この記事の要点
- 親族間(親子・きょうだいなど)で不動産を売買する場合も、価格の決め方には注意が必要とされている
- 時価に比べて著しく低い価格で売買すると、その差額部分が「贈与」とみなされる可能性がある(低額譲渡・みなし贈与と呼ばれる考え方)
- どの程度の価格差から「著しく低い」と判断されるかという具体的な基準額や、税額の計算方法はこの記事では扱わない
- 個別の価格設定や税額の判断は税理士に相談するのが基本
以前の記事「親子間売買はなぜ住宅ローンが通りにくい?」では、親子間売買における住宅ローン審査の傾向や、売買・贈与・相続それぞれの登記・税金の違いを整理し、「売買価格が時価より著しく低いと差額が贈与とみなされる可能性がある」という論点にも軽く触れました。今回は、この「みなし贈与」の入口部分をもう少し掘り下げてご紹介します。ただし、具体的にいくらなら安全かという基準額の算定や税額の試算には立ち入りません。
そもそも「みなし贈与」とは何か
不動産の売買は、本来は対価を支払って財産を譲り受ける取引であり、贈与(無償で財産を譲る契約)とは法律上区別されます。ところが、税務の世界では、契約の形式が「売買」であっても、実質的に見て経済的な利益が無償で移転したと評価できる場合には、その部分を贈与とみなして贈与税の対象にする考え方があります。これを一般に「みなし贈与」と呼び、その代表例が「低額譲渡」、つまり時価に比べて著しく低い価格で財産を譲り受けるケースです。相続税法には、著しく低い対価で財産の譲渡を受けた場合に時価との差額を贈与により取得したものとみなす規定があるとされています(相続税法7条)。
なぜ親族間売買で価格に注意が必要なのか
赤の他人同士の売買であれば、当事者はそれぞれの利害から時価に近い価格で交渉するのが通常です。これに対して親族間の売買では、「相続対策として早めに名義を移したい」「経済的に余裕のある方が譲る側の負担を軽くしたい」といった事情から、時価より低い価格で契約が結ばれることがあります。こうした事情自体は自然なものですが、税務上は当事者の関係性にかかわらず、時価との差額が贈与として扱われ得るかという観点でチェックされる可能性がある、という点に注意が必要です。
なお、この論点は前回の記事で扱った「住宅ローン審査で親子間売買が慎重に見られやすい」という話とは別の視点です。ローン審査は金融機関の判断、みなし贈与は税務上の判断であり、両方が同時に問題になり得る場面もありますが、それぞれ異なる制度・異なる相談先(金融機関・税理士)が関わります。
「著しく低い」かどうかはケースごとの判断
ここで気になるのは「では、いくらまでなら安全なのか」という点だと思います。この点については、不動産の評価方法(時価・相続税評価額・固定資産税評価額など、どの基準で見るか)や、対象不動産の種類・地域性、取引の個別事情によって判断が変わってきます。さらに、そもそもどの評価額を基準にして「著しく低い」かどうかを見るのかという点自体、専門家の間で考え方が一致しているとは言いがたい領域です(この点は記事末尾の深掘りで、対立する立場を中立に紹介しています)。こうした事情から、一般論として一律の基準額を示すことは適切ではないと考えています。この記事でも、具体的な基準額の算定や税額の試算にはあえて踏み込んでいません。実際に親族間売買を検討される際は、価格を決める前の段階で税理士に相談し、評価の考え方や想定される税務リスクを確認しておくことをおすすめします。
登記手続き自体への影響
価格の設定がみなし贈与の論点を含むとしても、法務局に申請する所有権移転登記そのものの手続き(登記原因を「売買」とすること、必要書類の内容など)が直ちに変わるわけではありません。登記官の審査は申請情報・添付情報から判断できる範囲で行われるとされており、売買代金の額そのものの当否(時価との乖離)を審査する場面は想定されていないと考えられます。もっとも、契約前の価格設定の考え方によって、将来の税務上の扱いが大きく変わり得るため、登記の相談と並行して税務の相談も進めておくとスムーズです。
なお、はじめから贈与として名義を移す選択肢もあります。生前贈与の制度については「暦年贈与と相続時精算課税──2024年改正後の選び方の入口」もあわせてご覧いただくと、売買以外の選択肢との比較がしやすくなります。
まとめ
親族間の不動産売買では、価格を時価より著しく低く設定すると、その差額が贈与とみなされる可能性があるという一般的な考え方があります。ただし、どこからが「著しく低い」とされるかは個別の評価や事情によって変わるため、この記事では具体的な基準額や税額の計算には触れていません。価格の決め方や税務上の判断は税理士に相談し、登記手続きについてはお近くの司法書士にご相談ください。
よくある質問
Q. 親族間売買では、価格は安ければ安いほど良いのですか? そうとは限りません。時価に比べて著しく低い価格にすると、差額部分が贈与とみなされ、贈与税の対象になる可能性があります。価格の決め方は税理士に相談することをおすすめします。
Q. 適正な価格はどうやって決めればよいですか? 不動産の評価にはいくつかの考え方(時価、相続税評価額、固定資産税評価額など)があり、どれを基準にするかはケースによって異なります。この記事では具体的な算定方法や基準額には触れていませんので、個別の評価・判断は税理士にご相談ください。
Q. 登記の手続き自体は通常の売買と変わりますか? 登記原因は通常の売買と同じく「売買」であり、手続きの基本的な流れが変わるわけではありません。ただし、価格設定によって税務上の扱いが変わり得るため、契約前に税務面の確認をしておくと安心です。登記手続きについてはお近くの司法書士にご相談ください。
【さらに深掘り】税務の観点
ご注意 以下は執筆時点(2026年09月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。
相続税法7条の構造をもう少し分解する
本文で触れた「低額譲渡・みなし贈与」の根拠となる相続税法7条は、著しく低い対価で財産の譲渡を受けた場合に、その対価と時価との差額に相当する金額を、財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす、という構造になっているとされます。ここで押さえておきたいのは、この規定が対象とするのはあくまで「対価と時価の差額」であり、売買代金の全額ではないという点です。つまり、売買契約そのものが否認されて贈与契約に置き換えられるわけではなく、契約は売買のまま、差額部分についてのみ贈与税の課税対象になり得るという建て付けだと理解されています。
この理解を登記の話につなげるときには、「登記原因は私法上の契約の性質によって決まるものであり、税務上のみなし規定が契約の性質そのものを売買から贈与に変えるわけではない」という前提が置かれています。この前提に立つ限りで、登記原因を「売買」とする申請自体が誤りになるわけではない、という本文の記載につながります。もっとも、代金の授受が実際には行われていないなど、契約の実質が売買と評価しがたい事案まで同じように考えてよいかは別の問題であり、ここでの説明の射程には含めていません。
なお、相続税法7条は、対価が低い譲渡のすべてを例外なく課税対象とする建て付けではなく、一定の場合を適用対象から除く定めも置かれているとされています。どの場合が除かれるかは条文の文言と個別事情の当てはめの問題ですので、この記事では立ち入りません(この点の判断も税理士の領域です)。
「時価」をどう見るか──評価方法がひとつではないという論点
相続税法7条の適用を考えるうえで避けて通れないのが「時価とは何か」という論点です。相続税法22条は、特別の定めのあるものを除き、相続・遺贈・贈与により取得した財産の価額は、取得の時における時価によるという原則を定めています。ただし、この「時価」を実際にどう算出するかについては、財産評価基本通達に基づく相続税評価額(土地であれば路線価方式・倍率方式、建物であれば固定資産税評価額を基礎とする方式など)を用いる考え方と、実勢の取引事例に基づく通常の取引価額(いわゆる時価そのもの)を用いる考え方の、複数のアプローチが実務上併存していると理解されています。
この「評価方法が単一でない」という点が、本文で「一律の基準額を示すことは適切ではない」とした理由の中心です。相続税評価額は一般に実勢価格より低めに算出される傾向があるとされる一方、低額譲渡の判定の場面でどちらの評価額を基準に「著しく低いか」を見るかは、対象財産の種類・事案の性質によって考え方が分かれ得る領域です。この評価方法の選択自体が、税理士による個別判断が必要な論点であり、この記事で特定の計算式や基準倍率を提示することは控えます。
「どちらの評価額を基準にするか」──考え方が分かれてきた経緯
前項で「複数のアプローチが併存している」と書きましたが、ここは解釈が固まりきっていない領域です。どの立場が正しいかを当事務所として示すものではありませんが、対立の軸だけは中立に紹介しておきます。以下は、宮脇義男「相続税法第7条及び第9条の適用範囲に関する一考察」(税務大学校論叢第65号)の整理によります。
まず出発点として、相続税法7条にいう「当該財産の時価」は、同法22条に規定する時価の概念と基本的に同一のものと解釈されている、というのが一般的な理解です(同論叢288頁以下、335頁以下)。そのうえで、実際にどの評価額を当てはめるかについて、次のような対立があると整理されています。
- 通常の取引価額を基準とする考え方(課税実務の取扱い)──いわゆる「負担付贈与通達」は、土地家屋等を負担付贈与または個人間の対価を伴う譲渡により取得した場合の時価について、相続税評価額ではなく通常の取引価額によって評価するという解釈を示しており、この取扱いは現在も維持されているとされます(同論叢260頁以下)。バブル期の地価高騰時に、通常の取引価額と相続税評価額(路線価等)との開きを利用した税負担の回避に対応する趣旨で設けられた経緯があると説明されています。
- 相続税評価額によっていれば「著しく低い」に当たらないとする考え方(裁判例に現れたもの)──他方で、親族間の土地の売買について、対価が相続税評価額によっていることを理由に相続税法7条の「著しく低い価額の対価」に該当しないと判断し、負担付贈与通達の適用を否定した裁判例(東京地裁平成19年8月23日判決)があるとされます(同論叢305頁以下)。ただし、これは下級審の一事例であり、当該事案の事実関係を前提とした判断です。相続税評価額によっていればおよそ「著しく低い」に当たらない、という一般的なルールが確立したものとして読むことはできません。なお、この判決の原文は、裁判所ウェブサイト・国税庁ウェブサイトのいずれにも掲載がなく、無料で参照できる原典は確認できていません(※原典確認できず。判決内容の紹介は同論叢の整理によります)。
- この裁判例に対する批判──これに対しては、当該事案には税負担の設計的な要素が含まれていたことなどを指摘したうえで、他の要素を勘案せずに時価の80%という数値のみで「著しく低い価額の対価」に該当しないと判断することには疑問が残る、との批判が示されています(同論叢338頁以下)。ここに出てくる「時価の80%」という数値は、当該事案を説明する文脈で言及されているものであり、この割合を下回らなければ安全といえるという意味での基準として示されたものではありません。むしろこの批判は、割合という数値だけで結論を出すことへの疑問を述べたものとして整理されています。
さらに、相続税法7条の文言の読み方そのものにも対立があります。上記の裁判例は、「著しく低い価額」での譲渡を課税対象とする以上、単に「低い価額」にとどまる譲渡は課税しない趣旨だという読み方を示したものとされますが、これに対しては、条文が想定するのは「著しく低い価額」か「適正な価額(時価)」かのいずれかであって、その中間に「単に低い価額」という区分を認めるべきではない、とする整理も示されています(同論叢329頁以下)。この読み方の違いは、差額部分が贈与税の対象になるのか、それとも所得税(一時所得)の問題になり得るのかという帰結の違いにつながる論点として説明されています。なお、前者は「著しく低い価額」と書かれていることの反対側を読む解釈であり、後者はその読み方自体を否定する解釈です。いずれも解釈論であって、どちらかが確立した理解として決着しているというものではありません。
なお、個人が法人に対して著しく低い価額で譲渡した場合には、所得税の側にいわゆる「2分の1基準」という形式的な数値基準が置かれているのに対し、個人間の譲渡に適用される相続税法7条には、これに対応する形式基準が存在しないとされています(同論叢329頁以下)。本文で「一律の基準額を示すことは適切ではない」としたのは、こうした条文構造の違いと、上記のような解釈の対立が背景にあるためです。
どの立場に立つかによって「安全といえる価格」の見え方は変わり得ますし、個別の事案でどう判断されるかは事案ごとの検討を要します。この記事は対立があること自体を紹介するにとどめますので、どの考え方を前提に価格を設定するかという判断は、必ず税理士にご相談ください。
今後の改正動向──貸付用不動産の評価の見直し(令和9年1月1日以後)
「時価」の評価をめぐっては、今後の改正動向としてもうひとつ押さえておきたい点があります。令和8年度税制改正の大綱(令和7年12月26日閣議決定)の「二 資産課税」には「相続税等の財産評価の適正化」という項目が置かれ、相続税法の時価主義の下で、貸付用不動産の市場価格と相続税評価額との乖離の実態を踏まえた見直しを行うとされています。具体的には、被相続人等が課税時期前5年以内に対価を伴う取引により取得または新築をした一定の貸付用不動産について、課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価する、という内容が示されています。あわせて、不動産特定共同事業契約や信託受益権に係る金融商品取引契約のうち一定のものに基づく権利の目的となっている貸付用不動産についても、取得の時期にかかわらず通常の取引価額に相当する金額によって評価するとされています。
適用時期は、令和9年(2027年)1月1日以後に相続等により取得をする財産の評価からとされています。経過的な取扱いとして、前者の見直しについては、改正を通達に定める日までに、被相続人等がその所有する土地(同日の5年前から所有しているものに限ります)に新築をした家屋(同日において建築中のものを含みます)には適用しない、とされています。
ただし、これは大綱に示された方針であり、実際の評価の取扱いは財産評価基本通達の改正によって具体化されるものです。本稿執筆時点(2026年9月)では、この見直しを内容とする財産評価基本通達の改正は確認できていません(※要確認)。また、この見直しはあくまで相続税・贈与税の課税価格を計算する際の財産評価に関するものであり、親族間売買における相続税法7条の「著しく低い対価」の判定にどこまで及ぶかは、別途の検討を要する論点です。いずれにせよ、賃貸アパートや貸家といった貸付用の不動産を親族間で売買することを検討している場合は、価格を決める前に税理士に相談し、その時点での最新の取扱いを確認しておくことがいっそう重要になります。
「著しく低い」かどうかを見る際の実務的な判断要素(数値基準ではなく着眼点)
具体的な基準額を示すことはできませんが、実務上どのような要素が「著しく低いかどうか」の判断材料として見られる傾向があるかについては、論点整理として触れておきます。
- 対価と評価額の乖離の程度──どの評価方法を基準にするかによって乖離の大きさの見え方が変わるため、単純な割合だけで機械的に判断できるものではないとされています
- 取引に至った経緯・目的──相続対策、資金需要、当事者間の扶養的な事情など、価格設定の背景事情
- 対象財産の種類──土地・建物・借地権付き建物など、評価方法の選び方に幅がある財産かどうか
- 当事者間の関係性──親子・きょうだいなど関係の近さそのものが直ちに課税を左右するわけではないものの、対価性の実質を見る際の背景事情として考慮され得る
- 対価の授受の実態──契約書上の代金額と、実際の金銭の授受・資金の流れが一致しているか
これらはあくまで「見られる傾向がある要素」の整理であり、これらの要素をどう評価して結論を出すかは事案ごとの個別判断です。この記事の範囲で「この要素がいくつ当てはまれば著しく低いとされる」といった判定基準を示すことはできません。
登記実務との接続点
税務上の評価方法の選択(相続税評価額を参照するか、通常の取引価額を参照するか)は、契約前の価格交渉の段階で税理士と詰めるべき論点であり、登記申請の段階で法務局が売買代金の当否を審査する場面とは切り離して考える必要があります。本文にあるとおり、登記官の審査は申請情報・添付情報の範囲で行われるものであり、時価との乖離を審査する仕組みにはなっていないと考えられます。ただし、契約締結前の価格設定の議論こそが後の税務上の扱いを左右するため、司法書士が登記の相談を受ける段階で、価格の決め方について税理士への相談を促すタイミングが重要になります。
まとめ
相続税法7条の低額譲渡課税は、対価と時価の差額に着目する仕組みであり、その前提となる「時価」自体に複数の評価アプローチが併存するうえ、どちらを基準に「著しく低い」かを見るかについては課税実務の取扱いと裁判例の判断とが必ずしも一致せず、その裁判例に対する批判も示されている状況です。したがって、一般論として一律の安全基準額を示すことはできません。「著しく低いかどうか」は評価方法の選択・取引の経緯・財産の種類・当事者関係・対価授受の実態など複数の要素を踏まえた個別判断であり、具体的な評価額の算定や税額の試算は税理士の領域です。加えて、貸付用不動産の評価については令和9年1月1日以後の相続等に向けた見直しが大綱に示されており、今後の通達改正の内容にも注意が必要です。価格を決める前の段階で税理士に相談することが、結果的に登記手続き全体を円滑に進めることにもつながります。
参考資料
この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年9月)。
- 相続税法 第7条・第22条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000073
- 国税庁 法令解釈通達「負担付贈与又は対価を伴う取引により取得した土地等及び家屋等に係る評価並びに相続税法第7条及び第9条の規定の適用について」(平成元年3月29日付 直評5・直資2-204): https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/sozoku/890329/01.htm
- 財務省「令和8年度税制改正の大綱」(令和7年12月26日閣議決定): https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2026/20251226taikou.pdf
※ 次の資料は一次情報ではなく、研究論文(二次資料)ですが、内容確認の参考にしたため一次情報と区別して掲載しています。
- 宮脇義男「相続税法第7条及び第9条の適用範囲に関する一考察」税務大学校論叢第65号(国税庁税務大学校): https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/ronsou/65/06/pdf/006.pdf
※ 深掘りで紹介した東京地裁平成19年8月23日判決の判決原文は、裁判所ウェブサイト・国税庁ウェブサイトのいずれにも掲載がなく、無料で参照できる原典は確認できていません。判決内容の紹介は上記論叢の整理によります。