この記事の要点
- 使い込みが疑われても、まずは通帳の取引履歴を確認し、事実関係を整理することが出発点
- 相続人全員が合意すれば、遺産分割の中で使途不明金を「取り込んで」計算し直せる(亡くなった後に処分された分については民法906条の2という仕組みがある)
- 合意できず解決しない場合は、返還を求める法的手段もあるが、その先は弁護士の領域
相続の場面で、「親の預金が、亡くなる前後に大きく減っていた」「同居していたきょうだいが勝手に引き出していたのでは」という疑いが持ち上がることがあります。結論から言うと、こうした使い込み(使途不明金)の疑いに対しては、①事実関係を確認する、②相続人全員の合意があれば遺産分割の中で調整する、③合意できなければ返還を求める法的手段を検討する、という段階を踏んで対応します。以下、それぞれを順番に整理します。
まず確認すること──通帳の取引履歴
疑いを感じたら、最初にすべきことは感情的な追及ではなく、事実関係の確認です。具体的には、亡くなった方(被相続人)名義の預貯金口座について、金融機関に取引履歴(入出金明細)の開示を請求します。
相続人であれば、遺産分割前でも単独で被相続人の預金口座の取引履歴の開示を金融機関に請求できるのが実務上の扱いです。戸籍謄本など相続人であることを示す書類と、本人確認書類を窓口に提出して手続きします。まずは「いつ」「いくら」「どのような形で(ATM出金か窓口出金か)」動いたのかを客観的に把握することが、その後の話し合いの土台になります。
なお、生前の預金の使い込みが疑われる場合と、亡くなった直後の緊急の引き出し(預貯金の仮払い制度)は別の話です。仮払い制度は法律で認められた正当な引き出し手続きなので、混同しないようにしましょう。
遺産分割での扱い──民法906条の2という調整の仕組み
取引履歴を確認した結果、「たしかに使途が分からないお金がある」という場合、次に検討するのが遺産分割協議での調整です。
本来、遺産分割の対象になるのは「遺産分割の時点で残っている財産」です。すでに使われてしまったお金は、理屈のうえでは遺産分割の対象外になってしまいます。しかし、それでは使い込んだ相続人だけが得をする結果になりかねません。
そこで民法906条の2は、相続人全員の同意があれば、処分された財産を「遺産の分割時に遺産として存在するもの」とみなして、遺産分割の計算に取り込むことを認めています。さらに、その財産を処分したのが相続人自身である場合は、その相続人の同意は不要とされています(民法906条の2第2項)。つまり、使い込みをした本人が反対していても、ほかの相続人全員が同意すればこの調整ができます。
なお、この条文が直接対象とするのは、亡くなった後(相続開始後)・遺産分割前に処分された財産です。亡くなる前(生前)の引き出しは条文の直接の対象ではありませんが、相続人全員が合意すれば、生前の引き出し分も含めて遺産分割の中で調整することは実務上行われています。全員の合意が得られない生前の使い込みについては、後述の返還請求の問題として整理することになります。
この制度を使うと、使い込んだとされる金額分を、その相続人の取り分から差し引く形で調整できます。話し合いがまとまるなら、これが最も早く、費用もかからない解決方法です。遺産分割協議書の作り方にも、こうした調整内容を明記しておくと後々のトラブル防止になります。
話し合いで解決しない場合
相続人間の話し合いで合意に至らない場合、次の段階として次の2つの手続きが考えられます。この2つは別物なので区別して理解しておくことが大切です。
家庭裁判所の遺産分割調停は、遺産全体の分け方について家庭裁判所を交えて話し合う手続きです。使途不明金の扱いについても調停委員を交えて協議できますが、相手が使い込みの事実自体を認めない場合、調停の中だけでは決着しないこともあります。相続人が多く話し合いがまとまらない場合の調停・審判への進み方も参考にしてください。
不当利得返還請求・不法行為に基づく損害賠償請求は、使い込まれたお金そのものを取り戻すための民事訴訟で、家庭裁判所ではなく地方裁判所・簡易裁判所で争う手続きです。相手が使い込みの事実や金額を争う場合、証拠(取引履歴、使途を裏付ける資料の有無など)を積み上げて主張・立証する必要があり、専門的な訴訟対応になります。
この段階まで進む場合は、司法書士の業務範囲を超え、代理人としての交渉・訴訟対応が必要になります。お近くの弁護士にご相談ください。
まとめ
相続で預金の使い込みが疑われたら、まず取引履歴で事実関係を確認し、相続人全員の合意が得られるなら民法906条の2を使って遺産分割の中で調整するのが基本の流れです。合意できない場合は家庭裁判所の調停、それでも解決しない場合は返還請求の訴訟という段階に進みますが、具体的な交渉・訴訟対応が必要になった時点で司法書士の対応範囲を超えます。まずは事実関係の整理から始め、対応に迷ったらお近くの司法書士にご相談ください。
よくある質問
Q. 取引履歴の開示請求に費用はかかりますか? 金融機関により異なりますが、開示手数料として数百円〜数千円程度がかかるのが一般的です。あわせて戸籍謄本など相続人であることを示す書類の取得費用もかかります。金融機関ごとに必要書類や手数料が異なるため、事前に窓口や公式サイトで確認しておくと手続きがスムーズです。
Q. 使い込みを放置するとどうなりますか? 使途不明金を放置したまま遺産分割を成立させると、後から「実はあのとき使い込みがあった」と主張しても、調整が難しくなることがあります。特に不当利得返還請求には時効があり、権利を行使できることを知った時から一定期間で消滅時効にかかるため、疑いに気づいたら早めに事実確認を進めることが重要です。
Q. 自分で対応できますか?どこに相談すればいいですか? 取引履歴の確認や、相続人全員が納得したうえでの遺産分割協議書の作成は、自分たちで進めることも、司法書士のサポートを受けて進めることもできます。ただし、相手が使い込みの事実を認めず対立が深まっている場合や、返還請求の訴訟を検討する場合は、お近くの弁護士にご相談ください。
【さらに深掘り】使途不明金の調整と相続登記の関係
ご注意 以下は執筆時点(2026年7月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。
使途不明金そのものは、登記事項にはなりません。登記記録に反映されるのは「誰がどの不動産をどのような原因(相続・遺産分割)で取得したか」という結果であり、「なぜその持分・取得者になったのか」という背景事情(使途不明金の調整があったこと)までは記載されません。この点は実務上しばしば誤解されるため、まず整理しておく必要があります。
もっとも、民法906条の2による調整の結果は、相続登記の申請内容には確実に影響します。たとえば、遺産に不動産と預貯金が含まれるケースで、使途不明金の額を特定の相続人の取り分から差し引く形で調整した結果、不動産を取得する相続人や取得割合(持分)が当初想定と変わることがあります。この場合、相続登記の申請書に記載する登記の目的・持分は、調整後の最終的な合意内容に基づいて作成する必要があります。
登記審査の観点から特に重要なのは、遺産分割協議書の記載です。使途不明金の調整を経て特定の相続人の取得持分が法定相続分と異なる割合になる場合、その根拠(遺産分割協議による合意)が協議書上で明確になっていなければ、登記原因証明情報としての体をなさず、法務局から補正を求められる可能性があります。実務上は、次のような点を協議書に落とし込んでおくと審査がスムーズです。
- 使途不明金の存在自体を協議書本文に書く必要はない(登記原因証明情報としては「遺産分割協議の結果、誰がどの財産をどの割合で取得するか」が記載されていれば足りる)
- ただし、法定相続分と異なる持分・取得者になる場合は、その持分・取得者を協議書に明記し、相続人全員の署名・実印による押印・印鑑証明書の添付を漏らさない
- 代償分割の形(不動産は特定の相続人が取得し、他の相続人には代償金を支払う)を取る場合は、代償金の支払いに関する条項を協議書に記載しておくと、登記原因証明情報としても、後日の紛争予防としても有用
なお、使途不明金の調整をめぐって相続人間の合意形成に時間がかかり、相続登記の申請が遅れそうな場合は、相続登記の義務化に関する期限にも注意が必要です。合意がまとまらない間の対応として、相続人申告登記という制度を利用できる場合もあります。
【さらに深掘り】使途不明金と相続税申告の関係
ご注意 以下は執筆時点(2026年7月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。 ここから先は専門的な内容です。一般の方はここまでの内容で十分です。
ここまでは、使途不明金を相続人間でどう調整するか(民法906条の2)という、いわば私法上(相続人同士の権利関係)の話でした。一方で、使途不明金には税務上の論点もあり、この2つは別の問題として整理しておく必要があります。
生前に引き出された預金が、実際には亡くなった方から特定の相続人への贈与だったと評価される場合、税務上は「生前贈与」として扱われ、贈与税や、相続開始前一定期間内の贈与であれば相続税の課税価格への加算(生前贈与加算)の対象になり得ます。また、名目上は被相続人の口座に入っていても実質的な管理・支配が別の親族にあったと認定される「名義預金」についても、相続税の課税財産に含まれると税務署から指摘されることがあります。こうした認定は、資金の流れ・通帳の管理者・実際にお金を使っていたのが誰かといった事実関係を踏まえて個別に判断される論点であり、一律の基準で機械的に決まるものではありません。
ここで注意したいのは、遺産分割協議で使途不明金を特定の相続人の取り分から差し引く形で調整したとしても、それだけで相続税の課税財産から当然に除外されるわけではないという点です。民法906条の2による調整は、あくまで相続人間での取り分の公平を図るための私法上の処理であり、税務上その使途不明金がどう扱われるか(すでに課税済みの贈与なのか、遺産に含めて申告すべき財産なのか等)は別途、税法の観点から検討する必要があります。この2つを混同すると、遺産分割では解決したはずなのに、相続税の申告内容に過不足が生じるおそれがあります。
具体的にどの範囲を相続税の課税財産に含めるべきか、生前贈与加算の対象期間内かどうか、名義預金として認定されるリスクの程度がどの程度かといった判断は、事実関係の精査を要する専門的な税務判断であり、司法書士が税額を計算したり申告書を作成したりすることはできません(税理士法52条)。使途不明金が疑われるケースで相続税の申告を控えている場合は、早めに税理士にご相談いただくことをお勧めします。
参考資料
この記事は、次の資料を参照して内容を確認しています(確認日:2026年7月・いずれも一次情報です)。
- 民法 第906条の2(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 税理士法 第52条(e-Gov法令検索): https://laws.e-gov.go.jp/law/326AC0000000237
- 最高裁判所第一小法廷 平成21年1月22日判決(平成19年(受)第1919号・預金取引経過開示請求事件)民集第63巻1号228頁: https://www.courts.go.jp/hanrei/37210/detail2