理人・成年後見監督人の関与)
- 未成年で親と利益が対立 → 特別代理人(民法826条)
どの制度を使うべきかを取り違えると、選任申立てからやり直しになります。判断能力に不安がある相続人がいるケースは 相続人の中に認知症の方がいる──遺産分割は進められる? を、未成年者がからむケースは別記事を参照してください。
4. 税務の観点——失踪宣告による「みなし死亡」と相続税
失踪宣告は「死亡したものとみなす」効果を持つため、その人自身について相続が開始したものとして扱われ、相続税の対象になり得ます。相続税の申告期限は、原則として相続の開始(この場合は失踪宣告に関する事実)を知った日の翌日から10か月以内とされており、みなし死亡時点と現実の宣告時点がずれるため、いつを起点に何を申告するかが実務上の論点になります。また、行方不明者に生命保険が掛けられていた場合の保険金の扱いなど、税務判断は個別性が高い分野です。具体的な税額計算・申告の要否は、お近くの税理士にご相談ください(相続放棄と生命保険金の関係については 相続放棄をしても生命保険金は受け取れる? も参考になります)。